質問 = 裁判所は人証調べまでは、心証をとらないはずだ。


  人証調べ前に主張や書証により一定の心証はとっている

● そんな馬鹿な!

● 人証は裁判のために作り出された証拠であり、書証の方が重要性が高いことが多い。裁判所は書証がない段階でも問接事実の主張の一貫性などを考慮して心証形成に努めている。

● 尋問前に裁判所は主張と書証の内容から一定の仮説的心証を抱いている。尋問はその仮説の検証の場と考えている。

● そんなことはない。訴訟の各進行段階で、その時点での心証を持つのが通常であろう。

● 人証調べまでに殆どの事件で心証をとっていると思われる。

● 訴状の段階から一応の心証は形成している。その時点その時点で一応の心証は形成し、早い事件では答弁書をみて確信に至る例もある。多くの事件では、人証調べに入る前(争点整理終了)の段階で概ね心証は固まっており、人証期日はその再確認に当てられることが多い。判決草稿を作成の上、人証期日に臨むというのを理想としているが、準備の関係でなかなかそういかないことの方が多い。




● 裁判所は、訴状を見た時から常に心証を取っています。そして、いったんできた心証は、なかなか覆りません。早めに主張立証をされたほうが得かと思います。

● 訴え提起の段階から、当事者の主張、書証等を通じて心証を段階的に形成するのが普通ではないか。

● 主張と書証がそろえば、多くの事件で心証が形成できるのではないか。

● 反対。裁判所へ訴状を提出した段階から裁判所は心証形成を徐々に始めていることを理解してほしい。その心証形成が双方の主張立証により右往左往しながら揺れて発展し、陳述書の提出時(争点整理終結時)に一応の見込み的な心証が一つ又は複数形成され、それが人証によって詳細に検証されて、客観的な心証が一つ形成されるというのが実態であると思う。人証調べまでは裁判所が心証形成をしないのが中立公平であるという考えもあろうが、それを理由に、それまでの詳細な記録検討を怠ることのないように、互いに頑張りたいものであると思う。

● 人証調べは、それまでに形成した仮説の心証の検証作業。もっとも、人証調べをして、それまでの心証が変わることもある。

● 心証はできるだけ早くとるようにしている。人証調べは減らす方向にある。


● 人証調べの結果により心証が変わる、固まるということはあるが、人証調べ前に訴訟の帰趨について迷っていることはむしろ少ない。

● むしろ人証調べまでに大まかな心証をとり、人証調べでそれを検証・確認する事案の方が多いかと思う。

● 訴状を読んだだけで、ほとんどの事件について、おおよその見通しをつけるのが通常ではなかろうか。

● 客観的な書証や事実に基づきある程度の予測をたてていることがほとんどである。

● それは違いますので、誤解は解いておいて頂きたい。

● 訴状を読んで心証が採れる事件が相当ありますね。

● 訴状と答弁書、その直後くらいには勝敗の大体は見えてないと訴訟指揮ができない。主張整理は、勝たせるべき当事者の主張が足りているかを確認するためであることが多い。

● 裁判所は、訴状と答弁書を読めば、一定の仮説を考える。何故、事件になったのか、全体的な理解が必要だからだ。したがって、心証ではないが、裁判所は、訴訟の早い段階で一定の理解をし、疑問や問題点を持つので、それをいつまでも説明しないと事実上、不利になることもないわけではない。