お待たせいたしました。それではちょっと定刻を過ぎましたけれども、ただいまから「税法がわかる分かる!〜意欲的な弁護士のための税法入門〜」の第2回を開催いたしたいと思います。きょうのテーマは「譲渡所得の落とし穴」ということで、勉強してまいりたいと思います。最初にちょっと事務的なことで恐縮なんですけれども、携帯電話の電源が消音モードになっているかどうか、いま一度御確認いただけたら幸いでございます。
それでは、きょうの講師の先生は東京弁護士会の関根稔先生ですけれども、関根先生につきまして、100周年記念特別委員会でこの講座を担当しております研究部会の水野武夫部会長より御紹介をいただきたいと思います。
それでは関根先生の御紹介の前に、前回最後に御質問がありました中で、損害賠償として逸失利益を受け取った場合に課税されるかという御質問がありましたけれども、これは所得税法施行令30条という規定がありまして、課税されません。非課税であります。前回御質問の方が、課税されるということを前提にちょっと誘導尋問的な御質問だったものですから、講師の先生も私も一瞬どうかなと思ったんですけれども、これは課税されませんので、まずお答えしておきます。
きょうお越しいただきました関根稔先生は東京弁護士会の27期の先生です。最初に公認会計士の試験に合格されて、そして司法試験に合格して弁護士になられたということでありまして、税法も余り知らないのに弁護士の資格で税理士登録をしている私のような者と全然違いまして、文字どおりの実力者であります。
関根先生が弁護士会のいろいろな夏期研修その他で講師として活躍しておられるということは、皆さん方御承知のとおりだと思います。それから、今回のこの企画につきましても、実は私、関根先生に御相談いたしまして、いろいろとお知恵を拝借したんです。最後の第10回にスペシャルということでこういった企画をつくりましたけれども、これも実は関根先生のアイデアでありまして、きょうも申し上げておったんですけれども、10回目が成功するかしないかは関根先生のこれからのアイデアにかかっているということで、ちょっと脅しておいたんですけれども、そんなことで、きょうは我々弁護士が仕事の上で一番関係が深い譲渡所得のお話でありますので、大変参考になるだろうというふうに期待しております。
それと、もう1つ申し添えておきますが、関根先生は実はパソコンの権威でありまして、いろいろなパソコンを駆使してやっておられます。実は税金のメーリングリストがありまして、これは税法のいわゆるチャット、おしゃべりしてですね、もし皆さん方の中でそれに加わりたいという人がいらっしゃいましたら、いつでも御紹介できると思います。これは私も入れていただいていますけれども、毎日大体四、五通、こういうケースがあったけれどもこれはどうかとか、こんなのが新聞に載っていたけどこれはどうかと、それをだれかが見て、また回答をするとかですね、そんな形でやっておられますから、興味のある方はぜひお申し出いただきたいと思います。御承知かもわかりませんが、先生は『弁護士のためのパソコン徹底活用ブック』という黄色い表紙の本を書いておられまして、朝一番にパソコンのスイッチを入れるということから弁護士の日課が始まるというふうなことを実践しておられる先生であります。それでは関根先生、よろしくお願いいたします。(拍手)
「譲渡所得の落とし穴」〜これを知らねば弁護士はできない〜東京弁護士会弁護士・公認会計士 関根 稔 氏
御紹介いただきました関根です。御紹介いただいたような良い話ができるか、また前回笑いをとった講師の先生がいるというので、ちょっと次はつらいなと。東京者が大阪に来て笑いをとらなければならないわけですから(笑)、ちょっとつらいなと思っているのですけれども、前置きは何の役にも立ちませんので、早速、はじめさせていただきます。
譲渡所得の基礎編と応用編に分け検討してみようと思います。まずは、譲渡所得の基礎編です。税法的な譲渡所得の難しさには二つの理由があります。1つは「税法特有の概念」です。後に各論で取り上げていますけれども、無償で資産を贈与すると、贈与を受けた者に対して受贈益課税が行われるだけではなく、贈与した者に対しても譲渡所得課税が行われるのです。
代金をもらったのではなく、無償で贈与しても譲渡所得が発生すると考えるのが税法の理屈です。そのような特異な概念が税法の難しさの1つです。これが弁護士が実務を処理する上での落とし穴になっているわけです。あるいは地雷かもしれません。
2つ目が「膨大な量の特例」です。所得税法、あるいは法人税法の特例はシンプルです。しかし、所得税法とは別に租税特別措置法という法律がありまして、そこに大量の特例が書いてあります。
租税特別措置法というのはどのような法律かといいますと、所得税法、法人税法、相続税法、消費税法は基本法です。民法や商法と同じです。租税特別措置法というのは政策立法なのです。喩えれば消費者保護法であり、借地借家法のようなものです。
地価が上がり過ぎたと思えば下がるような法律をつくるし、輸出が伸びないと思えば輸出を伸ばすような税法を作ります。逆に、輸出が増えすぎれば、輸入を奨励するように租税特別措置法を改正します。そこには租税法としての理屈は存在しません。
そして、日本は土地の国ですから、租税特別措置法には大量の土地に対する課税の特例が存在するわけです。何しろ日本は、資本主義ではなく、地本主義といわれた時代もあるほど、土地が経済の基準になっていました。土地の値段を税法で管理しようとの発想です。そのような政策立法が大量に存在しますので、それが税法を難しくしているわけです。
今日の一回の講演で、その大量の特例を説明することはできませんので、そのうちの幾つかを紹介します。それと、地雷か落とし穴になる税法特有の譲渡所得の概念を説明させていただこうと思います。
Aは、取得価格1億円、相続税評価額3億円、実勢価格5億円のマンションをBに贈与した。A、Bが個人の場合と、法人の場合について、各々の課税関係を述べよ。 税金名 課税金額 税金名 課税金額 個人A( )( )から個人B( )( )への贈与 個人A( )( )から法人B( )( )への贈与 法人A( )( )から個人B( )( )への贈与 法人A( )( )から法人B( )( )への贈与 |
この説例についての課税関係を1分間で考えてみて下さい。
まず答えを先にいいますと、個人Aから個人Bに贈与した場合は簡単です。贈与した個人Aには何の課税関係も生じません。税金名は無しで、課税金額はゼロです。個人Bには贈与税が課税されます。課税価格は相続税評価額の3億円です。これは当たり前の話です。
では、個人Aから法人Bに資産を贈与したらどのような課税関係が生じるでしょうか。個人Aには所得税が課税されます。所得金額は4億円です。なぜ4億円かといえば、実勢価格が5億円なので、この資産は5億円で売却されたとみなされるのです。そうしますと、取得価格1億円ですから、差額の4億円が譲渡所得になるという計算です。
なぜ、無償で贈与したのに譲渡所得課税が生じるかというと、これが本日のテーマの税法特有の概念です。その理屈については後に説明するとして、なぜ「贈与」が「譲渡」になるのかとの理屈はここで説明させて頂きます。これは弁護士が勘違いしているところかもしれません。
つまり、譲渡所得課税を売買所得課税と勘違いしているわけです。譲渡という言葉から売買という概念を連想し、売買とは物を売って代金が支払われる取り引きで、その対価に課税されると考えてしまう。
でも、譲渡と売買の概念は違います。例えば債権譲渡という言葉がありますが、債権譲渡は債権を売買したときだけではなく、贈与のときもありますし、担保のときもあります。要するに所有権を移転する一切の行為を譲渡というわけです。ですから、譲渡所得課税が問題になるのは、売買だけではなく、贈与も、競売も、代物弁済も、交換も、所有権を移転する行為の全てが譲渡です。説例の場合は、贈与であるにもかかわらず、譲渡所得課税が発生するわけです。
では、法人Bはどうなるかといいますと、法人税が課税されます。これは簡単です。法人は無償での財産の贈与を受けるわけです。幾らを儲けたかといえば、5億円のマンションを無償で受け取るわけですから、5億円が課税価格になります。なぜここで相続税評価額3億円が利用できないかといいますと、相続税評価額が利用できるのは相続税と贈与税、それから地価税に限られるからです。法人が財産の贈与を受けた場合は、贈与税ではなく、法人税が課税されます。ですから、実勢価格でなければならないわけです。
次に、法人Aから個人Bに贈与したらどのような課税関係が生じるかといいますと、法人Aには法人税が課税され、課税価格が4億円です。つまり法人は無償で贈与したのですけれども、5億円で売却したとみなされてしまうわけです。取得価格が1億円ですから、譲渡価額との差額4億円に法人税が課税されます。
次に贈与を受けた個人Bには所得税が課税され、5億円について所得税が課税されます。なぜ、贈与なのに贈与税ではないのかといいますと、贈与税というのは、相続税の補完税なのです。
個人から個人への無償による財産の移転というのは、贈与ではなく、相続が基本です。相続の場合なら、相続人には相続税が課税されることになります。例えば、父親が大きな財産を持っている場合なら、父親が死亡した時点で相続し、それに相続税が課税されるのが素直な関係です。
しかし、相続まで待たずに、父親が生前に息子に財産を贈与することもあります。これは生前相続であるわけです。だから、相続税に代わるものとして贈与税を課税するとの発想になります。それが贈与税は相続税の補完税だといわれる所以です。したがって、個人から個人に対する贈与だけが贈与税の対象になるわけです。法人が死亡し、個人が相続するという概念はありません。
ですから、法人から個人に対する贈与の場合は、贈与税ではなく、所得税が課税されます。そして、所得税が課税される場合は、相続税評価額は使えず、課税価額は実勢価格の5億円ということになるわけです。
次に、法人Aから法人Bに贈与された場合ですが、これは今までの3つの課税関係の応用形で答えが出せます。法人Aには法人税が課税されます。1億円で取得した資産を5億円で売却したとみなされるわけです。ですから、4億円が課税所得です。受け取った法人Bは、無償で5億円の価値がある財産を取得できたのですから、これには法人税が課税され、課税金額は5億円ということになります。
このような課税関係には、当然のことながら条文上の根拠があります。そのことは後に説明しますが、無償による取り引き、あるいは裁判所での和解を行う場合は、この4つの組み合わせを頭に描いてもらえれば課税関係についての落とし穴を事前に発見できるかもしれません。無償での贈与には譲渡所得課税が行われるとの理屈です。これをこの項目についての結論にしてください。
無償での贈与に、なぜ、譲渡所得課税が行われるかというと、その根拠は値上がり益課税との理屈にあります。
では、値上がり益課税というのはどういうものなのだろうか。これは次のような説明で理解してもらえると思います。
土地を1,000万円で購入しました。いま現在は土地の値上がりが止まってしまった時代ですが、通常の時代であれば土地は値上がりします。1,000万円で購入した土地が、2年目には1割だけ値上がりして1,100万円になります。そして、3年目にはまた1割値上がりして1,210万円になります。
そのように土地が値上がりしているとしますと、本来であれば、その値上がり益に対して所得税や法人税を課税すべきです。1年目から2年目になるときに、「あなたの所有している土地は100万円の値上がりなのだから、100万円相当の利益について所得税を課税します」というのが本当は正しい税法になるわけです。
しかし、この正しい税法を実践しようとしても、特定の土地が幾ら値上がりしたかということを税額計算に耐えられるほど正確に計算することはできません。それに、会計学の基本原則として、発生主義というのもありますけれども、実現主義というのもあります。
要するに、利益は、発生しただけではなくて、実現していなければならないとの理屈が存在するわけです。所有している土地が1,000万円から1,100万円に値上がりしても、そこで利益は発生はしたものの実現したとまではいえない。そのような解釈を会計学は採用しています。
これが1,210万円にまで値上がりした段階で売却され、そこで210万円の利益が実現するわけです。所得が発生しただけでは課税はできません。実現した段階で譲渡所得課税をするというのが通常の売買の事例です。
では、所有者が1,210万円に値上がりしている資産を贈与してしまったらどうでしょうか。つまり、1,000万円で購入した資産が1,210万円に値上がりしていたのだけれども、これを無償で第三者に贈与してしまったわけです。そうしたら、どういう課税関係が生じるかというのが、ここでの問題です。
これは時価で売却したとみなされます。なぜなら、もらった人が幾らの感謝をしてくれるかというと、1,210万円分の感謝をしてくれるわけです。あなたは1,000万円で買った資産を贈与してくれたのだから1,000万円しか感謝しないという人には財産は贈与しません。資産を贈与するのと引き替えに1,210万円分の感謝を受け取るわけです。
さて、真面目な税法の議論に戻りますと、もし、贈与の場合に、この資産の所有者に対し値上がり益210万円についての課税を行わなかったら、何時、その値上がり益に対する課税が行えることになるでしょうか。Aさんは、この土地をBさんに贈与してしまうわけです。しかし、Aさんのところで210万円の値上がり益が発生しているわけです。会計学的には値上がり益が発生しているのだけども、それには課税できないでいたのです。
そして、課税されないままBさんに贈与されてしまったら、値上がり益についての課税の機会はなくなってしまいます。そこで、税務署としては、「あなたが土地を手放したのなら、その段階で、いままでに発生していた値上がり益に対し、値上がり益課税をさせていただきます」ということになるわけです。これが税法的発想です。
これで、無償で贈与しても譲渡所得課税が行われるということと、その根拠は値上がり益課税だということを理解いただけたと思います。
無償による譲渡には常に値上がり益課税が行われると考えると、前述した説例について、一つの疑問が生じてしまいます。個人Aが法人Bに贈与した場合については、無償での贈与だが、5億円で譲渡されたものとみなし、4億円についての譲渡益課税を行うことにしました。これは説明した理屈どおりの課税です。
しかし、個人Aが個人Bに贈与した場合は、個人Aに対しては値上がり益課税は行いませんでした。なぜ、譲渡所得課税を行わないのかというと、個人の場合が特別なのです。
1,000万円で購入した資産が、2年目に1,100万円に値上がりし、3年目に1,210万円に値上がりしているわけです。これを贈与します。しかし、個人Aから個人Bに贈与する場合は値上がり益課税を行わないのです。その代わり、贈与を受けた個人Bは、この土地を1,000万円で取得したとの事実を引き継ぐのです。贈与の例で説明していますが、相続の場合も同じです。
1,210万円に値上がりしている資産の贈与を受けたのですから、Bさんは1,210万円の資産を取得したことになります。それが1,300万円に値上がりしたら、Bさんのところで90万円の所得が発生すると考えるのが理屈どおりの税法の理解です。
しかし、Bさんの場合は、Aさんが1,000万円で取得したとの事実を引き継がなければなりません。Aさんの歴史を引き継ぐのです。ですから、贈与を受けた翌日に、Bさんが、この資産を第三者に1,210万円で売却すれば、Bさんのもとでは値上がり益は1円も発生していないのですが、210万円について譲渡所得課税を受けてしまいます。
Bさんは1日しか持っていません。しかし、Aさんが1,000万円で資産を取得したとの過去の事実を引き継ぎますので、所有していた期間が1日だったとしても、Bさんの下では210万円の値上がり益が発生したと認定されてしまうわけです。
これは税法の理屈に反します。ですから、以前には、このような税法ではありませんでした。以前には、先ほどから説明している課税関係、つまり、譲渡の場合には、個人から個人への譲渡であっても、常に値上がり益課税を行うというのが所得税の本則だったのです。
日本が戦争に負けまして、その後、所得税法が改正されたときには、個人から個人に対する贈与の場合も、贈与者に対して値上がり益課税を行っていました。相続の場合も同様で、相続が開始すると、被相続人に対して譲渡所得課税を行っていたわけです。
つまり、父親が死亡し、息子が財産を相続した場合なら、息子には相続税が課税され、父親には譲渡所得課税が行われるとの理屈です。しかし、これに対して二重課税ではないのかとの批判が出てきました。
本当は二重課税ではありません。財産を取得した者に対して課税されるのは相続税ですが、これは財産を取得したとの事実に対して課税される税金です。しかし、父親に課税されるのは過去の値上がり益に対しての課税です。
その意味では別の利益に対する課税ですから二重課税ではないのですが、しかし、相続が発生すると、所得税の申告書と相続税の申告書の2枚を提出しなければなりません。これは二重課税のように感じてしまいます。
そこで、最初に、相続の場合の値上がり益課税を廃止しました。贈与の場合だけに値上がり益課税を行うことにしました。しかし、贈与の場合も二重課税のように見えてしまいます。何しろ、贈与した者と、贈与を受けた者の2人が申告書を提出することになるわけです。
そこで、さらに、税務署に対して届出書を提出すれば、贈与の場合も、値上がり益課税を行わないとしました。贈与税だけが課税されることになります。しかし、届出書を提出するか否かで課税の可否を決めるのは疑問との声があがったのでしょうか、現在は、届出書の提出の制度はなくなりました。
そして、個人から個人に贈与した場合については値上がり益課税は行わないとしたわけです。そのかわり、贈与を受けた者は、取得価額と時期を引き継ぎ、その後の資産の処分の時点で、従前の所有者のもとで発生していた値上がり益についても、値上がり益課税を受けることになるわけです。
ここでの結論としては、贈与の場合に譲渡所得課税を行わないのは、個人の場合に限った例外的な取り扱いだということを理解して下さい。
これらの理屈は所得税法59条に書いてあります。税法を読む際のノウハウは括弧の中を抹消して読むことです。本文と括弧内の文書を最初から読んでしまうと頭に入りません。括弧内は後に読めばよいわけです。そのように読みますと所得税法59条は次のようになります。
「次に掲げる事由により居住者の有する山林又は譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には」、つまり、譲渡したときには、「その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす」と書いてあるわけです。
そして、「贈与(法人に対するものに限る。)」となっています。つまり、法人に対する贈与は時価による譲渡とみなしますが、個人に対する贈与は時価による譲渡とはみなさないのです。
次に、「相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)」としています。この場合は、そのときにおける時価により譲渡したとみなすということです。
限定承認については後で説明しますので、ここで注意して頂きたいのは、贈与は法人に対するものに限り、遺贈も法人に対するものに限るということです。法人に対する贈与などについては時価で譲渡したとみなすと書いてあるわけです。
法人に対するものに限るのですから、逆に読めば、個人に対するものには課税されないということです。そのことについて所得税法60条が定めています。
個人が贈与により取得した場合のその資産の取得費はどうなるかということです。所得税法60条を読んでみますと、「居住者が次に掲げる事由により取得した前条第1項に規定する資産を譲渡した場合における」との意味は、要するに、居住者(個人)が、贈与を受けた資産を、その後、譲渡した場合です。「事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす」としています。
つまり、贈与や相続、あるいは遺贈によって個人が取得した財産は、「その者が引き続き所有していたとみなされる」わけです。だから、AさんからBさんが贈与を受けたときは、Bさんは、Aさんが所有していた資産を引き続き所有していたとみなされるのです。つまり、Aさんの取得価額と取得時期を引き継ぐわけです。
したがって、1年目、2年目、3年目と経過し、いま現在1,210万円になっている資産の贈与を受けた場合も、Bさんが1,000万円で取得したものとみなされ、かつ、この資産を3年前に取得したものとみなされてしまうのです。
Bさんが資産の贈与を受けた翌日に売却した場合であっても、仮にAさんが所有していた期間が5年を超えていれば長期譲渡所得ということになります。相続してから直ちに売却した場合でも、親が所有していた期間を通算してくれますので、親の所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得ということになるわけです。
長期譲渡所得か否かは、所有期間が5年を超えているか否かによって判定されますが、父親の所有期間を加えたところで、この5年間の期間が判定されることになります。
これが条文上の根拠です。結論としましては、譲渡所得の理解には所得税法59条と60条の理解は不可欠だということです。所得税法33条に譲渡所得のことが書いてありますが、あれは所有資産を適正な時価で売却した場合の課税関係の本則のことが書いてあるだけです。無償での譲渡、あるいは時価を下回る価額での譲渡のことは所得税法59条と60条に書いてあります。
これは政策立法である租税特別措置法ではありません。所得税法ですから、まさに所得税法の譲渡所得に対する考え方の基本が書いてあるのです。政策ではなく、理論として、こういう考え方を取得税法は採用しているわけです。
父親は上場企業の取締役をしていたが、株主代表訴訟を起こされ、この結論を見ないまま死亡してしまった。父親が所有する資産は300坪の居宅と預金。株主代表訴訟によって請求されている金額は80億円。限定承認の手続きをしようと思うのだが。 |
この場合の問題点を、また、1分間で考えてみてください。この人はどういう方法をとったらよいと思いますか。
限定承認は間違った手続だというのが答です。なぜ、間違っているかというと、限定承認をしたら、父親が所有する資産300坪の居宅を時価で売却したとみなされてしまうのです。
そうすると、株主代表訴訟に勝つか負けるかわからない段階で、所得税だけは先に納付するとの結果になってしまうわけです。仮に敗訴すれば、結局はゼロになる遺産ですから実害は生じません。300坪を売却したとみなされ、仮に1億円の所得税額を納める場合でも、300坪を実際に5億円で売却し、その代価の中から1億円を税務署に納め、残りの4億円を会社に支払うだけのことです。
でも、仮に、この訴訟に勝訴してしまったら問題です。相続人は300坪の土地を売却したとみなされ、死亡してから4ヶ月以内に確定申告書を提出し、その段階で1億円の税金を納めているわけです。これは裁判に勝訴した場合には無駄な税負担ということになってしまいます。
どういう理屈かというと、所得税法59条1項1号に「相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)」と書いてあるからです。限定承認の場合は、そのときにおける価額に相当する金額により譲渡したとみなされるわけです。
限定承認をしたら、そのときの時価で遺産を売却したとみなされるわけですが、その売主は亡くなった父親です。死亡したと同時に売却したとみなされるわけです。売却したとみなされたら、そこで所得税が課税されるわけですから、その所得税の納税義務を債務として相続人が引き継ぐことになります。
なぜ、このような考え方を採っているのかというと、国側の親切からです。税務署側の親切なのです。これは次のような理由です。
被相続人は300坪の土地を持っていました。限定承認というのは、通常は、債務が資産の価値を超えている場合、あるいは同額の場合に選択される手続です。
土地を売却して5億円で売れた場合でも、その5億円は債務の返済に消えてしまうわけです。この場合に、もし、限定承認について値上がり益課税を行わなかったら、この土地を売却したのは相続人ですが、相続人は父親の取得価額を引き継ぎますので、土地を5億円で売却した場合に、これが父親が大昔に1億円で購入していたものだとしたら、4億円の譲渡所得を相続人が申告することになってしまいます。
相続人は父親が取得した土地を相続し、その土地については父親の取得価額と取得時期を引き継いでいますので、相続の翌日に売却したとしても、相続人に対して値上がり益課税が行われてしまいます。
そして、相続してから、相続人が遺産を売却することによる譲渡所得課税ですから、それは相続人の譲渡所得であり、相続人が負担すべき税金です。これは限定承認の切り捨ての対象にはなりません。
相続人は、限定承認の手続きにより、5億円で土地を売却し、5億円を相続債務として弁済するわけですが、その上に、相続した後に売却した土地についての譲渡所得として、自分の財布から1億円の所得税を納めなければならないことになります。これは不合理です。
そこで、限定承認をした場合は、遺産は、それを相続した相続人ではなく、被相続人自身が売却したとみなすことにしているわけです。つまり、4億円の値上がり益に対する課税は父親に対して行われるのです。そして、課税された1億円の所得税も父親の債務とみなしてしまうのです。これは国に対する債務です。
相続人は、父親に代わって所得税を申告し、父親の所得税1億円の納税義務を確定させます。その他に株主代表訴訟に敗訴するなどの借金が存在するのなら、それらの債務と所得税を納税すべき債務を、すべて、限定承認の手続きの中で弁済すれば良いわけです。弁済できない債務が残ったとしても、それは限定承認の中で清算されてしまいます。相続人は相続した財産の範囲内で債務を返済すればよいわけです。
このように、国は限定承認をした人を守ってくれているわけです。しかし、弁護士の扱う事案は簡単ではありません。つまり、借金が存在することが確実な案件なら限定承認でも良いのですが、説例の株主代表訴訟のように、将来、勝訴するか敗訴するかが分からないとの案件では、限定承認の手続は選択できません。仮に、敗訴すればよいのですが、勝訴してしまった場合は、限定承認を選択し、1億円の所得税を納めたことが無駄になってしまうわけです。では、どうしたら良いでしょうか。また、1分間だけ考えてみて下さい。
これはアイデアの段階ですが、多分、生前に死因贈与契約を締結しておく方法は有効だと思います。父親が息子に対して財産の全てを死因贈与しておくわけです。財産の全てを個別に列挙して死因贈与契約に取り込んでおけばよいわけです。
そして、息子は相続を放棄してしまう。そうしましたら、息子は借金も遺産も相続しません。もちろん限定承認の手続も不要なわけです。相続放棄の手続をするだけです。しかし、死因贈与契約によって遺産の全てを取得することが出来ます。
さて、死因贈与契約で財産を取得したら、どのような課税関係が生じるでしょうか。これは相続税です。というのは、相続税が課税されるのは相続と遺贈と死因贈与ということになっているからです。死因贈与は、限定承認とは異なりますので、単純に相続した場合と同様に値上がり益課税は行われません。
息子は相続を放棄していますので、株主代表訴訟で敗訴しても怖くはありません。しかし、死因贈与によって300坪の土地と預金は取得できるわけです。ただ、最高裁判決で、死因贈与と限定承認の組合せについて次のような判決が出ています。
「不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である場合において、限定承認がされたときは、死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者らによる差押登記よりも先にされたとしても、信義則に照らし、限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないというべきである」(最高裁第二小法廷 平成10年2月13日判決 判時1635号49頁)。
最高裁は限定承認をした事案ですから、相続を放棄してしまうとの方法とは異なります。しかし、死因贈与契約によって財産を取得した場合は詐害行為といわれる可能性はあります。
でも、詐害行為といわれる場合は、株主代表訴訟に敗訴した場合です。敗訴した場合は、限定承認をしても、相続放棄をしても、単純承認をしても300坪の土地を失います。
つまり、死因贈与を利用する方法なら、裁判の勝敗が確定する前に1億円を納税しておかなければならないとのリスクだけは回避できるわけです。
ただ、この方法は、私自身、まだ実行した経験はありません。仮に、私が実行する場合でしたら、息子に対する死因贈与ではなくて、孫に対して死因贈与をしておきます。そして息子は相続を放棄してしまう。そうすれば権利の乱用などとの発想が出てこないのではないかと思います。ここでの結論として限定承認は間違った手続だということです。
いままで、譲渡所得課税の本質は値上がり益課税だと説明してきましたが、これで説明を終わりにして、次に、所得税の膨大な量の特例にテーマを移らせて頂きます。
所得税法は所得を10種類に分けています。法人税法の所得は一つです。法人の場合は、全ての取り引きの収支を大きな一つのバケツに入れておけば良いわけです。儲かった場合も、経費を支出した場合も、全て、そのバケツから出し入れをします。そして、最後にバケツの中に残った分が法人の利益です。それに法人税を課税します。
でも、所得税の場合は異なります。10個のバケツを税務署が貸してくれます。なぜ、10個かというと、個人が稼いだ所得については、各々の所得の種類によって担税力が異なると考えるためです。
例えば、退職金ですが、これは1年間で儲けた所得ではなく、10年間、あるいは20年間の勤めの結果として獲得した所得です。それを今年に受け取ったとの事実から、今年の所得として、一時に課税するのは気の毒です。
もちろん、所得税法は、所得が発生した年度に課税するとの理屈を採用していますので、退職金を今年に受け取ったら、それは今年の所得として課税します。しかし、退職金は、今年だけの稼ぎではなく、30年間の勤務の稼ぎです。
それに対して所得税法の超過累進税率を適用するのは不合理だとの理屈です。超過累進税率というのは、所得が増えるに従って、税率が上昇していく税率構造です。
つまり、所得330万円までは1割の税率ですが、330万円を超えた場合は2割の税率になり、さらに900万円を超えたら3割の税率になるとの税率構造です。
ですから、5年間で毎年330万円ずつを稼げば、その人に課税される税率は1割で済むわけです。しかし、1年間で1,650万円を一度に稼いだ場合ですと、その内の330万円分には10%の税率を乗じますが、それを超える分570万円には20%の税率が適用され、さらに、750万円には30%の税率が適用されるわけです。
つまり、所得は、毎年、平均的に確保した方が税負担は少なくて済むわけです。退職金についても、30年分を一度に受け取るのではなく、30年間の毎年に分割し、給料に加算して貰った方が税負担は少なくて済むとの理屈です。
そこで、一度に受け取る退職金については、通常の所得と区分し、退職金所得として特別の所得計算方法を採用することにしました。つまり、勤続年数に応じた退職所得控除を差し引き、さらに2分の1にした金額を所得とみなすとの取り扱いです。この方法で税負担を軽減しているのです。所得税法は、このように所得の種類によっての所得計算方法を定めているわけです。それが、10個のバケツです。バケツごとに所得の計算方法は異なるわけです。
利子所得は源泉分離課税との方法で20%の税率が適用され、それで課税関係は終了です。なぜ、そのようなことにしているかというと、普通預金や定期預金の利息を全体の所得に加算して所得税を申告してもらうとの制度では、実務の運用は無理だからです。大概の人達は、銀行から幾らの利息を受け取ったかという計算はしていないと思います。
この点について、弁護士はミスをしているかもしれません。つまり、弁護士業として、事務所の預金がありますが、それに利息が付いた場合の所得計算です。
几帳面な弁護士は、これを事業所得の収入金額として所得申告しているかもしれません。でも、これは不要です。銀行から受け取る利息は、利子所得として既に20%の課税が行われた残額なわけです。ですから、事務所の預金の利息であっても申告する必要はありません。
次に配当所得ですけれども、これも特異な考え方をします。というのは、配当所得というのは、既に課税済の所得だと考えるわけです。なぜかといえば、会社が1億円を儲けた場合には、会社には4,000万円の法人税が課税され、税引き後の利益として会社に残るのは6,000万円です。それを株主に配当する。その6,000万円の配分が配当所得です。これに通常の所得税を課税したら、株主の最終の税引き後の手取りは3,000万円になってしまうかもしれません。
しかし、株主自身が個人として商売をして1億円を儲けたら、それに所得税が課税されても5,000万円が個人の手元には残ります。そうしますと、会社に出資して商売を行った場合と、個人として直接に商売をする場合とで結論が違ってしまいます。
ということで、配当所得については、株主は6,000万円を受け取るが、それは既に課税済所得だということで、株主の所得計算の段階での修正をしてくれることになっているわけです。それが配当所得控除との制度です。
しかし、これには批判があります。小さな会社で、オーナー自らが会社を経営している場合なら、会社が1億円を儲けたら、これは俺の儲けだとオーナーはいうと思います。そして、4,000万円の法人税も、俺が支払った税金だと考えると思います。
しかし、新日本製鐵の株式を購入して、新日本製鐵が200億円を儲けた場合に、この200億円の内の俺の持ち株分5,000万分の1は、俺の儲けだと考える株主はいないと思いますし、もし、存在したとしたら相当に楽天的な株主です。
そうしましたら、株主の所得は、新日本製鐵が稼いだ200億円ではなく、新日本製鐵の税引き後の所得100億円でもなく、現実に配当として株主に支払われた10万円と考えて良いと思います。つまり、これは預金と全く同じような課税関係で良いのではないかと思うのですけれども、そこらについて、いろいろな理屈のせめぎ合いがありまして、配当所得という分類が存在します。
不動産所得と事業所得は同じ所得計算です。儲けから経費を差し引いて所得税を計算することになります。これは法人税に一番近い計算方法です。
給与所得は、弁護士が大学の非常勤講師を引き受けた場合に課税される所得計算です。大学からもらう給料は給与所得に分類されます。給与所得の有利なところが2点ありまして、まずは、給与所得控除の存在です。最低でも65万円を差し引いてくれます。非常勤講師の報酬は年額65万円を超えないと思いますので、弁護士にとって、これは非課税の所得です。
それと、給与所得には事業税が課税されないことが第2のメリットです。この2つの違いがあることから、弁護士として3,000万円を稼いだ場合と、サラリーマンとして2,500万円の給料を貰った場合の手取りは同じくらいの金額になります。
給与所得は有利ですので、弁護士の中には、受け取った報酬を給与所得に分類したがる人達がいます。顧問料は給与所得だと主張する人達です。そして、給与所得として申告したら、そのまま税務署が認めてしまったとの話も、よく聞く話です。
しかし、それは理屈上から認められたことではなく、単に、泥棒が捕まらなかっただけの話です(笑)。顧問料は給与所得にはなりません。なぜ給与所得にならないかというと、給与所得と顧問料の違いについては幾つかの判例があります。弁護士が原告となった税務訴訟の判決です。その判決は、給与所得に分類されるためには、時間的、場所的、あるいは指揮命令的な拘束がなければならないと判断しています。弁護士が、顧問契約に基づき、毎週水曜日の午後に法律相談に会社にお伺いしますとなっていても、それは場所的な拘束とは言えないし、時間的な拘束とも言えないと判断されています。
退職所得は、先ほどに説明しましたとおり、何十年分の稼ぎの対価ですから、退職所得控除を差し引いて、その残りを2分の1にした上で課税することにしています。4年以内に2度続けて退職金を受け取ると、退職所得控除の計算の基礎になる勤続年数の計算について、重複する勤続年数を控除する必要が生じます。
しかし、4年を経過してから退職金を受け取れば、それ以前に受け取った退職金とは無関係です。ですから、オーナーが会社を4つ経営していたら、5年毎に会社を退職していけば、非常に有利な節税方式が利用できます。
退職した後に、また、5年も経過したら以前の会社に復職する。5年毎に退職金を受け取り、その代わりに役員報酬はゼロにするということにしたら、それなりの節税効果が受けられるはずです。なぜ、4年を経過すれば良いのかは、多分天下り役人との関係です。天下って4年間ぐらい勤めて、また次のところに転職する。これが退職金を優遇する理由ではないかと勘ぐっています。
山林所得。これは育成した山林の木を切って売却した所得です。木が育つのには何十年もかかるからということで優遇しています。
譲渡所得。これが今日のテーマです。しかし、所得税の本法に登場する譲渡所得というのは、基本的にはゴルフ会員権の譲渡だけです。というのは、土地建物の譲渡については、後に説明します租税特別措置法が適用され、所得税本法は適用されません。
一時所得は競馬の馬券で儲けた場合です。テレビのクイズ番組に出場して儲けた場合も一時所得です。これは50万円を差し引いて2分の1に課税されます。
雑所得は、どれにも分類されなかったゴミのような所得です。弁護士が雑誌に原稿を書いて受け取る原稿料は雑所得なのか、あるいは事業所得なのかと議論をすることがありますが、たぶん、雑所得です。
雑所得でも、事業所得でも、所得の計算方法は同じです。要するに収入から経費を差し引くだけの計算です。雑所得に分類されたら少しは有利になるのが、事業税が課税されないということです。
この10個の所得が所得税法に基づく課税です。しかし、土地と建物の譲渡に登場してくるのは租税特別措置法です。そこでは長期と短期を区別しています。長期、短期というのは所有期間についての区別で、5年間を区切りにしています。しかし、特例によっては10年間を要求しています。
では、なぜ長期と短期を区別しているのかというと、長期譲渡所得については、普通より軽い課税をしているのです。それは今年1年で獲得した利益ではないからと説明されています。仮に、5年間の所有なら、5年間の値上がり益の合計額について、譲渡の時点で課税することになるわけです。正しくは、譲渡所得を5で除して、それに税率を乗じて5倍にすべきです。
10年間の所有期間なら、10で除して、それに税率を乗じて、その税額を10倍にしてくれれば良いわけです。そのような思想を取り入れて、長期譲渡所得については優遇のために低い税率を適用しています。では、短期譲渡所得はといえば、普通の総合課税より重い課税をします。
これは日本特有の概念です。土地を転売して儲けるのはけしからんとの思想があります。土地を転売して儲けることを認めると、地上げ屋がどんどんと土地を転売し、そのために土地がどんどん値上がりしてしまう。だから、短期に転がした場合は重い課税をするという制度を作っています。政策立法です。
バブルの頃には、2年内に売却した場合、5年内に売却した場合だけではなく、土地を売却した全ての場合について、法人についても重課税を負担させるとの政策立法がありました。しかし、現在は地価値下がりの時代ですから、法人に対する土地重課制度は全て廃止されました。しかし、個人については長期譲渡所得と短期譲渡所得という区別を置いています。
長期譲渡所得の税金についても、バブルの頃、一般の所得よりも税負担を軽減するのは間違いであり、一般の所得よりも税負担を重くすべきだという説がありました。長期だろうが、短期だろうが、汗を流して稼いだカネではない。だから、重い課税をすべきだとの説ですが、それは採用されませんでした。なぜ採用されないかといえば、税金を重くすると凍結効果が生じてしまう。つまり、譲渡しても、その大部分が税金で消えてしまうということになれば、誰も土地を売らなくなってしまうのです。
ここに10億円の土地を持っているとします。これを売り払って4億円の税金を取られてしまい、残るのは6億円の現金になってしまうという場合に、どのような選択をするかと考えれば明らかです。誰でも、6億円の現金よりは10億円の土地の方が良いでしょう。
10億円の土地を売却し、4億円の税金を納めて、6億円の現金を手にしたら何をするかといったら、また、土地を買うわけです。そうしましたら、10億円の土地が6億円の土地になってしまうだけですから、誰も土地を売らなくなってしまいます。
国としては、土地の値上がり益で儲けてほしくはないけれども、そのために重い課税をすると、今度は土地の供給が止まってしまうというジレンマのところで租税特別措置法ができているわけです。
所得税の課税関係、特に、土地の課税関係の説明を終わりまして次に移らせていただきます。
土地を売却したら課税されるとの説明をしてきますと、「土地を売ったら税金がかかるんだな」と勘違いされてしまうことがあります。でも、土地を売却しても常に税金が課税されるわけではありません。
土地を売却して利益が発生したら税金が課税されるのです。ですから、例えば、現在のように地価値下がりの時代なら、1,000万円で購入した土地が、2年目には値下がりして900万円になり、その段階で譲渡しても所得が発生しないとの理屈になります。
それと、マンションなどの場合は減価償却をします。事業に使っている建物は減価償却しているけれども、住んでいる家の場合も、所得を申告する必要がないから減価償却の計算をしていないだけで、実際には減価償却が必要なのです。
1,000万円で購入したマンションを何年間か使っていれば、その間、たとえば、90万円の減価償却が行われます。購入した価額は1,000万円ですけれど、今の帳簿価額は910万円とみなされるわけです。その910万円のマンションを810万円で売却するのですから、100万円の譲渡損が発生します。
この譲渡損が発生したらどのような効果が生じるかというと、所得税法69条に登場する損益通算です。「総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、政令で定める順序により、これを他の各種所得の金額から控除する」としています。
つまり、弁護士がバブルの頃に5,000万円でマンションを購入していたとします。これが今は3,000万円に値下がりしています。そうしましたら、それを売却してしまえば、弁護士業に課税される所得税について節税効果が生じます。
5,000万円で購入したマンションですから、減価償却後の帳簿価額は4,500万円になっているかもしれません。それを3,000万円で売却すれば、1,500万円の譲渡損が出せるわけです。それを弁護士業の所得と通算すれば、今年の弁護士業の所得が3000万円だったという場合でも、そこから1,500万円を差し引いた残額についてのみ所得税が課税されるだけで済むわけです。
値下がりして損してまで売却するのはもったいないと考える必要はありません。売却先は奥さんでも良いわけです(笑)。ただし、奥さんに売却した場合に税務署が気にするのは、本当に売却したのかとの事実確認です。「売ったことにした」のではないかと確認します。そこで注意して頂きたいのが代金をきちんと通帳からの振替で支払っておくことです。
何件か同種の処理をしてきました。顧問先の会社がバブルの頃に購入した本社ビルを社長に売却して譲渡損を計上するとの処理もあります。そのとき税務署が気にするのは代金が実際に支払われているか否かです。
ですから、預金通帳を経由し、きちんと代金を移動しておくことが必要です。それと、奥さんが、その資産を購入するだけの現金を持っていたのかもチェックされます。
奥さんの預金がなければ、奥さんに銀行から借金してもらわなければなりません。では、どのように銀行から融資を受けるかといったら、それは簡単です。売買代金は夫の手元に入るわけですから、それを預金して、その預金を担保にして奥さんが融資を受ければよいわけです(笑)。これはゴルフ会員権についてもいえます。売るなら今です。
財産分与について譲渡所得課税が問題になることは、この頃は、弁護士なら誰でも知っています。離婚して財産分与をすると、譲渡所得課税が、分与した側に課税されます。通常は、夫から妻に財産を渡しますので、渡した夫の方に譲渡所得課税の問題が生じます。
もらった妻には贈与税が課税されるかというと、これは課税されません。財産分与は贈与ではないからです。なぜ譲渡所得課税が行われるかというと、最高裁が説明しているのは、「譲渡所得課税の本質は値上がり益課税にあり。だから、値上がり益が実現したんだから課税する」との理屈と、「財産分与というのは無償による譲渡ではない。離婚と同時に財産分与支払義務が発生する。その義務に対する代物弁済としての有償譲渡なのだから課税する」という理屈です。
値上がり益課税の理屈は、私が今まで説明してきた理屈と同じです。しかし、この理屈は財産分与には当てはまりません。譲渡所得課税の本質は値上がり益課税にあるのですけれども、本質が値上がり益課税にあるからといって、それで所得税の課税が行えるわけではありません。
本質論を言い出せば、サラリーマンの給与所得課税の本質は会社に行って働くことにあるとの理屈になってしまいます。会社に行って働いていたら、給料をもらわなくても所得税が課税されるかといったら、そんなことはありません。給料をもらうから課税されるわけです。
無償による譲渡の場合については、所得税法59条がありました。個人から個人に無償で譲渡しても課税はできない。法人に対して無償で譲渡した場合には課税される。そのような条文が存在するから課税されるわけです。財産分与に課税するのが正しいとすれば、それは最高裁が述べる後段の理由による課税です。つまり、財産分与は有償による譲渡なのです。
そして、財産分与をすると譲渡所得課税の問題が生じると、弁護士の頭には刷り込まれているのですが、これは間違いです。今離婚すれば、逆に、税務署から補助金がでます。まさに離婚をするなら今です(笑)。
弁護士が持っている不動産はバブルの頃に購入しています。バブルの頃に奥さんも入れ換えた方がいると思います。そして、その奥さんとの仲が壊れてきたのが今頃です。
そうしましたら、そのマンションを奥さんに渡して離婚すればよいわけです。バブルの頃に1億円で購入したマンションですが、そのマンションは4,000万円に値下がりしているわけです。これを財産分与として奥さんに渡したら、譲渡所得課税ですから、譲渡所得の計算をしますが、その答は5,500万円の譲渡損です。
その損失は弁護士業の所得と通算してくれます。弁護士が離婚し、財産分与をしたことについて、税務署から3,000万円ばかりの補助金が支払われるとの勘定になるわけです(笑)。これが譲渡利益の計算方法に対する説明です。
所得税法には膨大な量の特例があります。その特例の中から、普段に使う幾つかを説明させていただきますと、まず所得税法の本則にある3つの特例です。租税特別措置法は毎年のように改正されますが、所得税法の基本は改正されません。今後10年間も改正されないはずです。過去20年間は改正されていません。
ですから、この3つの本則の方については、今日、理解していただければ、今後10年間は使える知識です。
これは事件にもよく登場する特例です。主たる債務者が破産してしまい、保証人や、物上保証人が債務を弁済するとの事案です。物上保証人の提供している担保物件が競売されてしまう場合や、第三者に所有資産を売却して保証債務を履行するような場合です。
そのようなときは、譲渡所得と、保証債務の履行のための資産の譲渡の特例を思い出して頂く必要があります。先ほどから説明しているとおり、売買だけが譲渡というわけではなく、競売も譲渡です。所有権移転に関する一切の行為は譲渡所得の課税の対象です。
「俺はいっぱい財産を持っているんだ。だけど、あいつの保証をしてしまって、この土地を処分しなければならない。任意に売却したら譲渡所得課税が発生するので、それなら競売になってしまえば所得税を支払わなくて済む」との発想をしてはいけないのです。競売も、任意売却も、譲渡所得課税です。
ただ、他人の借金を弁済するために資産を売却した場合については、気の毒なので、特別に非課税にするとの制度が所得税法64条2項です。
括弧書きを飛ばして読むと、「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたときは、その行使することができないこととなつた金額を前項に規定する回収することができないこととなつた金額とみなして、同項の規定を適用する」と書かれています。
前項には次のように書かれています。仮に1億円で土地を売却したのだが、買主が倒産し、代金が5,000万円しか入金しない。常識的には移転登記と残代金は同時履行にしますから、このような事故が起きることはありませんが、そのような事故が生じたら、1億円で売却したのではなく、5,000万円で売却したとみなしてくれます。これが1項の規定です。そして、保証債務の履行のために資産を譲渡した場合は、これと同じにみなしてくれるのです。
ですから、友人の保証人になり、1億円の借金の保証人になってしまったという場合に、仕方がないので自分の土地を2億円で売却し、その内の1億円を保証債務の履行に充てたというときには、この土地は1億円で売却したとみなしてくれるわけです。それが保証債務の履行の特例です。
ただ、これは特例ですから、結構、怖いところがあります。裁判所は「この規定は特例であるから、より厳格に解すべきであり」というような判断をするのです。私は特例だから厳格に解する必要はないと思います。それは特例的な書き方をしているだけの話です。しかし、特例については厳格に解するべきであり、小さなミスがあった場合でも救済の余地はないとの判決は、よく見かけるところです。
後に具体的な事例でも説明しますが、保証債務の履行のための資産の譲渡の場合の特例について問題になるのは、まず、主たる債務者が債務超過になって弁済不能になることが確定している段階で行った保証はダメだとしています。つまり、最初から求償権不能を承知の上で保証をした場合は、それは保証ではなく、贈与だとの理屈です。しかし、現実の社会では誰もが天才というわけではありませんので、弁済不能の場合であっても、一縷の望みに賭けて保証をしてしまうことがあります。でも、それはダメだと判断されます。
それから、もう1つ気をつけてほしいのが3項です。「前項の規定は、第152条の規定による更正の請求をする場合を除き、確定申告書に同項の規定の適用を受ける旨その他財務省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用する」との要件を定めています。
仮に、2億円の土地を売却して1億円を保証債務の履行に充てた場合なら間違いは生じないと思います。残った1億円には所得税が課税されますので、所得税の確定申告書を提出することは失念しません。でも、仮に1億円の保証債務を負担し、不動産の売却価格が1億円だったり、あるいは8,000万円の場合ですと、自分には一銭も入ってきません。
あるいは競売されてしまった場合なども、所有者には代金は一銭も入ってきません。そのために、所得税の申告をすることを失念してしまいがちです。しかし、所得税の申告をして、そこに特例の適用を受ける旨を記載しておかないと特例の適用は受けられません。
ただ、所得税法64条4項で、特例の適用を受けるとの趣旨の記載のない申告書が提出された場合でも、やむを得ない理由がある場合は救済するとしています。ですから、通常の場合のミスは救済されるわけですよ。
でも、所得税の申告書に特例の適用を受けるとの記載がないのでダメとした判決もあります。どういう場合かというと、別の争点によって特例の適用が否定され、それが税務訴訟になったような場合です。
例えば、保証人にはなったが、求償権不能になってしまうことが理解できる段階での保証だったような場合です。求償権が行使不能になることを承知の上で保証をした場合は特例の適用はありません。そこで、課税庁は、求償権の行使不能であることを承知の上での保証だとして特例の適用を否認します。しかし、納税者は、主たる債務者は財産をもっており、まさか保証債務を負担することにはならないと思って保証したと主張します。
そのような争点が裁判で争われていたが、結局、納税者の言い分が正しいことが判明してきた。つまり、「なるほど、真実は債務超過だけれど、少なくとも保証したときは、保証人は求償権行使不能だとは思っていなかった。相手は財産があると思っていた」ということが明らかになってくるわけです。そうしますと、税務署は訴訟では敗訴してしまう。そのときに、「いや、あなたは申告書に特例を受ける旨の記載をしてないからダメ」との手続の問題を持ち出すわけです。
税務署の判断基準は、課税の第一線段階と、訴訟段階では異なってきます。課税庁の職員から税理士になった人達と話をすることがあります。弁護士は税務訴訟から税法を学ぶ面が多いので、「所得税の申告書に特例の適用を受けるとの記載がないのでダメ」と考え、そのようにいうと、税務署OBの税理士は、「いや、大丈夫です、税務署は認めます」と答えます。
この違いは課税の第一線理論と訴訟段階理論の違いです。第一線段階では、社会の常識は守り、手続ミスで納税者に損失を負わせるような非道な課税処分はしません。なるべく納税者を救済するように考えてくれるわけです。税務署職員も人の子です。その意味では、どちらかというと善人な公務員です(笑)。
この善意は、異議申立ての段階までは期待できます。しかし、審査請求という次の手続に進むと善意は期待できません。審査請求は国税審判所に申し立てますが、この段階まで手続が進んでしまうと、納税者の言い分を認めること、つまり、税務署が間違っていたと認めることに税務署の意地がかかってきます。納税者の言い分を認めたら、税務署がミスをしたことになってしまうので、そこでの対応は厳しくなります。そして、裁判になって税務署が敗訴したら、これは日本の国家公務員がミスをしたことになるわけですから絶対に負けられません(笑)。
課税の第一線では常識で判断する税務職員も、訴訟になったら勝つことしか考えないそうです。勝つために税務署職員は偽証までします。しかし、公明正大な公務員である税務職員が偽証をしたということを裁判所に納得させることは不可能ですし、仮に、裁判所が納得しても、裁判官として、公務員が偽証をしたとの判決を書くことは相当の勇気が必要なことだと思います。
ということで、裁判になったら手続ミスでも救済はされません。これが保証債務を履行した場合の譲渡所得の特例です。特例はあるのだけれども、このような厳しさがあるということをご理解ください。
所得税法9条の非課税所得の特例の一つです。条文を読みますと、所得税法9条で、「次に掲げる所得については所得税を課さない」として、その1項10号には次のように記載してあります。
「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第2条第10号(定義)に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得」。
強制換価手続というのは競売ですから、競売されてしまったときは課税しないとしているわけです。でも、競売の場合なら常に課税しないというのではないのです。その人の全ての財産が競売されてしまう場合は課税をしないわけです。
具体的には破産の状態です。破産してしまったら全ての財産が競売されてしまいます。そのようなときには、所有資産を売却しても所得税は課税されないことになっています。
では、破産までに至らない場合はどうかというと、競売手続によって処分される場合でも譲渡所得課税は行われます。
例えば、5億円の借入をしている場合に債権者に対して資産を代物弁済するとします。仮に3億円相当の財産を代物弁済して借金を免除してもらいます。その際に、代物弁済に弁護士が関与し、「3億円の資産を代物弁済するが、この資産が競売になったら2億5,000万円でしか売れない。だから債務者に対して立退料として5,000万円を支払って欲しい」と弁護士が交渉すると、3億円の全額について所得税が課税されてしまいます。
所有していた資産の全て、つまり、3億円の全てが代物弁済に充てられてしまう場合は、資力を喪失した場合ということで、所得税は課税されませんが、しかし、3億円の資産から5,000万円を手に入れたら、その資産を3億円で売却したことについて所得税が課税されるてしまいます。
その場合の所得税額は、もしかすると5,000万円を超えてしまうかもしれません。仮に、7,000万円の所得税が課税されてしまうと、5,000万円を手に入れても、結果は逆ざやです。
ですから、資力を喪失したということで資産を代物弁済するのだったら、とことん代物弁済してしまった方が良いと思います。課税の理屈はそういうことになっています。
次が所得税法58条の固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例です。これも頻繁に登場する特例です。所得税法58条を読みますと、「居住者が、各年において、1年以上有していた固定資産で次の各号に掲げるものをそれぞれ他の者が1年以上有していた固定資産で当該各号に掲げるものと交換し、その交換により取得した当該各号に掲げる資産をその交換により譲渡した当該各号に掲げる資産の譲渡の直前の用途と同一の用途に供した場合には、第33条(譲渡所得)の規定の適用については、当該譲渡資産の譲渡がなかつたものとみなす」としています。
要するに、交換したときは譲渡はなかったものとみなすということです。逆に言えば、交換も譲渡です。所有権を移転する一切の行為は譲渡にあたります。ですから、私が大昔に1億円で購入した土地が今は10億円に値上がりしているという場合に、それを他人が持っている10億円の土地と交換したら、私に対しては9億円の譲渡所得が実現したものとして課税するというのが所得税法の本則です。
でも、その本則を適用したら、隣地について、お互いの土地を侵害して家を建ててしまったという場合に、その侵害している部分を相互に交換し、権利関係を調整するということも出来なくなってしまいます。あるいは境界がでこぼこしているので、境界を真っ直ぐにしたいという場合もあります。
それは土地の交換になるわけです。そのときに譲渡所得課税を行ったら気の毒です。当事者は土地の交換で所得が発生するとは思っていません。ということで、要するに、同一種類の固定資産の交換については譲渡所得課税を行わないとの特例を作ってくれました。
ただ、要件は相当に厳しいものです。まず、同じ資産でなければなりません。つまり、土地と土地の交換でなければいけないのです。それから、固定資産でなければダメです。土地は常に固定資産だとの考え方ではありません。例えば、不動産屋が所有している販売用不動産は固定資産ではなくて棚卸資産です。
それから、等価の交換でなければダメです。つまり、当方が10億円の土地を提供し、相手方が6億円の土地を提供して、差額4億円は現金で清算するという場合はダメなのです。
10億円に対して2割以上の交換差金がある場合は、10億円の全てについて交換特例の適用が否定されます。6億円分だけは交換特例が適用になるとの理屈は採用されていません。それならということで、当方が10億円の土地の内の10分の6の持ち分を提供して相手方の所有地と交換し、10分の4については売買ということで代価を支払って貰うとの処理をしても、それは否認されます。
ここで怖いのは、5億円のマンションと5億円のマンションを交換する場合です。5億円のマンションというのは土地と建物を合計した価額です。この場合は、双方の交換提供資産の土地と土地、建物と建物が別々に等価でなければならないのです。
片方は3億円の土地と2億円の建物で、他方は2億円の土地と3億円の建物だというときは、2億円の建物と3億円の建物を交換したことになってしまうのです。土地は3億円の土地と2億円の土地を交換したことになってしまう。だからダメなのです。2割以上の交換差金になってしまいます。それが交換特例で注意していただくことです。
税法の分野では通達が幅を利かせていまして、当然のことながら、交換特例についての幾つもの通達が作られています。代表的な国税は、所得税法、法人税法、相続税法、消費税法で、その他に酒税法とか印紙税法などがあり、別に地方税法もあります。その各税法について全て通達があるのです。
通達には基本通達と個別通達があり、基本通達は、言葉の通り、基本的なことが記載してありますが、その基本通達も毎年のように改正されます。その他に個別通達があり、個別の問題が発生するたびに個別通達を出すわけです。
租税特別措置法にも基本通達があり、個別通達があります。その個別通達と基本通達にはどういうことが書いてあるかというと、条文に書いてあることの具体的な解釈の方法が書いてあるわけです。法律ではダメと読めそうな取り扱いも、ときには、通達でokとしている場合もあります。
そして、実務は何で動くかというと、一番に重要な基準は基本通達と個別通達です。2番目に重要なのが国税局の職員がアルバイトで書いている質疑応答集です。なぜ質疑応答集が重要かというと、多くは通達に書いてあることを重ねて説明しているのですが、その中には、まだ、通達に書くには早すぎるとの取り扱いを質疑応答集に書いて、探りを入れるとの手法があるからです。「こんな場合はこういうふうに解釈します」と質疑応答集に書いて、それで実務に問題が生じなかったら通達に取り込み、問題が生じた場合、つまり、その取扱いを利用して節税してしまう人達が登場した場合は、そのことを考慮して、さらに様子を見るとの手法です。
通達は上級庁の下級庁に対する指揮命令書で、法律的な拘束力はないのですが、しかし、通達に書いてしまうと影響が大きいので、まずは質疑応答集に書いてみて、問題が生じなかった場合に限り通達に取り入れるとの運用です。その意味で、実務は通達が1番、質疑応答集が2番、3番目が法律、4番目が判例、5番目が憲法です(笑)。そういうような順番になっています。そして、ここでの結論は、交換も譲渡です。
租税特別措置法の特例の内で利用する機会の多い特例を紹介してみます。租税特別措置法ですから理屈はありません。政策のための立法です。
たとえば、所得税の一つの条文は、民法の一つの条文に比較し、非常に長文です。しかし、読むことが出来る長さの文書です。租税特別措置法の条文には読み切れないほどの長さの条文があります。法人に関する租税特別措置法の条文などは、2頁、3頁の長さの条文があります。1ページに「。」が登場せず、「、」ばかりが続くことがあります。ずっと文書が続くという長嶋監督の挨拶や判決のような条文があります(笑)。
居住用資産を譲渡した場合は3,000万円の控除ができることになっています。この条文を読みますと次の通りです。
「個人が、その居住の用に供している家屋で政令で定めるものの譲渡若しくは当該家屋とともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡をした場合又は災害により滅失した当該家屋の敷地の用に供されていた土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡」と文書は続きますが、この条文を読んでいくと、最後の方に3,000万円を控除するとどこかで書いてくれています(笑)。
居住用の資産の譲渡の場合は譲渡所得から3,000万円を控除してくれるわけです。これも恐い特例です。居住用の土地建物を売却すれば3,000万円の控除になるのだというと、これが適用されない場合があります。
というのは、通常は土地と建物を売却します。そして、利益が生じるのは土地の売却です。建物の売却からは利益は普通は発生しません。でも、この条文は、常に家屋が主人公です。「家屋を売却した場合」と「家屋とともに敷地を売却した場合」に特例が適用されるとしています。
そして、「災害により滅失した当該家屋の敷地の用に供されていた土地」は良いとしています。つまり、土地だけを売却する場合は、それが災害によって建物が壊れた場合でないと3,000万円の控除は使えないとの条文です。
マイホームを売却する場合に、「建物は要らないから土地だけを売ってくれ」と言われ、では、建物は売主が取り壊して敷地だけを売却するとの処理をすると、3,000万円の控除の特例の適用が受けられなくなってしまうかもしれません。
でも、それは可哀相です。そこで、建物を壊しても、取り壊してから1年以内に売却すればokという通達を書いてくれているわけです。ただ、そのようなことは条文には書いてありません。
これは通達が特例の適用の範囲を広げてくれた取り扱いです。でも、怖い場合があるのです。建物を壊して敷地の半分を売ろうと予定します。建物を壊さずに売れれば良いのですが、建物は敷地の全部に建てられているので、これを壊さなければ敷地の半分が売れません。そこで建物を取り壊して敷地の半分を売却し、残りの土地に自宅を建築することを予定します。
その予定に従って建物を取り壊してしまう。それで建物が建ち上がってから、さあ分筆して売却しようということになったら、建物を取り壊してから1年を経過していた。そうしますと3,000万円の控除は使えません。租税特別措置法の特例の適用を受けるときは建物が主人公だということをくれぐれも注意してください。
居住用資産を売却した場合は、さらに特例があります。3,000万円の控除は、居住用資産の売却なら常にokですが、さらに、3,000万円を控除した残額について適用される税率を低くしてくれるとの特例もあります。
「個人が、その有する土地等又は建物等でその年1月1日において第31条第3項に規定する所有期間が10年を超えるもののうち居住用財産に該当するものの譲渡」の場合は通常の譲渡所得に比較して軽減した税率を適用するとしています。
土地建物の譲渡について、長期になるか短期になるかの区別というのは、今5年ということになっています。だから5年との期間を記憶しておいて頂けば良いのですが、この条文だけは10年という期間を定めています。所有期間が10年を過ぎていないと軽減税率の適用がありません。
ここでも怖いのは主人公は建物だということです。そして、建物を取り壊さず、建物と敷地を一緒に売却しようとしても軽減税率の適用が受けられない場合があります。建物を建てかえている場合です。3年前に自宅を建て替えて新築している場合はダメです。建物は3年しか所有していません。
でも、ちょっとひどいですね。どう考えたっておかしいと思います。土地と建物の売却の場合は、通常は土地の売却によって利益が発生するわけです。建物の売却から利益が出ることはありません。そうしましたら、3年前に建て替えた建物の場合だって関係はないのではないかと思います。けれども、土地と建物の双方について10年間の所有期間を要求しているのが、この特例です。租税特別措置法には理屈はありません。
条文を読んでみますと、「相続又は遺贈による財産の取得をした個人で当該相続又は遺贈につき同法の規定による相続税額があるものが、当該相続の開始があつた日の翌日から当該相続に係る同法第27条第1項又は第29条第1項の規定による申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に当該相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合における譲渡所得に係る同法第33条第3項の規定の適用については、同項に規定する取得費は、当該取得費に相当する金額に当該相続税額のうち政令で定める金額を加算した金額とする」としています。
要するに、相続した資産を売却した場合には、譲渡所得から差し引かれる資産の取得費について優遇してくれるとの特例です。ただ、相続税の申告期限から3年以内に資産を売却した場合に限っての特例です。申告期限は相続の開始の日から10ヶ月です。相続したときから3年10ヶ月以内に売却したときには特例の適用があるわけです。
相続税の申告期限は、以前には6ヶ月でした。そして、本件の特例適用期間は2年だったのです。それを納税者の有利に延ばしてくれたのは、納税者のことを考えたのかというと、そうではありません。
相続税について物納申請が溢れてしまったのです。何しろ、国に物納した場合は所得税を課税しないとの特例が別に存在します。相続した資産を売却して相続税を納める場合は、その売却について譲渡所得課税を受けますが、国に物納してしまう場合は譲渡所得課税は行われません。
さらに、地価の値下がりがあります。相続財産を市場で売却するよりも、相続税評価額で国に物納した方が高く処分できるわけです。それで国は困ってしまいました。なぜかというと、物納資産は相続税評価額で引き取るわけですが、引き取った土地はさらに値下がりしています。
そこで、物納をせずに市場で売却した場合には所得税について優遇するとの特例を作り、さらに、その特例の適用期間を3年に延長したわけです。
さらに、この特例を納税者に有利な内容に変更しました。例えば、10億円の土地を3つ相続し、その他に10億円の預金を相続して、その相続に対して10億円の相続税が課税されたとします。
この場合に、常識的には10億円の相続税を納めるということで10億円の土地を売却するのなら、その10億円に課税された2億5,000万円の相続税を取得費に加算してくれるということになると思うのです。つまり、10億円の土地が、その昔に父親が1億円で購入していたものだとしたら、その1億円に2億5,000万円を加算し、3億5,000万円を取得価格と認定してくれて、それと10億円の差額である6億5,000万円について所得税を課税するというのが常識的であり、これが従前の取り扱いでした。
ところが、そこを改正して、土地に課税された税金の全額を取得価格に加算して良いとしたわけです。ですから、3つの10億円の土地を相続し、別に10億円の預金を相続して、10億円の相続税を納めた場合に、相続税を納めるために10億円の土地を売却すると、10億円の相続税の内の7億5,000万円分を取得費に加算してくれるというのです。
先ほどの例なら、父親が1億円で購入した土地に7億5,000万円を加えてくれるので、8億5,000万円で取得した資産を10億円で売却したとの譲渡所得の計算をしてくれるのです。
これは場合によっては使える特例です。売却した代金から相続税を納めるとの因果関係は要求していませんので、相続税は手持ちの預金で納められる場合であっても、相続した土地は、たとえば息子に売却しておいた方が良い場合があります。そうすれば、1億円で購入した土地について、もしこの土地が8億円ぐらいで売れる土地だとしたら、それを相続から3年10ヶ月以内に息子に譲渡し8億円に取得価格を引き上げておくことができます。
ただ、これはあくまでもテクニックの話であり、実行はお勧めしません。そのようなテクニックに走った処理をしますと、また、そこでミスが発生します。そのようなアドバイスをしたところ、依頼者が資産を息子に譲渡した。当初は喜んでいたが、その後、不動産取得税と登録免許税が課税され、それで苦情を言われるという時代です。
不動産取得税と登録免許税は、この頃は無視できません。これを説明しなかったために税理士が訴えられたという話も聞きます。あまりテクニックに走るのは危険ですが、ここでの課税関係を理解していただくために余計なことを説明しました。
これらが租税特別措置法の特例で、弁護士に対する相談事例に登場することが多い特例です。通常の相談でしたら、所得税本則と租税特別措置法の3つの特例で、相談事例の8割か9割はカバーしているのではないかと思います。
カバー出来ていないのは、例えば、土地をデベロッパーに売却し、デベロッパーが分譲地を開発するという場合の軽減税率などの問題です。でも、そのような特殊な事案は条文だけを見て判断してはいけません。このような特例は、100人の税理士を呼んできても、100人の税理士の全員が知らないことです。
というのは、この地区の場合はokだとか、3階以上の建物を建てればokだとか、耐火建物ならokだなどとの色々な条件があるわけです。それから、買受人が直接に売却する場合ならokだが、買受人が例えば自分の子会社に転がしてしまったらもうダメだということもあります。そのような特例を知っているのはデベロッパーの顧問税理士だけです。
そういう特殊の事例はデベロッパーの税理士に相談して頂くか、あるいはデベロッパーに保証書を書いてもらいなさいというアドバイスをすべきです。そのような特殊な取り扱いを条文で調べたら間違えます。つまり、今日、ここで説明した特例以外は要するに判断するなということです(笑)。
Aの遺産は、長男が経営するビル管理会社に貸し付けているビルの敷地で、その相続税評価額は7,000万円。Aは、この敷地を管理会社に遺贈することにした。ところが遺贈後に、他の相続人から管理会社に対する遺留分減殺請求があり、管理会社は翌年度に3,000万円の価額弁償をした(最高裁平成4年11月16日判例時報1441号66頁)。 |
法人に対して遺贈するとの遺言書を書いた事例ですが、私が相談を受けた事例と似ていますので、私の相談事例を説明しますと次のような事情です。
夫がいて、妻がいる。そして、子供が7人もいるのです。ただ、夫はよそに愛人をつくっている。夫としては愛人に財産を渡したいわけです。でも、愛人に渡すとの遺言書では、公序良俗違反の遺言書として無効になってしまうかもしれない。そこで、渡したい財産は賃貸ビルで、その賃貸ビルを管理するために作った不動産管理会社があるので、その会社の株式を愛人に贈与し、その不動産管理会社に賃貸ビルを遺贈してしまうと考えたわけです。
最高裁の事例も同じです。要するにビル管理会社に貸し付けているビルの敷地を、その管理会社に遺贈することにしたわけです。このような処理をしたら、どのような課税関係が生じるかのか、これを1分間で考えてみて下さい。
まず、この人が遺言書を作成しなかったら課税関係は全く生じません。相続税には5,000万円の基礎控除がありますし、その他に法定相続人1人当たり1,000万円の控除があります。
相続財産の相続税評価額は7,000万円ですから、この事例では相続人が2人いれば、相続税は課税されません。でも、この人は法人に遺贈してしまったわけです。
ミス1は、譲渡所得課税です。今回の最初に説明しましたように、個人Aが法人Bに財産を贈与したら、個人Aには譲渡所得課税が行われてしまいます。値上がり益課税です。これは相続の場合も同じです。
ミス2は、これも説明しましたように、法人Bには受贈益課税が発生してしまいます。法人税の課税です。
ミス3は、これも説明しましたように、所得税と法人税の課税では、相続税評価額は使えません。相続税評価額が使えるのは相続税と贈与税、それに地価税だけです。法人が贈与を受けた場合は相続税評価額が使えず、実勢価格で課税されてしまうことになります。
ここまでの3つのミスによって課税される税額を合計すると、たぶん、相続財産の評価額を超えてしまうと思います。仮に、譲渡所得課税が30%だとして、受贈益課税、つまり、法人税を約50%とし、土地は時価評価されて1億円の評価になったら、1億円の資産の譲渡について3,000万円の所得税が課税がされ、1億円の受贈益に対して5,000万円の法人税が課税されることになりますから、その合計額は8,000万円です。相続税評価額7,000万円の物件について8,000万円の課税が起きてしまうというミスになるわけです。
ミス4は、法人の場合は期間損益計算をするということです。後にも登場しますが、所得計算方法には二つの方法があります。一つが個別対応計算で、もう一つが期間損益計算です。
贈与などは個別対応計算です。個人の譲渡所得計算も個別対応計算です。ですから、今年に契約した売買契約について、それが何らかの理由で来年に解除されたという場合は、今年の譲渡所得課税について更正の請求をして納付済みの税金を取り戻すことが出来ます。
でも、弁護士が、今年に依頼者から着手金300万円をもらったが、来年になって依頼者とトラブルを起こし、着手金を返還することになっても、今年の所得を修正して貰うことも、今年に納税した所得税を返還して貰うことも出来ません。返還した着手金は、返還した年度の経費になるだけです。
もちろん、法人も期間損益計算です。したがって、この法人が遺贈を受けたとことによる利益は、遺贈を受けた年度に発生するわけです。つまり、1億円の受贈益を法人は計上します。
法人に対して遺留分減殺請求があり、その話し合いをしている内に翌年度になってしまった。そして、翌年度に価額弁償金3,000万円を支払ったという場合は、価額弁償金は翌年度の損金です。
判決の事案では、会社は、価額弁償金について、遺留分減殺請求によって遺贈の効果は遡って消滅するとの民法理論に従い、更正の請求をした上で訴訟をおこしたわけです。「当社は1億円をもらったけども、その後、3,000万円を返したのだから7,000万円の所得になる。1億円の所得として申告したのは間違いなのだから、更正の請求を認め、昨年に納めた法人税の一部を戻して欲しい」との請求です。
しかし、課税庁も裁判所もダメだというのです。儲けたのは昨年ではないか。法人は期間損益計算をすることになっている。なぜなら、法人の利益は、その後の株主総会によって確定するとの制度になっている。そして、翌年に3,000万円を返還したのなら、それは翌年の損金だというわけです。
この会社が大きな利益を計上している会社なら、昨年の損金でも、今年の損金でも、どちらでも良いのです。いずれにしろ3,000万円の損金を認めてくれます。しかし、儲かっていない会社だとしたら、昨年には受贈益について法人税を納めたが、今年は赤字申告であり、そもそも法人税は課税されないという場合に、さらに3,000万円の損金を計上しても何の節税効果もありません。
3,000万円の欠損金は、その後5年間は使えます。青色繰越欠損金ですが、5年を過ぎれば切り捨てになってしまうわけです。それが期間損益計算です。
ミス5として、ちょっと難しくなるのですけれども借地権の評価の問題が生じてしまいました。ビル管理会社に貸し付けていて、年6%の地代をもらっていた土地の遺贈です。
税法の借地権についての課税関係は、また極めて特殊なのです。借地契約というのは、借地部分の売却と底地の賃貸とみなすのです。ですから、借地権を設定し、その対価として権利金を受け取らないと、借地人は、借地権相当の利益の贈与を受けたものとして、受贈益課税を受けることになります。
でも、更地価格に対して年6%の地代を支払えば、更地の価値部分の地代の全額が補償されている賃貸借契約として、底地の譲渡を認識せず、借地人に対する受贈益課税も行われません。
本件では、そのような対策をしての敷地の賃貸が行われていたわけです。つまり、ビル管理会社は年6%の地代を支払うとの条件での土地の賃貸借契約が締結されていたわけです。
このような土地の賃貸が行われている場合は、その敷地の相続税評価について、20%の評価減をするとの取り扱いがあります。底地の売買は認識されず、更地価格の全額についての利回りとしての地代が支払われている場合で、税務上、借地権は存在しないと認識される土地の賃貸ですが、しかし、第三者が土地を利用しているとの使用制限が付いている土地であることは確かです。その使用制限について20%の評価減をしてくれるとの特例です。
でも、この土地について、ビル管理会社が遺贈を受けたから、その20%の評価減は認めないというのが課税庁と裁判所の判断です。なぜなら、20%の評価減を行う理由は、ビル管理会社が使用し、敷地所有者の使用が制限されていることが理由となっているのですが、その敷地を利用しているビル管理会社自身が土地の遺贈を受けるのだったら、使用制限による評価減を行う必要がないとの理屈です。
この説例についての結論としては、税法のミスは取り返しがつかないということです。民法のミスでも取り返しがつかないミスはありますが、何とかなる場合が多いと思います。しかし、税法のミスは取り返しがつきません。
法人に遺贈するという遺言書を書いたためにミスが5つも発生してしまったわけです。この事案については、被相続人に譲渡所得課税を行ったのが疑問との訴訟が一つと、それから3,000万円の価額弁償金を弁済したのに法人税について更正の請求を認めてくれないのは疑問との二つの訴訟が起こされています。
一つの訴訟は高裁までで、他方は最高裁まで争いましたが、両方とも納税者の敗訴です。最高裁では少数意見がついて議論していますので、読んでみればおもしろい判決だと思います。
Aは、昭和37年6月に結婚し、二男一女をもうけた銀行員であるが、部下の女子行員と関係をもったため妻から離婚を申し渡された。妻は、新宿区にある居宅に残って子供を育てたいとの条件を提示した。そこで、Aは女子行員と裸一貫から出直すことを決意し、妻の意向に沿う趣旨で、建物と敷地の全部を妻に財産分与することにした。その後、Aは女子行員と結婚して一男をもうけることになるのだが、Aは上司から、このような財産分与を行うと所得税が課税されるとの指摘を受け、試算したところ、2億2,224万円余の税額になることがわかった。Aは、そのような課税がなされることを知っていれば財産分与はしなかったから財産分与契約は錯誤により無効だと主張して、元妻に対する本件不動産の移転登記の抹消を求めた(最高裁平成元年9月14日判決 判例時報1336号93頁)。 |
これは昭和60年に訴訟提起された事案です。地方裁判所の判決は62年7月27日ですが、夫が敗訴しています。高裁では62年12月に判決が出ていますが、これは控訴審で第一回で結審との処理だったと推定されます。7月に地裁の判決があり、12月には高裁の判決がでているわけです。多分、高裁の裁判官は、「夫の方が敗訴して当たり前じゃないか、こんなのは錯誤としては認められるか、何しに裁判所に来たんだ」と考えたのだと思います(笑)。
私は高裁で確定すると思っていましたら、驚いたことに、最高裁では錯誤無効を認めました。というのは、財産分与をするときに、夫が「税金は大丈夫か」と妻を気遣う発言をしたとの事実を重視したのです。「税金は大丈夫か」というのは、妻に対して贈与税が課税されると心配したということです。
つまり、この財産分与については、課税関係が動機の錯誤として相手に表示されていたということです。夫が自分には課税関係は生じないといことを暗黙に表示していた。だから、それが動機の錯誤になるかどうか、もう一度、高裁で事実を調べる必要があるとの判決が出たわけです。
財産分与についての課税関係の議論は、今から15年前にも流行しました。当時は、財産分与について、分与側に課税関係が生じるとは、一般の弁護士は考えていませんでした。
しかし、財産分与には譲渡所得課税が行われます。そこで課税庁を被告として課税処分取消の訴訟を起こしました。しかし、最高裁判決で納税者が敗訴しています。そこで、財産分与について税務署を訴えても仕方がない。では、女房を訴えてみようということを弁護士が思い付いたのです。
財産分与についての譲渡所得課税は期間損益計算ではありませんから、2年前に財産分与をしたが、今年に取り消されたという場合は、2年前の財産分与契約についての譲渡所得について更正の請求ができるわけです。
夫が妻を訴えた目的は、分与した財産の取り戻しではなく、財産を取り戻すことによる課税関係の取り消しです。なぜなら、離婚に際しては文句も言わずに財産を分与している夫です。
訴訟の舞台は高裁に戻りました。しかし、私は高裁では敗訴するだろうと予想していました。課税関係の錯誤も錯誤かもしれませんが、しかし、重大な過失があるから錯誤の主張は出来ないとの判断をするだろうと予想していました。しかし、高裁は夫を勝たしてくれたわけです。
妻の方は焦ってしまったと思います。何しろ財産分与というのは2年以内に請求しなければいけませんが、しかし、土地建物をもらっているのですから、さらに財産分与を請求するとの手続はしていません。そして、最高裁から高裁に戻り、財産分与が取り消された段階では、離婚から2年を経過してしまっているのです。妻は、いま財産分与が無効と判断されたら、既に、財産分与請求権がなくなってしまっている。そのような主張をしましたら、このような裁判をしている場合についてまで2年という期間が意味を持つとは思えないと高裁は理由部分で判断しています。でも、意味を持つか持たないかは次の判決を待つ以外ないのです(笑)。
それから、妻は、夫が勤務していた銀行の勉強用のマニュアルには、財産分与には課税関係が発生すると書いてある。だから夫には過失があると主張をしたのですが、高裁判決は、「夫がマニュアルを読んだという証拠はなく」(笑)と判断しています。
その後、高裁判決は上告されていますが、最高裁判決は公表されていませんので、多分最高裁で和解したのではないかと思います。夫も妻も、最高裁に判断させるのは恐い事例です。
これが錯誤無効についての説明ですが、この理屈は使えると思います。もし、弁護士が課税関係についてミスのアドバイスをしてしまったら、あるいは誰かがミスの処理をしてしまった場合は、税務訴訟を起こすのではなく、民事訴訟を起こせば良いわけです。
というより、税務訴訟を起こしても無駄です。税務訴訟の勝訴率は6%です。これは一部勝訴を入れての数字ですから、全面勝訴は3%程度です。税務上の戦いは、せいぜい税務署長に対する異議申立ての段階までです。異議申立の段階までは人間語が通じます。税務署職員も人の子ですから納税者の主張する常識は理解してくれます。
しかし、審査請求や訴訟になったら官僚語の世界です。これは勝てません。だから税務訴訟ではなく、民事訴訟を起こしてしまえば良いとのテクニックは使えるのではないかと思います。つまり、女房を訴えてしまえばよいわけです。それを実行したのがこの事例です。
私が相談を受けた事例では次のような対策を採りました。父親と息子が土地を交換したのです。なぜ交換したかと言えば、父親の土地の上に息子が建物を建てていて、息子の土地の上に父親の建物が建っているわけです。それでも別に構わないのですが、ただ、相続税の取り扱いで不利になるのです。
つまり、土地の評価の8割減というのができなくなるのです。特定小規模宅地の特例というのが受けられません。では、土地を交換しようということになったのです。
しかし、心配があります。先ほどの交換の特例ですが、交換する土地に2割の価額差があってはいけないのです。他人間の土地の交換でしたら、客観的には2割の価額差があっても構わないということになっています。交換する当事者が主観的に等価だと判断して行った交換は、税務署も、等価とみなすとの取り扱いです。
しかし、身内間の交換の場合は、本当に等価でなければ、その差額については贈与税が課税されてしまいます。1割の価額差の場合も、5%の価額差の場合も、贈与税が課税されてしまう危険があります。しかし、不動産鑑定士に鑑定してもらえば1つの土地について70万円の鑑定費用を要することになります。
それと、交換特例には、交換後は同一用途に使わなければならないとか、固定資産でなければならないとの要件もあります。それは大丈夫だと思うけれども、しかし、要件が欠けていたら譲渡所得課税を受けることになってしまいます。
ということで、売買契約の特約として、「この交換は等価のものとして交換する。もし後に課税庁から指摘を受けて等価でないということになったとしたら、A土地の交換持ち分割合を等価になるまで減額すること。それをもってしても交換特例の適用が受けられないときは、課税を受けた当事者は相手方に対してこの交換契約を解除することができる」との特約を書いておくわけです。
これが有効か否かについては、また議論があると思うのです。確かに、贈与契約について、「税務署にばれたら解除する」という特約は無効です(笑)。しかし、通常の契約について、「明日に雨が降ったらこの契約は取り消す」という特約は有効です、当事者が合意すれば良いわけです。
そうだとしたら、課税関係についてであっても、公序良俗に反しない特約だったら、それは有効だと思うのです。このように考えて上記のような特約を付した交換契約を締結したことがあります。なおかつ、この特約の効果としては、そのような契約書を税務署職員が見たら、これには交換特例が適用できないと考えて課税処分してこないかもしれません。仮に、課税処分をしたら解除されてしまう契約ですから、その後の更正処分などの自分の仕事を増やしてしまうだけです(笑)。ということで、この事例の教訓として、税務訴訟は民事訴訟で戦うということです。つまり、予想しなかった課税関係が発生してしまったら、税務訴訟を起こすのではなくて、民事訴訟を起こすとのテクニックです。
逆に言えば、民事訴訟は税務問題で解決しましょうともいえます。民事のトラブルを課税関係で解決することも可能です。例えば、土地を時効取得すると、時効取得者に対して一時所得課税が行われます。それなら、税金分を相手方に和解金として支払って、20年前の売買契約の事実を確認した方が簡単です。それが嘘なら脱税かもしれませんけれども、争いがあるから裁判になっているわけですから、それも真実の一つなわけです。
X法人は、A(個人)との間に土地の交換契約を締結した。ところが、課税庁から交換特例の適用を否定され2億7,000万円の法人税が課税された。交換特例が否定された理由はX法人が所有する土地が固定資産でないことにあるようで、同時に、Aに対しても交換特例を否定するとの課税処分(所得税)が行われている。そこで、X法人はAを被告として、交換契約の無効の訴えを起こした。X法人の主張は、「交換差金等以外の課税問題が生じないことを前提として土地の交換契約を締結したところ、課税庁から法人税法50条の適用を否定された。これは民法上の錯誤に該当し、契約は無効だ」というもの。逆に、Aは、X法人が約束していた特約、つまり、「交換により税金その他予定外の損失が発生した場合はX法人が負担する」との特約を根拠に、税額相当の損害金を請求した。 (東京地裁平成7年12月26日判決 判例時報 1576号51頁)。 |
これは事案が長過ぎますので話を簡単にしますと、地上げの時代のことですが、X法人は土地を地上げしたのです。ところが、そこにくさび形にAさんの土地が残っていた。このままでは地上げが完成しないのです。そこで、Aさんに土地を売却して欲しいと申し入れていました。しかし、Aさんは売却しても所得税が課税されるだけだから嫌だと答えたのです。
そこで、X法人は別の場所に土地を用意しました。「Aさん、ここに建物を建ててあげるから土地を交換してくれ」ということを提案したわけです。交換なら課税されないと説明しました。X法人が勘違いしたのは、交換のために土地を購入してきた場合は、その土地には交換特例は適用にならないのです。それに、土地が固定資産でなければダメなのです。
法人が持っている土地で、固定資産になるのは、会社が社宅を建てたり、本社ビルを建てたりして利用している土地のことです。あるいは賃貸ビルを建てるための土地を固定資産というのです。
会社が所有している販売用の土地は棚卸資産です。法人が勘違いしたのは、貸借対照表の固定資産の部に計上すれば、それは固定資産だと勘違いしたらしいのです。そして、交換特例の適用があるということで交換しました。
ところが、税務署から呼び出しがあり、固定資産の交換の特例の適用はないと指導されたわけです。X法人にも、Aさんにも課税関係が発生してしまいました。
そこで、X法人は税務署に対し異議申立てをしたのですが、税務訴訟をしても勝てないというのが定説ですから、それならAさんを訴えてしまおうということになったわけです。
課税関係の錯誤を理由とした交換契約の無効の主張です。先ほどの銀行員の財産分与の事例の知恵が、もう弁護士一般にまで広まっているということです。私は、このような請求が認められるはずはないと思っていましたら、これが認められてしまったのです。
判例を読みますと、「交換差金等以外の」、つまり交換差金というのはAさんに建物を建ててあげましたので、それが交換差金になるのですが、この交換差金以外の「課税問題が生じないで交換が実現できるという動機を相手方に表示しており、かつ課税による特例の適用が否定され多額の課税負担を免れないとすれば、原告としては本件交換の申し込みをせず、Aもその承諾をしなかったと言えるから、次の点は本件交換の意思表示の内容の重要な部分すなわち交換契約の要素になっていたものと言わなければならない」と判断し、契約の錯誤無効を認めてくれたわけです。
しかし、ここでは話は終わりません。X社の予定通りの判決ですが、ここまでは課税関係についての導入部分の説明です。
さて、これでX法人は、財産分与の事例と同じに、課税処分を取り消せてしまえたかというと、そこには落とし穴があります。それは法人では期間損益計算をするとの落とし穴です。
交換契約が、契約の締結の2年後に無効であることが判決によって確認されたとしても、それは交換契約の締結された年度の譲渡益課税を取り消すとの事由にはならないのです。
X法人の場合は、交換契約について、交換特例の適用が否認され、交換契約を締結した年度に譲渡益が発生したものとしての法人税の課税を受けています。そして、その後、交換契約は錯誤により無効だとの判決が言い渡されました。しかし、それは判決の確定した年度の損金の計上事由になるだけであって、過去の法人税についての遡っての修正事由にはなりません。
交換契約が無効になったことにより消滅する利益、つまり、譲渡益が消滅することになるのですが、これは交換契約の無効の判決が確定した時点で計上する損失ということになるわけです。つまり、販売した商品について、それが翌年度に返品され、あるいは値引きを計上した場合と同様の処理です。
裁判に勝訴した結果として戻ってくるのはAさんが持っている土地がくさびのように食い込んだ不整形地です。Aさんは、もっと可哀相です。せっかく交換差金でビルを建ててもらって生活をしていたら、もとの土地に戻ることになるわけです。そこにあった建物は取り壊されていますので、Aさんの土地にはペンペン草しか生えてないと思います。
でも、Aさんには税金が戻ってきます。個人の譲渡所得は個別対応計算ですから、契約は無効だと判決が宣言してくれれば、遡っての更正の請求理由です。でも、法人は個別対応計算ではなくて、期間損益計算ですから、過去の決算については株主総会をやり直しての修正計算は行えません。
この事案については、私が関与したわけではないですから、もしかすると、私の理解が間違っているかもしれません。でも、私の理解によれば、この後にもう1つの裁判が起きることになります。つまり、交換契約を錯誤無効にすれば税金が戻ってくると思ったのは錯誤無効であるという裁判を起こさなければならないのです(笑)。
この事例の結論として、個人と法人では損益計算についての理解が異なると考えて下さい。つまり、期間損益計算ということです。
Xは、昭和61年7月、養子の事業上の債務3,000万円について連帯保証した。ところが養子は事業を開始する前に選挙に立候補して落選し、事業資金の大半を選挙資金として消費してしまった。ついで、昭和63年8月に、養子は借入金を整理する目的で、新規に農協から3,800万円を借り入れ、債務を返済した。Xはこれを連帯保証し、自己所有地に7,500万円の根抵当権を設定した。し>かし、債務弁済を行うことができなかった。このため、Xは、本件土地を売却して保証債務の弁済に充てた。Xは、保証債務履行のための譲渡所得の特例の適用を求めた(福島地裁平成8年7月8日 週刊税務通信平成9年2月17日号)。 |
保証債務の履行の特例の問題です。他人の債務を保証したけど、その他人が債務を弁済することが不可能になってしまった。保証人は仕方がないので、所有物件を処分して保証債務を履行した。債務者に対し求償しようと思ったが、債務者は無資力になっていた。というときは、求償不能になる金額について売却代金がないものとして所得を計算してくれます。5,000万円で物件を売却し、3,500万円の求償権が行使不能なら、1,500万円で資産を売却したとみなしてくれるとの特例です。Xは、その特例の適用を求めたわけです。
さて、Xの主張にはどのような答がでたでしょうか。残念ながら特例の適用は否定されました。なぜ否定されたかというと次のような判断です。
「求償権の行使が不可能であるか否かの判断の時期については、履行された保証契約締結時の状況によるべきだ。主債務が主債務者の債務整理のために借りかえによるものであり、保証人が整理される債務について既に保証人となっていた場合であっても、保証人は新たな保証契約を締結して保証債務を発生させたのであるから、保証人が主債務者に資力がないことを認識していた時期は当該保証契約の時を基準と解すべきである」と。
最初に保証契約を締結した段階では、債務者である養子は元気だったわけです。何しろ選挙にまで立候補しているわけです。ところが、落選してしまった。その後に借金を借りかえたわけです。当然、新たな債務について保証しなければ借りかえもできません。保証人は、新たな債務について保証をしました。しかし、新たに保証したときには、既に養子は無資力になっていました。
そのことを理由に、裁判所は、養子が資力を喪失していることを承知の上でXは保証した。だから、求償権の行使が不能である場合に行った保証であり、保証債務の履行のための資産の譲渡の特例は使えないというのです。
これは無茶です。税務署の第一線では、普通は、このような無茶はしません。でも、税務署の第一線が無茶をしなければ裁判になりませんから、この事例では無茶をしたのだと思いますが、通常は、この事例なら税務署の第一線は特例の適用を認めると思います。こんな無茶な課税はしません。何かの理由があったのだと思います。しかし、訴訟になってしまえば納税者は勝てません。
税法は実質的であると同時に非常に形式的です。税金というのは経済の第一線を扱います。民法は5年前の判例を最新の判例といいますが、税法上は1年前の条文を最新の条文とは言いません。税法は何時も変化しています。
税法は経済と一緒に動いていくので非常に実質的だと思います。しかし、非常に形式的なところがあります。つまり、申告書に要件の記載がなかったらダメとか、申請期日から3日を過ぎてしまったからダメだとの判断で、これは非常に形式的です。
この養子の場合についても、ここまで非常識な形式はないけれども、税法では、こういう形式的な判断がされることがあるから気をつけていただかなければなりません。
それから、税務署の第一線の理論と審査請求の段階、それに訴訟の段階の理論は異なります。ですから、税法を勉強して税法判例などを読んでいると、逆に、第一線の取り扱いがわからなくなります。第一線と交渉するときには、菓子折を持っていくと賄賂になってしまいますが、しかし、菓子折を持っていくぐらいの気分で交渉した方が安全です。弁護士の理屈で交渉するのではなく、ちょっと気の毒だから助けてくださいとの交渉です。
それから、でき得ることなら、税務署には弁護士が行くのではなく、税理士さんにいって貰った方が良いと思います。仲間内の会話が成立します。
結論として、特例の適用については注意の上にも注意が必要です。裁判所は特例については、「これは特例であるから厳格に解すべきであり」というような枕詞を置いて判断することが多いのです。ここで結論は、税法は実質的であると同時に形式的ですということです。
今日の話を聞いて、税法はおもしろいと思ったら、ぜひ次のように勉強してください。
税法は、行政訴訟や税務訴訟を担当するための知恵ではないのです。私自身は税務訴訟の依頼が来たら、原則としては断りますから。勝てません。着手金をもらっても、成功報酬をもらわなければ事務所は維持できません(笑)。
社会の常識としては勝つべき事案でも、裁判所の常識では負けます。そうしましたら、敗訴は納税者の責任ではなく、裁判所の常識の上に乗っている法曹の責任です。私の責任で敗訴したのに着手金をもらってしまったら、これは泥棒です。
では、着手金をもらわないで負ける裁判を引き受けるかといったら、それほど親切ではありません。そこで、税務訴訟は原則として引き受けないことにしています。よほどやむを得ない事件、あるいは顧問先からの依頼事件、身近な人に無茶な課税がされた事件は別ですが、しかし、その場合でも、可能な限りは異議申立までで結論を出すようにします。
税務訴訟については、どちらが正しいかではなく、国側を勝たせる判決が書ける限りは国側が勝つというのが現実です。国側を勝たせる判決がどうしても矛盾して書けないという場合は納税者を勝たせてくれます。しかし、裁判所は判決書きのプロですから、そこは上手に国側を勝たせる文書が書けるのが裁判官です(笑)。
ということで、税法というのは税務訴訟のための知恵ではなくて、民事訴訟のための知恵だと思っています。1万円札を引っ張り出してきて、その肖像画を上手に切り抜いてから裏側をみたら、国会議事堂、つまり、国税庁がずたずたになっているということです。
つまり、民事訴訟を解決するときは、その裏側の税金関係を考えながら解決しなければなりません。だから、税金の知識は民事訴訟の知恵だと思っています。このような目的に使用するための税法の学び方です。
弁護士が実務処理をしている際、つまり、契約書をつくるとき、あるいは法律相談を受けたときに、税金の問題が出てきたら、その実務から税法を学んでください。
税法を一から学ぼうという発想は間違いです。というのは、税金を一から学んでも、弁護士はその知識を使えません。税務署の担当で分ければ、所得税課、法人税課、資産税課、消費税課とありますが、弁護士が扱うのは資産税課に来る仕事だけです。
つまり、相続、贈与、譲渡所得です。法人税、所得税あるいは消費税を扱うこともありますけれども、原則としては資産税だけです。ですから、法人税法の参考書を読んでも、直接には弁護士業には役立ちません。法人税法の中に出てくる資産税が必要なのです。所得税法の中に出てくる資産税の問題です。ですから、読んで役に立つ参考書としたら、せいぜい、相続税法だけです。
今日、取り上げたのは租税判例ですが、弁護士の中には租税判例は読まないと決めてしまっている人がいると思います。あれは行政訴訟だから私には関係ないとの発想です。しかし、税務訴訟の判決を行政事件の判決だとは思わず、民事事件の失敗事例と思って読んでください。何しろ、初めから税務訴訟になることを覚悟をして税金処理をする人はいません。理論を読むこともさることながら、判決からは事実関係を読み取って下さい。世の中ではどういう処理をして、どういう失敗をした人がいるかということがわかります。
考えることが好きな税理士さんを見つけてください。基本的に税理士事務所というのは90%までは法人税で維持されているのです。残りの6%が所得税で、4%が資産税です。ですから、資産税について不得手な税理士さんが多いと思います。そこで、「僕は資産税で考えることが好きだ」という税理士さんを見つけたら、これは財産です
税法の条文を読むときは括弧書きを抹消して読んで下さい。税務六法は普通の三省堂の六法の厚さの本が2冊あるのです。1冊が法令編で、1冊が通達編です。毎年改正になります。でも、毎年に買いかえなければならないと考える必要はありません。三省堂の六法だって毎年は買い換えていないと思います。つまり、所得税法本則や通達というのは、そんなには変わりません。租税特別措置法が変わるだけです。一度買えば、3年、5年は使えます。弁護士が銀行員や不動産屋と違うのは、耳学問で処理するのではなく、条文に遡っているからだと思うのです。疑問が生じたら条文に遡って知識を身につけておく。その積み重ねが結果として違ってくるはずです。
これはだめです。税法を学ぼうということで相続税法の参考書を買ってきても読むだけの熱意が続かないと思います。最初の15ページを読んだら、もう嫌になってしまいます。すごく勉強熱心な弁護士、あるいは去年弁護士になったばっかりで仕事が1つもないというのなら参考書を読んでいても良いのですけど(笑)、専門書籍を読まなければならないという脅迫観念を持つ必要はありません。
税法の雑誌が大量に発行されています。何しろ、弁護士よりも税理士の数の方が多いわけですから、雑誌は大量に発行されます。その中で読めるとしたら『週刊税務通信』という雑誌です。税務研究会が発行していて、週刊で発行されています。これが比較的一番読みやすい税法雑誌です。ただ、これを購読しても、毎号自分の知識として役立つものが出ているかといったら、それは無理です。それは判例時報を読んでも、毎号自分の仕事に役立つ知識が載っているわけではないのと同じです。ですから、もし税金の雑誌をどうしても読みたいなということになったら、『週刊税務通信』を購読してみてください。1ヶ月に1回ぐらい自分の仕事に役立つ知識が見つけられるようになったら、税法のプロといえると思います。初めは全く見つけられないと思います。
東京弁護士会の税務特別委員会が出している赤い本ですけれども、それを右側に置いて税金の問題が出てきたときに読んでみてください。税法の言葉を使わずに、例えば譲渡所得だとか交換差金だとかという言葉を使わずに、できるだけ民法の言葉を使って税金を説き起こすように努力しているつもりです。それから、民法の条文別に項目をつくっていますので、民法の贈与のところを引けば、贈与税の説明ではなくて、法人に贈与した場合の説明も出ているはずです。
大阪弁護士会の何々ですと言って電話していただければokです。私自身は税理士と話すことと、弁護士と話すことには何の負担も感じていません。何しろ共通の言葉がわかっている仲間同士です。これが素人に説明する場合だと、どこまで相手は理解しているのかとか、テープをとってるのではないかとか、余計なことまで考えて説明しなければなりませんが(笑)、弁護士同士だったら幾らでも説明できます。それから、説明したから幾らか相談料を支払わなければと考えていただく必要はありません。
いろいろな質問を受けることで、私も知識が増えます。私が経験することはたかが知れているけれども、他の同業者と疑問を共有することで私の経験も増えていくわけです。電話をいただくことは大歓迎ですので、いつでも遠慮なく電話してください。
ちょうど時間になりましたので、終わりにさせていただきます。
今、先生の方から御紹介のありました『法律家のための税法』というのは、こういう本でございます。地下の本屋さんにも売っております。それから、『税務六法』につきましては、この講座でも六法を斡旋することも考えておりますので、一言つけ加えさせていただきます。それでは、せっかくの機会ですので、先生に対して御質問のある方は挙手をお願いします。