民事信託の活用
 東京弁護士会遺言信託研究会
 P248
 
              信託契約書
 
 委託者甲(以下「甲」という。)と受託者乙(以下「乙」という。)とは、甲が有する別紙信託財産目録記載の財産につき、以下のとおり、信託契約を締結する。

 (注) 本契約書案は、親族乙を受託者とするスキームによるものであるが、将来信託業法の改正により、弁護士等の専門家が受託者の担い手となることが可能となれば、弁護士等の専門家を受託者とし、親族乙に受益者の身上監護を委ねるようなスキームも考えられるであろう。
 
 第1条(信託の目的)
  本契約は、乙が信託財産の管理運用を行うことによって、甲の存命中は甲及びその子である丙(以下「丙」という。)の生活を支援し、甲の死亡後は丙の生活を支援することを目的とする。

 (注) 信託の目的について、より詳細かつ具体的に記載すべきケースも考えられる。
 
 第2条(信託財産)
 1 別紙(省略)信託財産目録1記載の不動産(以下「居住用不動産」という。)、同目録2記載の不動産(以下「賃貸不動産」という。)及び同目録3記載の預金(以下「預金」という。)並びにこれらに付随する一切の財産を信託財産とする。
 2 前項の信託財産から生じる賃料及び利息その他の果実は、信託財産に帰属する。

 (注) 信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた債務については、信託財産責任負担債務となるが、これ以外に信託前に生じた委託者の債務を信託財産責任負担債務とするためには、信託契約において規定する必要がある(21条1項2号、3号)。
 
 第3条(信託の成立)
  甲は、乙に対し、前条の信託財産に対する権利を、第1条に定める目的のために信託譲渡し、乙はこれを引き受ける。
 
 第4条(委託者の権利の制限)
  甲は、乙及び信託監督人の同意がない限り、本契約の取消し若しくは変更、受益者の変更、受益権の内容の変更、又は、委託者の地位の放棄若しくは移転をすることができない。

 (注) 委託者は、受託者及び受益者との合意によって、信託の変更(149条1項)、委託者の地位の移転(146条1項)をすることができ、また、遺言代用信託においては受益者を変更することができる(90条1項)が、信託目的を阻害しないよう、本条の規定を設けてこれらを制限した。
 
 第5条(受益者)
  本契約締結時の本信託の受益者(当初受益者)は甲とし、甲の死亡後の受益者(以下「死亡後受益者」という。)は丙とする。ただし、甲が死亡した時点ですでに丙が死亡していたときは、甲の死亡により本信託は終了する。
 
 第6条(信託監督人)
 1 委託者は、弁護士Aを信託監督人として指定する。
 2 甲乙間の平成○年○月○日付任意後見契約(以下「任意後見契約」という。)の効力が生じたときは、家庭裁判所が選任した任意後見監督人を本信託の信託監督人として指定する。
 3 任意後見契約の効力が生じたときは、乙は遅滞なく任意後見監督人に対して信託監督人に就任するよう催告する。
 4 任意後見監督人が信託監督人に就任した場合、弁護士Aの信託監督人としての任務は終了する。
 5 任意後見監督人が信託監督人に就任しない場合は、乙は家庭裁判所に対し信託監督人の選任を申立てなければならない。この場合、信託監督人が選任された時に弁護士Aの信託監督人としての任務は終了する。
 6 任意後見契約が終了したときは、第2項及び第3項により就任した信託監督人の任務は終了する。この場合、乙は家庭裁判所に対し信託監督人の選任を申立てなければならない。

 (注) 本契約書案では、甲死亡後に、丙の成年後見人が就任した場合の検討はしていない。丙の成年後見人が選任される場合は、信託監督人の権限(132条1項本文)と丙の成年後見人の権限との調整のための定め(同項ただし書)や、成年後見人の就任による信託監督人の任務終了または成年後見人の信託監督人への就任等の定めを置くことが考えられる。
 
 第7条(期間)
  本信託の期間は、本契約締結の日から第19条による本信託の終了の日までとする。
 
 第8条(所有権の移転等)
 1 居住用不動産及び賃貸不動産の所有権は、本契約の締結と同時に甲から乙に移転するものとし、甲及び乙は直ちに所有権移転及び信託の登記を行う。
 2 賃貸不動産の賃貸人たる地位は、本契約の締結と同時に甲から乙に移転するものとし、甲及び乙は直ちに賃借人に対しその旨を書面により通知する。
 3 預金(預金返還請求権)の帰属は、本契約の締結と同時に甲から乙に移転するものとし、信託に必要な名義変更等を行う。
 4 前3項の手続に必要な公租公課その他の費用は、甲が負担する。
 
 第9条(信託事務の内容)
 1 乙は、信託監督人の指図に従って信託財産の管理運用を行う。
 2 乙は、賃貸不動産の賃料等信託の収益は預金に入れて管理するものとする。
 3 乙は、受益者に対し、甲及び丙(甲死亡後は丙)の生活費として一ヶ月金O万円を預金から支払うものとし、毎月末日限り、受益者又は信託監督人が指定した口座に振込送金する方法でこれを支払う。
 4 乙は、信託監督人の指図に従い、信託財産から、甲又は丙に生ずる次の各号の費用を直接支払い又は支払のための金員を受益者に交付することができる。
  @ 医療費
  A 介護サービス費
  B 介護施設等の施設利用費
  C 受益者の死亡に伴う葬儀費、埋葬費等
  D その他緊急の理由で必要かつ相当と認められる費用
 5 乙は、前2項にかかわらず、次条の必要経費及び第11条の報酬の支払を行うことのほか、軽微な修繕、保守、改良等については、乙が相当と認める時期、方法、範囲においてこれを行い、その費用を信託財産から支出することができる。
 6 乙は、居住用不動産及び賃貸不動産の老朽化等によりこれらを処分することが必要となったときは、信託監督人と協議の上、同人の指図に従ってこれらを処分することができる。
 7 乙は、信託事務の1部又は全部につき、信託監督人との協議の上、同人の指図により専門能力を有する第三者にこれを再委託することができる。

 (注) 本条項は基本的な事項について規定しているが、信託契約が将来にわたる長期的な契約であることから、信託事務や受益権の内容については、将来の事情変更の可能性も考慮しつつ、受益者の生涯のライフプランや生活実態に即した現実的かつ合理的な内容となるよう慎重に検討する必要がある。
 
 第10条(必要経費)
 1 乙は、次の各号の費用を信託事務の必要経費として信託財産から支出することができる。
  @ 公租公課
  A 保険料
  B 修繕積立金
  C 振込手数料
  D 過失無くして受けた損害賠償請求による賠償金
 2 乙は、訴訟行為等、特別の費用の支出が見込まれる場合は、事前に信託監督人と協議の上、同人の指図により当該費用を支出しなければならない。
 
 第11条(報酬)
 1 乙の報酬は、無償とする。
 2 信託監督人の報酬は、1ヶ月○万円とする。
 
 第12条(受託者の義務)
 1 乙は、本契約の本旨に従い、受益者の利益のために忠実に信託事務の処理その他の行為を行いかつ善良なる管理者の注意をもって信託事務を処理するものとする。
 2 乙が信託事務の1部又は全部を第三者に再委託するときは、再委託先を適切に指導・監督するものとし、再委託先の債務不履行について責任を負うものとする。ただし、再委託先の指導・監督に過失がないことを証明した場合はこの限りでない。
 3 乙は、甲との別段の合意がある場合を除き、信託財産を乙固有の財産及び乙が第三者から受託した他の信託財産と分別して管理し、それらと混同してはならない。
 4 乙は、信託財産の投機的運用はこれを一切してはならない。
 5 乙は、信託法37条に基づいて、信託財産に係る帳簿、貸借対照表、損益計算書その他法務省令に定める書類又は電磁的記録を作成するほか、一ヶ月の信託事務の処理状況及び毎月末日時点の信託財産の状況について、受益者及び信託監督人に対し、翌月15日までに書面により報告しなければならない。
 6 前条以外にも、受益者及び信託監督人は、乙に対し、適宜信託事務の処理状況及び信託財産の状況について報告を求めることができる。
 
 第13条(信託の計算期間)
  信託財産に関する計算期間は、本契約締結の日又は毎年1月1日から、同年12月末日又は信託終了日までとする。
 
 第14条(受益権の譲渡等)
  受益者は、乙及び信託監督人の同意がない限り、受益権を譲渡又は質入れその他の担保設定の処分をすることができない。
 
 (注) 受益者は、受益権の譲渡又は質入れを行うことができる(93条1項、96条1項)が、これを許すと信託目的を達成できなくなるため、本条の規定を置くこととした。
 
 (注) 受益権の放棄については信託行為により制限できないものとされている(92条17号、99条1項)。なお、甲は、信託行為の当事者となるため、受益権の放棄はできない(99条1項ただし書参照。ただし、同項にいう放棄は遡及効のある放棄であるが(同条2項参照)、将来効のみ生じる放棄については可能であるとする説もある)。
 
 第15条(信託の変更、解約)
  受益者、乙及び信託監督人の同意により、本信託の内容を変更し又は本契約を将来に向かって解約することができる。
 
 (注) 関係当事者の合意等による信託の変更については、信託法149条に規定されているが、信託契約により別段の定めをすることも可能である(149条4項)。
 
 (注) 信託契約自体を遡及的に解除できる条項を設けるべきか否かについても検討したが、本契約書案では、将来に向かっての解約(本条)、受託者の解任(本契約17条)等について規定するに留めている。遡及的解除条項の必要性についてはさらに検討を行いたい。
 
 第16条(受託者の辞任)
  乙は、信託監督人の同意ある場合に限り辞任することができる。
 
 (注) 信託法57条1項本文では、委託者及び受益者の同意を得て辞任できるとされているが、信託契約において別段の定めをすることも可能である(同項ただし書)。
 
 第17条(受託者の解任)
  受益者又は信託監督人は、次の各号に定める場合に乙を解任することができる。
 @ 乙が本契約に定める義務に違反し、受益者又は信託監督人の是正催告から30日経過しても是正されないとき
 A 乙に破産手続又は民事再生手続その他これと同種の手続の申立てがあったとき
 B 乙が手形を不渡りにし、その他支払を停止したとき
 C 乙が仮差押、仮処分又は強制執行、競売又は滞納処分を受けたとき
 D その他受託者として信託事務を遂行し難い重大な事由が発生したとき
 
 (注) @号の解任事由については、重大性によっては無催告解除を認める、解任の前段階として説明や報告を求める等事案に即した規定を設けるべきである。
 
 (注) 受託者が破産手続開始の決定を受けたことは、受託者の任務終了事由とされているが(56条1項3号)、念のため解任事由にも加えた。信託契約に定めがない場合は、受託者が再生手続開始の決定を受けたことによっては受託者の任務は終了しない(56条5項)。なお、受託者が法人の場合は、会社更生手続及び特別清算手続の列挙も必要である。
 
 第18条(新受託者等)
 1 乙の辞任、解任等により乙の任務が終了したときは、乙は、受益者及び信託監督人に対し、任務終了の通知を行わなければならない。
 2 信託監督人は、前項の場合、直ちに新受託者を選任するものとし、新受託者を選任できないときは、家庭裁判所に対し新受託者選任の申立てを行う。
 3 乙は、第1項の場合、新受託者又は信託財産管理者が信託事務を処理することができるまでは、信託法59条及び本契約の本旨に従い、引き続き信託財産の保管をし、かつ、信託事務の引継ぎに必要な行為をしなければならない。
 
 (注) 辞任・解任等により受託者の任務が終了した場合の前受託者の義務については信託法59条を参照されたい。
 
 (注) 乙が死亡した場合については、信託法上、乙の相続人等が本条に定めるような対応をすべきものとされている(60条)。
 
 (注) 信託財産管理者については、信託法63条以下を参照されたい。
 
 第19条(信託の終了)
 1 本信託は、次の各号に定める場合に終了する。
  @ 第15条により本契約が解約されたとき
  A 最終の受益者が死亡し、その葬儀及び埋葬が終了したとき
  B 信託財産がなくなったとき
  C 信託法163条1号乃至8号に定める事由が生じたとき
 2 本信託が終了したときは、残余財産は、以下の者に、以下の順序により帰属するものとし、乙は、信託財産を現状有姿のまま引き渡すものとする。
  @ 受益者
  A 委託者の相続人
  B 受託者
 3 本信託が終了したときは、乙が清算受託者として清算事務を行い、信託財産状況報告書を作成した上で前項の残余財産帰属者に交付する。
 
 (注) 信託の終了については信託法163条以下、残余財産の帰属については信託法182条以下を参照されたい。残余財産受益者又は権利帰属者の指定に関する定めがないときは、委任者又はその相続人その他の一般承継人を帰属権利者として定めたものとみなされる(182条2項)。
 
 第20条(契約に定めのない事項)
  本契約に定めのない事項については、甲、乙、信託監督人は、本契約の本旨、信託法の規定等に則り誠実に協議するものとする。
 
 第21条(裁判管轄)
  本契約に関して生じた紛争の第一審の専属的管轄裁判所は、東京地方裁判所とする。
 
                                  以上