法律実務研究26号
東京弁護士会法律研究部
遺言信託研究部
             不動産管理処分信託契約書(案)

 委託者○○○○(以下「委託者」という。)と受託者○○○○(以下「受託者」という。)とは、以下の内容の不動産管理処分信託契約(以下「本契約」という。)を締結する。

 (注)本契約書案は、ケース3のとおり、高齢者を委託者、その長男を受託者として、委託者が所有し第三者に対して賃貸している不動産を受託者に対して信託譲渡し、高齢者が希望する一定の時期に信託譲渡された賃貸不動産に担保権を設定して有料老人ホームの入居金を借入れ、毎月の賃料からその返済を行うとともに、高齢者が死亡した場合には、信託不動産を売却して借入金を一括返済するというスキームによるものである。

             第1章 信託の成立

第1条(信託の目的及び設定)
 1 本信託は、受託者が本契約第7条に定める信託財産を受益者のために管理・処分し、その生活を支援することを目的とする。

(注)信託の目的は、より詳細かつ具体的に記載することも可能であろう。

 2 委託者は、前項の目的を達成するため、本契約締結日において、受託者に対し、信託財産に関する権利を信託譲渡し、受託者はこれを引き受ける。

第2条(受益者)
 本信託の受益者は、委託者とする。

第3条(信託監督人)
 委託者は、弁護士○○○○を信託監督人として指定する。

(注)信託においては、当然に信託監督人が選任されるわけではない(信託法131条)。
 本スキームでは、受益者が一定の時期に老人ホームへの入居を想定しており、その時期には、受益者が受託者を監督することが困難な場合もあり得るので、受託者を監督する第三者として弁護士を選任することが、受益者の保護の観点から有益である。

第4条(信託期間)
 本信託の期間(以下「本信託期間」という。)は、本契約締結日から第20条による本信託終了の日までとする。

(注)本スキームでは、受益者が死亡後に一定の行為を行う事務処理も含めて信託行為が設定されているため、単純に期間を定めての信託期間が規定できないため、このような規定とした。

第5条(所有権移転及び信託の登記)
 1 委託者は、本契約締結日に、第7条第1項第1号の不動産(以下「信託不動産」という。)を信託譲渡してその所有権を委託者に移転することとし、委託者及び受託者は、信託不動産について直ちに信託を原因とする所有権移転登記を行う。
 2 前項の登記手続に要する公租公課その他の費用は、委託者が負担する。

第6条(賃貸借契約の承継)
 1 受託者は、本信託の設定に伴い、委託者が信託不動産について締結している賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継する。
 2 委託者は、本契約締結日において、受託者に対し、前項の賃貸借契約に係る敷金、保証金及び共益費その他賃借人から受領し、保管している金銭を信託金として交付する。

(注)本スキームでは、受託者が委託者の賃貸物件を運用管理していくことになるため、信託不動産の賃貸人たる地位の移転及び従前の賃貸借契約に基づいて当初委託者が受領している敷金等を信託財産として引き継ぐことを規定した。

             第2章 信託財産の管理及び処分

第7条(信託財産)
 本信託の信託財産は、以下の各号とする。
 @ 別紙物件目録(略)記載の不動産
 A 信託不動産の売却代金
 B 第6条第2項に定める信託金
 C 信託不動産に抵当権または根抵当権を設定して借り入れた金員
 D 信託不動産の賃借人から収受する賃料、共益費
 E 前D号の財産から生じる利息その他の果実

第8条(信託財産の管理・処分等)
 1 受託者は、信託財産の管理運用又は処分その他の信託事務を、本契約に別段の定めがある場合を除き、受益者及び信託監督人(以下「受益者等」という。)の指図にしたがって遂行するものとする。
 2 受託者は、前項の規定にかかわらず、信託事務の一部を、受益者等の指示にしたがい、または自己の責任をもって、第三者に委託することができる。
 3 受託者は、前1項の規定にかかわらず、軽微な信託不動産の修繕・保守・改良については、受託者が相当と認める方法、時期及び範囲においてこれを行うことができる。
 4 受託者は、信託不動産の賃貸にかかる賃料収入、信託不動産に抵当権を設定して借り入れた金銭及び信託不動産の売却代金その他本契約に基づいて受託者が受領する金銭は、受益者が指定する以下の口座(以下「信託口座」という。)にて受け入れるものとする。

                 (略)

 5 受託者は、受託者及び受益者間で書面による別段の合意がある場合を除き、信託財産を、受託者の固有財産及び受託者が第三者から受託した他の信託財産とは分別して管理し、それらの財産と混同してはならない。

第9条(信託不動産の賃貸借)
 1 受託者は、信託不動産につき、本信託契約に別途定めるほか、受益者等の指図にしたがい、第三者との間での賃貸借契約の締結・解約その他賃貸人として行う一切の行為をすることができる。
 2 受託者は、受益者等が指名した事業者との間で賃貸管理委託契約を締結することにより、当該事業者に対し、前項の事務の一部を委託することができる。

第10条(信託不動産への抵当権設定)
 1 受託者は、次の各号のいずれかの事由が生じたときは、金融機関との間で金銭消費貸借契約を締結し、当該貸金債務を被担保債権として信託不動産につき抵当権または根抵当権を設定する。
 @ 受益者の指図があったとき
 A 受益者が、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分となったとき

(注)本スキームでは、受益者の老人ホームへの入居の際に、信託不動産に抵当権を設定して入居金を借り入れることを想定しており、抵当権設定の時期は、@受益者が老人ホームへの入居を希望したとき又はA受益者が、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分となったときが考えられる。

 2 受託者は、前項の借入金を、次の各号に定める高齢者入所施設(有料老人ホーム)の入居金に充てるものとする。
 @前項第@号のとき 受益者の指定する高齢者入所施設
 A前項第A号のとき 受託者が相当と認める高齢者入所施設

第11条(生活費の交付等)
 1 受託者は、前条第1項各号の事由があるまでは、信託不動産の賃料から毎月○○円を受益者に対して生活費として交付する。
 2 受託者は、受益者が前条第2項各号に定める高齢者入所施設に入所した後は、前項の金員を、当該高齢者入所施設の利用料として支払う。
 3 受益者は、信託監督人の指図にしたがい、受益者に対し、以下の費用等に充てるため、相当額を交付することができる。
 @医療費
 A介護サービス費
 B死亡した受益者の葬儀・埋葬に関する費用
 C死亡した受益者が支払うべき医療費及び介護サービス費
 Dその他緊急かつ必要と認められる一時金

第12条(信託不動産の売却処分)
 1 受託者は、次の各号に定める事由が生じたとき、当該各号に定める方法により信託不動産を売却処分するものとする。
 @受益者が死亡したとき(信託不動産を担保とする借入金が完済されている場合を除く)受託者が相当と認める方法

(注)本スキームでは、信託不動産の賃料収入を老人ホーム入居に際しての入居金の借入債務への返済と老人ホームの利用料等に使用する予定であるが、受益者が死亡したときには、老人ホーム利用料等について必要なくなるので、信託不動産を売却して借入金の弁済に充てることを予定している。

 A信託不動産の価値が、抵当権の被担保債権の弁済に不足することが判明したとき 受益者等の指図する方法
ただし、受益者が精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である場合には、信託監督人の指図する方法
 2 受託者は、前項の信託不動産の売却代金のうち、売却に必要な費用を除いた額を抵当権の被担保債権の返済に充てることとする。

第13条(信託事務費用)
 1 信託事務処理に必要な費用は、受益者の負担とする。
 2 受託者は、信託事務処理に必要な費用を信託財産から支弁するものとし、信託財産からの支弁で不足する場合には、受益者に支払の都度またはあらかじめ請求することができる。
 3 受託者が信託事務を処理するために過失なくして受けた損害の賠
償または補償についても前2項と同様とする。

第14条(受託者の義務と免責)
 1 受託者は、本契約の本旨に従い、専ら受益者の利益のために忠実に信託事務の処理その他の行為を行い、かつ善良なる管理者としての注意をもって信託事務を処理するものとする。
 2 受託者は、受益者等の指図に従い、前項の忠実義務及び善管注意義務を尽くして信託事務を処理する限り、当該信託事務によって生じた信託財産の価値の下落又は信託収支の悪化その他の信託財産、受益者又はその他の者に生じた損害について、その責を負わない。

             第3章 受益権の放棄及び処分

第15条(受益権の放棄及び処分)
 1 本信託の受益権は、放棄することができない。
 2 受益者は、受託者の事前の書面による承諾を得なければ、受益権を第三者に対して譲渡または質入れその他の処分をすることができない。

                   第4章 計算

第16条(信託の計算期間と計算期日)
 1 信託財産に関する計算期間は、本契約日または毎年1月1日から同年12月末日または信託終了日までとする。
 2 受託者は、前項の計算期間の末日を計算期日とし、受託者は収支計算書を作成して、各計算期日から1か月以内に受益者に報告する。

第17条(信託報酬)
 1 本信託における受託者の信託報酬は、無償とする。

(注)本スキームでは、委託者=受益者の長男を受託者としているので、信託報酬を無償としたが、有償とすることも可能である。なお、信託報酬を無償としている場合、信託不動産の売却時の蝦疵担保責任等につき、信託不動産の範囲で弁済をするという責任限定信託という形式にすることも考えられる。
 2 信託監督人の報酬は、月額○○万円とする。

             第5章 受託者の辞任及び解任

第18条(受託者の辞任)
 1 受託者は、次の各号に定める事由が生じたときは、辞任することができる。
 @受託者が、信託不動産からの賃料等の収入の低下、信託財産の全部または主要な部分の滅失または殿損、その他天災地変、経済情勢の変化等により、信託目的の達成又は信託事務の遂行が不可能または著しく困難となったと合理的に判断したとき
 A受益者から受託者に対し受益権譲渡の承諾に対する請求がなされたが、受益者と受託者の協議が調わなかったとき
 2 受託者は、前項に定めるほか、信託監督人の書面による同意を得て辞任することができる。

第19条(受託者の解任)
 受益者または信託監督人は、受益者に次の各号に掲げる事由が生じたときは、受託者を解任することができる。
 @義務違反、管理の失当その他不誠実または不適切な行為があると認められるとき
 A破産、民事再生または特定調停の申立てがあったとき
 B仮差押、仮処分または強制執行・競売もしくは滞納処分を受け、15日以内にかかる処分が解除されないとき
 Cその他、受託者による信託事務の遂行を継続し難い重大な事由が発生したとき

第20条(任務終了の通知及び任務の継続)
 1 受託者は、辞任・解任等の事由によりその任務が終了したときは、受益者及び信託監督人に対して直ちに任務終了の通知をしなければならない。
 2 受託者は、辞任・解任等の事由によりその任務が終了したときは、新受託者または信託財産管理者が信託事務を処理することができるまでは、信託法59条にしたがい、引き続き信託事務を遂行しなければならない。

第21条(新受託者の選任)
 信託監督人は、受託者の任務が終了したときは、直ちに新受託者を選任するものとし、その選任ができないときは、裁判所に新受託者選任の申立てを行うものとする。

                 第6章 信託の終了

第22条(信託の終了等)
 1 本信託は、次の各号の事由によって終了する。
 @受益者が死亡した日から1年間を経過したとき
 A信託法第163条各号に定める事由が生じたとき
 B受託者及び信託監督人が書面によって本契約を解除したとき
 2 委託者は、本信託が終了したときは、最終計算を行い、受益者または信託監督人の承認を求める。この場合、最終計算期間より前の収支計算は省略することができる。

第23条(残余信託財産)
 残余信託財産は、以下の者に記載する順序で帰属するものとし、受託者は、信託財産を現状のまま引き渡すものとする。
 @受益者
 A当初受託者
 B当初委託者の相続人

                   第7章補則

第24条(契約の変更)
 本契約は、受託者、受益者及び信託監督人による書面による合意により、変更又は修正することができる。

第25条(契約に定めのない事項の処理〉
 本信託契約に定めのない事項及び解釈に疑義が生じた事項について、委託者、受託者及び信託監督人は、信義にしたがい誠実に協議するものとする。

第26条(準拠法及び裁判管轄)
 本信託契約は日本法に準拠するものとし、本信託契約に関して生じた紛争については東京地方裁判所を専属的な第1審管轄裁判所とすることを合意する。


 本契約の成立を証するために本契約書を2通作成し、委託者及び受託者が各々記名押印の上各1通を保有する。


平成○○年○○月○○日

         委託者:○○ ○○ 印
         受託者:○○ ○○ 印