平成14年度日弁連夏期特別研修(四国地区)東京地裁民事3部(行政事件専門部)の9件の国側敗訴判決を参考に

第0 本日の目標



【関根】 ご紹介いただきました関根です。午後2時間、話を聞くのは大変ですので、いつもでしたら居眠りが出ないように冗談を言って笑いをとりながら話を進めるのですけれども、きょうはレジュメが多く、ゆとりがありません。早速始めさせていただきます。

 後に説明しますが、税務訴訟の納税者の勝訴率は3パーセントです。100件の訴訟を起こしても全面勝訴は3件です。その他に3件ぐらい一部勝訴の判決もありますが、一部勝訴というのは過少申告加算税を取り消したなどとの小さな勝訴が含まれますので、実質的な納税者の勝訴率は3パーセントから5パーセントしかありません。

 ところが、東京地裁民事3部では納税者勝訴の判決が続いています。東京地裁民事2部と3部が行政事件専門部なのですけれども、3部で続けて9件、納税者の勝訴判決が言い渡されています。この1年半ぐらいの期間にです。ほかにも、建築関係の行政訴訟などで住民側が勝訴している事件も幾つかでています。

 そこで、東京地裁民事3部の判決を紹介してみます。判決は、ちょうど、弁護士が扱う民法と商法の全般について、私法の常識と税法の常識が争点になり、そこで答えが出ているような気がします。ここは私法の常識のプロの弁護士がいるところですから、私法の常識に税法の常識を照らし合わせて、そこで税法の常識を理解していただこうというのが、ここでの第1のテーマです。

 もう一つは、東京地裁民事3部の判決は、偶然にですが、所得税、法人税、相続税の各分野を扱っているような気がしますので、この判決を題材にして、各々の税法の知識もマスターしてしまおうというのが2つ目のテーマです。

 総論は役に立ちませんので、早速、各論を始めさせていただきます。

第1 貸家契約が合意解除されている場合の建物の敷地の評価

 父親が賃貸していた建物について借家人との間に平成7年12月までに貸家を明け渡すとの和解が裁判所で成立したが、その明け渡し期間の前である平成7年7月に父親が死亡してしまった。その後、平成7年11月に借家人は建物を明け渡した。争われたのは、この土地と建物についての相続税評価額、借家権控除と小規模事業用宅地の評価減が行えるか否かである。なお和解の内容は次のとおりである。
 1 賃貸借契約が昭和61年3月に終了したことを確認し、平成7年12月まで明け渡しを猶予する。
 2 契約終了の日から明け渡しまでの賃料を免除。既に供託されていた賃料1億2,000万円も賃貸人は放棄し、賃貸人は明け渡しと引き換えに引越料2,200万円を支払う。明け渡しの猶予期間中、賃借人は建物を無償で使用することができる。


 東京地裁平成11年(行ウ)第204号相続税更正処分等取消請求事件(一部取り消し)平成13年1月31日判決

● 争点


 昭和61年3月に賃貸借契約が終了したことを確認しましたが、その和解が成立したのは平成5年11月30日で、それ以前に供託された賃料も免除しています。したがって、和解の日より前の昭和61年に契約が終了しているとの過去の事実の確認との趣旨の和解です。

 この事件では、借家契約の解除を和解で確認した後に相続が発生し、その後に実際の立ち退きが行われたわけです。相続(死亡)時点では明け渡しは行われていません。しかし、その時点では、既に、借家契約の解除が和解調書をもって確認されているとの経過です。

 ですから、法律上は、相続時点では借家契約は存在しないわけです。でも、現実には建物は他人によって使用されている。そういう状況での相続について、借家契約が存在することの相続税法上の特例が使用できるのか否か。これが争われたわけです。

 借家契約が存続すれば、相続税では次の2つの特例が使えます。1つは相続税における借家権控除という制度です。借家権控除というのは、借家として貸している建物と敷地については評価額を減額するとの特例です。貸家の評価、つまり建物部分の評価ですけれども、建物の評価額×(1−借家権割合)分だけを減額してくれるわけです。通常は借家権割合というのは3割ですから、要するに建物の評価額が1億円であれば7,000万円の評価でよいということです。

 さらに、敷地については貸家建付地の評価減の適用も受けられます。これは更地の評価額×(1−借地権割合×借家権割合)です。借地権割合というのは6割〜9割までありますので、仮に6割地区だとすれば借家権割合は3割ですから、18パーセントを減額するとの計算になります。ですから、1億円の土地なら18パーセントを差し引いた8,200万円の評価でよいということです。

 なぜそういう評価減をするかというと、建物が建築され、その建物が貸与されている土地について相続税が課税されることになったら、相続税を納めるために、土地建物を売却しなければなりません。そして、売却する場合には、借家人に対して立退料を支払わなければならないのです。その立退料を必要とするとの理屈が、借家権控除と、貸家建付地評価減の根拠です。

 貸家が存在する場合のもう一つの特例は小規模事業用地の評価減の特例です。これは200平方メートルとか400平方メートルとか、利用形態によって対象面積が異なるのですが、50パーセント、あるいは80パーセントを評価減してくれるとの特例です。貸家に供している土地に付いては50パーセント減をするとの特例です。

 さて、この2つの特例が適用あるということで納税者が相続税を申告しましたが、それが否認されてしまい、今回の訴訟になったわけです。

● 課税庁の主張


 そこでの課税庁の主張は次のようなものです。「賃貸借契約は昭和61年3月17日に終了しており、相続の時点では賃貸借契約が存在しなかった。賃借人は平成7年12月31日までの建物の占有使用を認められていたが、使用は無償とされていたことからすれば、相続税の課税時期(平成7年7月相続)において建物について賃借人の借家権が存在したとは認められない。そうだとすれば本件土地の価額の算定について評価通達26の適用はないものと解すべきである」。

 評価通達26というのは借家権控除を定めている財産評価通達のことです。要するに、契約は終了しているのだから借家権は存在しないとの形式的判断をしたわけです。いま現在は借家契約が存在しないのだから、貸家建付地評価減も、小規模宅地の評価減も使えないというわけです。

 貸家建付地評価減の趣旨は、先ほど説明しましたように、相続税を納めるために土地を売却しなければなりません。そうしますと立退料が必要になります。この立退料相当額の減額です。

 小規模宅地の評価減は事業の継続を維持することが目的です。本件は貸家ですけれども、酒屋を経営している場合、あるいは八百屋を経営してるという場合に、その店舗に相続税を課税しますと、納税資金が準備できない場合は店を閉めなければならないことになってしまいます。そのような悲劇がバブルの頃には見受けられました。そのため、そういう悲劇が起こらないようにとの趣旨で、商売に使用している土地については8割減、あるいは5割減をするという特例をつくったわけです。

 本件での税務署の主張は、「しかし、借家契約は終わっているではないか」というものです。借家契約は存在しないし、契約が終わっている場合について事業継続を保護する必要もないとの指摘です。そして借家権控除も小規模宅地評価減控除も認めなかったのです。

● 裁判所の判断


 これに対して、どのような理由で、東京地裁民事3部は納税者を勝たせたかといいますと、次のような判決です。納税者の一部勝訴です。

 「9年余りもの長期にわたって明け渡しを猶予し、しかもその間に1億5,000万円を下らない賃料相当額の支払いを免除すべき理由は全くないのであるから、右明け渡し猶予期間中の本件建物の使用収益は、この種の類型の和解一般と同様に、実質的には終期の確定した賃貸借、言いかえると一時使用の賃貸借と異なるものではないと解するのが相当である」。

 借家契約は解除されているのだけれども、有償と認められる使用が継続するのであるから、これは一時使用の賃貸借と同様の状態だの認定です。

 確かに、1)和解時点で契約を解除するが、その後、数ヶ月間の明け渡し猶予期間を認めるとの和解の方法もあるでしょうし、2)将来のいついつをもって借家契約を解除し、その日に明け渡すとの和解の方法もあると思いますので、和解の文言にこだわる必要はなく、実態はどうかと見なければいけないと思いますが、しかし、契約解除後の使用状態が一時使用の賃貸借と同様かは、私自身は疑問を持っています。

 判決は、さらに、次のように判断して借家権控除を否定しました。

 「その終期は、平成7年12月31日と確定しており、その期間が比較的短期であること及び賃借人からの期間の延長を請求する余地がなくなっていることからすると、右使用関係の存在は本件土地建物の交換価値の評価に当たっては、それを無視し得るものということができ、本件土地建物については、評価通達が前提としているような経済的な価値を減少せしめる事情があるとはいえない」。

 これだけの判断であれば、一時使用と同様との理屈ではなく、相続税が課税された土地建物について、これを売却する場合の立退料が必要か否かの問題と判断すれば良いと思うのですが、判決は、明け渡し猶予期間の使用関係は一時使用と同様の関係との独自の理論を構築しました。

 「本件和解により、本件賃貸借契約は、昭和61年3月17日に終了したことが確認されたものの、平成7年12月31日までの明け渡し猶予期間中の使用関係は実質的には一時使用の賃貸借と異ならないこと、本件賃借人は、同年11月14日まで本件建物を占有していたことが認められるところ、本件和解の後においても、本件賃借人は実質的に一時使用の賃貸借に基づいて本件建物を有償で占有していたのであるから、本件相続開始の直前においてもいまだ終了していたものとはいえない」。

 さらに、このような判断をして、貸家建付地控除は認めないが、しかし、小規模事業用地の評価減の適用はあると判断したわけです。

● 税務の実務


 ここで税務の知識を復習しておきます。仮に10億円の土地を購入して10億円のビルを建築する。そしてこれを賃貸すれば、その評価額は20億円ではなく、10億9,500万円になるというのが相続税の取り扱いです。


 貸家建付地の評価 10億円×(1−70%×30%)= 7億9000万円
 建物       10億円×(1−30%)    = 7億0000万円
 小規模宅地の評価減(200uまで50%減)     △3億9500万円
                差し引き       10億9500万円



 まず、貸家建付地の評価ということで、土地についての評価減が認められます。借地権割合は住宅地なら60パーセントになり、商業地の表通りに面したところでは70パーセントぐらいになります。この講演会を行っているホテルの敷地は、もしかすると80パーセントかもしれません。

 更地の価額から、借地権割合に借家権割合30パーセントを乗じた金額を差し引いてくれますので、10億円で購入した土地であるにもかかわらず7億9,000万円の評価になるわけです。

 次に建物ですが、コンクリートで建物を建築したら10億円を要したという場合であっても、それを賃貸していれば、借家権割合30パーセントを控除してくれますので、7億円の評価で済むわけです。

 さらに、小規模宅地の評価減との特例があり、200平方メートルまでは50パーセントの減額してくれますので、7億9,000万円の土地の評価額が半額に減額になるわけです。つまり、3億9,500万円を差し引いてくれるのです。20億円で購入した土地と建物が、借家権控除と小規模宅地の評価減の特例の適用を受けて10億9,500万円の評価額まで減額されるわけです。

 ですから、資産家の方々はバブルの頃、競って土地を購入し、建物を建築して、それを賃貸に供するとの事業を展開したのです。これは相続税の節税が目的です。

 私が相談を受けた案件でも、100億円の借金をして100億円の土地を購入したとの事案があります。東京駅八重洲のすぐそばに何十坪かの土地を購入します。バブル時には、それだけで100億円です。100億円の借金をして、100億円のビル付きの土地を購入し、それを賃貸します。そうすれば評価額は50億円に減額になってしまうわけです。つまり、相続財産の50億円分の圧縮です。

● 結論


 この事案についての裁判所の判断から学ぶべき結論として次の3点を指摘することが出来ます。

 1として、課税庁は契約が解除されているとの形式判断を行ったということです。つまり、いま現在は借家契約は存在しない。だから借家権控除は認めないとの形式判断です。それに、いま現在は借家契約が存在しないのだから、事業に供していることにはならず、小規模宅地の評価減も認めないとの形式判断です。

 ところが、裁判所は実質的な判断をしたわけです。つまり、和解条項のいかんにかかわらず、明け渡しを猶予して、その間、相手に使用を認めているではないか。これは無償の使用ではなく、賃料と立退料相当額とが相殺されて賃料が無料になっているのであって、実質的には有償の使用と同様だ。だから、借家契約を解除するとの和解の存在にかかわらず、実質的には借家契約は存続している。このような判断です。

 しかし、和解で明け渡すことが決まっているとの事実は無視できません。相続開始の直後に明け渡し期限が到来しています。このため借家権控除まで認めるのは躊躇したのだと思いますが、しかし、小規模事業用宅地の評価減は認めました。

 この判例から学ぶべき教訓の2番として、税法は非常に実質的であると同時に、非常に形式的だということです。その一例が借家権控除や路線価評価だとご理解ください。

 例えば、土地を購入し、アパートを建築して、そこに借家人を住まわせたら、途端に2割とか3割も評価が下がるということはあり得ないことです。でも、税法の実務では、土地を購入し、建物を建て、第三者に賃貸したら、即、借家権控除割合だけの減額になることになっているわけです。

 最近、税法で問題になっている事案として、ワンルームマンションや賃貸用のビルの建築と賃貸の問題があります。建物を建てて賃借人を募集したが、しかし、相続段階では賃借人は確保できていなかった。でも、これは賃貸用の建物なのだから借家権控除を認めても良いではないかとの主張です。これについては借家権控除を認めないとの判例が出ています。

 それなら、例えば10室のワンルームマンションがあり、それを賃貸していたが、たまたま相続直前に2部屋だけあいていた。このときはどうなるかというと、たまたま短期的に空き室になっていた場合は借家権控除を認めるとの取り扱いが、判決後に、課税庁から発表されています。

 これが税法の理屈です。アパートを建築し、第三者に貸しているといっても、一戸建てを貸している場合と、オフィスビルを建築して貸している場合、さらには、ワンルームマンションを建築して貸している場合というのは、借家の存在が、その敷地の価格に与える影響は全く異なると思うのですが、しかし、同じものと取り扱っています。一戸建てを建築して第三者に貸したら、期限が来ても返還してもらえません。しかし、オフィスビルやワンルームマンションの場合は、借家人が入居している方が高値で売れるの現実もあります。

 しかし、借家に出している場合は、そのような個性を問わず、すべて3割減をしてくれる。つまり、税法はどういう目的かというところまで区別できないわけです。そこまでの実質判断を求めるとしたら、それは税務職員の判断になります。しかし、税務職員には、そのような判断はできませんので、通達を作り、形式的な判断ができるようにしている。借家権控除はこういう計算をするよと決めたのが、先ほどの計算式です。

 3番として、いま通達と説明しましたが、税務の実務では通達が憲法です。通達で実務は運用されています。通達の次は税務職員が編集した質疑応答集による解説が実務の基準です。さらには、その次に法律があり、その次に判例があって、その次に憲法があるぐらいの順番です。ですから、まず第1に通達を検索しなければ答えが出ないのが税法の分野です。

 先ほども説明しましたが、借家権控除を認めると書いてあるのは財産評価基本通達という国税庁が作成した通達です。法律に根拠のない、単に上級庁の下級庁に対する一般的指揮命令書にすぎない通達というのが、課税の実務では法律に優先する規範として幅を効かせ、税務の分野を牛耳っているということです。

 所得税については所得税法基本通達があり、法人税については法人税法基本通達、消費税は消費税法基本通達があって、相続税については相続税法基本通達があります。さらには財産の評価方法については財産評価基本通達というのが存在するのが税務の実務です。

第2 解除条件付き債権放棄と貸倒損失の計上

 日本興行銀行は、平成8年3月に、日本ハウジングローン(住専)との間で3760億円の貸付債権を放棄するとの合意をして、同年3月期の決算において貸倒損失として処理した。ところが、課税庁は興銀の貸倒損失を否認し、所得金額を3627億円とする更正処分を行った。争われたのは債権の回収可能性についての判断である。


 東京地裁平成9年(行ウ)第260号法人税更正処分等取消請求事件(全部取消し) 平成13年3月2日判決

● 争点


 平成8年3月期の貸倒損失の計上が否認されました。平成8年というと、既に古い話になってしまいますが、当時、住専に対して資金援助をするかしないかと大騒ぎをしたことがあります。

 その後、もっと大きな資金が銀行に投入されましたので、住専への資金などは歴史の彼方の話になってしまっていますが、当時は、住専を設立した母体行が損失を負担するのか、農協系の金融機関も損失を負担するのか、あるいは、公明正大に処理するために住専は破産すべきだとか、いろいろな議論があったわけです。

 本件事案は、その議論が行われていた平成8年3月期の決算の問題です。最近は銀行が欠損を計上しても誰も驚きませんが、当時は銀行が赤字決算をすることは事実上は不可能でした。信用問題がありますし、また、銀行のメンツの問題もありました。

 そのような時代背景において生じた税務問題です。日本興行銀行は、平成8年3月までに住専処理法が成立すると予想しました。つまり、母体行が損失を全て負担することになると予想し、その予想の下に損失を埋めるための利益を確保することにしたわけです。

 どのように利益を確保したかというと、大昔に購入し、含み益のある手持ちの有価証券をどんどんと市場で処分して利益を出したわけです。つまり、有価証券の含み益を実現していたわけです。

 一方で3,627億円の貸倒損失を計上することになっても、3,627億円の有価証券売却益を計上することによって貸倒損失を補填し、赤字の決算をしなくて済むようにしてしまいました。そのような準備を平成8年3月末日までに行っていたわけです。

 ところが、住専処理法は8年3月になっても成立しないわけです。しかし、貸倒損失を計上できなかったら、有価証券を売却した3,627億円だけが計上され、その利益に対して法人税が課税されてしまいます。当時の法人税率で考えますと、有価証券売却益の半分は法人税として持っていかれてしまう。

 ということで、日本興行銀行は、ある意味で無理をして貸倒損失を計上したわけです。その無理な貸倒損失が訴訟で争われることになったわけです。

 税務訴訟では納税者は勝てないというのが常識だったのですけれども、この事件では興銀が勝訴しました。このためマスコミでも報道され、地裁判決については非常に好意的な判例評釈が続きました。しかし、高裁では日本興業銀行の逆転敗訴です。

● 課税庁の主張


 裁判段階での課税庁の主張ですが、1番として、「債権は平成8年3月末時点において、その全額が回収不能とは認められない」というのがあります。後に貸倒損失の要件を説明しますけれども、この「全額が」というところに意味があるのです。

 2番は、「債権放棄に解除条件が付されているから、本件事業年度に債権放棄が確定しているとは認められない」というものです。なお、解除条件は「日本ハウジングローンについて、営業譲渡の実行及び解散の登記が平成8年12月末日までに行われないことを放棄の解除条件とする」というものです。

 平成8年3月にハウジングローンに対する債権を放棄してしまうのですが、しかし、その年の12月までに住専処理法が成立せず、日本ハウジングローンが解散しなかった場合は債権放棄は無効になり、債権は復活するとの解除条件付きの債権放棄をしたわけです。

 なぜ解除条件付きの債権放棄をしたかといいますと、判例から読み取るところでは、株主代表訴訟対策です。というのは、法律が成立して、債権が回収できないことになれば、債権放棄をしても取締役が訴えられることはありません。しかし、住専処理法が成立しなかった場合には、勝手に債権を放棄したことになってしまうわけです。破産手続を採れば回収できる債権を放棄してしまったと批判されてしまいます。

 そうしますと取締役に対する責任追及の訴訟が起きてしまう。そこで、法律が成立しなかったときには債権は生き返るということにしました。そうすれば株主代表訴訟対策も大丈夫だろうし、債権放棄として税法上の貸倒損失にも計上できるとのもくろみがあったわけです。

● 裁判所の判断(地裁)


 地方裁判所は納税者を勝たせたのですが、その判断は、次のとおりです。

 「正常資産及び不良資産のうち回収が見込まれるものの合計額は1兆2000億円とされ、一般行がJHL社に対して有している債権1兆9000億円を下回っており……本件母体2行がJHL社に対する債権を全額放棄したとしても、一般行の債権の全額を返済することは不可能であった」。つまり、一般行を優先するとすれば、興銀に回ってくる返済金はなかったとの判断です。

 それから2番として、「平成8年2月15日に衆議院予算委員会で……原告の黒澤頭取が、母体行として債権の全額を放棄すると述べたことからすると、原告がJHL社に対する債権を放棄しないことは、社会全体を敵に回すに等しく、社会的存在としての銀行としては自己にとってこの上なく有害な行為というほかない上、代表者の言を翻すことによる社会的信用の失墜という面からも、もはや社会通念上許されない状態になっていた」。

 判決が「社会通念」という言葉を使ったので、その後、マスコミでは「社会通念」という言葉がひとり歩きしたぐらい有名になった判決です。

 さらに、「仮に政府の住専処理策が成立せず、JHL社を破産手続によって処理せざるを得ない事態が予想されたとしても、原告が債権届出をして、その手続に参加することは法的には可能であったとしても、原告にとって有害かつ無益であって、経済的に見て非合理で行うに値しない行為と言うほかない」とも判断しています。

 野党は、公明正大に処理するべきだから、住専については破産の申し立てをすべきだと主張していました。母体行の責任などと言わずに、農協を含めた債権者の全員が平等に損失を負担すべきだとの主張です。

 裁判所は引用しましたような判断をして、興銀の債権は、1)債権放棄をしたか、あるいは、2)解除条件が付いているかなどに踏み込まずに、3)回収できないことが社会通念上から明らかであり、回収は無理に決まっていたとの判断をして、貸倒損失との処理を是認しました。

● 裁判所の判断(高裁)


 ところが、高裁は逆転判決を言い渡しました。聞いたところによると、高裁での弁論期日は2回か3回だったようです。ですから、興銀側としては高裁での勝訴を確信していたようですが、残念ながら興銀の逆転敗訴判決になりました。

 まず、高裁の判断は次のようなものです。「取締役会を開催し……本件債権を本件事業年度において直接償却する必要性がある理由として、仮に本件事業年度において多額の債権償却特別勘定の設定をすると、前年度にこれをしていなかったことの責任を問われるおそれがある旨が説明されたほか、本件債権放棄に解除条件を付すことにすれば、債権放棄によって被控訴人に損害を与えたとしてする代表訴訟を防止する効果がある旨が説明された」。

 ここで補足して説明しますと、債権償却特別勘定とありますが、今は、債権償却特別勘定という制度はなくなっています。今は貸倒引当金という制度に吸収されています。

 なぜ、債権償却特別勘定という制度がなくなったかというと、先ほど借家権のところで説明しました通達行政に対する批判です。債権償却特別勘定というのは通達で定めていた制度ですが、しかし、通達で制度を定めるといのは疑問です。課税要件などは法律で定める必要があるわけです。

 租税法律主義ですから課税要件は法律に定めてある必要があります。債権償却特別勘定には以前から批判がありました。そこで、債権償却特別勘定の制度を廃止し、いま現在は貸倒引当金の制度に吸収しています。しかし、内容は債権償却特別勘定と同じです。

 興銀は、当時の債権償却特別勘定、つまり現在の貸倒引当金ですが、これを設定すれば何の問題もなかったわけです。でも、それを計上すると、貸借対照表に大きな金額の債権償却特別勘定、つまり貸倒引当金が計上されてしまう。決算書を見た人は、何でこんな大きな金額の債権償却特別勘定が計上になるのだということで注目します。たぶん、そのようなことを嫌ったのではないかと思います。そこで、解除条件を付けた債権放棄との処理をしたわけです。債権放棄なら貸借対照表に計上せずに済みます。

 次に、「日本ハウジングローンの正常資産及び不良資産のうち回収が見込まれるものの合計額は、その当時、少なくとも1兆円は残されていたことが推認され、この金額は、日本ハウジングローンの借入金総額の約40パーセントにも上るのであるから、このような日本ハウジングローンの客観的な財務状況に鑑みると、平成8年3月末時点において、本件債権が全額回収不能であったとはいえない」。つまり、平等弁済なら40パーセントの回収が可能だったということです。

 さらに、「債権の全額が回収不能であるとは、債務者の実際の資産状況、支払能力等の信用状態から債権の資産性が全部失われたことをいうのであって、責任財産がありながら、債権行使に対する社会的批判等の他事を考慮して債権者が当該債権を行使しないこととしたような場合などは、これに当たるものではない」。

 つまり、「社会的な批判」ということは、債権が回収できない理由にはならないとの判断です。法律上も回収不能になっていなければならないと高裁は判断したわけです。

 次に、「解除条件の付された債権放棄に基づく損失の損金算入時期を、当該意思表示のされたときの属する事業年度としたときには、本来、無条件の債権放棄ができず、当該事業年度において損金として計上することができない事情があるにもかかわらず、法人側の都合で損金計上時期を人為的に操作することを許容することになるのであって、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合するものとはいえない」と判断しています。

 民法上の完全な債権放棄になることを防止し(つまり、解除条件をつけながら)、税務上は貸倒損失に計上するとの恣意性(二律背反性)が存在したということを判決は指摘しているわけです。

 つまり、「取締役さん、貴方としても完全な債権放棄はできないのでしょう。だから債権を生かしておきたかったのでしょう。でも、税務上は貸倒損失に落としたいので、債権は死んでしまって回収できなかったことにした。でも、そのような矛盾した処理を認めるわけにいかないでしょう。そういう処理を認めたら、税務上の損金計上の時期を取締役の恣意によって操作できることになってしまうじゃないですか」というのが高裁の判断です。

 高裁は幾つかの理由を述べていますけれども、高裁の最終的な判断理由はここではないかと思います。会社には放棄ができない事情があった。つまり、株主代表訴訟対策です。しかし、放棄したい事情もあった。つまり、貸倒損失の計上です。そこで、解除条件付きの債権放棄というテクニックを利用した。そうすれば、税務上の放棄の効果を生じさせることができる。そのような作為的な操作をしたことを裁判所は嫌ったのではないかと思うのです。

 こういう複雑な処理をせずに、単純に債権放棄をしてしまったら、多分、貸倒損失は認められた事例ではないかと思います。真実は回収が可能であるにもかかわらず債権放棄をしてしまったという場合はダメです。そのような場合は寄付金と認定されてしまいます。寄付金というのは、単純な贈与と同じです。法人が行う贈与を寄付金といいますが、寄付金は損金には計上できません。

 でも、本件は、多分、単純に債権放棄をすれば損金計上が認められた事例だと思います。何しろ、回収できないことは社会通念上は明らかな事例ですから。

 それから、先ほど説明しましたように、債権償却特別勘定で処理すれば、その処理も税務署は認めたはずです。つまり、貸倒損失というのはゼロか100かです。100億円を貸している場合に、その内の1億円が回収できる場合だと、99億円を貸倒損失に落とすことはできないのです。

 なぜかといえば、貸倒損失というのは資産の評価損の問題だからです。しかし、税務上は資産の評価損の計上は認められていません。ですから、100億円の債権について、99億円分だけの評価損を計上することは出来ないのです。

 しかし、100億円の全額が回収不能になれば、その全額を貸倒損失に計上することが認められます。しかし、1億円でも回収できるとしたら、100億円の全額を資産として貸借対照表に計上しておく必要があるのです。

 法律上の資産として存在するからだというのが税法の取り扱いです。でも、そのような処理を形式的に要求するのは無茶です。100億円を貸していても、実際には1億円しか回収できない債権です。そこで、税法は法律に根拠のない債権償却特別勘定という制度をつくったわけです。

 でも、それは租税法律主義の観点から問題だということで、今は貸倒引当金という制度になっています。要するに、債権償却特別勘定とか、貸倒引当金というのは、資産の評価損を認める制度です。100億円の債権があるけれども、1億円しか回収できない見込みだという場合は、99億円を貸倒引当金として計上するなら、その処理を認めるという制度です。そのような処理を特例として認めたわけです。でも、債権自体について、貸倒損失として99億円の減額をすることは認めていないのです。

 興銀は、仮に100億円の債権だとしたら、100億円の全額を貸倒損失に計上したのですが、そのようなことをせずに、100億円の全額を債権償却特別勘定、つまり貸倒引当金として計上しておけばよかったわけです。

 税務署が、仮に、一部の債権が回収可能だとして貸倒引当金の計上を否認したとしても、そこでネゴが可能です。40パーセントは回収できたと言われたら、100億円のうちの60億円は貸倒引当金として損金計上が認められるわけです。

 3割しか回収できませんとか、いや、実際には1割しか回収できませんよと主張すれば、ネゴの問題になって、ゼロか100かという裁判にはならなかったのです。

 でも、興銀は貸倒損失に計上してしまったため、税務上は、ゼロか100かの争いになってしまった。つまり、貸倒損失を認めるか認めないかの争いです。地裁では貸倒損失を認めてくれたけれども、高裁では貸倒損失を全て否認してしまったわけです。

● 判断が分かれる理由


 地裁と高裁の判断が分かれた理由ですが、多分こういうことではないかと思います。地裁は「あの当時の事情として、興銀が債権を回収できなかったことなんて当たり前じゃないですか」との判断したのですが、高裁は「でも、債権放棄の効果が法律的に確定していたわけではない」と判断しました。これは両方とも正しい判断です。

 一方の判断が間違っているのではなく、2つとも理屈としては正しく成立します。両方とも正しい判断です。両方とも正しい判断ですが、判決ですから、地裁判決が正しいのか、高裁判決が正しいのかを議論しなければならない。そこで、この判決をもとにして、税務訴訟の現実というのをご紹介させていただきます。

● 税務訴訟の現実(あり得ない確率)


 平成12年度 合計件数    277件
        納税者全面勝訴  14件(3.3%)
           一部勝訴  12件(2.8%)



 あり得ない確率と書きましたけれども、まさにあり得ない確率です。平成12年度には税務訴訟で終了した事件が277件なのですけれども、納税者の全面勝訴は14件だけです。全件数に対して3.3パーセントの割合です。

 ですから、東京地裁民事3部で、最近9件の納税者勝訴判決が出ているというのは、大変な数だとおわかり頂けると思います。1つの裁判所で1年半の間に、日本中で言い渡される勝訴事件の半分ぐらいをカバーしてしまっているということです。

一部勝訴は12件で2.8パーセントになります。一部勝訴というのは、実質的勝訴に近いものから、単に過少申告加算税の一部を取り消したという形式的な事件までありますので、一部勝訴を勝訴側に入れるか、敗訴側に入れるかというのはちょっと判断しかねるところがあります。

 100件の訴訟を起こしても3件、あるいは一部勝訴を入れても6件しか勝てない。これが税務訴訟の現実です。税務訴訟を代表とする行政訴訟について、納税者が勝てない理由について、これは日本の行政には間違いがないから良いことだとコメントした裁判官がいるのですけれども、私はこれは間違いだと思います。

 といいますのは、税務署は多分1年間に1,000万件に近い処分をしていると思うのです。いろいろな意味の課税処分を年間で1,000万件は処理している。少なくとも500万件ぐらいの処理していると思います。

 1,000万件の処分をしているけれども、ほとんどが間違いのない処分です。行政は間違えませんし、日本の行政庁は確かなものです。ですから、行政は間違いを出さないのです。

 でも、1000万件の中に300件だけは、やはりおかしいという課税処分が含まれていても不思議ではありません。行政が完璧なら、間違いのある課税処分は1件も発生しません。しかし、人間が行うことですから、1,000万件の処理について300件ぐらいは間違った処理があっても当たり前の話です。

 その300件について税務訴訟が起こされるわけです。999万9,700件の課税処分は正しいのです。納税者が納得しない300件について裁判が起こされる。しかし、その結果が3パーセント、あるいは5パーセントしか納税者は勝てないのです。

 日本人は訴訟を嫌います。それが、あえて弁護士に費用を支払ってまで国を訴えるわけです。そうしたら相当の覚悟がなければ裁判なんて起こせません。行政訴訟は難しくて勝てないというのは弁護士なら全員が知っていることです。五分五分の訴訟だったら多くの弁護士が、「まあ、しかし勝てないよ」という説明をして終わってしまうわけです。

 それを、あえて弁護士が着手金を受け取ってまで行政訴訟を起こすのです。だから、これはやはり勝てるような訴訟、勝たなければおかしいと思える訴訟が税務訴訟になるわけです。

 日本の行政は間違えないのですが、でも、ほんとうに少ない間違い事例が見つけ出され、それが訴訟になるのです。その間違い事例の中でも、弁護士費用を支払うのなら断念するとの事例が除かれ、弁護士が勝てないと思う事例が除かれ、最後に残った300件が訴訟になるのです。ですから、私の感覚では、これは9割の納税者が勝訴しなければおかしいと思います。でも、残念ながら3パーセントか6パーセントの勝訴率しかないというのが日本の税務訴訟の実態です。

 要件事実裁判ですから、原告に立証義務がありますので、それが税務訴訟の勝訴率を低めているのかもしれません。税務訴訟は課税庁側に立証義務があることになっていますが、実際には納税者側の立証義務に転換している事例が多いと思います。そのために、立証ができないがための敗訴との事例が多いのではないかとの可能性があります。

 でも、通常の民事訴訟では、原告が立証義務を負う事例が多いのにもかかわらず、原告の勝訴率は75パーセント程度にはなっています。

 刑事事件と比べれば、税務訴訟の勝訴率の低さもおかしくはありません。刑事事件の無罪率も3パーセント程度だと思います。でも、刑事事件の場合は検察が起訴した全件が議論されるわけです。その結果の3パーセントです。しかし、税務訴訟の場合は、税務署が処分した1,000万件の全件が議論の対象になるわけではありません。

● なぜ、税務訴訟は勝てないのか


 税務訴訟では、どうして、そのような不合理な結果が出るのか。こういうことではないかと思います。つまり、税務訴訟には二つの判断基準が存在するのです。

 一つが形式的な判断基準です。例えば、先ほどから説明している財産評価通達ですけれども、裁判所は、この通達を次のように肯定します。「評価通達が行政の公平を担保する一般的基準であることをも考慮すれば原告の主張する事情があるとしても、評価通達によることを違法ならしめるものということは困難である」。これが評価通達に従った形式的判断をした事例です。これは説得力ある判決になります。

 もう一つは、裁判所が実質的な判断基準を採用する例です。「通達による画一的な評価の趣旨からすると、この評価方法を形式的・画一的に適用することによって、かえって相続税法や本件通達自体の趣旨に反する結果を招き、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるという特段の事情があり、かつ本件通達によらない評価方法が客観的に合理性を有する場合には、本件通達によらない評価方法によることが許されるものと解すべきである」という判決です。

 つまり、この二つの判断基準を使い分けたら、どんな事案であっても説得力ある判決が書けるわけです。納税者が裁判に勝とうと思ったら、形式的に考えても間違っているし、実質的に考えても間違っているとの課税処分を探す必要があるわけです。そのような事案でないと税務訴訟は勝てません。しかし、形式的に考えても間違っていて、実質的に考えても間違っているとの事案は存在しません。いくら税務署でも、そんな無茶な課税処分はしません。という結果、税務訴訟の勝訴率は非常に低いのではないかという感じがするわけです。

 これは私が指摘しているだけのことですから、あるいは間違った見方かもしれません。また裁判所をちょっと悪く言い過ぎますけれども、このような視点で税務訴訟の判決を読むと、税務訴訟の判決の意味と内容がわかってくるのではないかと思います。

 つまり、この事件は実質的判断基準を採用したのか、形式的判断基準を採用したのかということを見るわけです。そして、そのような視点で見ると次のようにいえると思います。今まで税務訴訟というのは形式的判断基準と実質的判断基準を納税者の不利なように適用してきました。でも、東京地裁民事3部は、この基準を納税者の有利なように逆転して利用しているのではないかという気がするのです。このような視点で次の判決をごらんいただけたらなと思い、やや余分な話をさせて頂きました。

● 貸倒損失の実務


 税法の実務の知識も今日のテーマですので、次に税務の実務をご説明させていただきます。先ほどから説明しています通り、債権の評価損の計上は認められていません。

 資産の評価損の計上は、全ての資産について禁止されていると考えた方が間違いがありません。土地が値下がりしたからといって、値下がり分を土地評価損として損金に算入しても認められません。その代わり、債権については貸倒引当金を認めているわけです。

 貸倒損失の要件と貸倒引当金の要件は通達に詳細に決められています。取引先が民事再生を申し立てたというときは、その通達を見て、どこまで貸倒損失に計上できるかということを検討することになるわけです。それが法人税基本通達9−6−1(金銭債権の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ)であり、法人税基本通達9−6−2(回収不能の金銭債権の貸倒れ)であり、法人税基本通達9−6−3(一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ)です。

 特にご注意いただきたいところを紹介しますと、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額」は貸倒損失に計上できることになっています。

 しかし、この通達の利用は危険です。つまり、これは、Aさんに対して1億円を融資しているのだけれど、これが回収できないという場合に、Aさんに対して債権放棄してしまうとの処理です。この場合に貸倒損失が認められれば良いのですが、その後、税務署の調査があり、「いや、Aさんは資産を持っていますよ」と言われたら、取り返しが付きません。

 回収の可能性のある債権を放棄してしまったわけです。それは貸し倒れではなく、寄付金(贈与)ですから税務上の損金にはなりません。放棄してしまったので回収もできません。放棄してしまっている債権ですから、回収不能が確定した年度、たとえば、翌事業年度に損金に落とすこともできません。救済の道はなくなってしまうわけです。

 でも、「法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになつた場合には、その明らかになつた事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる」との通達ならリスクはありません。

 債権放棄をしなくても、貸倒損失に計上させてくれるのが、この通達です。「全額が」と書いてあるところがミソです。100億円のうち1億円でも回収できたら1円も貸倒損失に計上することはできないのです。全額が回収不能になっていなければダメです。

 貸倒損失に計上する場合は債権放棄の内容証明郵便を発送するというのが一般の知識ですが、そのような知識は利用しないほうが安全です。

● 貸倒引当金の利用


 さらに言えば、ここで貸倒損失ではなく、貸倒引当金を計上するほうが安心です。例えばAさんに対して1億円を融資したのだけれども回収ができそうもないという場合です。このようなときには、貸倒損失を考えるのではなく、貸倒引当金を考えるのです。1億円の貸倒引当金を計上すれば良いのです。

 そうしたら、税務署の調査があり、「Aさんは資産を持っていますよ」と言われても、「えっ、1億円も持っているんですか」「いや、1億円は持っていませんけど3,000万円ぐらいは回収できるぐらい持っていますよ」とのやり取りが行われた後に、「では7,000万円分は貸倒引当金として認められるのですね」という結論になるわけです。

 要するに1億円かゼロかの判断ではなく、幾らが正当かの金額のネゴの問題にできるわけです。日本興行銀行もそうしておけばよかったのです。貸倒引当金を計上しておけば、全てが否認されるのではなく、どれだけが回収できないかというネゴの問題になったわけです。

 相手方が民事再生を申し立てたとの相談を受けたときは、貸倒損失の計上ではなく、貸倒引当金の計上をアドバイスしてください。その後、2年か3年が経過してから貸倒損失に落とせば良いわけです。それは完全に回収できないことが見えてからです。

 貸倒引当金というのは、本来は資産の一部評価損ですから、一部について計上するのが原則ですけれども、債権額の10割を計上しても誰も文句は言いません。しかし、10割ですと極端ですから、95パーセントを計上しておけば良いのです。

 取引先が民事再生を申し立てたとの相談を受けたら、一般債権の弁済率はせいぜい5パーセントぐらいですから、95パーセントのカット見込みとして貸倒引当金を計上しておけば良いわけです。税務署の調査があり、「95パーセントの計上は大き過ぎる」と指摘されたら、「では80パーセントまでは良いのですか」とネゴをすればすむ話です。

● 子会社救済のための債権放棄


 次に、「損失負担等をしなければ、今後より大きな損失をこうむることになることが社会通念上明らかであるとき」という通達があります。法人税基本通達9−4−1(子会社等を整理する場合の損失負担等)です。

 関係会社を生かすために債権放棄をする必要が生じることがあります。例えば、子会社が大きな欠損を抱えていて、親会社が資金をつぎ込んでいるような場合です。子会社をこのまま経営していたら、さらに不良債権を膨らませてしまうことになります。

 このような場合に、子会社に対して債権放棄して、債務超過を解消し、会社自体を売却してしまうとの処理を考えます。子会社に対する債権を放棄して債務超過を解消しないと会社は売却できません。このような債権放棄したときに、その損失を貸倒損失として認めるかという議論があるわけです。

 銀行が大手のゼネコンに対して債権放棄をするという場合は、この通達を使って債権放棄しているわけです。大きな銀行でも、そこらの中小企業でも、八百屋さんの場合であっても、適用されるのは同じ通達です。

 ですから、大銀行の場合も、この通達を使って債権放棄し、貸倒損失を損金に落としているわけです。会社再建処理で、銀行が債権放棄してくれるかどうかとの問題が生じることがありますが、逆に言えば、税務上の損金に計上できる場合は債権放棄をしてくれるということです。でも、税務上の損金に計上できない場合は債権放棄はしてくれないのが銀行です。

 しかし、「よし、こういう通達があるから」ということで、私とか先生方が関与している中小企業について、この通達を使おうと考えるのはちょっとやめておいた方が無難です。

● 同じ税法でも適用は異なる


 時間の関係で、この点についての各論までは踏み込めないのですけれども、おおざっぱに説明しますと、税法には何種類かあります。1つは、大会社ならオーケーとの税法、つまり大会社税法です。それから中小企業税法です。大会社で認められた処理でも、中小企業で認められるとは限りません。

 「今後より一層大きな損失をこうむることになることが社会通念上明らかである」という通達は、基本的には大会社には適用になりますが、しかし、そこらの中小企業では認めてもらえないのが一般的です。

 つまり、兄が経営する会社が、弟が経営する会社に対して債権放棄し、それを貸倒損失に落とすなどとの処理は税務署は認めません。

 それからもう一つは、同族間税法と他人間税法という2種類があります。借地をしている土地を無償で地主に返しても誰も文句は言いません。借地というのは使用が終わったら返すのが当たり前です。

 でも、父親から息子が借地している土地について、父親に無償で借地を返還したら、これには贈与税が課税されてしまいます。つまり、借地権の放棄も、他人に対して放棄する場合と、身内に対して放棄する場合は、税務上の取り扱いが異なるわけです。ですから、同族間の取引の場合と他人間取引の場合は同じ税法でも適用の場面が違ってきます(参考として相続税法基本通達9−1から9−13)。

 他人に対して無利息で融資をしても誰も文句は言いません。しかし、身内に対して無利息の融資をしたら、税務署は、これは元本の贈与ではないかとか、利息相当の利益の贈与ではないかと言ってきます。これが税務の実務ということになります。

 それから三番目の区分として少額税法と多額税法があります。小さな金額の処理が認められたからといって、大きな金額の処理が認められるものでないわけです。無利息融資を例にしましたが、オーナー個人が会社に対して無利息で融資をするのは、税務上は自由なのです。オーナーが会社に対して無利息の融資をしても税務署は文句を言いません。ということで、オーナーが会社に対して3450億円を融資したという話があるのです。無利息の融資です。これには税務署が文句を言ってきました(東京地裁平成9年4月25日判決 判時1625号23頁)。

 オーナーに対して利息相当額を受け取ったものとみなしての課税をするとの理屈です。ですから小さな金額で成立する理屈と、大きな金額で成立する理屈は異なるのだとご理解ください。

 同じ条文と同じ通達ですが、その適用場面に応じて上記のように解釈は異なってきます。その理屈として、大会社税法と小会社税法、同族会社税法と他人間税法、少額税法と多額税法が存在すると考えて頂ければ期待を裏切られることが少なくなります。

● 結論


 結論の1番目として、興銀事件判決は、地裁が実質的な判断基準を採用した事例です。つまり、当時の状況として債権が回収できないのは当然との判断です。現実に回収はできませんでした。

 しかし、高裁は形式的な判断基準を採用しました。当時、回収予想額がゼロになっているわけではないとの判断です。それに法律上の債権放棄をしているわけではありません。債権放棄したけども、これは解除条件付きの債権放棄です。このような形式的な判断基準を採用したわけです。

 2番として、貸倒損失に限らず、税務処理では、全て、通達の要件を充足させておくべきです。通達は税務実務では憲法です。通達の細かい規定をカバーしていなければ、「実質的には同じ」との判断は税務署に対しては通じません。

 3番として、貸倒損失、特に債権放棄の方法による貸倒損失は危険です。これは、今、繰り返し述べてきたところです。まずは貸倒引当金を計上することを考えて下さい。

第3 交換契約か売買契約かが争われた事例 

 原告(個人)は所有地をM不動産販売に対し代金5億8000万円で売却した。これと同時に、原告は同社から4億円で土地を購入した。そして、代金額は相殺し、差額の1億8000万円を現金で受け取った。しかし、原告が4億円で買い受けた土地は、M不動産販売が売却の直前に第三者から7億9000万円で購入した土地だった。争われたのは、譲渡所得の基因となる土地の売買代金の額である。


                   原告の認識      課税庁の認定
   土地として受け取った部分  4億0000万円   7億9000万円
   現金で受け取った部分    1億8000万円   1億8000万円
    合計(売買代金)     5億8000万円   9億7000万円



 東京地裁平成8年(行ウ)第89号所得税更正処分等取消請求事件(全部取消し)  平成13年3月28日判決

● 争点


 原告の認識としては、土地として受け取った部分は4億円です。現金で受け取ったのが1億8,000万円です。ですから、譲渡した土地の代金というのは5億8,000万円だというのが原告の認識なわけです。

 売買契約の内容も5億8,000万円での売却との合意ですし、買い受ける土地については4億円での買い取りとの売買契約書になっているわけです。

 ところが、課税庁の認定は異なりました。あなたが4億円で買い取った土地は、売主であるM不動産販売が直前に7億9,000万円で買い取ってきた土地だ。だから時価は7億9,000万円なのだ。その他に、あなたは1億8,000万円の現金を受け取っている。だから、貴方が土地を売却することによって得たのは9億7,000万円の対価だとの認定です。

 この事件では、今も説明しましたとおり、原告が5億8,000万円で土地を売却するとの売買契約書が作成されています。それと同日で、M不動産販売から4億円で土地を買い受けるとの売買契約書も作成されています。

● 課税庁の主張


 課税庁の主張は次のとおりです。「本件譲渡土地の譲渡等の経緯、原告らの取引動機・目的、履行の形態などからすれば、原告らは、密接不可分である一連一体の取引を形式的に分断して本件譲渡契約と本件購入契約の二本立ての契約を行ったにすぎず、本件各契約による取引は、原告らが、本件譲渡土地の譲渡の対価として、本件購入土地及び本件差金1億8385万6880円を受領したもの、すなわち補足金(本件差金)付交換契約である」。

 つまり、別々の売買契約と分けて考えれば、4億円と5億8,000万円の売買契約になるけれども、これを実質的に一つの交換契約だと考えれば、原告が提供したのは9億7,000万円の土地で、原告が受け取ったのは7億9,000万円の土地と1億8,000万円の現金ということになるとの主張です。

 これを差金付きの交換契約だと認定したわけです。交換契約なら、原告が受け取った資産の時価が対価になります。原告が受け取った土地と現金を合計すると9億7,000万円になりますので、原告の売値も9億7,000万円になるとの理屈です。

● 裁判所の判断


 裁判所は次のように判断しました。「資産を有償で譲渡しようとする者は、それが交換によって実現可能なものであっても売買の形式を選択することが可能であり、そのことは法的にみて特異な選択と評価されるものではない …… 自由に選択可能な法形式間において課税上の取扱いにのみ差異を設けている以上、納税者が選択した法形式に従った課税をするのが同法の趣旨であるとみるのが相当であり、納税者が選択した法形式を否認して他の法形式を前提とした課税をすることは明文の根拠がない限り許されない」。

 つまり、納税者が2つの売買契約という法形式を選択したのだから、課税庁が勝手に「実質的には差金つきの交換契約だ」と認定することはできないと判断したわけです。

 「売買契約における売買代金は、必ずしも常に移転される財産権の客観的価値を反映したものとはなっていないものと解される。所得税法は、このような売買契約の実情にかんがみ、当事者間において合意された金銭による対価の額と移転される財産権の客観的交換価値との間に不均衡があり当該資産に係る増加益がみかけ上は過少であったとしても、原則としてこれに介入せず、結果として当該資産の増加益に対する課税が繰り延べられることになってもやむを得ないものとし、当事者が決定した代金額をもって譲渡収入金額を計算しようとする態度をとっているものと解される」とも判示しています。

 つまり、10億円の土地を6億円で売買契約をしたのなら、それは6億円の売買契約と認めるべきだというのが税法のスタンスだと裁判所は判断したわけです。

 真実は、仮に1億円で購入した土地が、今は10億円の価値を持ち、今までに10億円の値上がりをしたのだから、9億円の値上がり益に課税しなければならないのですが、しかし、持ち主が6億円で売却するというのなら、それを認めるというのが所得税法の基本的な考え方です。この考え方を裁判所は採用したわけです。

 「所得税法は、売買契約における譲渡所得と交換契約の譲渡所得について、その課税標準を異にすることを容認し、前者については、当事者間で合意された代金額を原則として尊重するという態度に出ているものである。したがって、当事者間においてなされた2つの売買契約において、結果として双方の有する財産権の交換的な移転の要素があったとしても、そのことから直ちに、当事者間の意思の合理的な解釈として、2つの売買契約を交換契約であると認定することは、特段の事情がない限り許されないというべきである」。

 売買契約を交換契約と認定することは許されないということです。ここで、弁護士が落ちてしまう落とし穴である所得税法59条を説明させて頂きます。

● 所得税法59条の内容


 税法は、タダ(無償)で譲渡しても時価で譲渡したとみなすというのが基本です。財産分与の事例は、ちょっと理屈が異なりますが、でも、わかりやすいので例にしますと、夫が妻に対して財産分与として土地を引き渡したら、妻に対してではなく、夫に対して譲渡所得課税が行われる。これは弁護士なら知っている課税関係です。土地を売却したとみなされるわけです。

 ただ、財産分与の場合は、税務上、有償の譲渡と理解されています。しかし、無償の譲渡の場合も、時価で譲渡したとみなして課税するのが次の所得税法59条です。



 所得税法59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)

 次に掲げる事由により居住者の有する山林又は譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。
 1 贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)
 2 著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。)

 所得税法施行令169条(時価による譲渡とみなす低額譲渡の範囲)
 法第59条第1項第2号に規定する政令で定める額は、同項に規定する山林又は譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額とする。



 つまり、「そのときにおける価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったとみなす」ことにしているのです。どういう取引をした場合かというと、法人に対する贈与、または相続で限定承認をした場合、もしくは法人に対する遺贈と、個人に対する包括遺贈で限定承認の手続がとられた場合です。これらの場合には、「そのときにおける価格で譲渡したものとみなす」との課税関係が生じます。

 本件は、原告がM不動産販売という会社に譲渡した場合です。ですから、これが無償による譲渡なら、「法人に対する贈与」に該当します。そして、原告がタダ(無償)でM不動産販売に土地を引き渡したら、土地を時価で売却したものとみなされてしまうのです。

 しかし、本件は無償で引き渡したのではありません。時価9億7,000万円の土地を5億8,000万円で売り渡したわけです。その場合は、どのような課税関係が生じるかというと、所得税法59条1項2号の「著しく低い価額の対価として政令が定める額による譲渡」を行ったときは時価で売却したものとみなすとの条文の適用を受けます。

 著しく低い価額は幾らかというと、所得税法施行令169条によって、譲渡のときにおける価額の2分の1に満たない金額とされています。

 ですから、10億円の土地を3億円で売却したら10億円で売却したとみなされてしまうのです。でも、10億円の土地を7億円で売却した場合なら7億円の売却として認めてもらえます。7億円は時価の2分の1を超えていますので、所得税法59条1項2号の著しく低い価額とはいわれません。

● 無償譲渡に課税する理屈


 その理屈はといいますと、次の@です。まず無償による譲渡(贈与)と時価の2分の1に満たない価額での譲渡です。100万円で購入した土地があります。これが2年目に110万円に値上がりし、3年目に121万円に値上がりした。これを無償で法人に引き渡すわけです。

 1) 無償による譲渡(贈与)と時価の2分の1に満たない価額での譲渡


 
              ┌───┐   ┌───┐
        ┌───┐ │   │   │   │
  ┌───┐ │   │ │   │   │   │
  │   │ │   │ │   │   │   │ 譲渡者=含み益課税
  │   │ │   │ │   │ → │   │        21
  │100│ │110│ │121│   │121│ 受贈者=受贈益課税
  │   │ │   │ │   │   │   │       121
  └───┘ └───┘ └───┘   └───┘
   1年目   2年目   3年目 



 そうしたら、どういう課税がされるかというと、タダで譲渡したのにかかわらず、それは無償による譲渡だから、時価の121万円で譲渡したとみなされてしまう。つまり、100万円で購入した土地が121万円に値上がりし、譲渡益21万円が成立したと認定されてしまうのが所得税法59条です。

 もちろん、無償で譲り受けた方は、121万円の価値がある土地を無償で手に入れるのですから、121万円の受贈益についての課税を受けます。

 しかし、時価による譲渡か、時価の2分の1以上の価格での譲渡の場合は取り扱いが異なります。所得税法59条は適用にならないのですが、それがAの説明です。

 2) 時価による譲渡(売買)と時価の2分の1以上の価額での譲渡


              ┌───┐
        ┌───┐ │   │
  ┌───┐ │   │ │   │   ┌───┐
  │   │ │   │ │   │   │   │ 譲渡者=含み益課税
  │   │ │   │ │   │ → │   │         0
  │100│ │110│ │121│   │ 80│ 購入者=受贈益課税
  │   │ │   │ │   │   │   │        41
  └───┘ └───┘ └───┘   └───┘
   1年目   2年目   3年目 



 100万円で購入し、2年目に110万円に値上がりし、3年目に121万円に値上がりした土地です。これを80万円の価額で譲渡するわけです。そうしましたら、その取引を認めるといのが所得税法59条です。

 なぜなら、時価の2分の1を超えた価額での譲渡だからです。80万円での譲渡なら、所得税法59条の適用はなく、当事者が合意した80万円の価額での売買と認めるという理屈です。

 裁判所は、この理屈を理解してくれたのです。本当の時価は9億7,000万円かもしれない。でも、原告はM不動産販売に対して5億8,000万円で売却している。買った方はともかくとして、売った方については、仮に時価が9億7,000万円だとしても、5億8,000万円で売却するとの売買契約が締結されているのだから、これは時価の2分の1を超えた価額での売買として、当事者が合意した5億8,000万円での売買と認めても良いというのが裁判所の判断です。しかし、この裁判所の判断は間違っていると思います。

● 判決の間違い


 判決の理由は次のようなものです。交換契約と売買契約は異なる契約形式である。そして、当事者は売買契約との契約形式を選択した。法人に対する売却について、所得税法59条は、時価の2分の1以上での価額での売却であれば、その価額での売却と認めることにしている。これを交換契約が締結されたと勝手に理解することは出来ない。つまり、9億7,000万円の土地を5億8,000万円で売却することは所得税法59条も認めているではないかとの判断です。

 でも、これは間違っているように思います。税法の理屈からいえば、税法には交換とか売買という概念は存在しません。すべては譲渡です。譲渡所得というと、皆さん売買による所得と勘違いしてしまいます。譲渡所得といわれて思い浮かべるのは売買契約です。しかし、それは間違いです。これが弁護士が落ちてしまう落とし穴の1つです。

 譲渡というのは、所有権を移転する行為の全てをいいます。だから、競売も譲渡ですし、代物弁済も譲渡です。現物出資も譲渡ですし、贈与だって譲渡です。ですから、自宅が競売されてしまったとの相談を受けたら、まず、心配するのは譲渡所得課税が行われるか否かです。それから、代物弁済の相談があったら、心配するのは譲渡所得です。つまり、資産を時価で売却したとみなされてしまうわけです。

 債権譲渡といいますけれども、あれは債権売買ではないですね。譲渡という概念は所有権を移転する一切の行為ですから、債権売買に限らず、どのような原因であっても、債権を移転する行為は債権譲渡です。譲渡とはこのような概念です。

 ですから、交換も、売買も、代物弁済も、競売も、財産分与もすべて譲渡です。譲渡所得は総収入金額から資産の取得費と資産の譲渡に要した費用の合計額を控除して計算することになっています。これが所得税法33条に定められています。

 ですから、本件においても、所得税法59条を考えずに、譲渡の対価が幾らかを考えればよいわけです。そうすれば、判決の事案での譲渡の対価というのは次の3つの権利であることがわかります。つまり、1)現金1億8,000万円と、2)4億円の土地、3)7億9,000万円の土地を4億円で売ってもらえるという権利です。これが譲渡の対価です。

 話を簡単にすれば、お互いに時価10億円の土地を交換する場合に、お互いに6億円で相互の土地を売買するとの二つの売買契約したら、それを税務署が認めるかという問題ですが、当然の事ながら、これは税務署も認めません。

 「おれは6億円で売ってやるから、おまえも6億円で売ってくれ」との合意の下に、お互いに6億円の売買契約を締結し、10億円の土地を6億円の売買として処理できるかといったら、それは無理です。

 では、どういう理屈で否認されるのかというと、aは、時価10億円の土地を引き渡して6億円の現金をもらうのと同時に、もう一つの権利、つまり、10億円の土地を6億円で購入できるとの権利を取得するわけです。そのような権利も対価として評価されるべきです。

 6億円の現金と、土地を安く買えるという4億円相当と評価される権利を対価として取得したと理解すればよいわけです。税法上の対価は現金である必要はありません。「弁護士さん、この事件を解決してくれれば土地を贈与する」との契約も有効ですし、「弁護士さん、この事件を解決してくれれば10億円の土地を6億円で売ってあげるから」との契約も有効です(大阪地裁平成9年3月25日判決 税務事例平成9年11月)。そのような場合に、どのような課税が行われるかを考えれば、本件判決の答えは自然に出てくるはずです。

 10億円の土地を6億円で購入できるとの権利の財産的価値は4億円です。それが譲渡の対価に含まれるわけです。判決の事件についても、単純に、土地を譲渡して何を取得したかを考えれば良いわけです。

 売買契約か交換契約かとの判断ではなく、また、売買代金は幾らと合意されているかとの形式的な判断ではなく、取引の実態として何が売主に対価として給付されているかを考えればよいわけです。しかし、裁判所は売買契約か交換契約かとの議論をした上で、売買契約の形式を採用するとの判断をしてしまったわけです。

 裁判所が思い至らなかったのは、時価7億9,000万円の土地を4億円で購入できるとの権利の存在です。課税庁は、その事を実質的には7億9000万円の土地との交換契約だと主張したわけです。

● 結論


 この事件の結論の1としまして、課税庁は実質は交換だと主張し、裁判所は契約形式に従った判断をした事例ということです。ここでも形式と実質の判断が分かれています。

 2として、譲渡と売買の概念は同じではありません。交換も、代物弁済も、競売も、財産分与も、贈与もすべて譲渡だということをご理解下さい。

 3として、所得税法59条と60条を理解したら、弁護士が落ちる税法の落とし穴の3の1は防げます。時価10億円の土地を10億円で売却したときにどのような課税関係が生じるかというのは、これは誰でもわかることです。それから、3億円の土地を無償で贈与を受けた場合の課税関係も誰でもわかります。

 しかし、無償での譲渡、たとえば10億円の土地を財産分与として妻に譲渡するとの課税関係は間違えることがあります。何しろ対価が入ってきません。対価が入ってくれば利益を認識しますが、対価のない場合に利益を認識することは失念しがちです。

 しかし、対価が入ってこなくても時価で売却したとみなすとの規定が所得税法59条として存在することを思い出してもらえば、弁護士が落ちる落とし穴を事前に見付けることができます。

 例えば、社長が経営している同族会社が大赤字の場合に、ここを救済するために社長の自宅を会社に贈与してしまうとの方法を考えたとします。このようなことをすると、社長にも課税され、会社にも課税されてしまうわけです。つまり、社長には譲渡所得課税ですし、会社には受贈益課税です。このような課税関係の説明をここでの結論にさせてください。

第4 違約金の収益計上時期(東急不動産)



 東京地裁平成9年(行ウ)第57号法人税更正処分等取消請求事件(一部取消し) 平成13年5月25日判決

    ====== 省略 ======

 違約金の収益計上時期(東急不動産)ですが、これは事実関係が複雑すぎて、短時間では説明できませんので省略させてください。

第5 認知判決確定後の更正の請求の時期

 昭和63年9月に発生した相続について、原告は、平成元年12月に認知の判決を得て、相続人に対し民法910条に基づく価額請求の訴訟を起こし、平成8年11月に判決を得て、平成9年2月に相続人から5000万円の支払いを受けた。その後、相続人が平成9年3月に相続税について減額更正(5000万円の支払いの事実に基づき)の請求を行ったため、課税庁は平成10年1月に原告に対して相続税法35条3項に基づく相続税の決定処分を行った。争点となったのは決定処分についての除斥期間の問題である。


 東京地裁平成11年(行ウ)第182号課税処分取消請求事件(全部取消し) 平成13年5月25日判決

● 相続税法の定め


 これだけの事実関係ではご理解いただけないと思います。そこで相続税法の入門を説明させて頂きますと、相続税というのは、ある相続事案について考えれば、誰がどのような財産を遺産分割によって取得しても、相続税の総額としては同額になるということになっています。aさんの相続について、長男、次男、三男が、どのように遺産分割をしても、aさんの相続に対して課税される相続税の総額は同額です。

 細かいことを言い出せば小さな違いは生じてきます。配偶者の税額軽減の全額が利用できるかとか、小規模事業用地の評価減が使えるか否かという問題です。でも、単純に言い切ってしまえば、長男、次男、三男が相続人の場合に、長男がどういう財産を取得しようが、次男がどういう財産を取得しようが、長男、次男、三男を合計した相続税額は同額になることになっています。しかし、当然のことながら、各々の相続人が負担する相続税額は、各々が取得した遺産の価額によって異なってきます。

 そうすると、長男、次男、三男が法定相続分に従って相続財産を取得したとの内容で相続税を申告していた場合に、後に遺産分割が行われ、長男の取り分が増加したという場合の修正が必要になります。そのようなときには長男の相続税が増えますが、その見返りに誰かの相続税が減少します。何しろ、相続税の総額は同じなのですから。

 仮に、次男の取り分が減少する場合なら、長男の相続税額の増加分だけ、次男の相続税を減額してもらわなければなりません。しかし、税額を減額し、納付した税金を返却するには時効の問題がでてきます。課税する場合の除斥期間は3年、5年、7年ということになっていまして、税金を戻す場合の時効は、このうちの5年が使われます。

 そうしますと、相続から10年も経過した後に認知の判決が確定したら困るわけです。認知によって相続財産の配分が変わっても、相続税額の各人への配分という課税の調整ができなくなってしまいます。

 しかし、10年後の認知判決の確定を禁止する法律はありませんから、税法も、10年後の遺産の再配分について対応しておく必要があります。それが相続税法32条と35条です。



 相続税法32条(更正の請求の特則)

 相続税又は贈与税について申告書を提出した者又は決定を受けた者は、次の各号のいずれかに該当する事由により当該申告又は決定に係る課税価格及び相続税額又は贈与税額が過大となつたときは、当該各号に規定する事由が生じたことを知つた日の翌日から4月以内に限り、納税地の所轄税務署長に対し、その課税価格及び相続税額又は贈与税額につき国税通則法第23条第1項の規定による更正の請求をすることができる。
 1 省略
 2 民法第787条又は第892条から第894条までの規定による認知、相続人の廃除又はその取消しに関する裁判の確定、同法第884条に規定する相続の回復、同法第919条第2項の規定による相続の放棄の取消しその他の事由により相続人に異動を生じたこと。
 3 遺留分による減殺の請求があったこと。

 相続税法35条(更正及び決定の特則)

 税務署長は、第32条第1号から第4号までの規定による更正の請求に基き更正をした場合において、当該請求をした者の被相続人から相続又は遺贈に因り財産を取得した他の者につき次に掲げる事由があるときは、当該事由に基き、その者に係る課税価格又は相続税額を更正し、又は決定する。ただし、当該請求があつた日から1年を経過した日と国税通則法第70条 の規定により更正又は決定をすることができないこととなる日とのいずれか遅い日以後においては、この限りでない。  
 1 当該他の者が第27条若しくは第29条の規定による申告書を提出し、又は相続税について決定を受けた者である場合において、当該申告又は決定に係る課税価格又は相続税額が当該請求に基く更正の基因となった事実を基礎として計算した場合におけるその者に係る課税価格又は相続税額と異なることとなること。
 2 当該他の者が前号に規定する者以外の者である場合において、その者につき同号に規定する事実を基礎としてその課税価格及び相続税額を計算することにより、その者が新たに相続税を納付すべきこととなること。



 相続の5年後、あるいは10年後に認知の判決が確定し、例えば長男が認知された四男に対して遺産の一部を渡すことになったときには、長男は自分の取り分が減るのですから、自分に課税された相続税額を減らすように税務署に請求できることになっているわけです。

 ただし、請求には期限があり、「各法に規定する事実が生じたことを知った日の翌日から4カ月以内に限り減額更正請求ができる」とされています。そして、そのような請求が行えるのは、認知があったときや、遺留分の減殺請求があったときに限ります。

 ただ、そのときから4ヶ月以内に請求しなければなりません。そして、4ヶ月以内の減額更正の請求があった場合は、長男に対して相続税額を減額すると同時に、四男に対して相続税を課税するわけです。相続税の総額は同じですから、誰かの相続税を減額したら、別の誰かの相続税額を増額することになります。ですから、判決の事案なら、認知請求をした者に対して相続税額の決定処分(増額の課税処分)をする必要があるわけです。

 でも、課税処分については期間制限があります。3年、5年、7年の期間制限ですが、認知の判決が確定したのが相続から10年後という場合は、この期間制限によって課税処分が行えなくなってしまいます。そこで登場するのが相続税法35条です。

 「第32条第1号から第4号までの規定による更正の請求に基き更正をした場合において、当該請求をした者の被相続人から相続又は遺贈に因り財産を取得した他の者につき次に掲げる事由があるときは、当該事由に基き、その者に係る課税価格又は相続税額を更正し、又は決定する」となっているわけです。

 長男に対して減額更正をしたら、もう一方の四男に対して決定(増額更正)処分をすることができるわけです。でも、減額更正をしてから1年が経過したら増額更正は行えないことになっています。

● 争点(課税の時期)


 さて、本件で問題になったのは、この例で説明しますと、認知請求の判決が確定し、長男は認知請求者に対して5,000万円を交付したわけです。長男の相続分は5,000万円の減少ですから、税務署に対して更正の請求をしたのです。税務署は減額更正処分をしてくれました。

 そして、税務署は次には認知請求者に対して相続税を課税するとの決定処分をしたわけです。認知請求者が5,000万円を手に入れたことについての相続税の課税です。その課税処分を認知請求者が争ったのです。

 何を争ったかというと、課税の時期の問題です。課税庁の主張は次のとおりです。

 「被認知者から民法910条に基づく価額の請求を受けた他の共同相続人が法32条2号の事由が生じたことにより更正の請求ができることとなる時期は、他の共同相続人が被認知者に対して現実に支払うべき価額金の額が確定した時、すなわち、被認知者が支払を受ける価額金の額が確定した時と解すべきである」。

 つまり、認知請求があり、判決が確定し、価額償還金の請求があって、その後、現実に5,000万円が支払われたのだから、現実に5,000万円が支払われた平成9年2月から4ヶ月以内なら更正の請求ができるとの理解です。そして、請求に基づく減額更正をしたのだから、次には1年以内について認知請求者に対して相続税の決定を行うことができるとの理解です。

 次が納税者(認知請求者)の主張です。「税法は侵害規範(国民に負担を求める規範)の代表的なものであり、法的安定性の要請が強く働くから、税法の解釈、特に租税実体法の解釈は一般的にいって法文から離れた自由な解釈は許されていない。特に、法32条2号は、民法における用語(概念)が用いられている(以下「借用概念」という。)規定であるところ、借用概念について、税法独自の解釈を認めることになると、納税者の経済生活における予測と安定性を阻害することになるからこれについては、他の法分野におけるのと同じ意義で用いていると解すべきである」。

 つまり、相続税法35条は「認知、相続人の廃除又はその取消しに関する裁判の確定」によって相続人に異動が生じたときとなっているのだから、それは判決が確定したとき(平成元年12月)であることが明らかではないか。判決確定の日から4ヶ月内に長男は減額更正の請求をすべきであり、その正しい更正の請求について、その請求の日から1年以内なら決定処分が行えると定めているのだとの主張です。

 判決の事例では、課税庁は、実際に5,000万円が支払われたときを起算日にしているのですが、これは間違いであり、認知請求者に対する決定処分については、既に除斥期間が成立しており、決定処分は出来ないとの主張です。

● 裁判所の判断


 それに対する裁判所の判断は次のとおりです。「相続税法32条2号の文言に照らすと、認知の裁判の確定によって新たな相続人が生じた場合において、それ以前に他の共同相続人間で遺産分割がされていたときにおける同号に基づく更正の請求は、文言どおり同裁判の確定したことを知った日から4カ月以内に限ってすることができ、この期限以降はすることができないと解するのが相当である」。

 納税者の請求を認めた判決です。認知の裁判が確定してから4ヶ月以内の減額更正の請求があり、その請求の日から1年以内の決定処分が必要だとの判断です。

● 認知判決の相続税への影響


 ここで税法の知識を整理しておこうと思います。認知の請求があった場合の影響です。法定相続人が1人増えますので、相続税の基礎控除が1000万円だけ増加します。そして、法定相続人に相続財産を割り振った上で相続税率を乗じることにしていますので、相続人が増えたことによって、乗じられる税率が変わってくる可能性があります。つまり、1段階下の税率が適用される可能性です。

 もう一つの影響は、認知請求者に対して幾らかの財産を引き渡すことによって、相続人各々の負担する相続税額に移動が生じるとの問題です。例えば長男が相続財産の全てを取得するとなっていた場合に、死後認知の判決が確定し、認知請求者に対して価額弁償金を支払ったら、長男が負担すべき相続税は減少します。この2つの影響が生じるのが死後認知です。

 さて、判決についての評価ですが、今までの実務と最高裁判決は、本件訴訟で課税庁が主張するとおりの判断してきたわけです。つまり、実際に価額償還金を支払ったときが更正の請求の始期だと考えてきたのです。実務的に考えればこれは当然のことです。価額償還金が幾らと確定しなければ、相続税額の移動を具体的に計算することは出来ません。

 遺留分減殺請求の事件ですが、最高裁は次のように判断しています。「多数意見の考え方は、相続税との関係では、価額弁償が行われた場合であっても、本件の場合のように法人が受遺者である場合には、相続税法1条1号の規定により受遺者が相続税の納税義務を負うことはなく、この遺贈による収益に対しては法人税が課されることとなる(この場合、法人の支出した右価額弁償金の額は、法人税の所得計算上その支払の時の損金に算入されることとなる。)とするものであ」る(最高裁判決平成4年11月16日判決 判例時報1441号66頁)。

 「右価額弁償金の額は、法人税の所得計算上その支払の時の損金に算入される」。つまり、請求されたときではなく、現実の支払いのときの損金に算入されるわけです。

 それに、課税実務における憲法である相続税法基本通達11の2の4も次のように定めています。「相続税の申告書を提出する時又は課税価格及び相続税額を更正し、若しくは決定する時において、まだ法第32条第2号又は第3号に掲げる事由が未確定の場合には、当該事由がないものとした場合における各相続人の相続分を基礎として課税価格を計算する」。

 つまり、遺留分減殺請求が行われたとしても、それが未確定の場合は、そのことが無いものとして相続税を計算するとしています。その後に金額が確定した段階で修正すれば良いとの発想です。これが実務ですし、これが実際の仕事の場面での税務です。

 このような理解でないと実務は対応ができません。例えば、遺留分減殺請求の内容証明郵便を発送した場合に、そのときから10ヶ月以内の相続税を申告をする気になるか否か。あるいは、逆に、遺留分減殺請求の内容証明郵便を受け取った場合に、そのときから4ヶ月以内の更正の請求をする気になれるか否か。これが必要だったら、弁護士過誤事件の種は、ここにも蒔かれたことになります。

 さて、判決ですが、認知の判決が確定した日から4ヶ月以内に減額更正の請求をしないと相続税の還付は受けられないと判断しています。これを遺留分減殺請求の場合で考えれば、遺留分減殺請求の通知を受け取った日から4ヶ月以内ということになると思います。このように判決は判断しているわけです。

 実務的には無理があると思われる判断ですが、しかし、相続税法の条文を形式的に読めば、判決が示した理屈が正しい判断です。民法の判決に従えば、例えば遺留分減殺請求では、内容証明郵便による請求を受け取った段階で、即、遺産については共有関係が成立するといっています。その後、具体的にどの財産を渡すとの合意が調った時点ではなく、遺留分減殺請求が行われたときが共有関係の成立の時期です。形成権ですので、その時点での共有関係が成立します。民法の理屈通りに解釈すれば、まさに判決が示した理屈が正しい判断です。しかし、実務には適合しません。

● 結論


判決から学ぶべき結論の1として、税法の常識を否定し、私法の常識に沿って条文を素直に解釈したのが本件判決だということです。実際に、何時、財産を取得したのかの実質判断ではなく、法律上の権利が確定したのは何時なのかという形式判断を採用したといえると思います。

 2として、相続税についての争いを解決する場合は、同時に相続税についても合意することが不可欠だということです。つまり、家庭裁判所において遺産分割調停を行う場合は、遺産分割についての調停調書を作成するだけではなく、その場で相続税の更正の請求書と修正申告書も作成してしまう必要があります。そうしませんと、当方と相手方が、課税関係について別の考え方を持っている場合に、遺産分割は解決したが、そのために相続税の問題を作り出してしまったとの結果になってしまいます。

 それから、遺留分減殺請求を行ったり、死後認知の請求をする場合は、本件判決があることを前提にして、遺留分減殺請求をしたときから4ヶ月以内の更正の請求と、死後認知の判決が確定したときから4ヶ月以内の減額更正の請求を行っておく方が安全です。いままでは最終確定のときでokとの実務だったのですが、それではダメとのリスクを作り出してしまったのが本件判決です。

第6 第三者に対しての増資の方法による資産価値の移転

 原告(旺文社)は、100パーセント子会社であるA社(オランダ所在)の株主総会において、増資新株の全てをB社(オランダ所在)に割り当てる旨の株主総会決議を行った。ところが、新株の発行価額はA社の純資産額に比較し著しく低額だったため、新株の発行により、原告が保有していたA社株式の含み益の大部分はB社に移転することになった。この原告からB社への資産価値の移転について、本郷税務署長(被告)は原告に対する譲渡益課税を行った。この処分の適否が争われたのが本件訴訟である。


 東京地裁平成12年(行ウ)第69号法人税更正処分取消請求事件(全部取消し) 平成13年11月9日判決


    原 告                原 告          B 社  
  100%出資      →    6.25%出資      93.75%出資
  出資の時価:272億円    出資の時価:17億円  出資の時価:255億円
     ↓                      ↓
   A社(オランダ)              A社(オランダ)

● 争点


 まず、原告はオランダのA社に対して100パーセントの持ち分を持っていたわけです。その持ち分の価値(時価)は272億円です。A社というのは272億円の純資産を持っているわけです。

 ところが、A社が増資をして、本来は1株500万円ぐらいを払い込ませれば良いところを、1株50円で増資をしたわけです。そして、増資新株をB社に割り当てました。この結果、原告の持分は6.25パーセントに減少してしまいました。そして、B社は93.75パーセントの持ち分を持つことになったわけです。

 A社の純資産を持分に応じて割り振り計算しますと、原告の6.25パーセントの持ち分の価値は17億円に値下がりし、B社の持ち分93.75パーセントに対応する純資産は255億円相当の時価になってしまったわけです。

 ここで問題になったのは、これは原告からB社への資産(出資金)価値の移転ではないのかとの理屈です。出資金を原告からB社に直接に譲渡したのではないけれども、増資という手段をもってする資産価値の移転ではないかと問われたわけです。

 例えば、原告が272億円の土地を所有していたとします。大昔に購入した帳簿価格5億円の土地かもしれません。しかし今は272億円に値上がりしているのです。この土地の持分の93.75パーセントを、例えば5,000万円との低額でB社に譲渡したら、時価で売却したとみなしての譲渡益課税が行われます。これは今まで説明してきた理屈です。

 つまり、5,000万円で売却したのにもかかわらず、この事例で言えば255億円での売却とみなされてしまい、その譲渡益に対しての法人税課税が行われてしまうわけです。

 なぜ、そのような課税の理屈が登場するかですが、それは次のように説明されています。

 原告は大昔に、土地を5億円で購入しました。その後、どんどんと地価は上昇し、今は272億円に値上がりしているわけです。ですから、本当でしたら、会計学の発生主義に従い、5億円の土地が10億円に値上がりしたときには5億円の値上がり益に法人税を課税し、それが20億円に値上がりしたときには10億円の値上がり益に法人税を課税しておくべきだったのです。

 でも、このような課税は行われていませんし、このような課税を行うことは不可能です。値上がり額を評価できません。このホテルの敷地が10億円だったとしますと、それが11億円に値上がりしたとの評価を、会計とか、課税とかに耐えうる精度で測定することはできません。ですから、仮に土地が値上がりし、値上がり益が発生したとしても、会計上の測定ができず、評価もできない値上がり益には課税しないとの実現主義が採用されているわけです。利益は発生したのだけれども、課税は留保しているとの状態です。

 しかし、この土地が処分されたとします。これが272億円で売却されれば話は簡単ですが、仮に、無償で贈与されてしまったとします。この場合に課税をしないとすれば、原告のもとで発生していた272億円の値上がり益に対する課税は永遠に行えないことになってしまいます。そこで、仮に、無償の譲渡であっても、その時点での時価によって譲渡されたものとみなしての譲渡益課税を行うとの課税の理屈が登場するわけです。

 さて、本件事案ですが、272億円の出資持分ですが、このうちの持ち分の93.75パーセントを非常に低い値段でB社に譲渡してしまったとすれば、その時点での時価で譲渡したものとみなしての譲渡益課税が行われます。譲渡の時点での課税を行わなかったら、原告のところで発生していた値上がり益に対して課税する機会を失うことになってしまいます。

 ですから、無償での譲渡でも、有償の譲渡でも、その資産を手放したときには、今までに発生した値上がり益に対して課税するというのが税法の理屈なのです。原告が所有しているA社に対する出資持ち分についても、実際に272億円の価値があるのだったら、それをB社に移転したときに課税しなければならないわけです。

 このように、単純に贈与とか、低額譲渡との処理をすると、説明してきたような値上がり益課税が行われてしまうので、そういう方法ではなく、原告は増資の方法を採用したわけです。

 直接に原告からB社に出資持分を譲渡するのではなく、B社に増資させることによって出資持分の価値を移転させようとの計画です。

● 課税庁の主張(法人税法22条2項+同族会社の行為計算否認)


 課税庁は次のように主張しました。「原告は、保有していたアトランティック社(A社)株式の価値のうち255億円を何らの対価を求めることもなく新株主であるアスカファンド社(B社)に移転させた。したがって、本件決議は、原告が保有するアトランティック社株式の価値の一部をアスカファンド社に贈与する行為にほかならない。これは、法においては、同価値を時価により実現したものと解すべきであるから、原告から社外流出した限度において、法22条2項の無償による資産の譲渡として課税の対象となるものである」。

 先ほどから説明しているように、税法の理解では、タダ(無償)で贈与する場合でも、これを時価で譲渡したものとみなします。これは説明してきたとおりです。本件はタダ(無償)で譲渡したのではなく、B社に新株を割り当てるとの方法で含み益を移転したわけです。増資も譲渡の概念に当てはまるか否かとの問題は、理論上はおもしろいところだと思います。

 そして、課税庁は譲渡だと主張したのですが、裁判は次のように判断して納税者の主張を認めました。

 「本件増資の行われた法形式について検討するに……本件決議はアトランティック社の機関である同社の株主総会が内部的な意思決定としてしたものにほかならず、その段階では未だ増資の効果は生じていないのであって、アスカファンド社が本件増資により資産価値を取得したとすれば、それは、法形式においては、アトランティック社の執行機関が本件決議を受けて同社の行為として増資を実行し、アスカファンド社が新株の引受人として払込行為をしたことによるものである」。

 つまり、原告が株主総会で増資決議をしたことと、その後にA社が増資を実際にしたことを分けて考え、もしB社が利益を獲得したとすれば、それは増資決議の結果ではなく、その後の実際の増資による結果だというのです。そして、それは増資を実行したA社からB社に対する資産価値の移転だとの判断をしたわけです。

 「アスカファンド社の払込金額と本件増資により発行される株式の時価との差額がアスカファンド社に帰属することとなったことを取引的行為としてとらえるとすれば、本件増資をして新株の払込を受けたアトランティック社と有利な条件でアトランティック社から新株の発行を受けたアスカファンド社の間の行為にほかならず、原告はアスカファンド社に対して何らの行為もしていないというほかない」。

 つまり、増資による利益は、発行会社A社からB社に対して移転したものである。だから、原告に対して譲渡益課税をするのは間違いだとの判断です。

● 結論


 幾つかの点で判決を批判することができますが、そのような時間もありませんので、結論を言わせて頂きますと、課税庁は実質判断をしたわけです。原告からB社に価値が移転しているではないかとの判断です。これを理由付けようと思えば、説得力のある理屈が幾つでも書けます。増資との方法での資産価値の移動について課税が行えないことになったら、この方法を利用しての節税を幾つでも思い付くことが出来ます。

 しかし、裁判所は形式判断をしました。原告が行ったのは単に株主総会で増資決議に賛成しただけではないかとの形式判断です。確かに、条文を形式的に読むとの理屈を持ち出せば、増資決議による出資金の価値の移動について、これを譲渡とすると直接に定めた条文は存在しません。ですから、形式的な判断での判決を書くことも簡単です。

 この事例から学ぶ二つ目の教訓として、最後には「同族会社の行為計算否認」という憲法の条文を超えるウルトラCが残されていることです。法人税法第132条(同族会社等の行為又は計算の否認)ですが、そこでは次のように定めています。

 「税務署長は……法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる」。しかし、本件判決では、裁判所は同族会社の行為計算否認規定の適用も否定しました。

 本件では、原告は100パーセントの株式を所有していますので、まさに同族会社です。そこが著しく不合理な行為をしたわけです。自分が100パーセントの出資持分を持ち、その実勢価額が272億円になる支配権を有するのにもかかわらず、第三者に対する額面増資によって、その持分の大部分を別の会社に移転してしまうわけです。まさに、取締役の背任にも近い行為が是認されるはずはなく、これは著しく不合理な行為として同族会社の行為計算否認の適用を受けて当然との事案です。しかし、判決は同族会社の否認規定の適用も否定しました。

 三つ目の教訓として、組織上の処理は危険です。合併、会社分割、現物出資、増資、解散などの処理は危険です。こういう相談が来たら、とりあえずは、それはやめておいた方良いとアドバイスするのがリスク回避です。

 特に、ここで商法が6回も改正になりました。商法が改正されると、それに応じて税法も改正されます。商法に応じての税法改正で、合併という概念は、既存の合併とは全く異なる概念になってしまいました。今までの常識では処理できません。税法上は、いままでの合併と、今回の商法改正にあわせての組織再編成税制の後の合併は全く異なる概念です。

 多分、税理士さんの半分ぐらいの人たちは、まだ合併税制が変わったと認識していないと思います。弁護士の90パーセントぐらいも合併税制の内容を理解していないと思います。ですから、50パーセントの知識の税理士と10パーセントの知識の弁護士が一緒に合併の処理をするというのは非常に危険なことです。これは会社分割、現物出資、解散などについても同じです。

第7 固定資産税評価額の適法性を判断



 東京地裁平成10年(行ウ)第228号課税処分取消請求事件(全部取消し) 平成14年3月7日判決

 やや個別の専門的な問題に入りすぎますので、これも省略させて下さい。もちろん、納税者が勝訴した事案です。

第8 東京都の銀行課税を違法と判断

 東京都が、資金量が5兆円以上である銀行に対し、課税標準を業務粗利益とし、税率を3パーセントとする法人事業税を課税するとの条例を制定した。銀行は、条例の無効確認を求めるとともに、条例の制定に関係する一連の行為が違法であるとする国家賠償を求めた。
 

 東京地裁平成12年(行ウ)第256号東京都外形課税条例無効確認請求事件(全部取消し) 平成14年3月26日判決

● 根拠となる条文


 根拠になる条文は次の1条だけです。この条文の解釈が争点になり、東京都敗訴の判決が言い渡されました。私の理解では事業税は外形課税が原則であり、所得課税は例外と思っていたのですが、裁判所は逆の判断をしました。



 地方税法72条の19(事業税の課税標準の特例)

 法人の行う電気供給業、ガス供給業、生命保険業及び損害保険業以外の法人又は個人の行う事業に対する事業税の課税標準については、事業の情況に応じ、第72条第1項、第72条の12及び第72条の16の所得及び清算所得によらないで、資本金額、売上金額、家屋の床面積若しくは価格、土地の地積若しくは価格、従業員数等を課税標準とし、又は所得及び清算所得とこれらの課税標準とをあわせ用いることができる。



 この条文を読む限りは、まして事業税の趣旨からすれば、事業税は外形課税が基本だと思います。弁護士にも事業税が課税され、課税標準は所得とされていますが、事業税は本来は所得に課税すべきではなく、事業の外形に課税すべきではないかと思います。例えば事務所の床面積とか、職員さんの数とか、そういう外形課税をするのが事業税ではないかと考えていました。

 なぜかといえば、事業税というのは、事業を行っていること自体に課税される税金です。事業を行っていることに、なぜ、課税されるかというと、それだけの事業を行うということは、いろいろな役務を社会から受けていることになるからです。例えば公共施設、道、電話線などのインフラから利益を受けています。それに対して対価を支払うべきだというのが事業税の思想だと思うのです。

 ですから、これは応益負担の税法です。社会から受けた便益に対する負担です。でも、弁護士の場合は所得に対して課税されていますから、能力に応じた応能負担ということになっています。しかし、本来の事業税は応益負担が原則であって、応益負担の課税基準を採用することが違法だとは、私は全く考えていませんでした。ところが裁判所は、応能負担の税金だと判断をして、次のように論じました。1つが条例無効論で、1つが不法行為論です。つまり、東京都に対し立法行為についての不法行為責任まで認めたのです。

● 裁判所の判断(条例無効論……要旨)


 裁判所の判断部分は、判決を読み上げた方が分かり易いと思いますので、重要な箇所だけを読み上げてみます。まず、条例を無効とした部分です。

 事業税は、応益負担の税金ではなく、応能負担の税金である。例外4業種も、所得に代わる担税力の指標として収入を課税標準としているだけである。

 所得が担税力を適切に反映する場合は、所得を課税標準にすべきであり、外形標準課税をすることは許されない。所得が担税力を反映しない場合に限り、初めて外形標準課税を採用することが出来る。

 「事業の情況」とは、所得が担税力を適切に反映しないといった事業自体の客観的な情況を意味するのであって、その時々の景気状況や経営の巧拙に基づく業績状況は含まない。

 銀行業について、所得を課税標準とした場合に、適切な担税力を把握できないことは伺われない。貸倒損失を控除した所得こそが担税力を示す。

 したがって、銀行業については所得が担税力を適切に反映するものであって、原則通り所得を課税標準とすべきであり、外形標準課税を採用することは許されない。地方税法72条の19が外形標準課税を許す「事業の情況」にあるとは認められず、条例は同規定に違反して違法であり、無効である。

● 裁判所の判断(不法行為論……要旨)


 次に東京都の不法行為を認めた部分です。事業税を外形課税と理解していた私などは、法律的な素養がなかったことになっています。この判決が出た後でも、未だに事業税は外形課税が基本と思っていますので、私などは、どうしようもなく法律的な素養のない弁護士ということになってしまいそうです。不法行為と認めた部分を紹介してみます。

 法的素養を有する者が地方税法72条の19とその引用する同法72条の12とを読めば、「事業の情況」とは、日常用語的な意味ではなく、例外4業種について例外的取り扱いをする根拠となった事情に準ずるものに限定されるのではないかとの疑義を抱くのが通常である。

 主税局長は、都議会において、現行の事業税につき、所得課税という応能原則による課税が行われていることを認識しながら、これが応益原則に基づくものであると強弁し、かつ、銀行の業務粗利益が一般事業会社の売上総利益に相当するとの誤った説明をして都議会議員の判断を誤らせた過失がある。

 全国銀行協会の杉田会長があるべき法解釈について適切な意見を述べているのであるから、これらの意見を虚心坦懐に聞いたならば、都知事も、法律や会計の専門的な知識が無くても、本件条例が法令に違反している可能性が高く、違法に原告等の権利を侵害することになることを認識しうるのが通常である。

 外形標準課税の導入に適法性を唱える学者の意見や文献があったと主張するが、そのような学者は、その数だけを見ても違法性を主張する学者に比して圧倒的に少数である。

 全国知事会議の「法人事業税課税実施問題研究会」が、法改正によらず、条例により外形課税を実施することを可能としたが、しかし、これは本件のように一地方団体のみが単独で外形標準課税を導入することを前提したものではないし、同案においても「主として製造業を行う法人に限定」しており、「銀行業等」が外形課税標準の対象として適当であるとの報告でもない。

 繰延税金資産や当期利益の減少につき広く新聞報道され、当期利益や自己資本比率が悪化したとの評価を受けることは、原告等の信用を著しく低下させたと認められる。原告等の被った無形の損害の金銭的評価は原告1行についてそれぞれ1億円を下回らない。

● 結論


 都知事には法的素養がないと裁判所が判断したのですけれども、私も事業税については外形標準課税が原則と理解していましたので、法的素養がない方に分類されますし、多分ここにいる弁護士も大部分が法的素養がない人たちに分類されてしまうのではないかと思います。この判決が高裁で逆転したら、東京地裁民事3部の裁判官は法的素養がなかったことになってしまいます。なぜ、このような極端な判決がでたのか、それが、いま話題になっている東京地裁民事3部ということです。

第9 米国籍の娘の銀行口座への送金に対する相続税課税

 父親は米国に居住する娘に、平成9年2月4日に北海道拓殖銀行から日本円に換算して2000万円をアメリカ合衆国にある娘名義の預金口座に送金した。なお、娘は昭和61年には米国国籍を取得し、平成3年からは米国に居住している。しかし、父親と娘の間には贈与契約に関する書面は残されていない。そして、平成9年9月に父親は死亡した。この送金について、贈与(死亡年中の贈与なので相続税の課税対象に取り込まれる)の事実の有無が争われることになった。


 東京地裁平成13年(行ウ)第231号相続税の更正の請求に対する通知処分取消請求事件(全部取消し) 平成14年4月18日判決

● 日米の相続税はさかさま


 簡単に説明すると次のとおりです。日本に父親が住んでいて、娘がアメリカに住んでいる。日本の相続税は、日本人に対して課税されるのではなく、日本に居住している者に対して課税されるのです。これは所得税も同じです。

 ですから、私がアメリカに転居してしまえば、日本の所得税を申告する必要はないわけです。しかし、アメリカの所得税を申告する必要があります。

 相続税についても、日本で相続すれば日本の相続税が課税され、アメリカで相続すればアメリカの相続税が課税されるというのが原則です。

 ただ、ちょっと脇道にそれますと、日本とアメリカは地球の反対側にあるので理屈も逆になります。日本の場合は貰った人に相続税が課税されるのです。贈与税の場合も貰った人に課税されます。

 でも、アメリカの場合は逆で、渡した人に相続税が課され、渡した人に贈与税が課税されるのです。どういう理屈の違いかというと、私が勝手に理解したところですが、日本の相続税というのは次のようなものなのだと思います。

 相続税も、たぶん、一つの所得税なのではないか。「おまえは父親から遺産をもらったではないか、だから、その利益に所得税を課税したいのだけど、父親から相続で遺産を相続するのは1回だけのことだから、それを相続税という特別の税金にしよう」というのが日本の税法ではないかと。

 アメリカの税法の場合は、「おまえはずっと稼いできた。最後に残っているのが遺産だが、最後に遺産が残るということは所得税の課税漏れがあったということだ。だから、その残った遺産について最終の所得税を課税し、その残りを子供に渡そう」ということらしいのです。

 そうなると、贈与税の課税は次のようになります。日本に父親が居住していて、アメリカに娘が居住しているとします。日本の父親からアメリカの娘に財産を贈与したら、どういう課税になると思いますか?

 だれにも贈与税は課税されません。日本には貰った人がいないのです。日本の贈与税は貰った人に課税されるのに、貰った人が日本には居住していません。アメリカでは渡した人に課税されるのに、渡した人はアメリカには居住していないのです。贈与税は誰にも課税されないのです。しかし、これは不合理です。

 ということで、財産の所在地との概念も採用されています。日本に所在する土地を娘に贈与したら、居住者という意味では父親にも娘にも課税できないのですが、日本にある土地ですから、財産の所在地である日本の贈与税を娘に課税するということになるわけです。

 ですから、相続税や贈与税がない国に財産を置いて、日本の父親がアメリカの娘に財産を贈与すると、贈与税は誰にも課税されません。それを防ぐために、日本に住んでいる者がアメリカに転居してから5年以内の場合は、その者は日本に居住しているとみなすことにしました。そのような改正税法が最近に成立しています(租税特別措置法69条 相続税の納税義務者等の特例)。

 でも、それ以前は、資産家の息子はアメリカに移住して仕事をしていました。学生ではダメです。アメリカの会社に勤めてもらわなければならない。要するにアメリカに居住している形を作って、父親から財産を贈与してもらう。それを防止するための税法が5年内の転居者は日本の居住者とみなすとの改正法です。

 ただ、本件事例は、その改正税法より前の事件ですし、まして、この娘さんは5年以上も米国に居住していますので、改正税法は適用になりません。

● 争点と裁判所の判断


 争点になったのは、アメリカの税法と日本の税法の違いではなく、単純な贈与の事実認定と立証責任の問題です。

 まず、裁判所は次のように判断しました。「父親から娘に対し本邦に所在する現金が贈与されたといえるのは、本件各送金以前に、父親と娘との間で、本件各送金の原資に当たる邦貨に関する贈与契約が成立しており、その履行のために本件各送金手続が執られた場合に限られるというほかない」。つまり、贈与事実の認定には贈与契約の存在が必要だというわけです。

 次に、「本件送金以前に、父親と娘との間で贈与契約が成立していたとすれば、それは口頭によるものであったということになるが、被告課税庁は、父親と娘との間の贈与契約は、平成9年2月5日以前に成立していたものと思料される旨主張するのみであって、それを裏づける立証は何らできていない」との判断です。つまり、贈与契約の存在が立証されていないということです。

 父親は亡くなったのですけれども、「遺言公正証書中には、その作成日である平成9年2月5日以前に父親が娘に対し相当額の生前贈与をした旨の記載があるが、本件各送金が同証書の作成前にされていること、及び同証書が父親の一方的意思によって作成されたものであることに照らすと、上記記載から贈与契約自体の存在を推認することはできない」。つまり、父親の一方的な言い分には証拠価値はないとの判断です。

 そして、「何らの話し合いもなく、親が子に対して一方的に送金することも不自然とは言いがたい。本件各送金にかかわる金が相続税の課税価額に加算されるためには、父親と娘との間で本件送金にかかる贈与契約が本件各送金以前に成立していたことが必要であり、本件送金以前の贈与契約の成立は相続税の課税根拠事実に当たるというべきである。したがって、この点に関する主張・立証は、被告が、課税庁が負担すべきと解すべきところを、前述のとおり、被告は自己の主張を裏づける立証ができていない」。だから国側の敗訴という判断です。

● 判断が分かれる理由


 ここで判断が分かれる理由ですが、私法の常識からすると、贈与契約であれば、当事者は、贈与の事実を主張し、立証する必要があるわけです。ここは裁判所の指摘するとおりで、「送金を受けたのだから俺のものだ」との主張では足りないわけです。

 要件事実の参考書には単純合意との言葉が出てきますが、本件は単純合意の事案です。そして、単純合意の主張をしただけでは、主張として足りないとの結論になります。

 つまり、被告は原告に対して「本件土地の所有権を移転する旨を約した」との主張は不十分だとの理屈です。「所有権を移転する旨を約した」ことの前提になった贈与や、売買などの前提の事実を主張する必要があるわけです。単純に資産を渡すとの合意だけでは不足です。

 その理解を前提に判決を読むと、確かに、父親と娘の間の贈与の合意というのは課税庁によって立証されていません。何月何日に父親が娘に対して幾ら幾らを贈与すると合意したという事実は立証できていません。立証されたのは、父親から娘への送金という事実のみです。

 ですから、贈与の事実は認められないとの判決になるわけです。父親の銀行口座から娘のアメリカの銀行口座に送金されているのですけれども、贈与税の課税対象にも、相続税の課税対象にも取り込めないのです。

 これが日本に所在する娘名義の預金口座でしたら、贈与されていないのだったら、それは父親の財産ですから、相続税の課税対象に取り込めます。しかし、アメリカに送金されてしまい、米国の銀行に預金されている財産です。それを米国に居住する娘が相続しているわけです。

 そうすると、財産所在地を基準にしても、財産取得者を基準にしても、日本の相続税は課税することができません。相続税が課税できるのは娘が日本にいる場合です。あるいは娘がアメリカに住んでいても良いのですが、財産が日本国内に保管してある場合です。

 でも、アメリカの娘の口座に送金してしまっています。これが父親の財産だとしても、その所在は米国国内です。アメリカにある預金を、アメリカに居住する娘が相続したら、日本の相続税は課税できないのです。

 でも、税法の常識からいえば、贈与の合意が存在せず、あるいは贈与の合意が立証できない場合でも、資産の現実の移転があり、その資産の管理と利用、それに処分が娘に可能な状態になっていれば、それは財産価値の移動があったと見なされるはずです。

 無効な行為による利得、例えば横領や窃盗などの事実上の行為による財産の移転や、事実上の請求権の放棄なども課税所得に取り込む必要があるのが税法です。事実として財貨の移転があれば、その移転の原因が何かということを証明しなくても、そこに利得があると考えるのが税法です。

 たとえば、父親から私の銀行口座に1億円が振り込まれたときに、父親に電話をしたら、「いや、わからないよ。おまえに振り込んだだけだよ」と説明している。そして、私は贈与か否かの法律判断をせずに、この1億円を使ってしまっている。これに贈与税が課税出来ないとの理屈はありません。でも、この判決は、そういう場合は贈与税は課税できないと判断しているように読めます。

● 結論


 さて、東京地裁民事3部の判決を参考に、私法の常識と税法の常識を説明してきたつもりなのですけれども、先生方はこれらの事例を見て、税法の常識をご理解いただけたでしょうか、あるいは税法の常識を支持していただけたでしょうか。これが今日の第1のテーマです。

 同じ法律ですが、税法の常識は、私法の常識とは、また別のところにあります。無償での譲渡には譲渡者側に課税されるとか、各々の税法毎の通達が法律を超える規範として機能していることとか、同じ条文であっても、大企業と中小企業、同族関係者と他人間、高額な取引と少額な取引などの適用場面によって、微妙に解釈が異なってくることなどです。これが今日の第2のテーマです。

 納税者は勝てないといわれている税務訴訟について、東京地裁民事3部が逆向きの風を吹かせてくれたことは新鮮だと思います。ただ、残念なことに、東京地裁民事3部の判決は、たぶん、多くが高裁で逆転すると想像しています。ご紹介した興銀事件は既に逆転しています。

 しかし、納税者を勝たせる理屈も構築が可能だと示してくれた地裁民事3部の判決は、逆に、納税者を敗訴させる理屈を紹介してくれたとの意味で、多大な功績があると私は理解しています。つまり、実質的な判断基準と形式的な判断基準の使い分けのテクニックです。これが納税者勝訴率3%とか、6%とかいわれる税務訴訟の原因になっているように思います。これが今日の第3のテーマです。

 このような視点で税務訴訟の判決を読んで頂けたら、判決の意味するところが理解できるのではないかと考え、そのような視点で東京地裁民事3部の判決を参考に税法の常識を紹介させて頂きました。