訴訟手続における税法


 御紹介いただきました関根です。時間配分を考えずにちょっと厚手にレジュメを作ってきましたので,終わるかなというのが一番の心配ですが,居眠りが出ないということを目標に,テンポを速く進めさせていただきます。

 最初に,税法をなぜ学ぶ必要があるかを説明する必要があるのですが,それはおのずから分かっていただけるということで先に進めさせていただきます。税務訴訟の知恵ではなく,一般の民事訴訟における税法の知恵ということで話しを進めます。

第0章 本日の目標

 所得税,法人税,相続税,消費税が主要4国税ですが,本日の目標は,これを全て理解していただいてしまうというものです。このほかにも,税法と言いましたら,登録免許税,固定資産税,印紙税,市民税,酒税,軽油揮発油税など,たぶん100個ぐらいの税金がありますが,裁判所の事件に登場してくる税法というのは,通常の場合は,所得税,法人税,相続税,消費税にとどまると思います。

 この国税4法の社会における重要性を検討してみます。所得税,法人税,資産税,消費税の4法です。ここで,資産税という言葉が登場しましたが,資産税との税法はありません。相続税法で定めている相続税と贈与税,それに所得税法にある譲渡所得とを合わせ,税務署の分類で資産税としています。

  社会における重要性と,私法に登場する税目


        社会的  税理士  弁護士
   所得税  33%  10%  15%
   法人税  22%  80%  10%
   資産税   4%  10%  70% ……相続税,贈与税,譲渡所得
   消費税  22%  −−%   5%


 ここで「社会的」としましたのは,国の税収の割合です。所得税は33パーセント,法人税22パーセント,資産税4パーセント,消費税22パーセントが国の税収です。消費税は昭和63年に導入されたのですが,既に22パーセントの地位を占めています。

 では,税理士がどういう仕事を行っているかと言いますと,所得税の申告手続の収入は多分10パーセントもないと思います。法人税が大部分です。町の中小企業を相手にして顧問料をもらっているのが税理士です。ときどき相続税事案が入ってきますので,資産税も10パーセントぐらいにはなります。消費税を無視しましたのは,この処理を独立して受任することはなく,法人税と同時に処理してしまうからです。

 では,法律家,つまり,私の場合なら弁護士ですけれども,どの税法を使うかと言いますと,所得税はせいぜい15パーセントくらいだろうと思います。法人税も10パーセントくらいです。資産税が70パーセントなのです。相続税,贈与税,それから譲渡所得です。これが事件で登場してくる税金です。消費税は,5パーセントくらいしか登場しないのではないかと思います。

第1章 民法総則・取得時効……所得税を理解してしまおう

 国税4法を理解してもらうための各論ですが,まず所得税を理解してもらおうと思います。取り上げたのは,時効による所有権の取得,あるいは,消滅時効の課税関係です。

┌───────────────────────────────────┐
│ Xは,所有権移転登記請求の訴訟を提起し,平成2年11月27日に次の内│
│容の和解を成立させた。@本件土地につき,原告が所有権を有することを確認│
│する。A相手方は,原告に対し,本件土地につき,昭和26年7月31日時効│
│取得を原因とする所有権移転登記手続きを行う。B原告は相手方に対し,解決│
│金として270万円を支払う。時効を主張して勝訴したら課税関係が生じてし│
│まうのか。                              │
└───────────────────────────────────┘


 原告は時効を主張し,最終的に和解をしたのですが,そこで課税関係が生じてしまったのが,この説例です。所得税が課税されてしまったので,そのような課税をするのは間違いだと課税処分の取り消しを求めて裁判を起こしたのですが,この裁判では納税者が敗訴してしまいました。

 つまり,課税するのが正しいということです。ここで納税者が主張したのは,時効取得によって所得が発生するのは認めるとしても,その所得発生の時期がいつかということです。

 つまり,課税権は3年,5年,7年が除斥期間です。3年以内に更正処分しなければならない,5年以内に決定処分しなければならない,しかし,悪質な場合は7年にまで課税期間を延長できるという期間制限があるわけです。その期間が経過してしまえば,どのような所得があっても課税はできません。ということで,納税者は時効取得による所得の発生は認めるけれども,その所得の発生の年度が異なると争ったわけです。


 1 起算日説(昭和26年7月31日)
 2 時効完成日説(昭和46年7月31日)
 3 援用日説(平成元年11月27日)
 4 判決日説(平成2年11月27日)


 時効取得の収益計上時期については説が分かれます。まず,起算日説があり得ます。時効の効果は起算日に遡りますので,起算日から30年目に時効を援用し,取得の効果が起算日に遡ってしまえば,30年前の所得ですから,既に課税権の除斥期間が経過していることになり課税はできないことになります。

 次が,時効完成日説で,これは最高裁が採用している説ですが,要するに,起算日から20年を経過した時に時効が完成すると考えます。この説ですと,20年を経過した時から既に30年が経過していますので,30年前の所得については課税処分はできないという理屈になります。

 しかし,課税関係について,裁判所と実務は最高裁判決と異なる理屈を採用しています。援用日説です。時効を援用したのが平成元年11月27日ですから,その時に課税所得が発生するというのです。このような認定には疑問があるとの理由で税務訴訟が起こされたのですが,裁判所は援用日説を採用しました。

 ただ,実務的に考えれば,援用日説というのは耐えがたい理論です。時効を援用しても,訴訟に勝てるかどうか分からないのです。それに,原告が時効を援用しても,時効の援用の事実を課税庁に届出なければならないとの規定は存在しませんから,課税庁には援用の事実は分かりません。

 原告は,裁判に勝てるかどうか分からないのですから,時効を援用しても,翌年の3月15日に確定申告しようとは考えません。課税庁も,仮に,時効の援用の事実を把握したとしても,訴訟の結論をみる前に課税処分を行うことは困難でしょう。

 援用日説を採りますと,援用の時から課税権の時効の進行が始まってしまいます。それに,援用日の所得として所得税を申告しなければ,納税者に対しては無申告加算税との行政罰が科されるわけです。

 そうすると,納税者は,時効を援用しますが,勝訴できるかどうか分からないという段階で,勝訴したことを前提とする所得税の申告をしなければなりません。これは無理なことです。しかし,ここで申告をしておかないと,勝訴してしまった場合には,後に,あなたは申告しなかったから無申告加算税10パーセントを課税するということになってしまうわけです。このようなことは実務的には無理です。そこで,実務家は,判決確定日説がよいのではないかと指摘しています。

 ただ,少し脇にそれますけれど,私が疑問だと思っていますのは,取得時効というのは,他人の所有物を時効を援用して奪ってしまう場合だけではなく,自分が買い受けた自己の所有物について,その事実が立証できないために時効を援用するという場合が当然あり得るということです。30年前に買い受けたのだけれど,所有権移転登記を受けていなかった。そのために争いが生じたが,時効を援用することにより所有権の移転登記を確保した。このような事案では,自分の所有物が自分の所有物と認められただけであり,そこに所得はありません。このような場合に,時効取得したとして税金を負担することになるのは,ちょっとおかしな話だと思うのです。

 課税庁に対して,時効による取得ではなく,元もと自分の所有物だったとの事実を立証できれば良いのですが,それができないからこそ存在するのが時効制度です。そうしたら,自己の所有物であることを立証できない場合は,他人の所有物であり,それを時効取得して利益を得たとの理屈になってしまいますが,これは時効についての法制度とは逆転した理解です。

 消滅時効についても検討してみます。父親が死亡してから7年目ぐらいに,親戚のおじさんが訪ねてきて,父親にカネを貸していたので返済して欲しいと申し入れてきました。相続人は,本当に父親が借金をしたのか,その後に,本当に返済していないのか。そのような経過は分かりません。そこで,おじさんに対し,「借金はしていないと思いますけれども,借金していたとしても消滅時効です」と返答します。

 もし,取得時効に対して課税するのなら,このように消滅時効で債務を免れた者に対しても一時所得課税をする必要があります。しかし,そのような無茶なことは行っていないのが実務です。ということで,私自身は,消滅時効に課税しないのなら,取得時効に課税するのは疑問だと思います。しかし,取得時効は一時所得ということで課税するのが実務です。

 さて,ここで一時所得というものが登場しました。この一時所得の概念から所得税を理解してしまおうということで,次の項目に進めます。

★ 所得税の所得計算方法(一時所得とは何者か)


 所得税は,所得を10種類に分類しています。利子,配当,不動産,事業,給与,退職,山林,譲渡,一時,雑という10種類です。
 10種類の所得


 ┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐            ┌┐ 一時所 ┌──┐
 │  ││源泉││収入││収入│ 給与所 退職所    ││ 得控除 │収入│
 │源泉││分離││経費││経費│ 得控除 得控除 5分 ││ ┌──┐│経費│
 │分離││課税│├──┤├──┤         5乗 ││ │  │├──┤
 │課税││  ││  ││  │┌──┐        │├┐│  ││  │
 │  ││総合││  ││  ││  │┌──┐    │││├──┤│  │
 │  ││課税││所得││所得││課税││  │    ││││  ││所得│
 │20││20││  ││  ││所得│├──┤┌──┐││││所得││  │
 │ %││ %││  ││  ││  ││所得││所得│││││  ││  │
 └──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└┘┘└──┘└──┘
  利子   配当  不動産 事業  給与  退職   山林 譲渡  一時   雑


 利子所得,配当所得,不動産所得などと言うのですが,所得税法に1条ずつ割り振って,利子所得は何者ぞ,配当所得とは何者ぞと書いてあるわけです。なぜ所得税は,所得を10種類に分類しているのかというと,所得の源泉によって税負担能力が違うからです。

 例えば6番目に退職所得がありますけれども,退職所得というのは30年間の勤務の対価として支払われる所得です。その隣の給与所得というのは,1年分の所得です。

 なぜ,1年分の所得と30年分の所得を区別しなければいけないかというと,所得税法には超過累進税率という概念があるからです。階段を思い浮かべてほしいのですけれど,税率は階段構造になっています。

 話を簡単にするために500万円の区切りとしますと,最初の500万円までは10パーセント,次の500万円,つまり,501万円から1,000万円までのところは20パーセントの税率です。1,000万円の所得があるとどのくらいの税金になると思いますか。500万円までが10パーセントですから税額は50万円です。次に,501万円から1,000万円までは20パーセントですから税額100万円になり,税額の合計額は150万円です。

 地方税を含めますと,個人の所得に課税される税額は最後には50パーセントの税率になります。つまり,1億円を稼いでも,4,500万円程度は税務署に持っていかれるというのが税金システムです。

 そのような税率構造ですと,今年に給料で1億円もらったのだったら,4,500万円を税務署に持っていかれても,これは当然のことです。ただ,隣の人が今年に1億円の給料をもらい,自分は1億円の退職金をもらったとしますと,1億円の給料をもらった人が4,500万円を持っていかれるのはよいとしても,退職金で1億円をもらった人が4,500万円を持っていかれるのはちょっと気の毒だと思うわけです。

 なぜなら,隣の人は今年1年だけで1億円を稼いだのですが,私は30年をかけて1億円を稼いだのです。だから,本当なら,私の退職金1億円は,これを30年で除して,1年当たり330万円の所得を計算し,これに対して10パーセントの税率を乗じて,33万円の税額を30倍すればよいわけです。そうすれば,各年に分けて所得税を課税したのと同じになります。

 しかし,そのような複雑な計算までは行えないとの理由でしょうか,もう少し簡単にして,退職所得については1年につき40万円あるいは70万円を控除し,その残りを半分にして,それに税率を乗じるという構造にしています。

 別の所得では,例えば,預金利息が分類されるのが利子所得ですが,利子所得を申告してくれと言われても無理です。皆さん方だって利子所得があるはずですが,幾らの利子所得があるか分からないと思います。これを申告するように要求しても無理です。そこで,銀行が利息を支払うときには20パーセント天引きしてしまうというのが利子所得です。そして,銀行が預金者に代わって税務署に税金を納めます。このように所得を10個に分けているのが所得税法です。

 そこで,所得税法の入門編の知識として,所得を10種類に分けているというのを原則として記憶してください。その個別の計算方法というのは,具体的に事件が出てきたときに学ぶことにしましょう。

★ 租税特別措置法は政策立法


 次に,10個の所得についての例外1として,土地建物の譲渡所得を理解してください。租税特別措置法に定めてある課税関係です。租税特別措置法という法律が,税法業界ではかっ歩しているわけです。そのほかに,通達というのがもっと大きな足音でかっ歩しているのですけれど,それは後に説明することにします。

 租税特別措置法というのは何かというと,政策立法です。つまり,税金を社会の政策のために使おうということで作られている法律です。例えば,大昔,日本が輸出を増やさなければならない時代には,輸出をしたら税金を安くするという租税特別措置法を作ったわけです。バブルの頃になって,日本に力がついてしまったら,今度は輸入してくれということで,輸入したら税金を安くするという法律を作るわけです。このように政策のために税法を使うわけです。

 所得税法や法人税法には理屈があるわけですけれど,租税特別措置法には理屈は存在しないのです。政策目的が存在するだけです。そして,租税特別措置法の中にはいろいろな条項があるのですけれども,その中の主人公が土地建物の譲渡所得です。

 譲渡所得は,当然,所得税本法にも登場します。所得税本法では,譲渡所得を,短期譲渡所得と長期譲渡所得に二分しています。そして,短期譲渡所得,つまり購入してから5年以内に売却した場合についてはそのまま課税し,5年を超えて所有していた場合は長期譲渡所得として,所得を半額にして課税するとの規定が所得税法に存在するわけです。

 なぜ,5年以上持っていたら半額になるかと言いますと,先程説明しましたように,超過累進税率というのがあるからです。1年間に稼いだ1億円と,5年間で稼いだ1億円では担税力が異なります。

 仮に10年間で1億円を稼いだとしたら,稼ぎを10で除して,1年当たりの稼ぎとして1,000万円に対して税率を乗じるのが正しいわけです。先程の計算ですと,1000万円の税額は150万円なので,それを10倍にして1500万円を税額にすればよいのですが,これを1億円として税率を乗じてしまったら,税額は4,500万円にもなってしまいます。そのような配慮から長期で稼いだ所得については,これを半額にするとの便法が採用されているわけです。それが譲渡所得についての所得税の課税方法です。

 しかし,土地建物の譲渡所得には所得税法は適用されていません。なぜなら,土地建物の譲渡所得には租税特別措置法が登場するからです。本当なら,土地とか建物の譲渡所得も所得税本法に入るべきなのですけれども,しかし,日本では,所得税本法を適用せず,租税特別措置法を適用することにしています。

 なぜ,そういうことになっているかというと,今,バブルが終わってしまって,日本の土地の力がなくなってしまったのですけれども,バブル前及びバブル中は,日本は資本主義ではなく,「地本主義」と言われるくらいに土地が主人公の時代でした。私が経験したバブルのときの感覚では,1億円の土地が翌年には2億円に値上がりし,その翌年には4億円に値上がりするとの時代でした。そのような社会を放っておいたらいけないということで,土地について何とかしようということになったわけです。

 単純に考えれば,土地の譲渡益に重い課税をすればよいのですが,土地の譲渡益に重い税金をかけると,土地を供給してくれる人がいなくなってしまいます。今,10億円の土地を持っていて,それを売却したら9億円の税金が課税されるということになったら,だれも土地を売りません。1億円の現金よりも10億円の土地の方が魅力があります。

 土地の譲渡益に重い課税をすると土地は凍結されてしまう。これを凍結効果と言うのですが,それを避け,土地を売却してもらうためには安い税金でなければならない。でも土地で儲けさせないためには高い税金でなければならない。この二つの要求を共に満たすものとして,「5年を超えて持っていれば税金を軽くしてやるから早く売ってね」ということにしたわけです。

 逆に,5年未満で土地を転がすような人たちは悪い人だから税金を高くすることになります。これが短期土地譲渡所得の租税特別措置法の特例です。この他に,居住しているマイホームを売却するときには,次にまたマイホームを購入しなければなりませんから,さらに税金を安くしてあげるという特例が作られます。住宅を売る場合は所得から3,000万円を控除し,さらに税額を軽減するとの租税特別措置法です。

 実務に租税特別措置法が登場してくるのは,例えば,夫が所有している家に奥さんが住んでいて,別居して離婚調停中という事案です。その家を奥さんに渡そうということになると,これは譲渡になります。後に説明しますが,譲渡というのは,売買とは違います。代物弁済であろうが,財産分与であろうが,全て譲渡です。夫が奥さんにマイホームを財産分与として渡すと,夫の方に譲渡所得課税が行われるわけです。

 そのときに,居住用財産の譲渡だから3,000万円の控除が使えるかというと,居住用財産というのは,住んでいなければ駄目だということになります。離婚調停中で別居していたら,住んでいたことにはならないわけです。でも,夫が大阪転勤中で,東京に奥さんが住んでいるというときは,転勤のために別居していたということで,夫もその建物に住んでいたことになるわけです。離婚調停の話合いのために別居していた場合は,奥さんが住んでいても,夫が住んでいたことにはなりません。それが租税特別措置法で,また,その中の主人公の土地の課税の問題です。

 それからもう一つの特別扱いが,有価証券の譲渡所得です。利益に対して26パーセントの課税をするか,あるいは売値に対して1.05パーセントの課税をします。大昔は有価証券の譲渡所得には課税をしていなかったのです。なぜ,株式市場で売買して儲けても課税をしなかったかというと,日本に資本が少なかったころは,株式市場から資本を導入しなければならなかったからです。株式市場で,儲けたり損したりするのに対して課税をしたら,株式市場に資金が流れ込んでこなくなります。そのために,資金を取り入れるために株式市場優遇策ということで課税をしていなかったのです。しかし,バブルのころに株で儲ける人が大量に登場してきました。

 そこで,50回以上取引したときは課税をするということにしたわけです。次には30回以上取引したときは課税をするということになり,今は全ての取引に課税するとなっています。原則としては,利益の26パーセントの税金ということになっています。しかし,利益の26パーセントということは,買値と売値を把握しなければ計算できませんが,投資家には,そのように資産状況を把握されるのが嫌だという潜在的な欲求があります。

 そこで,売値の1.05パーセントに課税するということでもよいという特例が作られているわけです。今,売値の1.05パーセントに課税する制度は問題だということで,廃止しようということになっています。けれども,現在のように株式市場が冷えてしまったときに,この特例を廃止してしまったら,株式市場の資金が逃げてしまうのではないかということで,毎年ずるずると廃止が先延ばしになっています。そういう政策の下に作られるのが租税特別措置法です。

★ 法人税は一つのバケツ


 これで所得税の入門編が終わりますが,所得税と対比するのは法人税です。両方ともインカム・ゲインといいまして,所得に対して課税される税金です。要するに,生きている人間が稼いだときには所得税が課税され,生きていなくて緑の血が流れている法人が儲けたときには法人税が課税されるということです。法人税の方は簡単です。要するに,一つの入れ物に売上げを全て入れて,経費を差し引いた差額を所得として課税するだけの話です。所得を10個に分けるなどとの面倒なことはしません。

 ただ,法人の場合も解散年度の所得というのは違います。個人も同じですけど,法人というのは,生まれた時から死ぬまでの間,稼ぎ続けるわけです。オギャーと生まれた時に右手を開いてみたら10円玉を持っていて,死ぬ時に10億円を持っていたとしたら,10億円から10円を差し引いたのが私の一生の稼ぎです。その間に食べてしまったものがあれば,それも所得に加えることになります。

 ほんとは,その人の一生の稼ぎを見て課税すべきなのです。法人の場合も,設立してから解散するまでの事業年度を通算して課税すべきなのです。でも,そうしたら,解散まで課税を待たなければならないことになります。会社が解散しない限り,いつになっても税金を取れないことになります。ですから,人為的に1年ごとに区切って課税しているのです。

 でも,会社が解散すると決まったら,1年ごとの計算はやめようということになります。オギャーと生まれた時から死んだ時までの計算をするのが理論的に正しいのですから,解散年度になったら,1年毎の計算はやめて,幾ら財産を残したかという残余財産から,最初に払い込まれたのは幾らかという元入金を差し引いて,そこから既に課税された課税済利益を差し引いた残りに課税しようというシステムを採っているわけです。これが法人の所得計算と税額計算の方法です。

★ 教訓


 ここで,教訓として覚えていただきたいのは,所得税法では12個のバケツを思いうかべて下さい。利子所得,配当所得,不動産所得などの10個のバケツです。そのほかに,土地建物譲渡のバケツがあって,有価証券譲渡のバケツがある。ほかにも特例はあるのですけれども,原則として12個のバケツのどのバケツに入るかによって税額が異なってくるわけです。でも,法人税は簡単です。一つのバケツに全部の儲けを入れて,そのバケツから全部の経費を差し引いたのが法人税の利益です。

 2番目として,所得の種類によって税額は異なってきます。例えば,いま問題になっているのがストックオプションです。日本国内の会社から社員に対するストックオプションは法律が整備されていますので問題はないのですけれど,今,裁判になっているのは,マイクロソフトの日本法人に勤めている人が,マイクロソフトのアメリカ法人からストックオプションを受けたとの事例です。自分が勤めているところからのストックオプションなら,給与所得ということで当たり前なのですけれど,アメリカの会社からストックオプションを受けた場合は,雇用関係がありませんので,給与所得ではなく,法人からの贈与として一時所得だという理屈が成り立つわけです。

 一時所得は50万円の特別控除を差し引いて,残額の2分の1が課税所得になるということで所得税を申告したわけです。そうしましたら,課税庁は,一時所得ではなく,給与所得だということで課税してきました。給与所得の場合は2分の1にしませんので税額は増加します。このようなことで,今,裁判でもめている事案があります。つまり,どの所得に分類されるかによって税額が異なってくるのです。

 それから,3番目として,さきほどの時効取得の例にさかのぼれば,和解をするときに,時効により取得したことを認めるなどという和解条項にするのは愚の骨頂ということです。20年前に売買により所有権が移転したことを確認しておけばよいわけです。そうすれば時効取得による利益は発生しません。真実の事実関係に基づいて課税所得を計算するのが原則ですので,和解でどう書くかということで課税関係を変更できるわけではないのですが,しかし,真実が分からない場合については,和解でどのような事実を確認するかによって課税関係が異なってきます。税金を知っている人だったら,時効取得という和解はできるだけ避けたいところです。これで所得税の概論を終わりにさせていただきます。

第2章 物件・所有権移転の時期……消費税を理解してしまおう


 次に消費税を理解していただきます。弁護士は消費税は無視していたのです。なんといっても3パーセントにすぎません。その後,5パーセントに増税になったけれども,それにしても大した金額ではないのです。しかし,この頃は消費税も無視できません。

┌────────────────────────────────────┐
│ ゴルフ場を経営する会社の破産管財人が,ゴルフ場の造成工事と建物建築工 │
│事の引き渡しを受けたものとして課税仕入れに係わる消費税の還付申請をした。│
│還付請求した税額は2億6005万円。これに対して税務調査があり,課税仕入│
│れの要件を欠く(引き渡しが未了)との認定を受け,結局,破産管財人は還付税│
│額を2993万円に減少させた修正申告書を提出することになった。2億600│
│5万円の段階での還付は,実際には行われず,実際に資金が動いたのは2993│
│万円。ところが,課税庁は減少額(2億3012万円)について3449万円の│
│過少申告加算税を課税した。破産管財人は現実に金銭が動かない本件のような場│
│合に過少申告加算税を課税するのは間違いだと訴えた。           │
└────────────────────────────────────┘


 消費税を理解していただくのが目的の事例です。消費税の通常の場合の説明ですと,1,000万円の資産を売却すると1,050万円という値段がつきます。では,資産を購入するときはどうかというと,600万円のものについては630万円を支払わなければなりません。それぞれ50万円と,30万円は消費税です。事業者としては,600万円で買って1,000万円で売ったとすれば,30万円の消費税を支払って,50万円の消費税を預かったことになり,20万円が超過預かり消費税ということで国に納めることになるわけです。これが通常の消費税の理屈です。

 本件の事例では,資産等の売却で1億6,274万円の売上げがあり,88億3,100万円の購入があります。ですから,この中に含まれる預かり消費税は488万円で,預け消費税,つまり,支払消費税は2億6,493万円です。すると,2億6,005万円が払いすぎだということで,国に対して,消費税の還付を求めたのです。


          通常の場合   本件事例の取引   消費税の計算
 資産等の売却  1050万円   1億6274万円(   488万円)
 資産等の購入   630万円  88億3100万円(2億6493万円)
 納税額       20万円           (2億6005万円)


 破産事件で,まず最初にやらなければならないのは,もちろん売掛金回収もありますが,税金の還付なのです。逆に言えば,いくら売掛金を回収しても,税金の未納で消えてしまうというのが破産事件の大部分なのです。

★ 判決の結論……納税者の敗訴


 ここで,破産管財人が消費税の還付を求めたのですが,それは認められませんでした。なぜかというと,破産管財人は,ゴルフ場の引渡しを経営者から受けましたので,ゴルフ場に建っている建物の引渡しも受けたと認識したわけです。それが幾らかといったら88億円です。88億円の中には2億6,493万円の消費税が含まれるので,それを差し引いても良いはずだということで差し引いたのです。

 けれども,税務署が言うには,これは違うのだと。あなたは経営者からゴルフ場施設の引渡しを受けたというけれども,経営者自身が,まだ,工事業者からゴルフ場施設の引渡しを受けていない。ゴルフ場施設の所有権自体が工事業者に留保されているではないか。そうしたら,あなたが破産会社から破産管財人として資産の引渡しを受けたとしても,ゴルフ場施設である88億円の資産の引渡しを受けたことにはならない。このような理屈で還付は駄目と言われてしまいました。

 そこで,管財人は2億6,005万円の還付をあきらめ,元に戻し,2,993万円だけ還付請求をするということで修正申告をしたら,次には,あなたは2億6,005万円の還付を請求したが,正しくは2,993万円だったのだから,この差額については,行政罰を課すということで3,449万円の過少申告加算税を課税するというのです。過少申告加算税は破産法上,財団債権になるので,優先して納めなければいけないということになってしまったわけです。これを,破産管財人が自腹を切ったのか,破産財団から支払ったのかは分かりません。

★ 消費税の考え方は社会の非常識


 所得税と法人税は,社会の常識です。当期の収益から当期の費用を差し引いたら,課税所得(儲け)が残ります。100円で仕入れたものを200円で売ったら100円が儲けというのは子供でも分かります。でも,消費税というのは,社会の非常識です。当期の譲渡に税率をかけたものと,当期の取得に税率をかけたものの差額が納税額だというのです。当期の譲渡というのは,儲けではありません。例えば,昨年に10億円で購入したビルを,今年に11億円で売却したときは,1億円が利益だと分かりますね。でも,消費税の場合は11億円が課税額になるのです。

 ですから,昨年に10億円で購入したものを,今年に11億円で売却すれば,去年は,取得に際して5,000万円の消費税を払っているのだから,これが返してもらえるわけです。今年は,11億円で売ったのだから5,500万円の消費税を納めなければならない。つまり,所得の概念ではなくて,どちらかというと収支(資金繰り)の概念なのです。11億円で売却して11億円の金が入ってきた,その中には消費税も含まれるはずだというのです。

 さらに課税対象についての理解が消費税を難しくしています。賃貸ビルを売却したときは,建物の譲渡には課税されますが,土地の譲渡には課税されません。マイホームを売却した場合は,事業者としての売却ではないので,消費税は土地にも建物にも課税されません。しかし,そのマイホームを不動産業者が購入したときは,建物には消費税が課税されたとみなされます。でも,このマイホームを売却した人には,売った段階では消費税は課税されていないのです。不動産業者がサラリーマンからマイホームを購入した場合は,売主は消費税を納めていないのに,建物には消費税が含まれていることになるとの矛盾が出てくるのが消費税です。これは,消費税法的には矛盾ではないのですけど,社会の常識,あるいは税法の既存の常識からすると矛盾しているようにみえます。

 それから,借家の立退料を支払ったときは,資産の譲渡ではないから非課税です。しかし,借家権を買い取ったときは資産の譲渡ですから消費税が課税されます。法律家的感覚では,ちょっと理解できないところがあります。消費税は,法人税,所得税とは違う別格の計算をするということを理解してください。

★ 教訓


 教訓としては,1番目として,法人税と所得税は所得概念ですが,消費税は資産の取得と譲渡の概念だということです。つまり,消費税はカネの動きの概念です。次に,2番目として,消費税はミスを誘う税法だということです。税法が複雑になりすぎたので,所得計算が不要な簡単明瞭な税金である消費税を導入しようというのが消費税導入のときの政府のうたい文句だったのですけれども,実際には,税理士賠償事件の中心は消費税です。税理士賠償事件,つまり,税理士のミスによって依頼者に損害を与えたということで,税理士が賠償請求されるのですけれども,その8割は消費税事案です。非常に難しい税法です。

 訴訟に登場してくる消費税は次のような事案です。1,000万円で商品を売却したという場合の代金請求訴訟で,弁護士が,1,000万円で商品を売却したのだから,これに消費税を含めて1,050万円を請求するという訴状を書いてくることがありますが,これは間違いです。1,000万円しか請求できません。追加して50万円を請求するのなら,別に消費税50万円を請求するとの合意が必要です。新聞を読みますと,取引には消費税が課税されて,それは消費者が支払うと説明されています。お店から1,000万円の買い物をしたら50万円の消費税を客が支払うと解説されています。けれども,1,000万円の売買について,50万円を消費者が支払わなければならないという条文はどこにもありません。

 要するに,1,050万円を請求する場合には,1,050万円というのが商品代金として合意されていることが必要です。1,050万円で売れば,そのうち50万円を消費税とみなすという規定があるだけの話です。ですから,1,000万円の商品の売買について,別に消費税50万円を支払うとの合意が存在すればともかくとして,1,000万円で売却という事実だけでしたら,消費税法があるからといって,単純に50万円を別に請求できるという理屈にはならないわけです。少しはしょりすぎなので,お分かりいただけるか不安ですが,これで消費税を御理解いただいたことにします。

第3章 契約・売買……所得税の特異点を理解してしまおう


 所得税の特異点を理解してもらおうと思います。今までの説明で所得税の基本を理解してもらったのですが,さらに発展させ,法律家がとまどう所得税法59条と60条を理解していただこうと思います。ここを理解してしまえば,所得税は何ぞやというところが分かります。

┌───────────────────────────────────┐
│ 原告は,共有地を,M不動産販売に対し,代金5億8000万円で売却する│
│旨の譲渡契約を締結した。これと同時に,原告は,M不動産が所有する土地を│
│代金4億円で購入する旨の購入契約を締結した。原告とM不動産は,譲渡契約│
│と購入契約について,売買代金を相殺により決済し,差額の1億8000万円│
│については小切手で決済した。M不動産が4億円で売却した土地は,同社が,│
│今回の取引のために7億8000万円で購入した土地だった。しかし,原告ら│
│が金銭的な負担をせずに土地を取得できるようにするために,この土地の価額│
│を4億円とし,これに原告らの負担する税金などを上乗せすることにして,原│
│告らが譲渡する土地の売買価額を5億8000万円にすることにした。譲渡価│
│額は5億8000万円だというのが納税者の認識だが。          │
└───────────────────────────────────┘


 原告の認識は,買った土地は4億円で,そのほかに現金1億8,000万円を受け取り,渡した土地は,これらの対価で5億8,000万円というものです。ところが,課税庁の認定は,7億9,000万円で買ったものを4億円で売るのは間違いで,土地は時価7億9,000万円であり,そのほかに1億8,000万円を渡しているというものです。

 7億9,000万円の土地と1億8,000万円の現金をもらっているのですから,原告が渡したのは9億7,000万円の土地ではないか。この取引は交換契約だということで,9億7,000万円の譲渡所得として課税したわけです。そこで,納税者は,土地は4億円で売却したのであって,売買契約であり,また土地を5億8,000万円で買ったのは別の売買契約だと主張したわけです。


         原告の認識     課税庁の認識
 土地(取得) 4億0000万円   7億9000万円
 現金(取得) 1億8000万円   1億8000万円 
 合計(売値) 5億8000万円   9億7000万円

★ 所得税法59条の理屈


 この事件については納税者が勝訴しました。裁判所は次のように判断しました。当事者は交換契約などは締結していない。当事者が締結したのは売買契約であり,土地は5億8,000万円と4億円で相互に売買されたことになると認定したわけです。

 課税庁は,7億9,000万円の土地と,現金1億8,000万円をもって,9億7,000万円の土地が交換されたと主張したのですが,裁判所は,当事者は4億円の売買契約を締結し,これとは別に5億8,000万円の売買契約を締結した以上は,そのような当事者の意思を尊重すべきだと判断しました。

 そこで所得税法59条が登場するわけです。「次に掲げる事由により」,譲渡があったときは,「その事由が生じた時に,その時における価額に相当する金額により,これらの資産の譲渡があったものとみなす」としています。

 そして,時価による譲渡があったとみなされるのは,まず,「贈与(法人に対するものに限る)」とされています。どのような取引かというと,個人が法人に対して資産を贈与したときは,そのときの時価で売却したとみなされるということです。つまり,法人に対して無償で土地を贈与しても,そのときの時価で売却したとみなされてしまうのです。その理由は後に説明します。

 次に,「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」があったときは,そのときの価額によって資産を譲渡したものとみなすとしています。ですから,著しく低い価額が,例えば3,000万円だとすると,3,000万円で売却したとしても,そのときの価額である1億円で売却したとみなされるということです。

 その次に,「著しく低い価額とは」というと,「譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額」で売却したとき,つまり,1億円の土地を,タダであげたら,1億円で売却したとみなされ,1億円の土地を3,000万円で売却したとしたら,この場合も1億円で売却したとみなされるということです。しかし,1億円の土地を7,000万円で売却したのなら7,000万円でよいということです。

 贈与したときは時価で売却したとみなすし,著しく低い価額で売却したときも時価で売却したとみなします。2分の1に満たない価額だと著しく低い価額になってしまいますので,2分の1を超える価額,つまり,1億円の土地を7,000万円で売却したときは,この条文には該当しないことになります。したがって,7,000万円での売却が正当なものと認められるわけです。

 裁判所は次のように考えたのだと思います。実際の時価は9億7,000万円かもしれない。しかし,5億8,000万円で売買している。つまり,時価の2分の1を超える価額で売買したのだから,それは所得税法59条によって,当事者が決めた価額での売買として認められる。このような理屈で納税者を勝訴させたわけです。

★ 所得税法における譲渡の概念


 この裁判所の判断は間違いではないかと思います。裁判所は,交換か売買かということを判断したのですけれども,所得税法には交換とか売買という概念は登場しません。すべてが譲渡です。譲渡所得といいます。債権譲渡といいますね。あれは債権を売買した場合だけではなくて,贈与でもよいわけですし,相続でもよいわけです。所有権を移転する行為は,全て,譲渡になるわけです。

 譲渡に含まれる行為というのは,売買,贈与,競売,代物弁済,財産分与,交換,出資,その他,要するに,所有権を移転する一切の行為は譲渡です。ですから,売買契約か,あるいは交換契約かと判断する必要はなかったのです。譲渡として,その譲渡の対価が幾らかを考えれば済むことです。

 この事例では,納税者は,1億8,000万円の現金と,そのほかに7億9,000万円の価値がある資産を4億円で買えるというオプションをもらっているわけです。相手が安く土地を売ってくれるので,こちらも安く土地を売ってあげるという関係にあるわけです。

 例えば,時価10億円の土地と,別の時価10億円の土地を交換するときに,6億円で売ってあげるから,お前も6億円で売ってくれという取引をしたわけです。そのときに税法上,6億円の相互の売買と認識して課税することで済ませることができると思いますか。そのようなことが可能なら,世の中,楽しくなってしまうではないですか。

 このような事例が登場したら,6億円で売却して6億円の現金を受け取ったが,これとは別に,10億円の土地を6億円で購入できるとの4億円相当のオプションをもらったと考えることになります。そのような場合は,土地を安く買えるというオプションも,自分が提供した土地譲渡の対価になると私は思うのです。

 10億円の土地をお互いに6億円で売買して,それが認められるとは,皆さん方も考えないでしょう。そのことについて判決には勘違いがあると思うのです。

★ 所得税法の落とし穴


 所得税法59条を説明します。ここに時価100万円の土地があったとします。1年目に100万円で購入したものです。土地というのは値上がりすることになっていますので,翌年には110万円に値上がりしているわけです。さらにその翌年には121万円に値上がりしました。本当でしたら,100万円のものが110万円に値上がりしたときに,10万円に対して所得税を課税すべきなのです。値上がりして儲けたわけです。けれども100万円の土地が110万円に値上がりし,10万円の値上がり益をえたと測定することは不可能です。
  所得税法59条の理屈(なぜ,法人への贈与に譲渡所得課税が行われるのか)


              ┌───┐   ┌───┐   
        ┌───┐ │   │   │   │   
  ┌───┐ │   │ │   │   │   │   
  │   │ │   │ │   │   │   │ 譲渡者=含み益課税
  │   │ │   │ │   │ → │   │        21
  │100│ │110│ │121│   │121│ 受贈者=受贈益課税
  │   │ │   │ │   │   │   │       121
  └───┘ └───┘ └───┘   └───┘
   1年目   2年目   3年目 贈与 


 会計学には,発生主義があるのと同時に,実現主義や保守主義もあります。実現した段階でなければ収益を認識しないという理屈です。そうすると,100万円が110万円に値上がりし,あるいは121万円に値上がりしただけでは収益は測定できないし,認識もできないのです。

 でも,この人の手元で所得は発生しているのです。個人Aさんの元で100万円のものが121万円に増額し,21万円の値上がり益が発生しているのは事実です。ですから,この土地を法人に贈与した場合には,既に発生している21万円の値上がり益について,Aさんの元で課税しなかったら,発生した21万円の所得について課税する機会がなくなってしまいます。

 そこで,Aさんが土地を手放したときには21万円について課税するというのが所得税法59条の理屈です。つまり,「贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る)」については,時価で売却したものとみなしての譲渡所得課税を行うとしています。要するに,法人に対してタダで上げたら,今まで発生した値上がり益については,その段階で実現したものとみなして譲渡益課税を行うというのが所得税法59条の趣旨です。

 1億円で買った土地を2億円で売却し,1億円の利益が獲得されたときに,この1億円の利益に課税されないと勘違いする人はいないのですが,でも,タダで贈与したら,贈与した方には課税されないだろうと勘違いする人は多いわけです。これが税法のミスの原因です。

 例えば,離婚することにして,財産分与として夫から妻に土地を分与した。このようなときに,妻に対して贈与税が課税されるのではないかと考えるのですけど,実際には違います。財産分与も譲渡ですから,夫の方に譲渡所得課税が行われます。

 例えば,法人が赤字10億円を抱え,その法人のオーナー(個人)が10億円の土地を所有しているという場合に,法人に対して1億円で土地を売却してあげるとします。法人は1億円で土地を購入し,これを10億円で売却すれば9億円の利益が確保できます。これで法人の欠損を埋められるのではないかと考えることがあります。けれども,1億円で購入し,その後,10億円に値上がりしている土地を法人に対して著しく低い価額で売却すると,10億円で売却したものとみなしての譲渡所得課税が行われてしまいます。これが所得税法59条なのです。

★ 所得税法59条の歴史


 では,どうして法人に対する譲渡に限って時価による譲渡とみなしての譲渡益課税を行うのでしょうか。なぜ,個人に対して贈与した場合には,贈与者に対しては課税しないのかというと,これに課税していた時期もあるのです。

 日本が戦争に負けたときに,シャウプ博士が来日して,いろいろな税法を作りましたが,このときには,個人に対する無償の譲渡(贈与)にも,時価で売却したとみなしての譲渡所得課税を行うことにしていたのです。相続にも譲渡益課税を行っていました。つまり,父親が亡くなり,子が相続したときには,子に相続税が課税されるのは当然として,父親にも所得税を課税していました。なぜかというと,父親が大昔に1億円で購入し,今,10億円に値上がりしている土地を相続したからです。相続も譲渡ですから,1億円で取得した土地を子に対して10億円で譲渡したものとみなすわけです。父親の段階で9億円の値上がり益が発生するわけです。

 しかし,相続税に合わせて譲渡所得課税を行うと,これは二重課税ではないかとの批判がでてきました。そこで,所得税法が改正され,相続のときには課税しないことになり,次に,届出をすれば,贈与のときにも課税しないことにしました。そして,さらに,現在は,届出をしなくても,相続,贈与について譲渡所得課税は行わないことになっています。ですから,この例で言うと,121万円に値上がりしたものを法人に対して贈与すれば21万円に対して所得税が課税されるけれども,これを息子に対して贈与した場合ならば息子には,贈与税は課税されますが,父親に対して21万円についての譲渡所得課税が行われることはないわけです。

 これを税務署の親切だと考えるのは間違いです。1年目に100万円に,2年目に110万円に,3年目に121万円に値上がりした土地を考えてください。これを息子に対して贈与したら,息子は121万円の土地を手に入れたのですが,所得税の理解では100万円の土地を手に入れたとみなされます。

 息子が翌日に121万円で転売すれば,息子は,昨日に手に入れて今日には売却するのですから,その手元では土地は1円も値上がりしていないのですが,でも,父親の値上がり益を承継し,21万円の値上がり益が息子の元で発生したとみなしての譲渡益課税を受けることになります。これが所得税法60条の理屈です。

 つまり,「その者が引き続きこれを所有していたものとみなす」ということです。父親から息子が贈与を受けたら,息子は父親から引き続きこれを所有していたものとみなされます。つまり,父親が,100万円で購入したとの事実を息子は引き継ぐわけです。結局,21万円の値上がり益について,税務署は取りはぐれなく,所得税を課税することができるというのが所得税法59条と60条です。

★ 限定承認の場合


 所得税法59条には,「法人に対する遺贈」と「限定承認」と書いてあります。限定承認も注意すべきところなので説明しておきます。限定承認をしたときは全ての遺産を売却したとみなされます。父親が大昔に1億円で購入した土地を所有していたと想定してください。これが10億円に値上がりしているのですが,父親には10億円の借金があるので限定承認しようということになります。

 しかし,1億円で購入し,10億円に値上がりしている土地を持っている父親の相続について限定承認をすると,その段階で1億円の土地を10億円で売却したとみなされて9億円に対して譲渡所得課税が行われます。

 単純承認というのは全てを承継するので,借金が多いときには困ります。相続放棄は,全てを放棄してしまうので財産を承継できません。限定承認は,積極財産の範囲内で債務を承継すれば良いのですから,まさに優れた制度だということを民法で学習したと思うのですが,税法を理解すれば,限定承認というのはまさに劣った制度で危険な制度であることがわかるはずです。何しろ,全ての遺産を売却したものとみなしての譲渡所得課税が行われてしまうわけです。

 なぜ,そういうことになっているかというと,次のような理屈です。仮に,父親の遺産として大昔に1億円で取得し,今,10億円に値上がりしている土地があるとします。しかし,父親は10億円の借金も負担している。この10億円の土地を相続したら,これを売却して10億円の借金を返して終わりになるわけです。

 そのような処理をしましたら,その後に税務署が訪ねてきて,「あなたはお父さんから相続した土地を売却しました。この土地は,あなたが1億円で取得したとみなされるので,これを相続後に10億円で売却すれば,譲渡益9億円について所得税が貴方に課税されます」と言われたら困ります。

 相続後に相続人が売却したことによる所得だから,所得税は相続人に課税すると言われてしまうわけです。そこで,わざわざ,所得税法59条で,限定承認をしたときには,相続人ではなく,相続と同時に被相続人が売却したとみなすことにしているわけです。

 そうすると,1億円が10億円に値上がりしている土地は,相続と同時にお父さんが売ったとみなされてしまうので,それについて2億円の税金が課税されたとしても,それはお父さんの納めるべき税金であり,限定承認手続で処理されるお父さんの借金として切り捨ててしまうことが可能なのです。

 土地を売ったとみなされて課税される2億円と,借金10億円の計12億円がお父さんの債務で,財産として10億円の土地があります。土地を売り払って10億円を返せば,限定承認の効果で税金も借金も消えてしまうわけです。

 この場合は,相続人は1億円の取得価格を引き継ぎません。何しろ,10億円で売却したとみなされた土地を相続するのですから,その取得価格は10億円に増額されています。ですから,相続人が,この土地を10億円で売却しても,相続人の元に発生する譲渡所得はゼロです。そういう理屈が所得税法59条と60条に書いてあります。

★ 大学の試験問題 


 ここまでの復習をしてみましょう。次の説例について,1分間で答えを書き込んでください。私が大学で教えていたときの問題です。

┌───────────────────────────────────┐
│ Aは,取得価格1億円,相続税評価額3億円,実勢価格5億円のマンション│
│をBに贈与した。A,Bが個人の場合と,法人の場合について,各々の課税関│
│係を述べよ。                             │
│    税金名 課税金額       税金名 課税金額         │
│個人A(   )(   )から個人B(   )(   )への贈与   │
│個人A(   )(   )から法人B(   )(   )への贈与   │
│法人A(   )(   )から個人B(   )(   )への贈与   │
│法人A(   )(   )から法人B(   )(   )への贈与   │
└───────────────────────────────────┘


 個人Aから個人Bに渡したときは,渡した個人Aに対しては税金は課税されません。つまり,お父さんから皆さん方が土地をもらったとしても,お父さんには税金は課税されないわけです。所得税法60条です。その代わり,個人Bに対しては贈与税が課税されます。相続税評価額3億円で,実勢価格5億円のマンションをもらったのですから,贈与税が課税されます。これは社会の常識でわかりますね。

 相続税評価額とは何かというと,税務は通達で動いていると言いましたけれども,各税法について通達が出ています。税務六法という,模範六法並の厚さの法令集があるのですけれども,それに法律が書いてありますが,もう1冊同じ厚さのものがあり,それが通達集です。法律集と同じ厚さの通達集が出ています。その通達の中に財産評価基本通達というのがあり,有価証券についてはどう評価する,土地についてはどう評価すると書いてあります。そこで,土地については路線価で評価すると書いてあります。

 路線価の方は,全国の土地について路線価図があって,そこに路線価というのが書いてあるわけです。すべての土地の値段を税務署は付けてくれているわけです。それが平成13年10月1日からネットで見られるようになって,非常に便利になりました。その財産評価基本通達が適用されるのは相続税と贈与税だけです。事例はBに対する贈与ですから,相続税評価額が適用になり,3億円について贈与税が課税されます。

 次に個人Aから法人Bへの贈与です。これは,先ほど説明しましたように,個人Aが無償で法人に贈与したのですから,資産を時価で売却したとみなされることになります。1億円で購入した資産を5億円で売却したとみなされ,その差額の4億円を譲渡所得としての所得税課税が行われるわけです。法人Bの方はどうかというと,5億円のものをタダでもらったのだから,5億円の受贈益が生じたものと認識されます。そして,5億円について法人税が課税されることになるわけです。

 次が法人Aから個人Bに対する贈与です。法人Aには,所得税法59条は適用になりません。法人には法人税法が適用されるわけです。法人税法22条は,タダで譲渡しても税金を課税するとの条文で,時価で売却したとみなされます。法人というのは経済的合理的に行動しなければならないとの前提で法人税法は作られています。5億円で売れるものをタダで贈与するという行為は税法上は認められないわけです。5億円で売却したとみなし,差額の4億円について譲渡益課税を行います。

 もらった個人Bには所得税が課税されます。なぜ贈与なのに所得税が課税されるかというと,贈与税というのは,相続税の補完税だからです。だから,相続税法に相続税と贈与税のことが書いてあるのです。法人Aが死亡し,個人Bが相続するという事象は存在しません。ですから,ここでは相続税ではなく,5億円については所得税が課税されるわけです。

 法人Aから法人Bへの贈与は今までのまとめです。渡した法人には,5億円で売却したとみなして4億円の譲渡益についての法人税が課税されます。もらった法人Bには,5億円のものを無償でもらったのだから,5億円についての受贈益として法人税が課税されます。

 弁護士や税理士が怖がるのは,ここの課税関係です。つまり,5億円の土地を動かしただけなのに,渡した方には4億円,受け取った方には5億円についての課税が行われてしまうわけです。一つの取引について両方に課税されますのでダブルパンチ課税といわれています。節税策を実行し,これに失敗すると,元のもくあみではなく,ダブルパンチ課税が行われてしまう可能性があるのが税法の怖さです。

★ 教訓


 ここでの教訓としまして,第1として,無償での譲渡には含み益課税が行われるということです。タダであげたのだから課税されないと考えるのは間違いです。タダであげたときこそ危険なのが税法です。第2として,個人の場合は取得価格の引き継ぎが行われます。そして,第3として,資産を所有する場合は限定承認は選択できません。父親が株主代表訴訟の被告になっている場合などは困ります。父親が死亡してしまったときには,相続放棄も,単純承認も,限定承認も選べません。10億円の資産を持っているけれど,150億円の株主代表訴訟が起こされているというときでも限定承認は選べないのです。

 限定承認をすると,裁判に勝つか負けるか分からない今の段階で,10億円の資産を売却したとみなしての所得税課税が行われてしまいます。

 そして,第4として,所得税法59条と60条を理解すれば税法のプロです。ここに所得税の考え方のエキスが詰まっています。所得税法は244条まであり,いろいろなことが書いてありますが,訴訟の実務で出てくる税法は所得税法59条と60条を理解すれば4割は理解できたと思っても良いと思います。それと,第5として,相続税評価額(路線価)が使えるのは相続税と贈与税だけということは記憶しておいて下さい。所得税と法人税については路線価は使えず,実勢価格が使われることになります。

第4章 契約・消費貸借……法人税の理屈を理解してしまおう


 個人が無利息融資をしたら,どういう課税が起きるだろうかということです。判決の結論は納税者が敗訴しています。

┌───────────────────────────────────┐
│ 原告は,平成元年3月10日,N興産に対し,原告を売主,N興産を買主と│
│する指値(1株当たり1万1500円)による取引で,本件株式を野村証券,│
│日興証券,大和証券,国際証券及び日本勧業角丸証券を介して(場外取引),│
│代金総額3450億円で譲渡した。原告は,N興産に対し,本件譲渡に係る代│
│金精算日である平成元年3月15日,その買取資金3455億2177万50│
│00円を,返済期限及び利息を定めず,担保を徴することもないまま貸し付け│
│た。個人の無利息融資には認定課税は行われないはずだが。        │
└───────────────────────────────────┘


 判決の理由に入る前に,同じような形ですが,大学の試験問題に挑戦してみてください。5パーセントで1億円ですから,1年間について500万円の利益が移動するという前提で,課税関係をここに書き込んでみて下さい。

┌───────────────────────────────────┐
│ Aは,1億円を,Bに対して無利息で融資した。なお,市場金利は年5%で│
│ある。A,Bが個人の場合と,法人の場合について,各々の課税関係を述べ │
│よ。                                 │
│     税金名  課税金額     税金名  課税金額       │
│ 個人A(   )(   )から個人B(   )(   )への融資  │
│ 個人A(   )(   )から法人B(   )(   )への融資  │
│ 法人A(   )(   )から個人B(   )(   )への融資  │
│ 法人A(   )(   )から法人B(   )(   )への融資  │
└───────────────────────────────────┘


 個人Aから個人Bに対して無利息で1億円を融資したら税務署に疑われます。1億円の贈与ではないのかとの疑いですが,これが実際に貸し借りの契約だったら元本の贈与とは言われません。

 では,どのような課税関係が生じるかというと,個人Aには課税関係は生じません。Bには贈与税が課税される可能性があります。1億円を無利息で借り受ければ,年間500万円の利息相当額の利益を得ることになります。ただ,無利息融資について,利息相当の利益に贈与税が課税されるのは非常に希なことです。1,000万円ぐらいの無利息融資でしたら,5パーセントの利息として,年間で50万円の利息相当額の利得にすぎません。年110万円の贈与税の基礎控除がありますので,実際には課税されるほどの利得にならないからです。ただ,3億円を融資したなどというときには,利息相当額について課税されてしまう可能性が強いと思います。

 次に,個人Aが法人Bに無利息で融資した場合についても,貸した個人Aには何も課税されません。個人は経済的合理的に行動しなくて良いのですから,利息を取るのも取らないのも自由です。法人Bにも課税されません。でも,個人Bと比較すれば,法人Bも,1億円を無利息で借りて500万円相当の利得を得ています。なぜ,法人Bには課税されないのかというと,法人Bは,1億円を借りたら,これを銀行に預金し,あるいは1億円の借金を返済してしまいます。銀行に預金すれば,銀行から500万円の利息を受け取れるわけです。銀行から受け取った500万円を課税所得と認識し,さらに,個人Aから無利息で借り入れた利益500万円を認識したら,合計して1,000万円の利益が認識されることになってしまいます。それは500万円の利益の二重の計上です。ですから,無利息の融資を受けても,そこでは利息を認定しないわけです。その資金で借金を返済したり,預金することによって,その運用によって利益が実現するという考え方を採るからです。

 次に,法人Aが個人Bに無利息で融資した場合はどうか。法人は経済的合理的に行動しなければいけません。法人税法はそういう前提で作られています。無利息で融資するとの行動は前提にはなっていないのです。そのようなことをしたら取締役の任務懈怠にもなります。ですから,法人Aは1億円を融資して500万円の利息を受け取ったとみなされ,それが課税金額になります。500万円の利息を受け取って,その500万円を個人Bに贈与したことになります。そして,贈与したのは法人が勝手に行ったことなので,これは損金としては認めません。

 なぜ損金として認めないかというと,例えば,法人Aに1億円の利益が計上され,このままでは5,000万円の納税額になるというときに,この1億円を母校に寄付し,それを損金として計上する。このような処理を認めたら次のような収支になってしまいます。つまり,1億円の利益を獲得し,本来であれば税務署に5,000万円の税金を納めるところ,1億円を学校に寄付することにより,これが経費として認められ,結局,所得はゼロになってしまう。すると,ここでの収支計算としては,法人が5,000万円を寄付し,これとは別に税務署が5,000万円を寄付したのと同じになってしまいます。これでは,本来は税務署に入ってくる5,000万円の税金について,その勝手な処分を社長に任せたのと同じことになってしまいます。このような理由で,法人が勝手に第三者に資産を寄付しても,それを法人税法上の損金とは認めず,その寄付による支出は存在しないものとみなすことにしています。

 無利息融資を行った法人Aは,500万円の利息を受け取り,500万円の現金を個人Bに贈与したとみなされるのですが,500万円の贈与は経費としては認められず,受け取った500万円だけが課税所得を構成するとみなされます。無利息融資を受けた個人Bには,贈与税ではなく,所得税が課税されます。法人からの相続との概念は存在しませんので,法人からの給付に贈与税が課税されることはありません。

 次が法人Aから法人Bに対する融資ですが,法人Aに対しては500万円の収入について法人税が課税されます。これは説明してきた理屈です。無利息融資を受けた法人Bには課税されません。先ほどの理屈です。1億円の無利息融資を受け,それをどこかの銀行に預金して500万円の利息を受け取る。その利息が益金として計上されますので,無利息融資自体に収益を認識する必要は無いわけです。

 あるいは次のような理屈です。法人Bは,無利息融資を受けたのではなく,500万円の利息を支払っての融資を受けた。その利息は必要経費として計上することができる。その後に,融資元の法人Aから500万円を贈与してもらう。これは収益に計上される。結果として,500万円の利息の支払いと,500万円の贈与金の収益は相殺されてゼロになってしまう。つまり,無利息によって融資を受けても収益は発生しないとの理屈です。

 ここで,事例に戻りまして,原告は個人です。その個人がN興産に対して3,455億円を無利息で融資しました。3,455億円という大きな資金を動かすのですから,当然,税理士のアドバイスも受けたと思います。そして,個人Aが法人Bに無利息で融資をした場合にはどちらにも課税されないとのアドバイスを受けたと思うのです。でも,個人Aに対して利息相当額を受け取ったとみなしての課税が行われてしまいました。

 判決の理屈として登場するのは所得税法157条の同族会社の行為計算否認です。これは所得税法の条文ですが,同様の条文は,法人税法にも,相続税法にもあります。

 「税務署長は,次に掲げる法人の行為又は計算で,これを容認した場合にはその株主若しくは社員である居住者又はこれと政令で定める特殊の関係のある居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その居住者の所得税に係る更正又は決定に際し,その行為又は計算にかかわらず,税務署長の認めるところにより」所得の計算をすることができるとの条文です。

 租税法律主義を超えた条文で,最後のウルトラCの条文です。そして,この条文を使っての課税を行いました。多額の資金が無利息で融資されることはあり得ない。だから,原告の行った行為を一般の取引に置き直せば,それは利息を受け取っての融資になる。このように税務署長が認定することになったわけです。そして,原告に対して利息を受け取ったものとみなしての所得税課税が行われてしまいました。

 ここで,このような課税を行うことが租税法律主義に反するとか,違法だなどと主張するつもりはありません。税法の形式的な理屈を振り回し,3,455億円を無利息で融資するという行為そのものが間違いなのです。300万円を無利息で融資した場合に,それが税務調査で是認されたとしても,3,455億円を融資した場合に,それも是認されるかというと,これは別の話です。

 それから,大会社が行った処理が認められたからといって,それを中小企業が実行したら認められるかというのは別の話です。他人との間で取引が認められたからといって,それを自分の身内との間で行ったら認められるかというと,それも別の話。つまり,一つの法人税法に書いてある条文でも,その場面によって適用が違ってくるのが税法です。

 例えば,借りている土地を無償で地主に返還しても,そのことについて課税するとは誰も言いません。借りていた土地について,その使用の必要が無くなったら地主に返還するのは当然のことです。でも,借りている土地,つまり,借地権を息子に贈与したら,それは当然に贈与税が課税されます。

 借りている土地の底地を息子が購入し,その後に借地権を放棄し,息子に更地を取得させるとの処理をした場合も同様です。息子には贈与税が課税されます。他人間で行えば是認されることでも,身内間で行えば課税されます。税法は経済に近い法律ですから,条文を形式的に読むだけではなく,経済の実質を知る必要があります。それを知らずに,条文に書いてあるからとか,通達に書いてあるからということで,税理士さんが先走ると,それが実務で認められないことになってしまうわけです。

★ 教訓


 ここでの教訓は,第1として,法人には経済的合理的な行為が要求されるということです。つまり,無利息融資のような経済的合理性を無視した行為は前提とされていないのです。

 次が,第2として,寄付金(損金不算入)と貸倒損失(損金)の違いが重要だということです。3,000万円を請求したが,相手は2,000万円しか支払わないというときに,1,000万円を放棄するとの和解をすることが可能かとの問題です。1,000万円の損失が税法上の損金として認めてもらえるか否かが重要なのです。損金として認められれば,法人税率が50%だとして,税引き後の損失は500万円になりますが,損金として認められなければ1000万円が損失になってしまいます。

 寄付金という言葉は法人税法に出てきますが,この意味内容は贈与と同じです。寄付というのは無償の行為です。総会屋にカネを支払った場合などは,その支払いは寄付金と扱われて損金には計上できません。交際費は,寄付金とは別の概念ですが,これも損金不算入です。交際費を使っても損金として認めてくれません。

 銀行がゼネコンに対して援助するとか,債権放棄するとか,いろいろ騒いでいますが,あれは全て税金の問題です。銀行がゼネコンに対して2,000億円の債権を放棄しても,それが税法上の損金として認められれば損害は1,000億円です。債権放棄が損金として認められれば,2,000億円の損金を計上することにより,1,000億円の法人税額が助かることになるわけです。

 つまり,2,000億円の内の1,000億円は銀行が負担するけれど,残りの1,000億円は税務署が負担するのと同じになるわけです。しかし,損金として認めてくれなかったら2,000億円は,全て,銀行の負担です。仮に,この銀行が2,000億円の利益を計上しており,その状態で2,000億円の債権を放棄したのなら,課税所得はゼロになります。本来は支払うべき1,000億円の税金を納めなくて済むことになるわけです。そこで,損金として認めてくれるかどうかが,銀行が債権放棄するかどうかの判断基準になるわけです。相手の会社が倒産してしまえば,それは回収不能ですから,債権を放棄しても問題はありません。しかし,銀行のゼネコンに対する債権放棄の問題では,ゼネコンは生きている会社です。

 今までの税法の常識では,生きている会社に対して債権放棄し,これを損金として認めてもらうなどという発想は全くありませんでした。でも,今は損金として認めてくれているのです。損金として認めてくれなければ銀行は債権放棄はできません。日本の経済を救済するために税法の理屈を曲げているのが,いま現在の社会状況です。

 そして,税法には条文を超える常識があります。いろいろな業界に,その業界の常識があるように,税法にも常識があります。300万円を無利息で融資するのがokだったとしても,3,000億円を無利息で融資するのは間違いです。

 銀行のゼネコンに対する債権放棄を損金として認めたのだから,当社も子会社に対する債権放棄をして損金として認めてもらおうなんて考えても無駄です。場面場面によって適用される税法が違ってくるのが税法の難しさです。

第5章 親族・遺産分割……相続税を理解してしまおう


 ここまでの説明で,所得税,消費税,法人税を終えて,国税4法のうち,残るのは相続税と贈与税だけです。そこで遺産分割の事例を紹介してみようと思います。

┌───────────────────────────────────┐
│ 相続人らは,相続税を節税し,被相続人が築き上げたA商事グループの存続│
│を図るべく,配偶者に対する相続税額軽減規定の適用による利益を最大限に受│
│けられる内容の遺産分割協議を行い,相続税を申告した。しかし,相続人各人│
│の真意は,本件協議の内容どおりに遺産を分割する意思はなく,通謀の上,仮│
│装の合意として本件協議を成立させたにすぎない。その後,争いが生じ,遺産│
│分割協議が無効であることが民事裁判で確定した。遺産分割が無効と確認され│
│たことを理由として,仮装の取り分よりも,真実の取り分が減少する相続人 │
│が,相続税額の減額を求めて更正の請求をした。             │
└───────────────────────────────────┘


 判決の結論は,納税者の勝訴です。レジュメには相続税の計算の流れ図を書いておきました。父親が死亡し,長男,次男が遺産を相続したというときに,例えば,長男が1億円を取得したのなら,その1億円に対して税率を乗じるのがシンプルな税法です。でも,現在の相続税法は,そのようなシンプルな形式は採用していません。その理由は超過累進税率です。

 相続税にも超過累進税率が採用されていますので,例えば,父親が10億円を遺し,相続人として子供2人がいるという場合には,超過累進税率のことを考えれば,長男も5億円,次男も5億円と均等に取得するのが一番に税金を少なくする方法です。先ほど説明した税率の階段構造ですから,長男が10億円の全ての遺産を取得してしまったら,階段の上の方の高い税率が適用になってしまいます。

 それと,日本は,遺産を受け取った者に対して課税するとの遺産取得者課税を採用しています。アメリカは,逆に,死亡した者に相続税を課税する遺産者課税です。贈与税は相続税の補完税ですから,贈与税の理屈も,日本とアメリカでは逆になります。アメリカでは,財産を息子に対して贈与すると,父親に対して贈与税が課税されます。日本はもらった息子への課税です。

 この超過累進税率と,遺産取得者課税を組み合わせますと,次のような問題が生じます。つまり,父親が10億円を遺し,本当は長男が10億円の遺産の全てを取得するのだが,それでは超過累進税率の関係で相続税の計算が不利になってしまう。そこで,長男と次男が5億円ずつもらったことにして相続税の申告をする。しかし,本当は長男が10億円の遺産の全てを取得する。このようなインチキをする人たちが登場する可能性があります。

 そうしますと法律上の事実と税法上の事実が違ってしまう。登記が真実なのか否かということで,また争いが起きる。そこで,国は親切ですから,そのような紛争が起きないように,どんな遺産分割をしても税額は同じとのシステムにしました。それが相続税法の計算で次のような内容です。

 妻が2億円で,子供2人が2億円と4億円を取得する。各人の取得額を合計すると8億円です。そこから相続税の基礎控除を差し引きます。基本分が5,000万円で,それに法定相続人一人当たり1,000万円を加えた金額を差し引きます。

 そして,差し引いた残額を妻,子,子の3名の法定相続人に法定相続割合で割り振ります。その各人への割り振り額に相続税の税率を乗じるわけです。そして,相続税の合計額を計算する。この方法なら,誰が幾らを取得しても,相続税の総額に違いは生じません。要するに,各人が取得した遺産額を合計し,それを法定相続分で配分し,その配分額に税率を乗じるのですから,その段階までは,遺産分割による各人の実際の取得分などは登場しません。

 遺産を法定相続分で割り振って税率を乗じるのですから,どのような遺産分割をしても相続税の合計額は同じになります。その相続税の総額を,実際の各人の取得額に応じて配分することになります。

 その後に,各人の立場に応じた相続税の軽減を行う。つまり税額控除です。配偶者が取得した財産については,法定相続分までは一銭も相続税を課税しないということにしています。

 ここで相続税についての原則です。原則1として,遺産分割の内容にかかわらず相続税の総額は変わりません。どのような遺産分割をしても,その相続について課税される相続税の総額は同じです。原則2として,各人の相続税額は,遺産の総額と,その者の取り分によって異なります。つまり,私が最終的に1億円の遺産を取得する場合でも,遺産の総額を法定相続分に割り振り,それに超過累進税率を適用しますので,前提となる相続財産が10億円の場合と100億円の場合では税額が異なってきます。原則3として,法定相続分を相続した配偶者には相続税は課税されません。

★ 更正の請求


 さて,事例ですが,この事例を単純化すると,次のような内容です。本当は長男が全ての遺産を取得する予定だが,そのような処理をしたら配偶者の相続税額の軽減が使えない。そこで,配偶者が遺産の半分をもらったことにするとのインチキな遺産分割協議書を作成するわけです。

 遺産分割協議書を作成し,相続税の申告もしたのですけれど,それはインチキの処理だとの相続人の合意がありますので,後に他の相続人から裁判が起こされ,遺産の配分を求められれば,それに応じなければならないわけです。長男は最高裁まで争ったのですが,結局,敗訴しています。

 そこで,長男は,インチキの段階では,例えば,10億円をもらうことになっていたが,訴訟の結果,真実の遺産分割をして6億円しかもらえないことになったので,税務署に対し,差額の4億円相当について相続税額を返還して欲しいと請求したわけです。

 それが国税通則法23条による更正の請求です。税金というのは,納税者が申告書を提出することによって確定してしまいます。その申告が間違っていたというときには,税額を増額する場合は自主的に修正申告書を提出すれば良いのですが,減額は納税者が勝手に行うことはできません。国に対して税額を減額して欲しいとの更正の請求をするわけです。

 そして,その場合に適用されるのが国税通則法23条です。国税通則法23条1項では,通常の計算間違いなどの場合の更正の請求を定めています。これは法定申告期限から1年内に限って請求できます。そして,2項は,申告後に生じた後発的な事由を原因とする更正の請求について定めています。その中に,「その申告,更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決」があり,「その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」は更正の請求が可能との条文があります。

 事例には,この条文が適用されます。最初はインチキな遺産分割をしたのですが,それが相続人間の争いとして最高裁までいき,判決でインチキだということが確認されたわけです。ですから,判決により,「その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」に該当するとの理由で更正の請求をしたわけです。この請求について,第一審裁判所は納税者の請求を認めました。

 でも,これは間違いです。というのは,例えば,借地権が存在するという前提で相続税を申告したが,その後の訴訟で借地権が存在しないことが確認されたという場合なら,相続税について更正の請求が認められても当然です。しかし,事例は,相続人の全員がインチキであることを承知の上で相続税を申告したのです。つまり,相続税額の計算間違いと同じことです。計算間違いをしてしまったときは,国税通則法23条1項が適用になります。つまり,「法定申告期限から1年以内に限」って更正の請求ができることになっているわけです。計算間違いがあったときにも,2年も3年も更正の請求ができることになったら,国の税収が何時になっても確定しないことになってしまいます。ですから,計算間違いがあったときは,法定申告期限から1年以内に更正の請求をしなさいとの構造になっているわけです。

 計算間違いではなく,相続税の計算の基礎とした事実と異なることが判決によって確認された場合は,その判決が確定したときから2か月以内は更正の請求を認めるとのシステムです。インチキの遺産分割に基づく相続税の申告がどちらに該当するのか。第一審は,インチキの場合も,その事実が判決によって確定した場合は2項で良いと判断しました。しかし,高裁は2項は適用にならないと判断したわけです。真実と違うインチキであることを相続人の全員が知っていたのだから,それは判決によって「その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」には該当しないとの判断です。これは単純な計算間違いと同じだとの理屈です。そのような場合は1年以内の更正の請求が必要だが,既に1年を経過してしまっているからダメだとの判決です。

★ 教訓


 ここでの教訓です。第1として,相続税(と贈与税)は遺産取得者課税です。第2として,相続税(と贈与税)が課税されるのは個人だけです。法人が遺産を遺贈によって取得しても相続税は課税されません。この場合に課税されるのは法人税です。第3として,国税通則法23条と,相続税法32条が,相続税についての更正の請求の根拠です。

第6章 相続・法人への遺贈……さて,理解はどの程度でしょうか。


 いままでの説明を全てまとめた事例を準備してみました。どの程度の理解かを再確認してください。そして,課税関係が分からなくなったときに,この事例を思い出して下さい。全ての課税関係が取り込まれています。

┌───────────────────────────────────┐
│ Aの遺産は,長男が経営するビル管理会社に貸し付けているビルの敷地で,│
│その相続税評価額は7000万円。Aは,この敷地を管理会社に遺贈すること│
│にした。ところが遺贈後に,他の相続人から管理会社に対する遺留分減殺請求│
│があり,管理会社は翌年度に3000万円の価額弁償をした。       │
└───────────────────────────────────┘

★ 5個の失敗


 この遺贈によって幾つものミスが発生しました。ここで1分間で考えて欲しいのですが,時間の関係がありますので,先に話を進めます。

 まず,7,000万円程度の遺産ですから,何もしなければ相続税は課税されませんでした。相続税の基礎控除5,000万円があり,法定相続一人当たり1,000万円の控除もあります。仮に,子供が2人いれば7,000万円の控除になります。

 でも,法人に対して遺産を遺贈してしまったのです。先ほどの説明では,遺贈も譲渡です。そして,法人に対して資産を譲渡したときには,譲渡した者に対して所得税が課税されるということになっていました。大学の試験問題として紹介した課税関係です。

 次に,法人に対して遺産が遺贈されたときは,もらった法人に対しては相続税は課税されません。相続税が課税されるのは赤い血が流れている自然人だけです。緑の血が流れている法人には相続税は課税されません。もらった法人には法人税が課税されます。

 ここまでで,渡した被相続人には譲渡所得の課税問題が生じ,受け取った法人には法人税が課税されるとの結論になりますが,その課税価格について,時価よりも低廉な相続税評価額が使えないのが第3番目の問題です。土地の相続税評価額は,路線価格といいますが,これは実勢価格の8掛けといわれています。事例は相続税評価額7,000万円の遺産ですから,実勢価格は1億円程度。この1億円に対して,譲渡所得課税が行われ,法人には受贈益課税がおこなわれてしまうわけです。

 法人には1億円相当の土地の遺贈を受けたとの理由で法人税が課税されてしまいました。その利益について5,000万円の法人税を納めることになったわけです。しかし,相続人から遺留分減殺請求されてしまい,翌年には3,000万円を価額弁償金として支払いました。ですから,法人が手に入れたのは7,000万円だけです。したがって,1億円に対して課税された法人税のうち,3000万円分は返して貰う必要があります。

 しかし,返還には応じられないというのが税法の理屈です。1億円を受け取ったのは昨年度であり,3,000万円を返還したのは今年です。法人税は期間損益計算を行います。昨年の1億円の受贈益は昨年の利益であり,今年の3,000万円の返還は今年の損金だとの理屈です。今年に3,000万円を超える別の利益があれば,その利益と返還損失を相殺することが可能ですが,そのような利益がなければ,3,000万円の損失を相殺することもできません。これが期間損益計算の理屈です。

★ 教訓


 ここでの教訓として,税法のミスは取り返しがつかないということを理解してください。

第7章 税法の位置


 弁護士が処理しているのは,損益計算書の中間集計の項目です。損益計算書には,まず,一番上に売上があります。そこから,仕入れを引いて売上総利益が計算されます。さらに,一般管理費を差し引いて営業利益を算出し,そこから利息などを差し引くと経常利益が算出されます。弁護士が戦っているのは,この経常利益段階の概念です。

 売掛金1,000万円の回収というときに,訴額は1,000万円だと思っています。でも,1,000万円が回収できなくても,それが損金に計上できれば,法人税額は500万円だけ減少します。つまり,税引き前利益では1,000万円の売掛金請求訴訟も,税引き後の所得で考えれば500万円の問題なのです。

 例えば,取引先が民事再生や会社更生を申し立てた場合に,仮に,1億円の債権があるという場合の一番簡単な処理方法は,極端に言い切ってしまえば,債権届出をしないことなのです。1億円の全額が貸倒損失として損金に計上されてしまいます。そうしたら,今年の税金が5,000万円だけ少なくなるわけです。1億円の内の5,000万円が回収できてしまうわけです。

 しかし,債権届出をしてしまったら,原則として半額までしか損金には計上できません。貸倒引当金の計上です。そして,更生計画が3年後に確定し,その後に分割弁済を受けるなどの処理なら,もちろん事案にもよりますが,利息などを考えると,債権届出をせずに,今年に5,000万円を節税した方が有利かもしれません。

 融資金100万円を放棄したという場合は,銀行は,貸倒れに計上できるか否かで100万円の損失か50万円の損失かが決まるわけです。交際費100万円を支出したという場合には,日本の税法は交際費を損金として認めませんから,200万円を儲けなければいけません。200万円を儲けて,100万円の法人税を納め,残りの100万円を交際費として支出することになるわけです。

 弁護士に対して100万円を支払った場合も,それが医者の離婚訴訟の場合なら,100万円の着手金を支払うために200万円を稼がなければならない。200万円を稼いで,100万円の税金を納め,その残りの100万円を弁護士に支払うわけです。でも,医者が賃貸ビルの管理のトラブルのために弁護士に100万円を支払う場合なら,着手金は経費に計上されますので,医者が負担するのは50万円で済むわけです。

 弁護士がパソコンを購入する場合は,20万円のパソコンを購入しても,減価償却費として経費に計上できますので,最終的には10万円の節税になり,弁護士が負担する実パソコン代金は10万円ということになるわけです。例えば,職員さんと一緒にうなぎを食べに行き,1万円のうなぎを食べても弁護士が負担するのは5,000円です。だから,職員さんとの忘年会はマキシムだったり,四谷のミクニだったり。でも,妻と食事に行くのはくるくる寿司です。それが税法専門弁護士の発想の仕方です。

★ 税法は民主主義の基本


 最後ですが,税法は民主主義の基本だということを説明させてください。フランス革命のときには,第1身分,第2身分,第3身分に分けて,第2身分の貴族にも税金を課税するとの問題が生じました。そこで紛争が生じたのですが,テニスコートの誓いなどの経過を経て革命までに至った。アメリカで独立戦争が起きたのは,紅茶にまで課税するとのイギリスの政策に対する反乱です。ボストン茶会事件を切っ掛けに革命が起きました。

 では,日本では税法が原因になった歴史の変革があったでしょうか。意識はされていませんが,税法が歴史を作っているとの経緯は,フランスやアメリカの場合と同様だと思います。将軍家が大政奉還として,なぜ,日本の管理監督権を天皇に返上しなければならなかったのか。この理由は,多分税法ではないかと思います。というのは,徳川家が日本を支配したときには,五公五民といわれる税法がありました。農業生産物から五公五民で取り上げたわけです。江戸幕府の始めには,日本のGDPの8割が農業生産物と考えれば,この5割,つまり,日本のGDPの4割を政府が取り上げることができたわけです。

 ところが,江戸時代が続き,商業経済が発展し,日本のGDPに占める農業生産物の割合が,6割ぐらいにまで落ちてしまった。そうすると,五公五民で取り上げても,日本のGDPの3割しか政府は取り上げることができません。これが政府の財政を破綻させてしまったのです。ですから,江戸時代についての歴史小説を読みますと,最初のころは武士が戦いのヒーローでしたが,後期では,藩の財政を建て直した家老がヒーローになっている小説になるわけです。農業生産物にだけ課税する税制では,武士社会は経済的に成り立たなくなっていたのです。

 ですから,明治政府はすぐに税制に手を付けて,年貢を廃止し,金納,つまり,お金で税金を納付させることにしたわけです。物納では,豊作の年度には米の値段が下がってしまって財政が維持できない。そこで,お金で税金を納めさせることにしたのですが,しかし,その税制も,地券を発行して土地に課税するとの農家に頼る税金でした。そのような財政の不確実性が戦争に突き進む歴史の原因の一つだと想像します。

 そして,戦争が終わった後に所得税が本格的に導入されました。所得税は,農業だけではなく,工業にも,商業にも課税します。儲けの多い人達から税金が取れるようになり,日本の高度成長時代が到来しました。高度経済成長は,さらなる税収を生みます。

 歴史の主人公として大きな役割を果たしているのが税法ですが,でも,日本にはタックスペイヤーの思想が,残念ながら存在しません。米国では2億4,000万人の国民がいて,その内の1億2,500万人が所得税を申告しています。でも,日本には1億2,000万人の国民がいるのに192万人しか所得税の申告をしていません。皆さん方にも所得があるのに所得税の申告をしない。つまり,雇い主の年末調整で処理されてしまうのです。これは優れた日本のシステムです。すごく良くできたシステムで,皆さんに意識させずに税金をむしり取るシステムが出来上がっているわけです。

 さらに税法と私法の関係について触れれば,税法の理解を深めることによって,民法の理解も深まります。例えば,遺留分減殺請求というのはどういうものなのか。民法上は,遺留分減殺請求をしたら,即,共有になるといっています。さきほどの話は違っていました。最高裁の判例ですが,法人が遺贈を受け,その後に遺留分減殺請求をされた。納税者である法人は,遺留分減殺請求によって,即,共有になると主張したのです。共有になるのなら,法人が受けた利益は1億円ではなく,共有持分に応じた7,000万円です。しかし,この主張は認められませんでした。最高裁は,1億円は遺贈を受けた年度での益金であり,3,000万円は価額弁償を行った年度の損金だと判断したのです。そうであるならば,民法理論と税法理論が異なることになってしまいます。

 たとえば,遺産分割のやり直しについて,最高裁は,合意のやり直しはokだとしています。では,税法上はどうかというと,遺産分割のやり直しは一切ダメとの取り扱いです。民法では,当事者の全員が合意すれば,公序良俗に違反しない限りは,何をやってもokです。でも,税法では,遺産分割によって財産の帰属が確定しているのだから,それをやり直すのは,確定した財産の帰属を移動する行為であり,したがって,譲渡だというのです。

 つまり,民法理論だけだと,なあなあで済んでしまうのが,税法ということで,税務署長が登場すると,なあなあでは済まなくなってしまう。厳格な法律的な理解が必要になるのです。調停の場,和解の場には,原告,被告と,調停委員,裁判官のほかに税務署長が座っていると考えて処理しなければならない。これが裁判実務における税法だと思います。

 早口なので御理解いただけなかった箇所も多いと思いますが,居眠りが出ないことを目的に中身を濃く話を進めさせていただきました。以上でございます。

(司会者)関根先生の30年に及ぶ軌跡を80分に凝縮してお話しいただきまして,私も大変勉強になりました。どうもありがとうございました。

      ───────── 拍   手─────────      

                                以  上