東京地裁平成16年10月18日判決(平13(ワ)1452号)

 判例マスター 判例雑誌は、現段階では未掲載

 原告の主張の抜粋

 税理士には専門家として高度の注意義務が要求され、一般人が税理士に会計帳簿の記帳代行業務を委任する際には、委任者の利益のために、帳票書類、仕訳帳、そこから作成される元帳から読み取れる一切の事情が報告されることを期待している。この点、Aは、毎月原告の事務所に赴き、預金通帳、領収証、入出金伝票を見ながらコンピュータにデータの入力を行って、Bの横領が明らかな書類の数々を見ているのであるから、Bの横領の事実を被告は容易に知り得たはずであり、少なくとも横領の蓋然性がかなり高いことは覚知できた。被告は、税理士顧問契約に基づいて善管注意義務をもって記帳代行業務を行っているのであるから、Bの横領により原告の財産が著しく減少していること又はその蓋然性が高いことを、原告に報告すべき義務があった。
 ところが、被告はこの義務を怠り、原告にそのような事実を報告せず、Bの横領の事実を知る機会を与えなかった。

 被告の主張の抜粋

 税務に関する顧問契約を締結しているにすぎない被告には、原告の現金を管理する権限も義務もないし、原告の従業員の横領行為を発見し、あるいはそれを未然に防ぐべき義務もない。何人かによる横領が行われることを未然に防ぐ義務があるのは原告自身であり、横領行為が行われた場合にそれをいち早く発見し、適切な処置を取る義務があるのも原告自身である。

 税理士は、監査役でも会計監査人でもないのであって、事実としての会社財産の変動を税務処理するのみである。会社が会計監査人を選任していない場合でも、会社は取締役、監査役による会計監査で会社自らの責任を全うするのであり、税理士の業務に変わりはない。もし税理士に会計監査類似の業務を期待するのであれば、コンサルタント契約のような特別な契約が必要であるが、本件ではそのような契約もない。

 税理士が会計帳簿などの記帳を代行する際に、帳票書類などを税理士に提出する義務があるのは会社そのものであり、その帳票書類などの適否や当否に関して一次的に責任を負うのも会社そのものである。税理士としては、会社から帳票書類などの提出があった場合、それらは一応会社の適正な経理に関するものであるという推定を認めて差し支えないというべきであり、それらすべてを税務処理をする前提として記帳することに問題はない。税理士には、会社から提出された帳票書類などについて、その適否や横領の可能性を調査する権限も義務もない。

 裁判所の判断の抜粋

 被告は原告との間で、会計監査のような業務も行うといった特別の約定はしていない。また、上記(2)のように、Aに示された領収証などからはBが横領行為をしていることが一見して明らかであるとはいえないから、被告の履行補助者であるAが、会計監査を行うかのように、これらの領収証などの内容について調査をする義務はないし、横領の蓋然性について原告に報告する義務もない。

 したがって、被告には、Bの横領に関して税理士顧問契約上の義務違反は認められない。

 岐阜地裁大垣支部昭和61年11月28日判決

 判例時報1243号113頁

 原告の主張の抜粋

 被告らは、昭和54年度決算の確定申告にあたり訴外鈴市商店および同出来鉄工所からの商品前受金3661万1065円を売上金として計上したため法人税および地方税として金2206万9020円を納付したが、被告らが原告の経理係に適切に指示し、これを前受金として処理しておれば、右納付義務はなかった筈であり、従って原告は、右税を納付した昭和55年4月30日の翌日から前記還付金を受けるに至った昭和57年6月30日まで同金額を利用し得なかったことになり、この間の同金額について年1割の割合の通常金利による損害金474万4839円の損害を蒙っている。

 裁判所の判断の抜粋

 更に税理士は税理士法に照らしても、本来依頼者の会計帳簿に基づいて所轄の税務署に対する税務申告を代行するについて受任関係に立つことをもって足り、またそれを超えることは許容されるものでなく、そうとすると税理士は依頼者の租税に関してあらゆる有利を計らなければならない準委任上の義務を負うものでなく、依頼された個別的な申告手続代行についてのみ善良な管理者としての注意義務を負うに過ぎないものと言うべきである。

 更に原告は、昭和54年度の確定申告上の事務処理の不当性を挙げるけれども、税理士は、本来所与の会計帳簿に依拠して申告手続をなすべきものであり、会計帳簿上の記載を調整するのは会計士のなすべきことであって、税理士の義務権限の外にあり、原告の会計帳簿上売上金を前受金として処理することが税理業務を行う被告渡辺の義務であるとは到底理解し難い。
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