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感染リスクが最も高い危険な行動は、ウイルスを吸い込むことです。吸い込まれたウイルスが上気道に感染するといわゆる風邪に似た症状となり、肺を含む下気道に達すると重症化します。
同程度の少量のウイルスがいたとして、手を介して粘膜にたどり着くウイルスは極めてわずかな一方、呼吸で吸い込めば多くが鼻の奥や気道へとやすやすと入り込みます。それを媒介するのが大きな意味での飛沫、つまり患者が呼吸や咳、くしゃみなどをした時に出る液滴です。
新型コロナウイルスは、呼吸器粘膜で増殖します。
気道(鼻、喉、気管、気管支、細気管支)の粘膜の表面は、つねに浸出液と呼ばれる気道細胞由来の液に覆われているのですが、感染した人の浸出液には、感染した気道粘膜細胞から出たウイルスが含まれています。そこを通る空気の流れによって、ウイルスを含んだ浸出液がちぎれ、大小さまざまなサイズの液滴(広義の「飛沫」)となって体外へ排出されるのです。
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このような、空中を漂う広義の飛沫と飛沫核を、まとめて「エアロゾル」と呼びます。専門的な定義では、「気体とその気体中に浮遊する、固体もしくは液体の粒子」がエアロゾルとされています。乾燥しているか、水分を含んでいるかは、関係ありません。空中に浮かぶ粒子は、すべてエアロゾルです。
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湿度が高い場合、粒子の乾燥が遅くなり、粒子の径が大きなままになります。その状態で吸い込んでも付着するのは鼻腔の粘膜であり、鼻腔でとどまっていれば鼻風邪程度の症状で済むことが多くなります。
ところが小さい場合には空気に乗って粒子が広く拡散し、さらには、吸った息とともにそのまま気管支や肺といった下気道まで到達し、発症とほぼ同時にいきなり重症化するということが起きやすくなります。
その意味で冬は、湿度が低く小さなエアロゾルが空中を漂い続けるうえ、暖房のために閉め切るので換気が悪い場合が多く、流行の規模が大きくなりやすいのです。また下気道感染のリスクが高くなります。だから、冬になると重症患者が多く出やすくなり、要注意なのです。
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放物線軌道で落ちる大飛沫は、コンマ何秒という短時間で重力落下します。これを吸い込もうと思ったら、真空掃除機並みの吸引力が必要です。しかも鼻の穴は下を向いています。放物線軌道では鼻腔に入ってきようがありません。大きな飛沫による感染のリスクが、極めて低いことを理解してもらいたいものです。
いずれにしても、通常の生活でマスクをしていれば、大きな飛沫はマスクで簡単にブロックされ、鼻やロの中に入るリスクはまずありません。飛沫による感染を防こうとパーティションやビニールカーテンで空間を区切っても、ほとんど意味がありません。
くり返しますが、大きな飛沫は、実際の私達の生活上では、それほどリスクが高くないのです。
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感染が最も起きやすいのは、空中に浮遊するエアロゾルだと考えて間違いありません。
2mのソーシャルディスタンシングというのは、放物線軌道で落下する大飛沫の届く距離のように説明されていますが、本当はそうではなく、感染者が空気中に吐き出すウイルスが、空気に乗って運ばれ、広がることで、吸い込まれることがないほど希釈される距離と理解してください。
2m離れていれば安全というわけではありませんが、その間に十分希釈はされます。密を避け2m以上離れることで、感染の可能性は格段に下がります。
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例えば感染症の専門家ではあっても細菌の感染症だったり、ウイルスだとしても呼吸器系ではなく血液のウイルスの専門家だったりという人が、「新型コロナの専門家」としてテレビの画面に登場します。
物理学者のニールス・ボーアの言葉に「専門家とは、非常に狭い分野で、ありとあらゆる失敗を重ねてきた人間のことである」というのがありますが、私は今の新型コロナの状況下では、皮肉を込めて引用したいと思っています。
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私も学生時代に習ったのを覚えていますが、「外科医の手洗い」と言ってたっぷり時間をかけて腕から指先の隅々まで洗うやり方がありました。手術でメスを入れた人体の中に手を突っ込んだ時に、万が一、手袋が破れても患者を感染させないように行われてきたことです。
日常生活では、私達はそこまでする必要はありません。手にウイルスがついたとしてもごくわずかであり、そんなウイルスは、簡単に流水で洗えば流せます。
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ノロウイルスなら、吐潟物が乾いて舞い上がり、そこから感染することはあります。ノロウイルスは吐潟物で感染が広がることが知られており、胃酸には強いと考えられます。そこがインフルエンザウイルスと違うところです。インフルエンザウイルスは酸に弱く、胃酸により死んでしまいます。
こうしたことを考えずに、床などの環境表面を必死になって消毒するのは、ムダでしかありません。
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抗体検査は、「過去に新型コロナに感染したことがあるかどうか」を調べる検査です。新型コロナウイルスが体内に侵入すると、体がそれに対する免疫反応を起こし抗体を作ります。それがあるかどうかを調べる検査です。基本的に過去の感染の有無を調べるだけの検査で、検査時点でのウイルスへの感染の有無を見るわけではないことに注意が必要です。
抗原検査は、採取した検体の中にウイルスのタンパク質(抗原)があるかどうかを調べる検査で、抗原を見つけるために、これと結びつく性質を持った抗体を反応させて調べます。これもベッドサイドで使える短冊形の簡易キットと大型の精密機器を用いる方法がありますが、ここでは、前者についてお話しします。