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 20年5月の大型連休中にK防疫と人権をめぐる問題が再び持ちあがった。
 ソウルの繁華街、梨泰院で、一晩でクラブなど5軒をはしごした男性が新型コロナに感染した。当局は直ちに感染封じ込めに動いたが、連絡を試みた約5000人のうち3000人以上と連絡がとれなかった。感染の舞台は性的少数者(LGBT)が集うクラブで、虚偽の電話番号が記されていたことが主な原因だった。焦りを深めた当局は携帯電話の基地局の通信記録からクラブ周辺にいた人々の電話番号を割り出し、本人に連絡して検査を促した。5月15日までに4万人を超える検査を実施、153人の感染を確認したが、この件を機に韓国では性的少数者への風当たりが強まった。徹底した接触者追跡システムは人権への配慮という課題を浮き彫りにした。

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 2012年2月、フロリダ州オーランド郊外の住宅地で、17歳の黒人少年トレイボン・マーテインが白人男性ジョージ・ジマーマンに射殺されるという事件が起きた。加害者は警察に「相手が襲ってきたので、やむなく撃ち返した」と説明し、正当防衛が認められて、逮捕されることなく放免された。
 だが、メディアが聞き込みをすると、ジマーマンの言い分はほぼすべて否定された。父親の婚約者の家に遊びに来ていたマーティンは近くのコンビニに買い物に出た。銃はおろか、武器になりそうなものは全く持っていなかった。ジマーマンの方が追いかけてきて撃ったのだ。
 さらに、自警団長を称していたジマーマンは住宅地に有色人種が現れると、いつも追い回していたことがわかった。黒人の若者がよく着るフーディー(防寒用のフードが付いたスエット。日本ではパーカーと呼ばれることが多い)を目の敵にしていて、この日も警察に「フーディーがうろついている」と通報し、さらに自分で尾行していた。

 だが、刑事裁判でジマーマンは無罪となった。銃が簡単に手に入る米国では、怪しい人に出会った場合、先に撃たなければ撃たれるかもしれない。相手がポケットに手を入れたので銃を出すのかもと思って撃った、で無罪になることはよくある。そして、この事件においては犯行現場近くの住民の多くが「フーディーを着ている奴を撃つのは当然だ」として、ジマーマンを擁護した。フードを目深にかぶると、相手に顔を見られにくいフーディーは強盗・窃盗犯の定番の服装だからだ。

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 米国民の間では、中国人特有の風土病が持ち込まれたとの見方が広がった。27日に感染者が見つかったアリゾナ州の州立大学では、キャンパスからアジア系学生を排斥する運動が始まった。トランプは記者会見で「意地の悪い言葉が浴びせられているようだ。全く気に入らない。そうしたことは起きないようにする」と訴えた。のちのトランプの振る舞いとは違い、冷静な対応だった。

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 エバーズは民主党である。一方、州議会は共和党が多数党だったので、ただちに郵便投票は絶対に認めないと決議した。政敵の言うことは何であれ拒むものだが、共和党の猛反発にはもうひとつ理由があった。共和党の支持者のほとんどは白人であり、経済的には中産階級以上の人が多い。教会に熱心に通うし、投票にも比較的行く。他方、民主党の支持者は有色人種が多く、白人の場合でもアイルランド系やイタリア系のような少数派だ。貧困層のほとんどは日払いで働く非正規雇用であり、投票日が平日である選挙に仕事を休んで行く余裕がなく、投票率は共和党支持者よりおおむね10〜20ポイントも低い。

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 3月下旬の感染率は全米平均の5倍、全米の死亡者数の25%がニューヨーク市内だった。区ごとにみると、イタリア系などが多いクイーンズ区が最も多く、黒人が中心のブロンクス区が2番目だった。欧州で最も大きな被害を出していたイタリアとの往来が影響したことが読み取れる。

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 中国のネット通販を制覇したアリババが米国でも成功するには“いい人”になることが必要だ。ネッツ買収もコロナ救済もそうした思惑があるのだろうが、いずれにせよ、中国からただちに空輸されてきた人工呼吸器1000台、医療用マスク100万個、医療用ゴーグル10万個は医療崩壊を起こしていたニューヨークには救いとなった。クオモは「目に見える効果がある」と中国をたたえた。

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 大統領選において、二大政党の候補の支持率はメディアを席巻する党大会のある週は上昇し、すぎると下がるという傾向があるのだが、バイデンの支持率は党大会の前後、ほとんど変動しなかった。バイデンが勝ったことで、この党大会の運営は成功とされているが、選挙運動を自粛し、オンラインだけに頼るやり方にはやはり限界があったと見る方が妥当だろう。4月以降、全く人前に出なくなったバイデンのことを、トランプは「地下室のジョー」と椰楡した。

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 最後に、米国で近年、勢いを増しているリバタリアニズムに触れておこう。「小さな政府」を好むという意味では共和党と同じだが、同性婚やマリフアナを許容する点は民主党と重なる。基本的には「押しつけ」を嫌う考え方だ。自分のことは自分で決めるし、他人にとやかく言われたくない。他入を助けないが、自分も援助を求めない。

 マスク着用を義務付けたにもかかわらず、コロナが収束しないことに業を煮やしたバイデンは2021年2月24日、マスク2500万枚を全米に無料配布すると発表した。米国版アベノマスクである。ここまでされても米国民は着用しないのか。マスクは、リバタリアニズムの高まり具合を測るメルクマールにもなりそうだ。