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 免疫らしい免疫以前、昆虫とか軟体動物というのは、我々が通常「免疫」と言っているようなものはない。ないにもかかわらず、八千万種という種がちゃんと生き延びています。なぜか?

 蛆虫、みなさんウジムシ、「汚い!」と思ってますね。でもウジムシの体の中なんてとってもキレイです。ほんと無菌的ですよ。昆虫の体の中は無菌的。細菌のウヨウヨいる環境の中で、自分を守る働きを持っているんです。どういう形の反応かといいますと、一種の毒物をつくるんですね。動物レクチンといいまして、ある形の多糖類があるときに、これにこう、ひっついて、ひっつくと同時にある種の毒性を発揮して細菌を殺したり融かしたりしてしまう。

 植物にも同じように、レクチンあります。植物レクチンですね。最近、バリ島でコレラが流行ったとかいいますが、例えば果物、ちゃんと皮をむいて中だけ食べたら大丈夫。植物レクチンがあるからですね。レクチンだけでなくリゾチームとか、いろんな酵素もあります。さまざまな防御物質があるんですけど、一番はっきりしているのは、レクチンと呼ばれる一種の細胞毒。そういう点では植物と昆虫は非常によく似た防御システムを使ってます。

 このレクチンは「抗体」なんていう上等なものじゃなくて、一つ一つ区別したり記憶したりしない。単純にいろんなものとはりつく性質を持っているたんぱく質です。ただし、自分だけは、自分のつくった毒物に対して抵抗性を持っているんですね。

 フグはどうしてフグ毒にあたらないんだ?っていう話がありますが、自分だけは毒に対して抵抗性がある。

 それから、貝、軟体動物、こういう動物がうまく生きていけるのは、まず体の表面にかなりはっきりした膜を持っている。その膜を突破して入ってきたものに対しては、ある種の毒性を持った物質をまんべんなく働かせて排除する。ただし、この場合も自分がその毒で中毒はしないようなメカニズムになってるんです。

 これはだから、非常に使い道がありますね。こういう物質を上手に抗癌剤みたいなものに利用できないか、というような研究も始まったみたいです。ですから、原始的な免疫の反応もなかなか大事なんですね。

 じゃあ、なぜ脊椎動物だけが、複雑で煩瑣な免疫系が必要だったのか?根本的にはどうしてなのかわからない。しかし明らかに、高度に進化した動物ほど、複雑化してます。何か複雑化しなければいけない理由があったのかもしれませんね。例えば「長生きする」というのがありますね。昆虫は長生きする必要ありません。ある一定の期間だけ命を守っていれば、種は残せるわけですね。

 脊椎動物でも、進化のそれほど進んでない動物、たとえば土の中で虫なんか喰べて生きているトガリネズミなんか、あまり長生きする必要がない。生殖で子孫を残したら、すぐに死んでもいい。そういう動物には、複雑な免疫細胞は必要ない。

 長生きをするというのは、環境に長い間適応していなければならない。このために複雑な免疫系が発達したのではないか?と一般には考えられています。

 それからもう一つは、これは私自身の考えなんですけれども、こういうふうにして免疫系とか脳とかというのは、だんだん発達して非常に高度なものをつくっていく、だんだん精密に物を識別したり、そしてその識別したものを情報処理するようなシステムができてくるというふうにして発達してきたわけですけれども、私の考えでは、これは目的を失って、自己目的的に複雑化しちゃったんじゃないか?という気がする。

 今の免疫系が、最も高度で能率的かというと、必ずしもそうじゃない。私は、こういう自分で自分をつくり出していって、自分で自分の運命を決めるようなシステムを、超システムと呼んでるんですが、この超システムというのはシステム自体が自己目的化しているんです。

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 なるほど、たしかに免疫系は「自分」だな、と私は思いますね。言葉は通じないが、実に自分ですよ。冗長で複雑で、一筋縄ではいかない。私は人間が何かを考えるのは面白いからだと考えてる人間ですが、それじゃ面白いとは何かというと、自分が何かを「学習」した、その「学習のしくみ」を「学習」することが「面白い」。私の用語でいうと、「面白い」とは「メタ学習」であるという理屈なんです。「自己目的的」的ですよね、これはホントに。