P65

 ウイルスが宿主を殺しながら広がるように、ジュール・ベルヌの小説を出版した出版社は買収されてなくなり、ヒトラーの野望は潰え、フルシチョフは失脚し、冷戦は終わり、ソ連は崩壊した。だが宇宙へのイマジネーションは生き残った。そして現代では民間企業が宇宙開発の主役になろうとしている。イマジネーションは、今度は資本主義というシステムに寄生し、さらなる高みを目指しているのである。

 経済的・政治的な欲や野望や功名心は、短期的に見れば大きな力を持っているが、所詮は個人に帰属するものでしかない。人はやがて死ぬ。死ねばその人の欲も野望も功名心もこの宇宙から消えてなくなる。そして人のたった80年の一生とは、宇宙の時間からすれば流れ星のように停い一瞬の閃きでしかない。一人の個人がその間にできることなど、せいぜい最も小さい太陽黒点よりも小さな帝国を築いて有頂天になったり、いくばくかの富を集めて刹那的な満足に浸ったりする程度である。

 星から星へと旅をするような大事業は長い時間がかかる。地球から月に行くだけで100年かかったのだ。人類――あるいは人類の子孫たる種――が太陽系、他の恒星系、そして銀河系の果てまで進出するためには、何千年、何万年、もしかしたら何億年の時間が必要かもしれない。それを実現できるのはイマジネーションだけだ。人から人へ、世代から世代へと感染していく力があるからだ。国籍や、人種や、宗教や、イデオロギーにかかわらず万人に共有されうるものだからだ。幾人の億万長者が死に、いくつのグローバル企業が消え、幾人の独裁者が艶れ、いくつの超大国が崩壊し、時代が変わり、文化が変わり、思想が変わり、価値観が変わり、いくつの川が乾き、いくつの野が焼け、いくつの山が崩れ、陸が海となり、海が陸となっても、人が存在する限り、夜空を見上げて遠くを夢見る心は決してなくならないからだ。

 ジュール・ベルヌはこんな言葉を残したと言われている。
 「人が想像できることは、すべて実現できる。」

 P81

 なぜ、ハウボルトは折れなかったのだろうか?全員を敵に回し、自らの評価とキャリアをリスクに晒し、お偉いさんに罵言を浴びせられてもなお、なぜ彼は月軌道ランデブーを諦めなかったのだろうか?同僚の忠告に耳を傾け、それに従う方がよほど楽だったのではなかろうか? 頑固なハウボルトはそんなことは微塵も思わなかったに違いない。彼はこう言い捨てた。
 「奴らは思っていた通りのアホだ。」
 そして月軌道ランデブーの研究を続けたのだった。

 P103

 ジョン・ハウボルトは月着陸の瞬間をヒューストンのVIP室で見ていた。部屋は歓喜に沸いていた。VIPたちがなりふり構わず飛び上がり、手を叩き、叫び、涙して喜んでいた。この無名の技術者が頑固に月軌道ランデブー・モードを押し通さなければ、1960年代の月着陸は不可能だっただろう。しかし、それを知っているVIPは、果たして部屋の中にいただろうか?そもそもハウボルトの名すら、知っている人はいたのだろうか?
 一人、いた。
 フォン・ブラウンだった。
 フォン・ブラウンがどうしてハウボルトを知ったのかはわからない。彼は巨大なエゴの持ち主だったが、ドイツ貴族の生まれのためか、礼儀や義理を重んじる人でもあった。そしてハウボルトは間違いなくフォン・ブラウンの幼少からの夢を叶えた恩人だった。
 イーグルが着陸した後、ハウボルトの前に座っていたフォン・ブラウンは振り返り、一言こう言った。
 「ジョン、ありがとう。」

 P105

 月に着陸することはおろか、無人探査機を月にただ衝突させることすら六回連続で失敗していた時代。GPSなどなく、地球上の船すら灯台の光に頼って航海していた時代。38万q離れた月の軌道上で、二台の宇宙船が場所と速度をぴったり合わせてランデブーすることが可能だと、どうしてジョン・ハウボルトは信じることができたのだろうか?
 コンピューターといえば部屋まるまるひとつを占めていた時代。ラップトツプもスマートフォンもなく、電卓すら稀だった時代。人々が「ソフトウェア」という言葉すら知らなかった時代。そんな時代にバイオリンほどのサイズのコンピューターを作り、そこにオートパイロット機能を搭載し、さらには人間の失敗をコンピューターが補うなどという非常識を、なぜマーガレット・ハミルトンは不可能だと思わなかったのだろうか?

 P137

 ボイジャーの始まりは、一人の大学院生がある「運命」に気づいたことだった。

 時は1965年。ちょうどJPLがマリナー4号の火星初フライバイの準備に慌ただしかった頃、近所にあるカリフォルニア工科大学のゲイリー・フランドロという大学院生が面白いことに気づいた。1983年に木星、土星、天王星、海王星の四つの惑星が、さそり座から射手座にかけてのおよそ50度の範囲に並ぶこと。そして1976年から78年の間に探査機を打ち上げれば、この未踏の四惑星全てを順に訪れることができることだ。

 鍵は「スイングバイ」という航法にあった。スイングバイとは、惑星の重力を使って宇宙船の針路や速度を変える技術である。たとえば図5のように土星のうしろ側をかすめるように飛べば、軌道は前の方向に曲げられ、宇宙船は大幅に加速される。代わりに土星はほんのわずかだけ遅くなる。つまり、宇宙船は土星からわずかだけ運動エネルギーを奪って加速するのである。

 スイングバイを繰り返して、木星、土星、天王星、海王星を順に旅する。フランドロが思いついたこの旅は「グランド・ツアー」と呼ばれた。一石四鳥であるだけではなく、直接行けば30年かかる海王星まで「たったの」12年で行ける。そして四惑星の全てが未踏の世界、謎の塊だった。

 もうひとつ、フランドロは興味深いことに気づいた。グランド・ツアーは四惑星がおおよそ同じ方向に並んでいるタイミングでしかできないのだが、そのチャンスはなんと175年に一度だったのだ!前回のチャンスは1800年頃。もちろん探査機を打ち上げる技術などなかった。次のチャンスは22世紀である。なんたる偶然だろう。ちょうど人類が宇宙へ飛び立ちはじめ、惑星探査機を作れる技術レベルに達したこのタイミングで、175年に一度のチャンスが巡ってきたとは。

 P168

 さらに漫乱してしまっただろうか。いったん生命の議論を脇に置いて、例を出そう。ある日突然、桶屋が儲かったとする。この不可解な現象を説明できる仮説が2つあるとしよう。1つは、近所に大型銭湯ができて桶を大量発注したという仮説。もう1つは、風が吹いたため土ぼこりが立ち、それが目に入って盲人が増え、盲人が三味線を買い、三味線に使う猫皮が必要になるためネコが殺され、ネコが減ったためネズミが増え、桶をかじるため桶の需要が増え桶屋が儲かった、という仮説である。どちらの仮説が正しいだろうか?おそらく、前者だろう。もちろん後者の可能性も完全には否定できないが、このように極度に複雑な仮説が実現する確率は非常に低いからだ。

 科学も同じだ。もし何か不可解な現象が見つかって、それを説明する仮説が複数あった場合、単純な仮説を採用する。その方が蓋然性が高いからだ。この科学の原則は「オッカムの剃刀」と呼ばれる。