P94
「他人がどう思うかは関係ない。自分の話や。1回あきらめてもうたら、あきらめることが習慣になるねん。あきらめグセがつくねん。だから、絶対あきらめたらあかんねん。今この場所でがんばってる角度が1度違っても誰も気づかへんことのほうが多いやろ。でもこの1度の違いが、ずっと先に行ったときにどうなってる?ゴルフでいうたら、手元の1度がナイスショットとOBの違いになってるかもしれへんのやで。だからたった1度やからと妥協せずにやらなあかんねん」
心をつかむ話術に、最初は様子見だったスタッフたちもどんどん惹きこまれていった。
P123
「屋台のやつらに中継ケーブルを切断されてしまったんです。こんなこと以前にありましたか?」
「う〜ん」とうなったまま、前任プロデューサーは腕組みをした。
「北、おまえ、神農会にあいさつに行ったか?」
神農会とはテキヤの組合で、天神祭に出店するテキヤを取り仕切っている。
じつはこの年はまだあいさつに行っていなかった。天神祭のプロデューサーとしては駆け出しの私はこの祭りのルールをしっかりと理解していなかったのだ。
P178
つまり、枕営業で勝ち取れるのは、たいした仕事ではない。
キャスティング権を持っている人たちはみな熾烈な視聴率競争の最前線で戦っている。枕営業で、実力のないタレントを番組に放り込んで、視聴率がとれなければ、彼ら自身の評価が下がるし、下手をすれば仕事を失う。また、無名のタレントが必然性もないまま番組に出演すれば、間違いなく共薯やスタッフも違和感を覚える。そんなリスクを冒してまで、お気に入りのタレントを番組にねじ込むだろうか?
もしアプローチがあったとしても、よほど自制心のない女好きでないかぎり、断るだろう。
いずれにしても、枕営業でまともな仕事がとれる可能性はほとんどない。そして、枕営業の子にまともな仕事を与える男がいたとすれば、そいつがまともではないことだけはたしかである。
P192
「メディア融合局」の売上げは予想以上に増え、それにともなって、社内での評価も高まった。成果はボーナス、昇給などに反映され、年収は1800万円に迫った。在阪各局とくらべ局員の待遇がワンランク劣るとされたテレビ上方の中では最上級の評価をしてもらうことができた。
P194
その日は突然ってきた。
テレビ上方の社長が呼んでいるということで社長室に出向いた。社長から直接呼び出されることなど初めてのうえ、しかも「緊急ですぐ来てほしい」という。
部屋に入った瞬間、何かマズイことが起こっている雰囲気が感じ取れた。私が椅子に腰かけるのも待たずに、社長が口を開いた。
「北君について国税から問い合わせが来ているんだが……」
そこからは激動の数日間だった。
この通告からーヵ月後、私はテレビ上方を退職した。退職という言い方はあいまいかもしれない。クビになったのだ。
私はテレビ上方の仕事のかたわら別会社を作っていた。経理担当者の不手際で税務申告がなされておらず、代表者の私が「脱税」の疑いで取り調べを受けることになった。その過程で、テレビ上方から懲戒免職を言い渡された。
P199
技術革新によってもテレビ業界は大きく変貌した。
今では、ディレクターがひとりで撮影し、パソコンでテロップや音楽・効果音を加え編集した素材をそのまま放送することもふつうになった。10人以上の人員が関わっていた作業がたった1人でできるようになった。