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ホームの1日
さて、ここで利用者の1日の流れを紹介しておく。利用者になったつもりでお読みいただければ幸いである。
起床は6時過ぎ。陰部の洗浄と着替えから始まる。
「おむつの人はベッドで、パンツの人はトイレで、陰部洗浄ボトル(通称陰洗ボトル)という飲食店のソース入れのようなものでお湯をかけ、手袋の手で洗ってさしあげます」
朝食は7時半から。嚥下の力にあわせ、食べ物の刻み方を変える。好き嫌いも考慮する。食事のあとは、ほぼ全員、お薬タイム。補助が大変だ。
「ご高齢になると手の感覚も鈍ってきて、薬を置かれたのが手のひらなのか指先なのか分からず、ちゃんと飲めず落としてしまう。嫌がって、こっそりあとで吐きだす方もいます」
その後、口腔ケアとトイレが続く。これが3点セットになっている。
「ご自分で入れ歯や歯を磨けない方には、スポンジを使って磨きます。放っておくと舌だけではなく、上あごなど口の中が真っ白なコケだらけになる。その後はトイレにお連れします」
この工程は分業の流れ作業。どこか刑務所に近いイメージだという。
10時になると、お茶の時間だが、お風呂は週2回ときまっている。その日の午前中が入浴の予定になっていれば、お茶などと並行して入れていく。
「湯船にまたいで入れるかどうかで、入浴法が決まります。男性も女性も陰部洗浄をおこないます。男性の方なら、ペニスの亀頭の皮までめくって、毎回きれいに洗ってさしあげる。鼠蹉部も肛門も、全部です」
これを聞いて、つい好奇心がわき、さらに深く聞いてみたところ――。
「なかには勃起する男性もいらっしゃいます。でも、射精までにはいたらず、お小水を飛ばされたりします。寝たきりのかたはCTを撮る装置のような機械に、首だけ出して入り、身体は機械から出るミストで洗います。機械には数カ所、外から手を入れることのできる穴がありまして、そこにスタッフが手を入れて陰部などをさすって細かく洗っていきます。その他に、自動で椅子が下がって、湯船につかることが出来る機械もあります」
技術先進国の日本のことである。将来、人手不足が懸念されるなら、完全にロボット化されるかもしれない。
11時半から昼食の準備が始まる。
「朝食に比べるとかなり豪華。エビフライととんかつなど、どちらかお好きな方を事前に選んでもらう選択食やお寿司、元日にはお節が出ることもあります」
再び、薬、口腔ケア、トイレの3点セット。おむつの人はここで交換する。
午後は自由時間。15時には茶とお菓子が出るが、かつて主婦だった女性の場合、このあと、家事に勤しんでいた頃の習慣から、「夕方症候群」の俳徊が始まったりする。
同じく、都内の特養施設に勤める男性介護福祉士がこう話す。
「俳徊する人に根気よく話を聞いていると、「故郷に帰りたい』『自宅に帰りたい』という帰宅願望が強いことに気づきます。もしくは、自分の名前は分かるけれど、自分が今どこにいて何をしたらいいか分からないので歩き回るという人が多い。
その方が女性だったり、男性でも飲食店で働いていたという方なら、私はあることをお願いします。タオルをお渡しして、テーブルを拭いて下さいと言うんです。きっと身体が覚えているのでしょう、皆さん熱心にやってくれますし、そのうち落ち着きを取り戻します。
似たようなケースでは、お金に執着心のある認知症の方がいます。そういう方はお札を数えている行為が一種の安心材料になっているので、『1万円札』といったおもちゃのお札を渡しておきます。私たちがお世話をしていて、その方の気持ちが和らぐと『チップ』として下さるんです」
1日の流れに戻ると、夕食は18時から。
「食後は再び薬、口腔ケア、トイレ。パジャマに着替えさせて、テレビなど見せて21時に消灯。入れ歯はなくすケースもあるので、寝る前に預かります」
しかし、おやすみなさいとはいかない。深夜になると、人目を盗み怪しい婚活にいそしむ者もいたりするから、職員たちは、どこまでも気が抜けない。
こんな入居者が嫌われる
生活保護を受けている人から、お金持ちまで。就いていた職業も様々。様々な入居者が集まる特養では、好かれる人と嫌われる人がはっきり分かれているという。
嫌われる人の特徴は大きく3つ、と語るのは前出の男性介護福祉士だ。
「まずは俳徊する人です。食事中に動き回って、他人の食事を食べてしまうのはしょっちゅう。他の区画の部屋に入り込み、他入の洋服や靴を身につけて出てくることもあります。また男女間わず放尿・排便を伴うことも多い。介護パンツやおむつをつけていますが、それを自分で取り、場所をかまわずジャーッとやってしまう。女性の場合、介護パンツのなかに尿漏れパッドをつける人もいますが、トイレにそれを流して詰まらせ、一面水浸しということも多々あります。
暴力をふるう人も、嫌われます。ただし、私たち職員にとって最も厄介なのが、スタッフを使用入扱いする入居者。不動産会社の元社長で、認知症になり入居した男性がいました。ご家族がお見舞いに来て、私たちにお礼を言って下さっている場面でこう言い放ったんです。
『お金を払っているんだから、お礼なんてする必要ない』
認知症でも、そういうところははっきりしているんですよね。このタイプは男性に多いのですが、裕福なご家庭の女性も目立ちます」