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 キメラマウスの写真の取り違いについては、実際に実験を行い写真を撮った若山先生が気づかなかったミスを、「小保方が図表を作成したという部分をさり気なく強調した内容で資料が作られ、ネイチャーに報告するとも言ってきた。若山先生はずっと前からこの写真が載った論文の草稿を見ていたはずなのに、実験をして写真を撮った若山先生が気づかなかったものを、どうして私に気がつけるものかと絶望したが、向分の責任も強く感じ情けなさで胸がいっぱいになった。結局、このキメラマウスの通報が決定打となり、ネイチャー編集部からアーティクルのほうも撤回することを勧める内容のメールが届いた。バカンティ先生からは[もうこの混乱から抜け出し、前に進もう」とのメールが届いた。

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 世界中で行われていた再現実験では、緑色に光る細胞塊の形成すらでぎてこないと大々的に報道されていたが、緑色に光る細胞塊を11月末までに確認できれば、検証実験は翌年3月まで行える条件になっていた。ただ、STAP細胞検証実験「成功」の条件は私が自分で観察していた現象を超え、若山先生が作ったキメラマウスの作製成功に定められてしまっていた。キメラ実験は手技に大きく左右される実験であり、私は一緒に実験している時に若山先生が何度も「自分にしかできない特殊な手技を使ってキメラ実験をしているから、なかなか再現はとれないよ」と言っていたことを思い出し、不安に駆られた。

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 研究室主宰者ですべてのマウス・細胞の管理をしていた若山先生と、いちボスドクで実験を行っていた私では持っている情報量が違いすぎるので、たとえばマウスの系統が違っていると若山先生が発表した際に、こちらの正当性を証明する手段がない。そのうえ、上司としての特権を持ち、長いキャリアに裏打ちされた人脈にも大きな違いがあり、公平に判断されていないことを訴えた。

 川合理事は真剣な面持ちで私の話を聞いたあと、「理研上層部としても、若山さんが自分に有利な情報しか渡してこないことに気がついている。途中までは若山さんのことを信じていたみたいで、調査報告書などの情報が渡っていたようだった。でもこんなやり方は正義じゃないと感じている。今回は情報が外に漏れないように細心の注意を払うし、情報量の違いを考慮します」と、ゆっくりとした口調で述べると、椅子に座る体勢を保つことも難しくなっていた私を見て、「こんなの正義じゃないよ」と語気を強めて言った。そして、「とにかく今のあなたに調査は無理ね」とまた落ち着いた口調で言い、川合理事は席を立ち部屋を出ていった。

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 2014年12月19日に開かれた検証実験の記者会見での、相澤先生の「STAP現象を再現することはできませんでした」という第一声で、検証実験のすべてが失敗に終わり、そのために検証実験が打ち切られるという解釈で報道がなされた。しかし、実際には私が行った検証実験においても、丹羽先生のところで独立して行われていた検証実験でも.「体細胞が多能性マーカーを発現する細胞に変化する現象」は間違いなく確認されていた。私が発見した未知の現象は間違いがないものであったし、若山研で私が担当していた実験部分の「STAP現象」の再現性は確認されていた。

 しかし、検証実験のSTAP細胞の作製成功の基準と定められてしまった「多能性の確認」の実験はすべて若山先生の担当部分だった。若山先生の実験によって証明されたキメラマウスの作製が、検証実験では成功しなかったために、検証実験のすべては失敗に終わり、STAP細胞の存在は確認されなかったと結論付けられてしまった。キメラマウスの実験は実験結果が実験者の手技に大きく左右されるため、若山先生に検証実験参加を打診したが、断られたと聞いた。検証実験においてはキメラマウス作製実験以外の方法での細胞の多能性の確認実験は一切行われなかった。そのため、「STAP現象が再現されなかった」のではなく、「目視で判定ができるようなキメラマウスができなかった」が実際に行われた検証実験の結果の説明だと私は考えている。