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 ある日いつも通リスフェアを渡すと、「これまではスフェアをバラバラの細胞にしてから初期胚に注入していたが、今日からはマイクロナイフで切って小さくした細胞塊を初期胚に注入してキメラマウスを作ることにした」とおっしゃった。それから10日後、若山先生からキメラができたと連絡を受けた。その上、残りの細胞をES細胞樹立用の培養液で培養したらES細胞様に増えだしたと報告された。毎日、スフェア細胞を培養し観察していた私は、細胞が増える気配すら感じたことがなかったので大変驚いた。「特殊な手技を使って作製しているから、僕がいなければなかなか再現がとれないよ。世界はなかなか追いついてこられないはず」と若山先生は笑顔で話していた。

 増殖が可能になったと報告された細胞培養に関しても、どうしても自分で確認がしたく、「培養を見せてください、手伝わせてください」と申し出たが、若山先生は「楽しいから」とおっしゃり一人で培養を続け、増えた状態になって初めて細胞を見せてくれた。若山先生によると「ES細胞の樹立も研究者の腕が重要だから、自分で行いたい」とのことだった。

 このように、後にSTAP細胞と名付けられる細胞の存在の証明が、キメラマウス作製の成功、もしくは増殖する細胞であるSTAP幹細胞への変化であるなら、「STAP細胞の作製の成功・存在の証明」は常に若山先生がいなければなしえないものになっていった。

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 また、若山先生はご自身で予想されていた通りに、TS細胞用の培地でスフェア細胞を培養するとTS細胞様に増殖することを見出され、後に「FI幹細胞」と名付けられる幹細胞株を樹立した。6月頃には若山先生がFI幹細胞からキメラマウス作製実験を行ったところ、FI幹細胞は胎児も胎盤も形成したと報告を受けていた。こうして、若山先生はSTAP細胞から、ES細胞様の幹細胞株と、キメラマウスを作製した時にSTAP細胞と同様に胎児と胎盤を形成することがでぎる性質を持ったFI幹細胞株の2種類の幹細胞株の樹立に成功゜された。そのため幹細胞株化の論文にはこのFI幹細胞株についてのデータも追加するように若山先生から指示が出され、実験と論文執筆は進められた。