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 この現象の原因は複雑だ。ジミー・カーターの地域社会再投資法から、ジョージ・W・ブッシュのオーナーシップ社会まで、連邦政府の住宅政策は、家を持つことを国民に積極的に勧めてきた。しかし、ミドルタウンのようなところでは、持ち家にはきわめて大きな社会的コストがともなう。ある地域で働き口がなくなると、家の資産価値が下がってその地域に閉じこめられてしまうのだ。引っ越したくても引っ越せない。というのも、家の価格が底割れし、買い手がつく金額が、借金額を大幅に下回ることになるからだ。引っ越しにかかるコストも膨大で、多くの人は身動きがとれない。もちろん、閉じこめられるのは、たいていが最貧層の人たちで、移動できるだけの経済的余裕のある人は去っていく。

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 これが私の暮らす世界だった。完全に合理性を欠いた行動で成り立っている世界だ。金を使って貧困へ向かっていく。巨大なテレビやiPadを買う。高利率のクレジットカードと、給料を担保にする高利貸し(ペイデイローン)で、子どもにいい服を着させる。必要もないのに家を買い、それを担保にまた金を借りて使い、結局、破産を宣告される。あとに残るのは、ゴミの山だけ。倹約はわれわれヒルビリーの本性に反しているのだ。

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 できるわよと暗に言葉に含めながら、新兵採用担当者と話してみたらどうかと勧めた。それまでは海兵隊に入るなど、火星に行くのと同じぐらいの現実味しかなかったのに、オハイオ州立大学に授業料の保証金を支払う期日が1週間後に迫ったそのとき、もはや私の頭のなかには海兵隊のことしかなかった。

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 ちょうどそのころ、親友のダレルから、彼自身のロースクール時代の同級生が、ワシントンの有名なレストランで働いているのを目撃したという話を聞いた。ロースクールを修了したものの、ほかに仕事が見つからず、やむをえずウェイトレスになったという。この話を聞いた私は、次の出願ラウンドで、イェールとハーバードに願書を送ろうと決心した。

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 ロースクールでの2年目が始まるころ、私は達成感を味わっていた。夏休みには合衆国上院でアルバイトをし、新しい友人とその経験をたずさえて、ニューヘイブンに戻った。美しい恋人がいて、法律事務所でのすばらしい仕事も手に入りつつある。私のような人間がここまでこられるとは、想像もしていなかった。逆境に打ち勝った自分を褒めてやりたい気分だった。私は、生まれ育った町を、薬物依存症の母を、自分を見捨てた父親たちを超えたのだ。祖母と祖父にいまの自分の姿を見せられないのが、残念でならなかった。