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ハキリアリの女王アリの寿命は10〜15年、最長で20年ととても長寿だ。また、フィールドで見るとカナブンか?セミか?と思うほど大きく、地球上のアリ類の中でもっとも大きい女土アリの部類に入る。
女王は結婚飛行で平均5−10個体のオスと交尾をして、約5000万〜3億の精子を貯蔵し、小出しにしながら生涯でおよそ3000万個の卵を産む。大きな体は一度に多くのオスアリの精子を受け入れ、たくさんの卵を蓄えておく物理的スペースがあるということだ。
“なまもの”の精子を20年問、常温で劣化せず休眠させておけるというのはものすごい仕細みだ。しかも、電気も使わない。生物学的にも大きな謎で、この仕組みがわかって応用できたら粘子貯蔵をディープフリーザー(マイナス80℃)で保存する必要もなくなるし、生鮮食料品だって常温保存が可能となり、冷蔵庫などいらなくなるだろう。革命的な大発見ではあるが、まだその仕組みはほとんど解明されていない。
女王が巨大化するには、巣を大きくしてエサを大量に安定的に確保する必要がある。それを可能にしたのが、完全食ともいえる高タンパク・高脂肪・高糖質の共生菌の栽培だ。
キノコアリはキノコ畑を次の世代にどうやって伝えていくのだろうか。新女王アリが新たな巣を作りはじめるとき、最初のキノコはどこからやってくるの?とも思うだろう。
キノコアリの女王アリの口には特殊なポケットがあり、新女王アリは生まれた巣のキノコ畑から菌糸をちょこっとだけ口に入れて、結婚飛行に飛び立つ、交尾ができたら、地上に降りて巣穴を掘ってキノコを吐き戻す。つまり、共生菌は、嫁入り道具というか、実家の「ぬか床」を嫁ぎ先に持っていくような感じで子々孫々縦方向に伝わっていく。
ハキリアリの場合、ひとつの巣から最大200−300個体の新女王アリが飛び立つ。その中で新たな巣を築けるのはわずか1〜2個体だ。クモなどの外敵に食べられたり、鳥に食べられたり、成功率はわずか1%以下という低い確率だ。無事に巣を作り、1個体で最初の働きアリを生むまでは孤独な戦いが続く。巣が安定してきたあとは1時間に180個、それを24時間365日、20年間、含計で最大約3000万個の卵を地下で産み続ける生活となる。
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しかし、じつは中南米の国々では史上最悪の農業害虫になっている。
ハキリアリは森林のギャップ地――林のフチや草地など比較的開けた環境にも巣を作る。その近接地が人問によって開墾され畑になれば、ハキリアリは森に生えている野生の植物よりも、人間が育てる農作物のほうを好んで食べる。虫に食べられないよう防御体制を整えている野生の植物よりも、人間の畑に育つ植物のほうが柔らかくて刈りやすいのだろう。
オレンジやコーヒーの葉、野菜の葉を切り刻むなどして農作物をダメにしてしまうほか、地下に作られた巨大な巣に農作業中のトラクターが落ちて、運転手が死亡する事故が起きたり、家屋が倒壊してしまったり。ハキリアリの落とし穴のせいで、ハイウェーが陥没してしまったこともあるという。
ブラジルでは国家予算の10%がハキリアリ対策に費やされているともいわれる。少々古いデータだが、2003年には年問1万2000トンの殺虫剤が散布され、その殺虫剤の購入費だけでも400億円にものぼるという。殺虫剤が環境に与える影響は甚大であろう。ハキリアリを駆除する目的で自然環境を破壊していては本末転倒も甚だしい。