買換特例が問題になった事案

● 税理士が訴えられた事例

 税理士に対する損害賠償請求事件が花盛りである。判例集に掲載された税理士賠償請求事件は数件にすぎないが、もともと判例集に掲載されるのはごく一部の判決であり、判例集に掲載されない大部分の判決や、和解で終結した事件、訴訟に至らずに解決した事件などを数えると、おそらく公表された判決の数百倍の税理士賠償請求事件が発生しているはずである。後ろから撃たれることを考えながら仕事をしなければならないのでは、税理士もおちおちしていられない。当事者にならないための教訓、当事者になってしまった場合の教訓を、先人の失敗から学んでみたい。

● 買換特例が問題になった事案

 Xは、都内に所有していた事業用の土地建物を譲渡し、租税特別措置法37条(特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得課税の特例)の適用を受けるべく、新たに神奈川県内に土地を購入し、これを駐車場として利用することにした。

 措置法通達37−21は、買換えにより取得した資産を事業の用に供したかどうかの判定について、「空閑地(運動場、物品置場、駐車場等として利用している土地であっても、特別の施設を設けていないものを含む。)である土地、空家である建物等は、事業の用に供したものに該当しない」としているのだが、税理士は、駐車場を造るにあたり、舗装等の特別の施設を設けるよう指導助言をしなかった。

 申告後1年を経過した頃、Xは税務署から呼び出しを受け、通達を示された上で、買換資産を駐車場として利用する場合には、コンクリート又はアスファルト舗装がなされ車止めが設けられていることが必要であり、砂利を敷いてロープを張っているだけの本件駐車場には特例の適用がない旨の指摘を受けた。

 税理士は、更正処分を受けた場合には、さらに不服申立の手続をとって争うことを進言したが、Xは、税務署の指導に従って修正申告書を提出することにして総額4326万円の追徴課税に応じた。そしてXは、これを助言義務違反とし、税理士に対して損害賠償の請求をした。このような事案である。

● 判決は税理士を勝訴させたが

 判決は二つの争点について判断している。まず、修正申告書の提出について、税務署による修正申告の勧めは、あくまでも納税者の自発的な申告を促すものであり、それ自体は何ら強制力を持つものではない。納税者が勧めに応じて修正申告をするか否かは、納税者が自らの責任において決定すべきことだとの判断である。これは異論のないところであろう。

 問題になるのは次の判断である。本件通達が「空閑地(運動場、物品置場、駐車場等として利用している土地であっても、特別の施設を設けていないものを含む。)である土地、空家である建物等は、事業の用に供したものに該当しない」としたのは、このような土地については、「事業の用に供した」ことが客観的に明らかでないことが多く、同条の適用を認めることが難しいとの税務行政上の解釈指針を示したにすぎないとの判断である。

 そして、この判断に基づき、本件特例の適用が認められるとする税理士の判断にも相当な根拠が存すること、修正申告をすることについては税理士は反対し、更正処分がなされた場合には不服申立をして争うことを進めていたとの事実を認定した上で、修正申告は、納税者Xが自らの責任において行ったことであって、税理士の行為は納税者Xの損害に因果関係を与えていないとの結論を導いている。

● この判決の教訓

 この事件から学べる教訓は二つである。まず、判決では勝訴したものの、私は、この申告は失敗事例だと考えている。駐車場に施設を設ける必要があるのなら、そのようにしておけば良いし、そのようにアドバイスしておけば良かったわけである。税理士には、砂利敷きでも良いとの確信があったのかもしれないが、実務を無視した確信では、納税者に不必要な危険を冒させるだけである。もし、砂利敷きだけでは危険との認識がなかったのなら、譲渡所得や相続税事案を、法人税と同じ感覚で処理するのは危険と指摘しなければならない。

 次の教訓は、トラブルが生じた後の対策であり、この判決が教えてくれる重要なヒントである。もし、そのトラブルが法解釈について税務署と議論できる争点のある事案なら、納税者に異議申立を勧めてしまうことである。その場合に考えられる可能性は次の3つである。

 まず、アドバイスを無視して、納税者が修正申告書を提出してしまった場合だが、このときの税理士賠償請求事案は本件と同様の進展になる。税務訴訟では無条件に通達を是認する裁判所も、民事訴訟では通達を単なる「税務行政上の解釈指針」と判断する公平さを発揮してくれるかもしれない。

 次に、納税者が税理士のアドバイスを聞き入れ異議申立をした場合であるが、これは次の二つに分かれる。まず、不服申立の手続で納税者の主張が受け入れられる可能性である。しかし、これは万に一つの可能性にすぎない。通達は、単なる行政上の解釈指針かもしれないが、しかし、税務行政上の解釈指針を否定して納税者を勝たせてくれた税務訴訟の判決は数えるほどしかない。

 次に主張が受け入れられない場合だが、このときも税務訴訟は充分に役に立つ。税務訴訟は長期戦を覚悟しての戦いになる。私が担当した案件では、地裁、高裁、最高裁、高裁への差し戻し、さらに最高裁と8年を要している。こんな長期裁判なら、税務訴訟の結論が出る頃には、納税者の税理士に対する怒りについても状況は全く変わったものになってしまうはずである。その頃なら税理士に対する損害賠償請求は時効になっているかもしれない。


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