虚偽の確定申告書の作成が問題になった事案

● 虚偽の確定申告書の作成が問題になった事案

 Y税理士は、顧問会社から依頼され黒字の確定申告書(2期分)を作成した(真実は欠損)。Y税理士が同じ事業年度分について赤字の確定申告書と共に黒字の確定申告書を作成したのは、会社代表者から「銀行には黒字だと言ってあるので、赤字の申告書を見せるわけにはいかないから、黒字のものを作ってもらいたい」と言われたためである。

 ところが、会社代表者は黒字の確定申告書を銀行に提出すると共に、これをX(原告)に示し、会社のために事業資金の融通と金融機関からの借入に必要な保証と担保の提供を依頼した。

 翌年、会社は倒産し、Xは4000万円を超える損失を被った。Xは、会社が欠損を計上していることを知らされていれば保証人にはならなかったとして、内容虚偽の確定申告書を作成したY税理士に損害賠償を請求した。

● 訴えられるのは真面目な税理士

 事件の当事者になった経験のない税理士は、損害賠償請求を受ける税理士について、注意力の欠如、あるいは税法知識の不足に原因があるとの印象を持つのではないだろうか。

 しかし、税理士賠償請求について相談を受けている弁護士の立場でいえば、訴えられた税理士が特殊な税理士だったと考えるのは間違いである。私の経験で言えば、どちらかといえば真面目で熱心な税理士の方がトラブルに巻き込まれやすい。真面目な税理士が訴訟を呼ぶ理由は何なのだろうか。

 まず、一つ目は、真面目な税理士は依頼者の役に立ちすぎてしまうことである。依頼者を突き放すことができず、問題が解決できないことを自分の責任と考えてリスクの大きい処理にも手を貸してしまう。

 二つ目は、真面目な税理士は嫌な依頼者でも断れない。どんな依頼者のワガママも反発することなく聞き入れてしまう。しかし、基本が間違っている依頼者のワガママを聞き続ければ、いつかはトラブルを背負い込むことになる。

 三つ目は、真面目な税理士は自己反省型のために言い訳を考える方向に話を持っていきがちである。大きなミスをしながら依頼者を叱りとばしている税理士がいたが、そんな状況を作り出してしまえる税理士が相手だと、依頼者も、税理士に対する損害賠償など思い付きもしない。

 今回の事例は依頼者の役に立ちすぎてしまった税理士のミスである。

● 判決は税理士を敗訴させた

 地裁判決は原告の請求を棄却して税理士を勝訴させた。しかし、高裁判決は次のように判断して税理士を敗訴させた。

 「税理士は、会社代表者がこれを利用して融資先を欺いて会社のために金融を得ることを知りながら、会社の実情を粉飾し、このような虚偽の内容を記載した書類を作成したものであること、すなわち、税理士はこれにより会社に対して融資するものが損害を受けるかもしれないことを予見しながらあえてこのような虚偽の内容を記載した書類を作成したものであることが認められる。税理士は、その作成した書類の記載を信用して融資をし(保証をし、担保を提供した場合を含む。)、損害を受けた者に対しては、その損害を賠償する義務があるといわなければならない。」

 ただ、保証を始めた頃に、原告が債務者会社の取締役に就任していることから、判決は、原告には帳簿類を閲覧し、営業実績を調査することが可能だったのにそれを行っていない過失があると認定し、請求額を半額に減額(過失相殺)している。

● 誰もがやっていることなのだが

 内容虚偽の決算書を作った経験がない税理士を探すのには苦労するだろう。

 会社とは長年の顧問関係があり、会社の良いところも悪いところも知り尽くし、社長とも友人として交際し、景気の良い年も、悪い年も共に歩いてきた会社について、最初の年には小さな粉飾に手を貸し、翌年にはほんの少し増額した粉飾を手伝っておきながら、「今年は粉飾を手伝うことはできない」と突き放して、会社を倒産させることができる税理士が何人いるだろうか。

 銀行借り入れのため、建設業の入札のため、取引先に提出するためと言われれば、真面目な税理士であればあるほど、虚偽の決算書の作成を断ることはできないはずだ。

 それに、逆粉飾(脱税)には神経質だが、粉飾決算には寛容にならざるを得ないのが税理士の置かれた立場ではないだろうか。欠損を計上している会社について減価償却費を計上し、回収が危ぶまれるからといって満額の貸倒損失の計上をアドバイスするようでは税理士の存在価値が問われてしまう。

 しかし、これが粉飾にまで進み、決算書が保証人に示されれば、税理士は損害賠償請求事件の被告になってしまうわけである。

● 判決から学ぶべき3つの教訓

 銀行提出用との説明で内容虚偽の確定申告書を作成してしまった事案だ。もちろん、内容虚偽の確定申告書は、それが銀行提出用でも、役所へ提出するものでも作成してはならない−−−との建前論はあるが、これが真実、銀行に提出され、役所に提出されただけなら訴訟事件にはならなかっただろう。銀行員が、会社から提出された決算書を信用し、税理士に騙されたと主張して訴訟提起の稟議書を書くとは思えない。役所も、また然りである。しかし、銀行提出用の決算書も、一度作成してしまえば一人歩きをしてしまう。銀行に提出するために作成した虚偽の決算書だとの言い訳は訴訟では使えない。教訓の一つ目は、銀行提出用、役所提出用と言われて油断してしまうことの怖さである。

 二つ目の教訓は依頼者の役に立ちすぎてしまうことのリスクである。真面目な税理士は自分が役に立つことを依頼者にアピールしようとして無理な要求を聞き入れてしまう。相続税の節税について相談を受け、変額保険を紹介し10万円の報酬を受け取ったために、後に954万円の損害賠償請求を受けてしまった税理士の例が紹介されている。この税理士が10万円の報酬欲しさにリスクを冒したとは思えない。しかし、相続税について相談を受けたときに「相続税を節税する方法なんてありませんよ」と突き放してしまえる税理士が何人いるだろうか。

 三つ目の教訓は訴訟を意識した事務所経営である。経営者が自分の会社を守るために粉飾決算をすることは山一証券の例を持ち出すまでもない。しかし、だからといって経営者と一緒になって粉飾決算や脱税を手伝っていたのでは資格が幾つあっても足りない。粉飾決算や脱税は経営者に任せておくことである。そして、決算書を作った経過について記録を残しておくことである。知らなかったことにしておいてくれとの密室の約束は、トラブルのときには役に立たない。訴訟時に役立つのは、水掛け論になってしまう証言ではなく紙に書いた記録である。税理士を訴えるのは、まずは依頼者であり、次が職員、3番目が女房だと知るべきである。


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