節税相談のミスが問題になった事案

● 節税相談のミスが問題になった事案

 X社は、子会社に対する貸金を貸倒計上し、その損失をXが所有する不動産の売却益と相殺する方法について税理士に相談した。

 税理士からは、そのような処理をするためには、子会社を解散する必要があるとの助言を受け、昭和61年度に子会社を解散した。

 その後、X社は昭和62年度に土地を売却し、売却益を繰越欠損金(貸倒損失)と相殺することを予定したが、昭和61年4月から適用された租税特別措置法66条の13(直近1年間に生じた繰越欠損金の損金算入の不適用)により、この相殺が行えないことが判明した。

 このためX社は、譲渡益を翌年度に繰り越すべく、買換特例について特別勘定の準備をしたが、税理士から「税務署と話し合いがつき、昭和62年度にX社を解散した場合には、解散確定申告において、本件欠損金を損金に算入できることになったから、買換資産の購入を中止し、直ちにX社を解散しても良い」との誤った助言を受け、特別勘定を計上することなく、X社を解散した。

 このため繰越欠損金の損金算入が行えず2686万円の過分な納税が必要になった。X社は、これを税理士に請求した。

● 過度に重い税理士の民事責任

 業務上のミスで訴えられるのは専門職に就く者の宿命だろう。税理士業界は、税理士に対する賠償請求事例が多発したことで騒いでいるが、医師に対する損害賠償請求などは、最近は珍しいことでもなんでもない。しかし、医師の注意義務と税理士の注意義務との間には格段の差がある。これを理解してもらうためには、まず、医師の注意義務について説明するのが良いだろう。

 最高裁判決は医師の注意義務について次のように判断している。専門的研究者に有効性と安全性が是認された治療法を採用しないだけでは医師の過失にはならない。新規の治療法が普及するには一定の時間を要し、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性、医師の専門分野等によって普及に要する時間には差異がある。新規の治療法が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及した場合に、初めて、それが右医療機関にとっての医療水準になる。

 この理屈が税理士にも適用されるのなら、税理士は、近隣の税理士事務所と同程度の知識水準を維持すれば足りることになる。しかし、税理士にはこのようなタイムラグは許されない。改正税法が官報に掲載されたときから、新法は税理士の注意義務の内容に取り込まれる。また、注意義務の基準になるのは法律だけではない。裁判官でさえ知らない政令、省令、場合によっては行政庁の内部文書にすぎない通達までもが注意義務に取り込まれる。

 その税法も、時には理屈を無視して制定される。本件事案で問題になった直近1年間の繰越欠損金を控除の対象から除くとの租税特別措置法などは、税収の辻褄合わせのためのご都合主義の税法としか思えない。今回は、その辻褄合わせに翻弄された税理士の不幸である。

● 判決は税理士を敗訴させた

 判決は次のように判断して税理士を敗訴させた。

 「被告の税務処理による原告への課税(納税額5491万円)の事実は、当事者間に争いがない」。

 「原告(X)が解散をせず、買換特例の適用を受け、昭和63年度において本件欠損金と相殺勘定をして、同額を損金として右繰越益金から控除して、法人税の課税所得の計算をした場合における原告に対する課税額が2804万円(節税した場合の課税額)となることも、当事者間に争いがない」。

 「原告が被告に希望していたように、本件不動産の売買差益と本件欠損金の相殺勘定による法人税等の節税という目的を実現するためには、昭和62年度において買換特例の適用を受けて右差益を昭和63年度まで繰延べ、かつ同年度確定申告において右売買差益から昭和61年度欠損金を控除しなければならなかったのである」。

 「被告の職歴及び税理士としての資格・経験等に鑑みると、被告には、法人税法及び租税特別措置法の各規定の注意を十分理解しておくべき職務上の義務があったというべきである」。

 「被告は原告に対し、税務相談を内容とする本件契約の債務不履行に基づく損害賠償として損害金2686万円(納税額5491万円と節税した場合の課税額2804万円の差額)を賠償する責任があるといわなければならない」。

 「仮に、そのような事実(税務署から誤指導を受けた)があったとしても、被告の税理士としての租税に関する法令に精通すべき職務上の義務を何ら軽減するものではない」。

● 脱法までが税理士の注意義務か

 判決は、「法人税等の節税という目的を実現するためには、昭和62年度において買換特例の適用を受けて右差益を昭和63年度まで繰延べ、かつ同年確定申告において右売買差益から昭和61年度欠損金を控除しなければならなかった」と判示している。

 この意味するところは次の通りだろう。まず、昭和62年度には、買換予定があるとして特別勘定を計上し利益を翌年に繰り延べる。そして、昭和63年には買換を行わなかったとして特別勘定を取り崩して利益に組み入れると共に、これを繰越欠損金で相殺する。

 しかし、このように買換資産を購入する意思がない場合に特別勘定を計上するというのは脱法ではないだろうか。

 もし、昭和63年度に本当に買換資産を購入するのなら、判決がいうように「差益を昭和63年度まで繰延べ、かつ同年確定申告において右売買差益から昭和61年度欠損金を控除しなければならなかった」との理屈は成立しないはずである。なぜなら、買換資産を購入した場合なら売買差益は買換資産の圧縮記帳により消滅してしまうからである。

● 判決から学ぶべき2つの教訓

 税理士の注意義務は医師などのそれに比べて過度に重いものだろう。どんな委任契約書を作成したとしても、法律の不知を損害賠償請求の抗弁にすることはできない。そして、税理士が利用する税務六法は、通達編を合わせると、弁護士が通常使っている六法の倍の厚さになる。この全てを理解している税理士が、はたして日本に存在するだろうか。

 それに、弁護士が利用する法律には立法趣旨と立法の理屈がある。だから、法律的な思考さえ学んでいれば、全ての条文を記憶していなくても、大きなミスをすることはない。しかし、税理士の場合は、理論を超えて作られる租税特別措置法までもが守備範囲になる。

 今回の判決から学ぶべき教訓の一つは、税理士業の難しさを知ることである。合併や解散などについての処理を、期間損益の問題で処理できる通常の法人税と同じように考えるのは危険である。

 教訓の二つ目は、税務署に相談した結果は、税理士を免責させないとの理屈である。本件も同様だが、「事前に税務署の担当職員が納税者からの相談に応じたとしても、それは事の性質上納税申告の一応の指針を提供するいわゆる行政サービスにほからならず、納税者に対する何らの強制力も拘束力もなく、これに従うか否かは納税者の判断に任せられるべきものであるから、担当職員がことさら強制誤導するなど特別の事情のなり限り、納税者が事前相談を経たことを理由に申告における納税義務者としての責任を免れるものではない」とするのが判決だからである。


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