保証債務と課税関係


● 保証債務の履行と資産の譲渡

 第三者の債務(もちろん、身内の債務でも良いのですが)について保証し、あるいは担保を提供していたところ、債務者が倒産し、保証人が資産を売却して債務を弁済することになった。このような場合には資産の譲渡について、譲渡所得を非課税にする特例があります。保証債務の履行のための資産の譲渡の特例ですが、その適用の要件は次の二つです。

 1) 保証人が保証債務を履行するために資産を譲渡したこと。
 2) 債務者が無資力であり、求償権が行使不能であること。

 最近の不況によって利用されることが多い特例なのですが、この特例の適用は厳格であり、時々、適用が否定されてしまった事例を聞くことがあります。なぜ、特例の適用が否定されてしまうのかというと、非常に実質的であると同時に、非常に形式的な税法解釈に理由があります。そこで、特例の適用が否定された事例を紹介しながら、保証債務と税法の関係について検討してみようと思います。

● 事案の概要

 Bは、妻と4人の子供、それに養父であるA夫婦と同居し、昭和53年頃から釣堀業等の経営を行ってきましたが、地元に温泉が出たと聞き、温泉を開発しようと計画し、昭和61年7月頃に信用金庫から3000万円を借り入れました。Aは、これを連帯保証し、かつ、本件土地を担保に提供しました。

 ところが、Bは、翌62年4月に行われた市議会議員選挙に立候補して落選し、信用金庫からの借入金の大半を選挙資金として使ってしまいました。このため温泉の開発計画も断念することになりました。

 その後、Bの債務整理のためにA所有の土地の売却方法を検討したのですが、なかなか買い手が見つからず、そのため、同62年8月に、Bは農協から3500万円を借り受け、信用金庫に対する3000万円の債務を返済することになりました。そして、3500万円を借り入れるについて、Aは連帯保証し、本件土地を担保提供しました。

 さらに、Bは、同63年8月に、3500万円の借入金整理の目的で、新規に農協から3800万円を借り入れ、Aは、これを連帯保証し、本件土地を担保提供しました。

 このような経過を経た後、Aは担保土地を売却し、その売却代金をもって農協に対する債務を弁済しました。そして、Aは、Bに対する求償権の行使が不能であることを理由として、保証債務を履行するための資産の譲渡の特例の適用を受けるべく、所得税の確定申告書を提出したわけです。

 ところが、Aは、特例の適用を否定され、更正処分を受けることになってしまいました。そのため課税処分の取り消しを求めることになったわけです。

● 判決が示した判断

 福島地裁平成4年(行ウ)第11号 平成8年7月8日判決

◎ 求償権の行使不能を認識した保証には特例の適用はない

 所得税法64条2項は、保証債務履行のため資産が譲渡され、求償権の行使が不能である場合は、譲渡人がその代金を所得とし得ないことから、その部分の金額は収入がなかつたものとみなして、譲渡収入金額を計算することを認めるものである。

 したがつて、保証人が当初から主たる債務者に弁済能力がないことを知りながらあえて保証債務を負担し……た場合には、実質的には、主たる債務者に対し、譲渡代金相当の贈与あるいは利益供与がなされたと同様であるので、資産譲渡に掛かる所得は実現したと見られ、したがつて、「求償権の行使が不能になつたとき」に該当せず、同項の適用はないというべきである。

 そこで、本件についてみるに……昭和62年4月には市議会議員選挙に立候補し、右資金の大半を選挙運動に使用したが落選し、その時点において温泉事業の収益及び議員歳費からのいずれの収入をも見込めない状況に陥り……遅くとも昭和62年4月の段階においては、Bに債務の弁済能力がなかつたと認められ、Aは、そのことを十分に認識していたと認められる。

 してみると、Aは、本件保証債務を負担する際には、すでにBが資力を喪失しており、以後の収入のあてもないことを知つた上で、あえて同人のために債務を保証したものと認められる。


  昭和61年7月に3000万円を借り入れ …… 事業を計画
  昭和62年8月に3500万円を借り入れ …… 無資力
  昭和63年8月に3800万円を借り入れ …… 無資力


◎ 借り換えた債務の場合は最終の借り入れ日を基準に考える

 Aは、Bが弁済の資力を有していた昭和61年8月において行つた借り入れを保証していたところ、その後Bは資力を喪失したため、同債務整理のために借り換えをせざるをえず、昭和62年に借り換えをし、さらに同63年8月に再び借り換えをし、Aは当初からのその保証人となつていたのであるから、Aが保証債務を負担したと見るべき時期は最初の保証債務を負つた昭和61年8月と考えるべきであり、そのときにはAには事業の成功による弁済の可能性があり、その後資力を喪失したのであるから、本件土地の譲渡には64条2項の適用が認められるべきであると主張している。

 しかしながら、前示のとおり、昭和62年4月当時、すでにAは弁済能力を喪失していたと認められ、また、昭和62年の債務の借り換えをみるに、確かに昭和62年8月の借入金の一部で昭和61年7月の借入金を弁済していることが認められるものの、昭和62年の借入れ先は農協で、弁済された債務は信用金庫に対するものであり、両債務は債権者を異にする上、Aは農協からの借入れに際して新たに根抵当権を設定しており、両債務には同一性は認められない。


● 判決に対する疑問

 Bは、昭和61年7月に3000万円を借り入れました。この時点ではBの弁済能力には問題がなく、したがって、この債務の弁済のために本件土地を売却したのであれば、保証債務履行のための資産の譲渡の特例は問題なく適用になりました。

 しかし、なかなか買い手が見つかりません。そのため、昭和62年8月には3500万円を借り入れて従前の3000万円の債務を弁済し、さらには昭和63年8月には3800万円を借入れて従前の3500万円の借入金を弁済するとの処理を行いました。

 そして、担保土地を売却し、保証債務3500万円を弁済したわけです。しかし、このような借り換えをしてしまったため、最終的に弁済したのは昭和63年8月に保証した3500万円の債務ということになってしまいました。

 判決は、この事実をとらえ、昭和63年8月時点では債務者は資力を喪失しており、従って、「保証人が当初から主たる債務者に弁済能力がないことを知りながらあえて保証債務を負担し」た場合に該当するとして、これは「実質的には、主たる債務者に対し、譲渡代金相当の贈与あるいは利益供与がなされたと同様である」と判断し、特例の適用を否定したわけです。

 しかし、このような解釈は形式的にすぎるのではないでしょうか。最終的に弁済した昭和63年8月の借入金は、昭和61年7月に借り入れた3000万円の借り換えの結果であり、確かに、法律上の同一の債務とはいえませんが、実質的には同一の経済的負担であることは間違いのない事実です。

 昭和61年7月に保証債務を負担してしまった者は、その後、債務の弁済なく保証関係から離脱することは不可能であり、借り換え債務についても保証せざるを得ません。そこには「実質的には、主たる債務者に対し、譲渡代金相当の贈与あるいは利益供与がなされたと同様である」との経済的な実態は存しないわけです。

● 特例と相続との関係

 保証債務の履行のための譲渡の特例と債務者の死亡による相続とが合わせて問題になった事件があるので、これも紹介します。

 債務者(被相続人)が死亡し、それを2人の相続人が相続した事例ですが、一方の相続人は連帯保証人でもありました。被相続人の債務額は3億6000万円で、これを相続人が1億8000万円ずつ相続することになりました。そして、連帯保証人でもある相続人は、自己の資産を売却し、連帯保証債務を履行したわけです。これについて保証債務の履行のための譲渡所得の特例の適用を求めました。裁判所は、次のように判断し、特例の適用を否定しました。

 静岡地裁平成3年(行ウ)第8号 平成5年11月5日判決

◎ 相殺、混同による求償権の消滅は求償権行使不能に該当しない

 保証債務の履行をするために資産の譲渡をした場合であつても、弁済のほか、相殺、混同など弁済と同視すべき事由によつて求償権が消滅したときには、求償権を行使することができない場合に当たらないから、同項の適用がないことも明らかである。

◎ 保証人による求償権は自己に対する債権になってしまう

 原告が原告の保証債務の履行として、本件借入金債務のうち原告の負担部分である2分の1相当額を債権者に弁済したとすれば、原告は主たる債務者に対して右弁済額全部につき求償権を取得することになるところ、原告の保証債務に係る主たる債務に当たる本件借入金債務は、その債務者の死亡に伴い、相続により原告らに各2分の1の割合で承継されたのであるから、原告の主たる債務者に対する求償権は結局自己を債務者とする債権として成立することとなり、混同によつて直ちに消滅するものである。したがつて、求償権を行使することができない場合には当たらないから、所得税法64条2項の適用がないことは明らかである。

◎ 上記の理由は債務者が債務超過の場合であっても異ならない

 原告は、主たる債務者の相続財産が少なくとも3億円近くの債務超過状態であつたから、原告は保証債務の履行に伴う求償権の全部を行使することができないこととなつたと主張するが、債務者の死亡により原告らが債務者を相続した以上、本件借入金債務は債務者の死亡時に原告らに承継されて同人らの債務となるのであり(民法896条)、したがつて主たる債務者に対する求償権も同人らに対する債権として成立するのであつて、債務者の相続財産に対する債権として成立するものではないから、債務者の相続財産がどれほどの債務超過であろうとも、そのこと自体によつて原告が保証債務の履行に伴う求償権を行使することができなくなつたとする右主張が失当であることは極めて明白である。

● 保証人の対策は

 不況の時代ですから、保証債務の履行も仮定の話ではありません。身内に会社を経営している人がいれば、その人は会社の債務について連帯保証をしているはずですし、住宅ローンを抱えた人なら、その人の配偶者は連帯保証人になっているはずです。もし、好運にも資産家に生まれたのなら、先ほどのバブル時の相続税対策で、返済できない債務と、これについての身内の保証債務が発生しているかもしれません。これらについて上手に処理するのも税法上の知恵です。

 さて、どのような対策が有効か。最初に掲げた事例なら、債務についての借り換えはやめておくべきでした。債務について、弁済期日を延期し、それを弁済するための保証債務の履行の特例なら問題なく適用になりました。

 次の事例では相続を放棄してしまうべきでした。債務者は4億円近い債務超過の状態だったのですから、これを相続する理由はありません。相続を放棄し、その後の保証債務の履行なら、求償権の行使不能を理由として特例の適用を受けることに問題が生じたとは思えません。

 その他、債務者の生前に保証債務を履行してしまう方法、あるいは限定承認を利用する方法、限定承認をした場合のみなし譲渡所得課税を避けるために死因贈与を利用する方法など、不況期の債務と税金対策には慎重な配慮が必要です。
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