上場されている大企業の株式は株価が明らかになっていますが、中小企業の株式の場合は株価が分かりません。そこで、中小企業の株式を遺産とする相続が発生した場合は、株式の時価を算定する必要があるのですが、それに利用されるのが財産評価基本通達。この通達に定める株価算定方法が訴訟で争われた事案についての判決がありますので紹介させていただきます。
株価算定は、相続の場合に限定されたものではなく、株式の売買や交換の場合における所得税、あるいは法人税の課税についても問題になります。そして、法人税基本通達9−1−5は、法人税における取り扱いについても、課税上弊害がない限り、財産評価基本通達によって算定した価格を適正な時価とみなすとしていますので、この判決は、相続税だけではなく、所得税、あるいは法人税の処理についても参考になる判決です。
曾祖父が設立した会社の株式を相続し、以前から所有していた持株と合わせて7.4%の株式を所有することになった相続人が、この事件の原告です。
では、会社の現状はというと、現在、原告の祖父の兄弟の子が社長として会社を経営し、株主は、社長と同族関係者(原告を含む)で90%強、社長(原告とは5親等の関係)、それに社長の妻と兄弟姉妹を合わせて30%強の株式を所有するとの関係になっています。
このような株式を相続した原告に対し、課税庁は、支配株主グループに適用される純資産価格1株1万6743円によって相続税を課税しました。もし、原告が少数株主グループに分類されれば、相続した株式は配当還元価格で評価されることになり、その場合の株価は500円にすぎません。
原告は、課税処分の違法性を次のように主張しました。
1株1万6743円と評価された場合の相続税額は1株当たり8000円になり、会社から年1割の配当を受け取っても、相続人が配当金で相続税を納め終えるまでには160年を要することになってしまいます。これは不合理ですが、判決の結論は原告の敗訴です。
◎ 6親等の血族には支配力が存在する
原告は、株式評価における同族とは、共同して会社を支配し得る可能性の濃淡を基準として決めるのが妥当であって、今日においては、6親等の血族に「血縁の力」を認めようとする考え方は不合理であって、右「親族」の範囲を4親等の血族までに限定すべきであると主張する。しかし、評価通達188が規定するところは、一般的には、民法上の親族に対しては影響力を及ぼし得ることを前提として、親族を含む同族関係者の持株数を合算した株式割合をもって会社経営に実質的支配力を有する同族グループを認定し、あわせて、かかる同族株主以外の者が取得した株式については、特例的評価方式である配当還元方式を採用しようとするものであって、このこと自体を不当というべきものとは解されない。
◎ 5%の持株でも会社の支配力が存在する
評価通達は、同族株主でも親等の遠い者については血縁の力が弱まることを当然の前提として、近親者の持株数の合算により中心的な同族株主を定め、他方、持株割合が会社経営への影響力の一つの徴表であることから、中心的な同族株主以外の同族株主のうち、持株割合が5パーセント以上となる者が取得する株主については、特例(配当還元方式)を適用しないこととしたものである。そして、特例的評価方式の適用について、株式取得後の持株割合が5パーセント未満という基準を設定した根拠には、会社経営者からみて親族関係が薄いと考えられる4親等以下の血族の持株割合が一人当たり5パーセント程度であるという実態調査の結果があることが認められ、右基準の合理性を一応肯定できるというべきである。
◎ 不当な結果は違法性を構成しない
原告は、原告にとって本件相続により取得した本件株式は毎年1株当たり50円の配当を受けるだけの価値しかないのに、原則的評価方式(純資産価額方式等)によれば一株当たり8000円を超える相続税を負担することを余儀なくされるという不当な結果をもたらすとして、配当還元方式による評価が認められない場合には、原則的評価方式と配当還元方式の折衷的な評価方法によるべきであると主張する。しかしながら、原告の主張する折衷的な評価方法は、配当還元方式を純資産価額方式と対等のものとして、独自の折衷割合によって算定するものであって、しかも、右折衷方式を採用すべき場合と評価基準の規定する評価方式を採用すべき場合との基準も明らかではないのであって、評価通達が行政の公平を担保する一般的基準であることをも考慮すれば原告の主張する事情があるとしても、評価通達によることを違法ならしめるものということは困難である。
取引相場のない株式の評価方法は非常に技術的であり難解ですが、訴訟で問題になった箇所のみを単純化して紹介すれば次の通りです。
まず、株主を支配株主と少数株主に分けます。そして、支配株主については純資産価格、あるいは類似業種比準価格(他の上場企業の株価を基礎に、利益、配当、純資産を加重平均する方法)を適用し、少数株主については配当還元価格を採用します。
訴訟では、原告が、自分は少数株主であり、配当還元価格が採用されるべきだと主張したのに対し、課税庁は、原告は支配株主に該当し、従って、純資産価格方式が適用されると主張したわけです。
では、どのような人達が少数株主に分類されるのか。財産評価基本通達188は次のように少数株主を定義しています。
ここで、「同族株主」、「中心的な同族株主」との言葉が登場しますが、基本通達は、これらを次のように定義しています。
どの範囲の者が少数株主に分類されるかご理解頂けたでしょうか。ご理解頂けなくても当然です。取引相場のない株式の評価は、税理士業務の中でも最も難しい仕事の一つです。では、さらに簡単にして、これを図示してみると次の通りです。
(A)に該当すれば支配株主です。しかし、(B)に該当すれば、同族株主であっても、少数株主です。そして、(C)は純粋な少数株主です。
原告の持株が5%未満であれば(B)に該当しますが、残念ながら原告の持株は7.4%。このため、定義1の原則に戻り、原告は支配株主に分類されてしまいました。
裁判所は、財産評価基本通達188の取り扱いを全面的に支持しました。通達は、上級庁の下級庁に対する一般的指揮命令にすぎませんので、これが国民を拘束するはずはありません。しかし、通達に基づいた課税を無条件に是認することが多いのが税務訴訟の実態。特に、株価の算定については、その傾向が強いような気がします。
なぜ裁判所は通達を是認するのか。おそらく、その理由は次のようなところにあるのではないでしょうか。取引相場のない株式の評価方法は実際には存在しないし、理論的にも、株価算定方式などは構築出来るものではない。したがって、もし、裁判所が財産評価基本通達の適用を否定してしまったら、依るべき評価の基準は無くなってしまう。そのため、財産評価基本通達を否定することが出来ない。
裁判所が財産評価基本通達を否定しないのであれば、逆に、それを利用してしまうことを考える必要があります。本件の原告は、遺産分割で株式を取得したのですから、その遺産分割を上手に処理すれば配当還元価格が何の問題もなく利用できたはずです。上手な利用とは、分割後の各人の持株を5%未満に留めること。さらには事前の準備として、そのような内容の遺言書を作成しておくのも有効な相続税対策になるはずです。
取引相場のない株式について配当還元価格での評価を受けられるか否かは、相続税の金額に天と地の違いを生じさせます。この判決を教訓として持株の相続税対策を考えてみるのも無駄ではないかもしれません。会社経営者の相続税対策に参考になる判決として紹介させていただきました。