遺産分割をやり直してしまったら

 遺産分割のやり直しはどこまで可能だと思いますか。雑文を書きましたので紹介します。


● 遺産分割のやり直し

 遺産分割のやり直しが必要になることがあります。母親の面倒を見るとの約束で長男に遺産を相続させたのだが約束を守らないという場合、あるいは遺産分割の方法を間違えて余分な相続税を納めることになってしまった場合などです。

 このようなとき、遺産分割のやり直しが可能なら、当事者の合意さえ整えば、当初に遡っての修正が行えることになります。では、遺産分割のやり直しは可能なのでしょうか。最近、その可能性を示唆した判決が言い渡されましたので、それを紹介してみます。

● 事案の概要

 5人の兄弟は、父親の遺産24億円について遺産分割(第1次分割)を行いました。しかし、その後、相続人の一人が遺産19億円を別に管理していたことが判明し、それについての遺産分割(第2次分割)が必要になりました。

 第2次分割では、全ての遺産は相続人Bが取得することを予定しましたが、税理士から、第2次分割によって遺産を取得しない他の相続人についても相続税額が増えてしまうとの指摘を受け、その調整の意味を含め、相続人Aが相続人Bに3億8000万円を、相続人Cが相続人Dと相続人Eに各々1億円の代償金を支払うとの第2次遺産分割を行いました。

 そして、第1次分割が第2次分割により修正されたことを理由として、税額が増える者は修正申告書を提出し、減少する者(代償金を支払った者)は更正の請求を行いました。

 ところが、課税庁から、更正の請求については理由がないとの判断がなされ、その上に、代償金を受け取った相続人に対して贈与税を課税するとの決定処分が行われてしまったわけです。

 争点は、相続人AとCが負担した代償債務のうち、両名が第2次遺産分割によって取得した積極財産を超える部分が、1)相続税の中で調整される代償金なのか(納税者の主張)、あるいは、2)相続とは別の贈与による資産の移転と認識されるのか(課税庁の主張)との問題です。

● 裁判所が示した判断

 東京地裁平成8年(行ウ)第21号 平成11年2月25日判決

◎ 遺産分割を全員の合意で解除し、やり直すことは可能である。

 遺産の一部についての遺産分割協議の成立後に、遺産分割協議を一旦解除した上で、その対象財産と共に残部を含めた遺産全体について、代償債務の負担を含む再度の遺産分割協議を成立させることも可能と解すべきである。

 そして、このような再度の分割協議も民法上の、遺産分割協議ということができるから、再度の遺産分割協議が有効に成立した場合には、当初の遺産分割協議によって一旦は帰属の定まった財産であっても、再度の遺産分割協議によって、相続開始の時に遡って相続を原因としてその帰属が確定されることになる。

◎ 明示的に遺産分割を解除していない場合は、第1次分割のやり直しとは認識できず、第2次分割は第1次分割とは独立した別の法律行為と解釈される。

 第2次分割協議書の記載内容及びその作成経過に照らせば、第2次分割協議書は第1次分割協議書を解除することなく、その効力を維持した上で、第2次分割財産のみを対象とする遺産分割協議書として作成されたものというべきであり、その前提として第1次分割協議書の解除が明示的に合意されたと認めることはできない。

◎ 第2次分割による取得財産を超えて他の相続人に給付した代償債務は、相続税の計算で消極財産として控除される代償債務には含まれず、代償金受領者に対する贈与になってしまう。

 第2次分割において、AがBに対し、CがD及びEに対し、それぞれ負但する旨を合意した代償債務のうち、第2次分割においてA、Cが取得することとされた積極財産の額を超える部分は、現物をもってする分割に代える代償債務には該当せず、A、CからそれぞれB、D及びEに対して新たに経済的利益を無償にて移転する趣旨でされたものというべきであり……A及びCの相続税の課税価格の算定に当たって、消極財産として控除すべきものではなく、右各部分に相当するB及びD及びEが取得した代償債権の額は、それぞれ、A及びCから贈与により取得したものというべきである。

● 遺産分割の合意解除についての民法理論

 最高裁は、遺産分割の合意解除は可能として、次のように判示しています。「共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではない」(最高裁第一小法廷平成2年9月27日判決)。

 しかし、債務不履行を理由とする遺産分割の解除は認めないのが最高裁判決です。最高裁は次のように判断しています。「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である」(最高裁第一小法廷平成元年2月9日判決)。

 遺産分割は、相続人の全員によって合意された事項なので、これを全員の合意で解除することは自由だが、全員で合意した遺産分割を、一部の者の債務不履行を理由にして解除してしまうことは合理的ではない。たぶん、最高裁は、このように考えたのだと思います。

 このように、民法理論によれば、全員の一致さえあれば、やり直しが行えるのが遺産分割協議なのですが、これが税法上も可能なのか。少なくとも、紹介した東京地裁の判決までは、遺産分割のやり直しは税法上は認められないというのが、専門家の共通した認識だったように思います。

 相続税基本通達19の2−8(分割の意義)も、「当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、遺産分割により取得したものとはならないのであるから留意する」としています。

 では、紹介した東京地裁の判決により、税法上も、遺産分割のやり直しが自由に行えることになったのでしょうか。遺産分割のやり直しと課税関係について、もう少し、前例を探してみることにします。

● 遺産分割のやり直しを「相続による不動産の取得」と認めた最高裁判決

 最高裁昭和59年(行ツ)第299号 昭和62年1月22日判決

 相続土地について、配偶者の相続分を9分の3、子供達の相続分を各9分の2とする第1回遺産分割協議を行いました。そして、相続土地を4筆に分割して、各々の土地について相続を原因とする所有権移転登記を行いました。

 ところが、税務署職員から、登記簿上の分筆割りを変更し、3人の子供達が何分の一かを母親に譲ることにした方が賢明だとアドバイスされ、それに従う趣旨で、第2回遺産分割協議を行うことにしました。

 税務職員のアドバイスは、第1回遺産分割協議の通りに土地を分割すると、配偶者の取得分が配偶者控除額に及ばず、配偶者控除の利益を十分活用でないために相続税額が過大になってしまうことにあったようです。

 このような事例について、最高裁判所は、第1回遺産分割を合意解除し、第2回遺産分割により取得することになった不動産も、「相続による不動産の取得」に該当すると次のように判断しています。

 「被上告人を含む相続人らは第1回遺産分割協議のうち本件相続土地に関する部分を相続人全員の合意によつて解除し改めてこれを第2回遺産分割協議のとおり分割協議をしたものであって、被上告人の右第2回遺産分割協議による本件相続土地の共有持分の取得は地方税法73条の7第1号所定の不動産取得税の非課税事由である『相続に因る不動産の取得』に該当すると解される」。

● 複数の判決の税法的な位置づけ

 遺産分割のやり直しを認めた幾つかの判例が存在するわけですが、しかし、私は、税法上は、遺産分割のやり直しは認められないとの従前の実務の運用が変更になったとは思いません。

 遺産分割のやり直しは、相続人の全員の合意がある場合においても税法上は無効。それは、遺産分割のやり直しとの形式を利用した交換契約であり、贈与契約だと認識されてしまうのが、相続税、あるいは所得税の実務だと思います。では、遺産分割のやり直しを認めた上記の判例について、これと税法との関係を、どのように理解したら良いのか、次に検討してみます。

 まず、合意解除と債務不履行解除の民法上の効果について判断した最高裁判決ですが、この位置付けは簡単です。民法は契約自由の原則を採用していますので、その内容が公序良俗に違反しない限りは有効。つまり、全員の合意さえあれば、遺産分割をやり直すことを、民法上、制限する理由はありません。しかし、遺産分割によって約束された義務が履行されないことを理由として、遺産分割協議の解除を請求することは認めない。この理由は前述した通りです。

 では、不動産取得税についての最高裁判決はどうでしょうか。これは、たぶん、不動産取得税に限っての理屈なのだと思います。確かに、2度目の遺産分割も、遺産分割であることに違いはない。そうだとしたら、これを「相続による取得」と理解することも不合理ではありません。

 では、本件の東京地裁の判決の位置づけはどのようになるのでしょうか。これは、結局は、納税者を敗訴させた判決だということが大きな意味を持つと思います。

 遺産分割のやり直しとして行われたものではないので、「現物をもってする分割に代える代償債務には該当せず」「新たに経済的利益を無償にて移転する趣旨でされたものというべきであり」「相続税の課税価格の算定に当たって、消極財産として控除すべきものではなく」「それぞれ、A及びCから贈与により取得したものというべきである」と判断していますが、では、遺産分割を合意解除して、再度の遺産分割として処理をしたら納税者の主張を認めたのかといえば、その場合でも、納税者の請求を認めることは無かっただろうと想像させるのが、税務訴訟の実態です。

● 遺産分割のやり直しが認められる数少ないケース

 では、遺産分割のやり直しは、常に否認されるのかというと、これが認められる数少ないケースがあります。それは錯誤による無効取り消しの場合です(東京地裁平成11年1月22日判決)。

 「原告は、本件遺産分割協議を断れば本件遺言に従った遺産分割をするほかないが、その場合被告の取得額は460万円程度となること、本件遺産分割協議は今までの案の中で最も被告に有利であること、またこの機会を逃すと多額の無申告加算税を課されることなどを述べて被告を説得した」。

 この説得により、被告は遺産分割協議書に署名をしたのですが、これら説明には嘘がありました。そして、その嘘の結果について、裁判所は次のように判断しています。

 「被告は、原告らから本件遺言に従った場合被告の取得分は約460万円にすぎず、専門家である税理士も同様のことを述べている旨の説明を受け、被告において遺産分割方法についての正確な知識もなかったため、原告らが提示する分割案は本件遺言に従った分割よりも被告に有利であり、いかなる手段に訴えてもこの案を上回る額の遺産を取得することは不可能であると信じ、その結果本件遺産分割協議に応じたものというべきであるから、被告はこの点に錯誤がある」。

 「被告の錯誤は……被告が民法903条所定の相続分に従った遺産分割を希望すれば本件遺産分割協議の内容よりもはるかに多くの遺産(約2億6000万円)を取得できる可能性があることを知っていた場合には、通常人であれば本件遺産分割協議に応じることはないと解されるから、被告の錯誤は本件遺産分割協議成立に向けた意思表示の要素の錯誤というべきであり、被告の錯誤によって成立した本件遺産分割協議は民法95条により無効である」。

 以上のような判例と実務を整合的に理解すれば、遺産分割協議のやり直しは、次のような位置づけになりそうです。

 1)遺産分割協議の合意解除は、民法上は有効であるが、税法上は無効。もし、遺産分割のやり直しを理由としての遺産の再分配を行えば、税務上は、交換、あるいは贈与がなされたもとしての課税を受けることになってしまう。

 2)債務不履行を理由とする遺産分割協議の解除は、民法上は無効であり、したがって、税法上の効果を議論する実益は存しない。

 3)詐欺、錯誤などを理由とする遺産分割協議の無効、取り消しは、民法上も、税法上も有効。しかし、、どの程度の事実が存すれば遺産分割の無効、取り消しが認められるのか。これについては前例が少なく、難しい事実判断が要求されることになりそうです。

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