無償で貸与しても有償とみなされる場合


● 課税の基礎理論

AはBに対し1億円を無利息で融資した。利率5%として、A、Bが個人の場合と、法人の場合について、各々の課税関係を述べよ。


     税金名  課税金額      税金名  課税金額
 個人A(   )(   )から個人B(   )(   )への融資
 個人A(   )(   )から法人B(   )(   )への融資
 法人A(   )(   )から個人B(   )(   )への融資
 法人A(   )(   )から法人B(   )(   )への融資


 民法上は一つの契約でも、税法上は、契約当事者が法人の場合と個人の場合とでは課税関係が異なってくることがあります。これを説明するのが上記の説例で、私が、大学で租税法を教えていたときに使った年度末試験の一つです。挑戦してみていただけませんか。

 今回の原稿で取り上げようとするのは上記の個人Aから法人Bへの無償(低額)の役務の提供です。答を先に言えば、個人Aには課税関係は生じませんし、法人Bにも課税関係は生じません。

● 事案の概要

 浦和地裁平成9年(行ウ)第21号 平成13年2月19日判決 

 Xは、所有地の有効利用を考えていたところ、顧問税理士から、資産管理会社を設立し、Xが所有する土地を同社に賃貸し、同社から第三者に転貸して収益をあげる方法について教示を受けました。

 そして、転借人として、モータープール用地を物色していたZ社を紹介され、管理会社の設立と、賃貸借契約の締結、さらには転貸借契約の締結との手続を、順次、行いました。

 賃料については、平成3年から同5年は1平方メートル当たり577円とし、管理会社からZ社への転貸賃料は、平成3年については1629円、平成4年と同5年については同1721円としました

 Xから管理会社への賃料額は、税理士の助言に基づいて、相当の地代を年8%(現在は6%)とする法人税法基本通達13−1−2を参考とし、本件土地の更地価格の8%相当額と定めました。

 この訴訟の争点は、1)相当の地代を支払っている場合でも賃貸料が低額に過ぎると判断されることがあるのか、2)個人に対して認定課税を行うことが可能なのかとの2点です。

● 裁判所が示した判断

 浦和地裁平成9年(行ウ)第21号 平成13年2月19日判決

 ◎ 近隣の地代はXの資産管理会社への賃料を上回っている。

 被告(課税庁)は、本件更正処分をするに当たり、合計12件の賃貸借契約についての調査結果により、平成3年ないし同5年における年間1平方メートル当たりの貸付単価の平均値を求めたところ、平成3年1191円、同4年1241円、同5年1211円の平均単価を得た。

 ◎ 近隣の地代は本件課税のための比準地として適切である。

 平成3年ないし同5年の間、Xが本件土地を同族会社に対し賃貸したことにより得た本件賃料は、被告において本件土地と立地条件や使用状況等が類似している貸付地であって、本件土地の適正賃料額を算出するための比準地として適切な土地であると判断した前記土地の貸付賃料の平均値(同業者平均単価)と比較して半値以下であること。

 ◎ 比準地と比較しての低額な賃料での賃貸は「純経済人の行為として不合理・不自然な行為」である。

 そうすると、本件賃貸借契約の賃貸料の設定は、純経済人の行為として不合理・不自然な行為というほかなく、通常の経済人としての合理性を欠いていると認めるのが相当であるから、本件賃料の計算は、法157条1項所定の「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」場合に当たるというべきである。

 ◎ 相当地代についての法人税基本通達13−1−2は駐車場の賃貸借には適用されない。

 法人税法基本通達13−1−2は、法人が同令所定の借地権等の設定により当該土地を使用させる場合に、その使用の対価として通常権利金その他の一時金を収受する取引上の慣行がある場合においても、その一時金の収受に代えてその土地の価額に照らしその使用の対価として「相当な地代」を設定しているときには、当該土地の使用に係る取引は、正常な取引条件でされたものとして、特に一時金の認定をすることはせずに法人税の計算をする旨の規定であり…………これらの規定は、一時金を収受する取引上の慣行がある土地の使用契約であっても、これに代わる「相当な地代」の設定があるときは一時金の所得の認定をしないという限定的な場合における計算の取扱いを定めたものであって、駐車場としての使用を目的とする本件賃貸借には権利金の収受が行われないのが通常の取引形態であるから、本件においては、これらの規定の適用が問題となる余地はないというべきである。

● 認定課税についての原則的な租税理論

 法人は経済的合理的に行動することが前提になり、そのような前提をおいた上での条文が作られています。ですから、法人が第三者に対して無償で資産を譲渡し、あるいは無償で役務(無利息融資や、土地の無償貸与)を提供した場合には、使用料相当額の入金があったものとしての認定課税が行われます。これを定めているのが法人税法22条であり、「有価又は無償による資産の譲渡又は役務の提供」としているところです。

 たとえば、法人が行う無利息の融資は、利息を受け取り、その後、利息相当額の現金を相手方に贈与したとみなされます。法人の場合は、贈与は寄付金として、原則として損金には算入されませんので、受け取った利息相当額だけが益金に計上されることになるわけです。

 しかし、個人の生活では、経済的合理的に行動することは前提にはなっていません。現実にも、個人が経済的合理的に行動しているわけではありません。無償で子供を養育し、他人に対しても無償で土地や建物を贈与し、あるいは貸与したり、さらに酔狂な人は、友人知人に対し無利息での融資をすることもあると思います。

 そのような場合に、役務を受けた者に対し贈与税が課税されることがあっても、役務の提供者に認定課税が行われることは考えられませんでした。現実に、社長が、自分で経営する同族会社に無償で建物を貸与し、あるいは資金を注ぎ込んでいるにも拘わらず利息を請求していない事例は多いと思います。

 つまり、法人が行う無償の行為には利息などの認定課税が行われるが、個人が行う無償の行為には認定課税は行われない。これが税法の基本的な理屈でした。ところが、3455億円を無利息で同族会社に融資した平和事件から以降、個人が行う無償の役務提供にも認定課税が行われることになったのかが議論されてきました。そして、平和事件は例外であるとの認識が固まってきたところで、本件、浦和地裁の判決が言い渡されたわけです。

● 平和事件の紹介

 東京地裁平成7年(行ウ)第27 平成9年4月25日判決

 1) 平成元年3月15日、原告(個人)は、本件貸付金の資金調達のため、銀行から3455億円を利率3.375%で借り入れ、これをZ(同族会社)に貸し付けた。

 2) 同日、Z社は、借り入れた3455億円を証券会社に支払い、証券会社は、株式(原告がオーナーである上場会社が発行する株式)をZ社に引き渡し、株式の購入代金3450億円を株式の売主である原告に支払うとの決済を行った。

 3) 同日、原告は、証券会社から支払いを受けた株式譲渡代金をもって銀行からの借入金3455億を返済した。

 4) この結果、株式は、原告から同族会社に移転したが、本件消費貸借は引き続き無利息・無期限のままの状態で残存することとなつた。

 このような事実関係にある無利息融資について、裁判所は次のように判断し、個人に対して利息収入を認定するとの課税処分を是認しました。

 ◎ 無利息融資は、特段の事情の無い限り、同族会社の行為計算否認規定の対象になる。

 株主等が同族会社に無利息で金銭を貸し付けた場合には、その金額、期間等の融資条件が同族会社に対する経営責任若しくは経営努力又は社会通念上許容される好意的援助と評価できる範囲に止まり、あるいは当該法人が倒産すれば当該株主等が多額の貸し倒れや信用の失墜により多額の損失を被るから、無利息貸付けに合理性があると推認できる等の特段の事情がない限り、当該無利息消費貸借は本件規定の適用対象になるものというべきである。

 ◎ 多額の無利息融資は、原告の所得税の負担を不当に減少させることになる。

 本件消費貸借は、原告がZ社に対し、3455億円を超える多額の金員を無利息、無担保かつ無期限に貸し付けたというものであるから、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間では通常行われることのない不合理、不自然な経済的活動であり、これによつて原告の得べかりし利息相当分の収入の発生が抑制されることになるから、原告の所得税の負担を不当に減少させるZ社の行為又は計算に該当するものということができる。

 ◎ 長期貸出約定金利をもって利率を認定することは正当である。

 Z社が実質的な営業活動を行つていなかつたこと及び本件消費貸借は期限の定めのないものとはいっても、その経済的実質に照らして判断すれば相当長期間にわたる貸付けであつたことは明らかであるから、本件消費貸借をその標準的な行為又は計算に引き直した場合に適用すべき利率は、全国銀行の長期貸出平均金利である本件金利に係るものとするのが最も適切と解されるところ、本件消費貸借が行われた平成元年3月における長期貸出約定平均金利は本件金利であつたものと認められる。よつて、本件認定利息を基礎として本件各年度における原告の雑所得の金額及び税額を計算することは適法である。

● 判例の位置づけ

 個人から法人への無償による役務の提供が、全て、認定課税の対象になってしまうのなら大変なことです。不況の時代ですから、会社に資金を注ぎ込んで利息を請求していないオーナー経営者は多いと思いますし、会社に無償で建物を貸与している経営者も多いと思います。

 平和事件の判決は、経営責任、経営努力、好意的援助、合理性などの言葉を並べていますが、これだけが認定課税の可否を判断するキーワードになるとも思えませんし、同族会社との取引は一律に否認されると考えるのも間違いだと思います。では、どのような無償の取引が認定課税の対象になるのか。この判断基準は次のようなところにありそうです。

 1)個人による無償(低額)の役務の提供が、不動産所得、あるいは事業所得の収益を構成する場合。この場合には、個人の所得計算において、必要経費(例えば、固定資産税)は所得計算で控除され、収益(例えば、賃料)は低額に抑えられるとの不合理な結果を招来するからです。

 2)巨額な金額が動く場合。無利息融資の事例は3455億円もの巨額な資金が動いた事例です。小さな金額に適用される租税理論と、巨額な金額に適用される租税理論とは異なると考えた方が良いかもしれません。

 3)税金を意識した処理。本件は税金を意識した事例であり、巨額な無利息融資の事例も、株券の個人から法人への移動との意味で、相続税などの税金を意識した事例です。税金を意識した事例は否認されることが多いと理解した方が良さそうです。

 以上の通り、混沌としているのが個人による無償(低額)な役務の提供ですが、その根底には、常識が存在すると考えた方が良いかもしれません。租税理論を技術論として振り回すのは危険です。両方とも税理士がアレンジした事例だというところが皮肉になっています。

● 定期試験の答案

 最初に出題した定期試験の答えは次の通りです。

 本件訴訟事案のような特別な例を除き、個人の無利息融資について、貸主に対し利息収入が認定されることはありません。しかし、個人から無利息の融資を受けた借主(個人)側には、利息相当額について、贈与税の課税対象になる「みなし贈与」が認定される可能性があります。ただし、通常は、利息相当額の利益は、贈与税の基礎控除額110万円を下回るでしょう。

 法人が無利息の融資をした場合は、貸主に対し利息収入が認定されることは、前述してきた通りです。いったんは利息を受け取り、その利息相当額の現金を贈与したとみなされます。そして、贈与した現金は寄付金として損金不算入になるとの理屈です。

 では、融資を受けた法人の場合はどうでしょうか。これには課税関係は生じません。なぜなら、融資を受けた法人は、いったんは利息を支払い、その後に利息相当の現金の贈与を受けたとみなされるからです。支払った利息が損金に計上され、受け取った現金が益金として認識されます。つまり、差し引きではゼロになってしまうとの理屈です。

 しかし、法人から個人が無利息の融資を受けた場合は、これとは異なります。個人の場合も、利息を支払い、その後に利息相当の現金を受け取ったのと同様に考えることが出来ますが、個人の場合は、支払った利息は損金にはなりません。だから、受け取った利息相当の現金について、一時所得課税が行われるとの理屈です。税法の理屈の面白さが分かって頂けたでしょうか。


     税金名  課税金額      税金名  課税金額
 個人A(非課税)( − )から個人B(贈与税)(500)への融資
 個人A(非課税)( − )から法人B(非課税)( − )への融資
 法人A(法人税)(500)から個人B(所得税)(500)への融資
 法人A(法人税)(500)から法人B(非課税)( − )への融資


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