最近、極端な手法を採用した3つの節税事案が紹介されました。いずれも税理士の主導で行われたものですが、残念ながら、全て、課税庁で否認され、納税者敗訴の判決が言い渡されています。
いずれも単純な手法で、これが課税庁によって是認されるとは専門家であれば誰も期待しない稚拙な方法なのですが、しかし、この節税手法の実現のために何十億円もの資金が動いていますので、これが冗談として行われたとは思えません。なぜ、このような無謀な節税策が実行されたのでしょうか。その理由は、通達の意味内容についての勘違いにあるようにも思えます。
そこで、3つの節税事案について、その概略を紹介すると共に、通達の意味内容と適応の限界について検討してみたいと思います。
X(株式会社)は、子会社Aの行った5万2900株の増資を引き受け、1株当たり100万円、総額529億円を払い込みました。しかし、A社は、帳簿価額で551億円、時価評価では577億円の債務超過という状況でした。
次に、X社は、新株として引き受けたA社の株式の全てを1株当たり316円、総額1億5891万円で売却して527億円余の有価証券譲渡損を計上しました。
さらに、X社は、所有していた上場株式を総額579億円で売却し、527億円(筆者の推定)の株式譲渡益を計上しました。この譲渡益は、A社株式の売却損で相殺し、X社は欠損を計上した法人税の申告書を提出しました。
このような処理について、課税庁は次のように主張しました。
1. 増資払込みは、赤字子会社に対する増資払込みであって、債務超過額を減少させるにとどまり、取得する新株の時価に何ら反映されないから、経済的価値を対価なく移転する行為である。
2. 原告が増資払込みをしたのは、上場株式の売却によって生ずる有価証券売却益を消去するために、その売却益に見合う株式譲渡損を発生させることを目的としたものであり、額面金額である1株当たり50円を超えて払い込むことに経済取引として首肯し得る合理性は認められない。
福井地裁平成10年(行ウ)第12号法人税更正処分等取消請求事件 平成13年1月17日判決
裁判所は課税処分を是認しました。債務超過の会社に529億円の増資払い込みをして、それを1億5891万円で売却し、527億円の譲渡損を計上するような取引は認められないとの判断です。そして、納税者が主張した法人税基本通達9−1−12(増資払込み後における株式の評価損)の適用を否定しました。
増資会社が債務超過の状態で、新株を発行しても増資会社の債務超過額を減少させるにとどまるときは、増資払込金は増資会社の純資産を増加させることにはならず、したがって、新株式の価格は理論上は零円となる。A社の資産状況は、帳簿価額で551億円、時価評価で577億円の債務超過であり、本件増資によっても債務超過は解消されなかったのであるから、X社の取得した本件株式の理論上の価格は零円というべきである。
法人税基本通達9−1−12は、親会社が赤字の子会社に対して増資払込みをすることについては、企業支配、経営支援等の必要性からその事情においてやむを得ない場合があることが考えられることなどから……そのような増資払込みにも経済的合理性が認められ、時価と払込金額の差額を企業支配の対価ととらえることができる場合があることを前提として規定されたものと解され、増資会社が債務超過である場合の増資払込みはおよそすべて寄附金となり得ないことを明らかにしたものではないというべきである。
増資払込みは、後にX社が上場株式を売却することによって生ずる有価証券売却益に見合う株式譲渡損を発生させ、有価証券売却益に対する法人税の課税を回避することを目的としたものであることは明らかであり、本件株式を額面金額である1株当たり50円を超える額で引き受けて払い込んだことに、経済取引として首肯し得る合理性は認められない。
Xの母(90才)は、52億円を借り入れ、15億円を出資して資本金1500万円のA有限会社と、37億円を出資して資本金3700万円とするB有限会社を設立しました。
次に、母は、A社に対する出資持分を現物出資して資本金1500万円とするC有限会社を設立し、さらに、C社は3700万円の増資を行い、母は、B社への出資持分を現物出資しました。
さらに、母は45億円を借り入れ、全額をB社に払い込んで出資持分を取得し、同時に、C社は4500万円の増資を行い、母は、B社への出資持分を現物出資しました。
つまり、A社とB社に対する出資持分(時価で97億円)は、全て、C社に現物出資され、母は、C社に対する出資持分(額面で9700万円)だけを所有することになったわけです。そして、母は、この出資持分をX(長男)に対し45億円で売却しました。
母が97億円を出資して入手した出資持分を45億円と評価した根拠は、財産評価基本通達186−2(評価差額に対する法人税額等に相当する金額)を適用し、純資産価額を算定するについて、評価差額についての法人税相当額を控除するとの計算を行ったというものです。
このような処理について、課税庁は、出資金を払込額と同額の97億円と評価し、Xに対する45億円での売却が、相続税法7条(著しく低い価額の対価で財産の譲渡)に該当するとして、差額の52億円について、Xに対して32億円の贈与税を課税しました。
東京高裁平成12年(行コ)第215号相続税決定処分取消控訴事件 平成13年3月15日判決
裁判所は次のように判断して課税処分を是認しました。Xに対しては32億円の贈与税が課税されましたが、これは節税対策を実行しなかった場合に課税されたであろう相続税9億円を23億円も上回る金額です。
判決は、訴訟の争点を次のように整理しています。 「本件出資について、あくまで評価基本通達を適用して、その時価の評価につき法人税額等相当額を控除するべきか(納税者の主張)、それとも、評価基本通達によって評価することが著しく不適当と認められる特別の事情があるとして、評価基本通達6に基づき、法人税額等相当額を控除しないなど他の合理的な評価方式によるべきか(課税庁の主張)」。
相続税、贈与税等の租税回避を目的として、現物出資による会社を設立し、個人の財産を一時的に間接的な所有形態に変更することにより、ことさらに評価差額を創出して贈与財産ないし相続財産の圧縮を図り、課税時期を経過するや、減資を行うなどして再び直接的な所有形態に戻して従前と同様の財産価値を回復させ、かつ、会社を解散した場合の清算所得に対する課税も行われないことを計画するような場合において、評価基本通達をそのまま形式的、画一的に適用して、取引相場のない株式等の評価に当たり法人税額等相当額を控除して課税標準を算出することは、およそ法人税額等相当額を控除すべきものとされた趣旨に反するばかりか、他の納税者との間での実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである。
出資の時価の評価につき、評価基本通達をそのまま適用して法人税額等相当額を控除することとすると……Xが直接又は間接に所有する財産の価値にはほとんど変動がなく、かつ、吸収合併後に存続するC社が解散した場合に清算所得が生じることは想定されていないにもかかわらず、本件譲受けの時点において生じた財貨の移転が著しく過少に評価されることになり、取引相場のない株式等の評価につき法人税額等相当額を控除して課税標準を算出することとされた趣旨に反するばかりか、他の納税者との間での実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるから、評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる特別の事情があるものというべきである。
Xの父は、F社の株式8万株を1株あたり1万7000円、総額14億円で引き受け、出資払込金はS社から借り入れてF社に払い込みました。
次に、父は取得した株式をXに贈与し、Xは、平成6年3月に、本件株式を配当還元方式によって評価し、1株当たり208円として総額1709万円になると計算した贈与税の申告書を提出しました。
配当還元価格での評価を採用した理由は、XをF社の少数株主(同族支配株主ではない少数持分株主)にすることにより、財産評価通達188−2(同族株主以外の株主等が取得した株式の評価の配当還元価格)の適用を受けるためです。
その後、Xは、本件株式のうち7万8000株をM社に1株当たり1万7201円、総額13億円で売却し、Xは、売却代金の内の13億円をH社に貸し付け、H社は、同額を父に貸し付け、父はS社からの借入金を返済しました。
課税庁は、Xに対し、贈与税の申告について、追加納税額を9億6262万円とする更正処分を行いました。課税処分の根拠は、株式の評価額は、配当還元価格による評価額ではなく、払込額と同額だとするものです。
このような事案について、Xは、まず、節税対策をアドバイスした税理士に対し損害賠償請求を行うと共に、株式を買い受けたM社に対しては、売買契約の錯誤無効を主張し、株式の返還を求めました(東京地裁平成8年(ワ)第6192号株券引渡等請求事件 平成10年11月26日判決)。そして、課税庁に対しては次のように主張しました。
1. 税の専門家として高い評価を受けているS税理士から、節税対策が合法的で万全なものであり、税務上も問題がないと説明され、それを信じて本件節税対策を実行した。
2. 本件節税対策が、税務上問題のあるもので、本件贈与が相続税の節税対策とならず、かえって多額の税負担が発生することを知っていれば、このような株式の贈与契約を締結することはなかった。
3. このように本件贈与契約には錯誤があり、私法上は無効になる。株式の返還を命じる判決も確定しており、本件更正処分は取り消されるべきである。
千葉地裁平成10年(行ウ)第66贈与税更正処分等取消請求事件 平成12年3月27日判決
評価基本通達188の2では、従業員株主などの少数株主に代表される「同族株主以外の株主等が取得した株式」については …… 例外的な評価方式として配当還元方式が採用されているが、このように少数株主が株式を保有する経済的実益が、通常の場合には主として配当金の取得にあるという特殊性を捉えて簡便な評価方式を採用することも合理的なものと認められる。
株式を時価評価額をもって買い取ることが約束されていたこと、株式の過半数は常にSが保有することとされているため、Xは評価基本通達により、少数株主として株式を配当還元方式により低く評価することが可能な仕組みになっていたこと……右のような事情は、評価基本通達に定める配当還元方式が合理性を有すると認められるために前提とされる事情とは全く異なるものであり……形式的に配当還元方式を適用することは、課税上、納税者間の実質的な公平を著しく損なうものといわざるを得ない。
仮にX主張のような錯誤が認められるとしてみても、申告納税方式が採用され、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等が課されるものとされていることに照らせば、納税義務者において、法律行為の要素たりうる課税負担に関する錯誤が存するからといって、それによる法律行為の無効を理由にいつでも納税義務を免れうるものとしたのでは、租税法律関係が不安定となるばかりでなく、申告納税方式の破綻につながるおそれもあることからすれば、右錯誤による法律行為の無効……は認められない。
3つの節税手法は、すべて、通達を利用し、法人税額、あるいは相続税額を軽減しようとしたものです。確かに、通達を形式的に読めば納税者の主張にも理屈はあります。しかし、通達を、そのように形式的に理解することは間違いです。
1) 通達の前提には常識があります。常識を無視して、通達の字句にこだわるのは間違いです。
2) 課税庁が公表した通達だから、課税庁は通達を尊重するだろうと考えるのは間違いです。通達は、法律ではないのですから、条文的な拘束力はありません。
3) 節税対策だけが目的であることが見え見えの処理は税務職員に対して不親切です。仮に、節税の目的が含まれていたとしても、節税は結果に過ぎないとのストーリが必要です。
4) 少額な処理が是認されたからといって、それを高額な処理に適用するのは間違いです。小さな金額なら是認される処理も、大きな金額になれば、課税関係の様相は異なってきます。
これらを理解せずに、通達を形式的に理解してしまったために本件3件の悲劇が生まれてしまったわけです。