役員給与の改定と株主総会

 第1 中小企業における株主総会


 中小企業にとっては株主総会は単なる形式でしかない。

 しかし、そのような形式的なものであるからこそ、間違いのない形式を整えておくことが必要だ。なぜなら、形式が備わっていない場合は、株主総会の存在を立証することができず、役員報酬の決定や退職金支給決議について、株主総会が不存在だと課税庁に主張されてしまう危険があるからだ。

 ただ、中小企業の場合は、総会期日の2週間前に招集通知を発送(会社法299条)し、招集通知には議題と議案を記載(会社法298条、297条)するなどの手続は不要だろう。中小企業では、株式の全てを社長、あるいは親族が所有している場合が大部分であり、全員の同意がある全員参加の株主総会として招集手続の省略が可能だからである(会社法300条、商法236条)。

 最高裁は、もともと、「株主総会の招集の手続を欠く場合であつても、株主全員がその開催に同意して出席したいわゆる全員出席総会において、株主総会の権限に属する事項につき決議をしたときには、右決議は有効に成立する」と判示していた(最高裁第二小法廷昭和60年12月20日判決 判例時報1180号130頁)。この判決が平成15年4月1日施行の商法236条に取り込まれ、会社法300条として生き残ることになった。

 さらに、1人の株主が全株式を所有するいわゆる一人会社では、その株主の出席だけで総会が成立する(最高裁昭和46年6月24日判決 判例時報636号78頁)。したがって、家族で100%の株式を所有する中小企業では、夕食のテーブルを囲んでの毎日が株主総会であり、毎日が取締役会ということも多いのではないかと思う。

 このため、会社法施行以前には、たとえば、役員報酬の決定や、退職金の支給決議についても、税務調査の場面で株主総会議事録の提示を要求されることは、ほとんどなかったと思う。

 しかし、会社法施行以降、役員報酬の増額などについて、株主総会の決議を重視する条項が増えてきている。今後は、課税庁との無駄なトラブルを避けるためにも、食卓のテーブルを囲んで行なった株主総会について、議事録を作成しておいた方が無難かもしれない。

 第2 報酬決議についての幾つかの注意点


 会社法は、取締役の報酬や賞与、その他の職務執行の対価については、定款、あるいは株主総会の決議によって定めるとしている(会社法361条)。定款に取締役の報酬額を記載することは常識的に考えられないので、通常は、株主総会をもって取締役の報酬額を決めることになる。

 報酬には、定額の報酬の他に、商法の時代には役員賞与といわれていた臨時の報酬、社宅提供などの利益の供与、平成18年度法人税法の改正で損金経理が認められることになった利益変動報酬、さらには役員退職金や、ストック・オプションなども含まれることになる。

 さて、役員報酬であるが、取締役の報酬額の決定を無条件で取締役会に一任することは、取締役報酬の決定を総会決議とした法の趣旨に反するので許されない。しかし、取締役全員の報酬総額を株主総会で決議し、その配分を取締役会に一任することは可能である(最高裁昭和60年3月26日判決 判例時報1159号150頁)。さらに、取締役会が、各々の取締役の報酬の決定を代表取締役に再委任することも有効とされており(最高裁昭和31年10月5日)、役員報酬については、そのような方法で決定されるのが一般である。

 そして、株主総会で報酬の限度額を決議しておけば、その後、事業年度が終了し、あるいは役員が入れ替わった場合においても、報酬決議をやり直す必要はない(大阪地裁昭和2年9月26日)。報酬の限度額を変更しない限りは、お手盛り防止の趣旨は貫徹されるからである。

 しかし、中小企業では、各人別の役員報酬が株主に知れて困るという事情もないのだから、株主総会をもって各人別の報酬を決めてしまった方がよいだろう。食卓のテーブルを囲んで株主総会が行われるような中小企業であれば、株主総会と、その委任を受けた取締役会の決議という二重の書類を作成する手間を省略してしまうのも一つの考え方である。役員報酬の決定は、定時株主総会でも、臨時株主総会であっても、事業年度の開始後3ヶ月以内に開催されるものであれば、定時定額報酬、あるいは届出報酬の要件を満たすことになる(法人税法施行令69条)。

 では、報酬決議のないまま役員報酬を支払い続けた場合はどうだろうか。中小企業であっても、少数株主が存在する場合は、その株主から取締役に対する損害賠償請求の訴訟が起こされないとも限らない。

 このような事案について、最高裁は、株主総会において役員報酬を過去に遡って支給する旨の決議をすることを有効と判断した(最高裁平成17年2月15日判決 判例時報1890号143頁)。この事案は、少数株主から、総会決議がないことを理由とする報酬返還請求の株主代表訴訟が提起された後に、5年分に遡って、報酬支給についての総会決議を行ったという事案である。

 総会での決議のない支払いは、本来、取締役の任務懈怠であり、取締役の損害賠償義務を生じさせることになる。そして、損害賠償義務の免除には株主全員の同意が必要(会社法424条)なことと比較して疑問があるように思うのだが、そのような批判は聞かない。

 一部の取締役について報酬を減額する旨の決議をしたら、その決議は有効だろうか。最高裁は、「取締役の報酬額が具体的に定められた場合」には、「会社と取締役間の契約内容」になり、取締役が同意しない限り、報酬額を減額する決議は効力を有しないと判示している。そして、この理屈は、「取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない」としている(最高裁平成4年12月18日判決 判例時報1459号153頁)。定時定額報酬の減額、あるいは届出報酬の支給中止など、税務上も議論されていることであるが、会社法上も、役員の同意を得ない報酬の減額は争いの元になる。

 取締役を解任した場合は、解任について正当な理由がある場合を除き、取締役は会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができるとしている(会社法339条)。同様の条文は商法257条にも存したが、このような理解が、取締役の任期が10年まで延長された会社法でも採用されるのかは、今後の判例を見ないとわからない。まさか、就任1年目に解任された取締役に対して9年分の報酬の支払いを命じるとは思えないが、このことについての結論がでるのは、取締役が損害賠償請求の訴訟を起こし、その事案についての最高裁判決が出てくる10年先のことである。実務は安全が一番であり、したがって、家族以外の第三者を取締役に選任する場合は、取締役の任期を10年にしてしまうのは危険だろう。

 第3 退職金決議についての幾つかの注意点


 役員退職金の支給には株主総会の決議が必要である。仮に、役員退職金規程が存在したとしても、株主総会決議がなければ役員に対して退職金を支払うことはできない。

 役員退職金規程が存在すれば、それに基づく退職金の支給を受けられると思い込んでいる取締役が多いので注意を要するところだ。

 その意味では、役員退職金規程は法律上の効力を持たないのだが、役員退職金規定が存在し、それが株主にも認識できる状況になっている場合は、退職金の具体的な支給額について株主総会において取締役に一任する旨の決議も有効とされている(最高裁昭和58年2月22日判決 判例時報1076号140頁)。このため上場会社では役員退職金規程は不可欠な存在である。そして、役員退職金規程は、取締役会の決議に基づくものであっても良いとされている(長崎地裁佐世保支部昭和51年12月1日判決)。しかし、中小企業では意味のない規定だろう。

 第4 特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入


 特殊支配同族会社については、業務主宰役員に対して支給する給与について、給与所得相当額を会社の益金に加算するという制度が導入されている(法人税法35条)。もっとも、平成19年度の法人税法の改正で、この規定の適用除外要件とされていた足切りの額が年額800万円から1600万円に増額されることになったので、この条文の適用を心配する会社の数は大幅に減少したことになる。

 さて、この条文の適用を逃れるために、オーナーが所有する株式の11%を、たとえば、社員株主、あるいは顧問税理士に移転してしまうという手法が検討され、それが認められるか否かについて議論が賑わっていたことはご承知の通りである。

 これについて、国税庁は「当該個人又は法人と出資、人事・雇用関係、資金、技術、取引等において緊密な関係があることのみをもっては、当該個人又は法人の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している者とはなりません」という質疑応答を発表している。顧問税理士だという理由だけでは「同一の内容の議決権を行使することに同意している者」(法人税法施行令4条6項)に含まれないという解釈である。

 確かに、顧問税理士を「同意している者」に該当すると認定したら、得意先はどうなのか、仕入れ先はどうなのか、友人はどうかなどと、対象者が無限に拡大してしまう。社員株主であっても、顧問税理士であっても、会社の株主であることが否定されるはずはない。

 しかし、ここで重要なのは、最初に述べたように、中小企業の株主総会などは、そもそも実態のない形式的な手続なのだから、逆に、形式を整えておくことが重要という中小企業の現実に対する認識である。中小企業では株主総会などは必要とされないし、仮に、少数株主がいる場合でも、電話で意思の確認が行えてしまう。

 ただ、そのような実質を重んじた処理は、役員報酬の処理について採用することができない。株主総会を開催しても、いずれにしろ賛成を得られるだから、株主総会等を開催したことにして、実際には開催しないという方法は、まさに、株式を有する顧問税理士を、本条の「同意している者」に該当させてしまうことになる。

 社員株主や顧問税理士が「同意している者」ではないことを主張するためには、身内以外の株主が存在することの証明として、株主総会の招集通知を適式に発送し、株主総会を実際に開催する必要がある。しかし、節税を目的として株式を分散した場合に、毎事業年度ごとに適式な株主総会を開催し続ける熱意が、果たして続くのだろうか。

 さらに、株主となる者は、株主代表訴訟などを起こすことができる権利を得てしまう。節税目的で、第三者に株式を譲渡することなどは、まさに、本末転倒といわざるを得ない。そのような方法を関与先が求めてきた場合でも、様子を見て、2年後、あるいは3年後に実行しても手遅れではない。

 逆に、分散してしまった株式の買い取りについては、譲渡価額(配当還元価額)ではなく、支配株主としての株価が採用される(仙台地裁平成3年11月12日 判例時報1443号46頁)ことを考えれば、僅かな節税目的のために、第三者を株主に加えるなどという方法を軽々しく実行してはならない。足を地につけた落ち着いた対応が必要なのが資本と株主政策である。

 第4 おわりに


 会社法の施行と、それを受けた平成18年度税制の導入によって、法人税関係の処理はかなり難解な内容になっている。実務におけるリスク回避としては、ここ暫くは、原則に忠実に、形式的な要件を守るという対応が必要だろう。その資料として役員報酬についての判例を紹介しながら、株主総会の必要性と注意点について検討してみた。

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