相続分の譲渡に関する私法と税法

● はじめに

 遺産分割の一つの方法として相続分の譲渡との手法を使えたら便利だと思うことがある。しかし、相続分の譲渡の意味内容と効力については民法上も答えが出ていない問題が残っている。そこで、相続分の譲渡についての民法上の意味内容を確認し、さらには、この税法上の利用可能性を検討してみようと思う。

〜〜〜〜〜〜〜〜民法上の理解〜〜〜〜〜〜〜〜

● 譲渡の対象になる資産の範囲

 最初に、相続分の譲渡の意味内容を理解しておく必要がある。この方法によって譲渡されるのは、遺産に含まれる個々の財産の共有持分ではなく、遺産としての積極財産と消極財産の全体についての分数的割合(法定相続分)である。

 相続分の譲渡と、遺産に含まれる個々の財産の共有持分の譲渡との関係は、営業の譲渡と、営業に含まれる個々の資産の譲渡の関係と比較すれば理解が容易だと思う。相続分の譲渡とは、営業の譲渡と同じく、「積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分」の譲渡であり、したがって、相続債務までもが譲渡の対象に含まれることになる。

 ただし、相続分の譲渡に、相続債務が含まれたとしても、これは譲渡人と譲受人の間の関係であり、この譲渡が債権者に対抗できるものではない。債権者が譲渡人(相続人)に対して債務の履行を請求し得ることは当然のことであり、そうでなければ無資力の第三者に相続分を譲渡するなどの債権者を害する手法が許されてしまうことになる。

● 相続分譲渡の当事者と手続

 譲渡の当事者が法定相続人であることは当然であるが、さらに、これに加えて包括受遺者も相続分の譲渡の当事者になれる。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するからである(民法909条)。

 譲渡は、第三者に対して行うことも(民法905条)、他の相続人に対して行うことも可能であるが、相続分の譲渡が行われる実際の必要性を考えれば、第三者に譲渡されることよりも、遺産分割に代わる方法として他の相続人に譲渡される場合の方が多いはずである。

 相続分の譲渡には定められた形式はないので、一般の契約と同じように、口頭の合意で行うことも可能だが、実際には譲渡契約書が作成されることが多いと思う。相続財産に不動産が含まれる場合は、譲り受けについて登記などの対抗要件を充足させる必要がある。

● 相続分の譲渡と遺産分割

 相続分の譲渡が、他の相続人に対して行われた場合なら、譲受人の割合的な相続分が増加するだけであり、その後の手続が相続人によって行われる通常の遺産分割協議であることに違いは生じない。しかし、相続分の譲渡が第三者に対して行われた場合は、第三者である譲受人を含めたところでの遺産分割協議が必要になってしまう。第三者が参加した遺産分割協議というのも違和感があるが、しかし、第三者に対する包括遺贈が行われた場合を考えてみれば、これも不思議なことではない。

〜〜〜〜〜〜〜〜税法上の理解〜〜〜〜〜〜〜〜

● 相続人間において相続分が譲渡された場合(次男は自己の相続分を長男に譲渡した)

 相続人間に争いがあって遺産分割ができない。しかし、次男は遺産分割のトラブルから解放して欲しいと希望している。あるいは、次男は相続分を早急に換金したいと考えている。このようなときには、自己の相続分を他の相続人に無償、あるいは有償で譲渡してしまえば良いわけである。

(相続税の申告前に相続分が譲渡された場合)

 相続分の譲渡が行われた場合の課税関係であるが、そこでは実体面と手続面とが微妙に入り組んでくることになる。まず、相続税の申告書の提出前(通常なら法定申告期限前であるが、期限後申告の場合は、法定申告期限後ということもあり得る)に相続分の譲渡が行われた場合は、譲渡の事実を含めたところで、未分割遺産として相続税法55条に基づく相続税の申告を行うことになる(最判平5.5.28・ 判時1460号60頁)。

 つまり、「譲渡人については法定相続分から譲渡した相続分を控除したものを、譲受人については法定相続分に譲り受けた相続分を加えたもの」が各人に帰属する相続財産になる(東京地判昭62.10.26・判時1258号38頁)との理解である。相続分のすべてが無償で譲渡された場合なら、譲渡人の相続分はゼロになり、有償で譲渡された場合なら譲渡人の相続分は譲渡対価相当額になる。

 東京地裁判決抜粋

 相続税法55条にいう相続分とは、民法900条ないし904条の規定により定まる相続分(以下「法定等相続分」という。)のみをいうものではなく、共同相続人間で相続分の譲渡があった場合における当該譲渡の結果定まる相続分(譲渡人については法定等相続分から譲渡した相続分を控除したものを、譲受人については法定等相続分に譲り受けた相続分を加えたもの)も含まれるものと解するのが相当である。

 相続分が譲渡されても、遺産が未分割との状況には変わりがないので、配偶者の税額軽減や小規模宅地の評価減の適用は受けられない。しかし、配偶者が相続分を有償で譲渡した場合は、配偶者の税額軽減の適用が受けられても良いような気がする。相続分の譲渡によって配偶者の取得分が確定するからである。

 相続税法19条の2(配偶者に対する相続税額の軽減)第2項は、「分割されていない財産は、同項第2号ロの課税価格の計算の基礎とされる財産に含まれないものとする」としているので、遺産の分割が適用の要件とも読めるが、未分割の状態であっても、すでに取り分が確定している配偶者については、それが「現実に取得した財産」としての配偶者の相続税額の軽減の適用があっても良いように思えるからである。

(相続税の申告後に相続分が譲渡された場合)

 未分割遺産として相続税法55条に基づく相続税の申告がなされた後に、相続分の譲渡が行われた場合は、相続分の譲渡を理由とする更正の請求の可否についても検討する必要がある。しかし、相続分の譲渡を理由とする更正の請求は認められないと思う。相続税法55条は「その後において当該財産の分割があり」としており、相続分の譲渡を更正の請求の要件に含めていないからである。更正の請求は、最終的な遺産分割協議が整うまで待たなければならない。

 納税者が自ら行う更正の請求ではなく、課税庁の調査に基づく更正処分の場合には、相続分の譲渡の事実を考慮することができる。このことは前掲の平成5年5月28日の最高裁判決で確定している。最高裁判決は、「相続税法55条本文にいう相続分には共同相続人間の譲渡に係る相続分が含まれる」と判示している。

 なお、相続人間において、相続分が有償、あるいは無償で譲渡された場合においても、譲渡所得課税、あるいは贈与税の課税は行われない。これが次に説明する第三者に対して相続分が譲渡された場合と異なるところである。相続人間の相続分の譲渡は、それが有償で行われたのなら代償分割であり、無償で譲渡されたのであれば取得分ゼロの遺産分割協議が行われたのと同様だからである。

● 第三者に対して相続分が譲渡された場合(次男は自己の相続分を友人に譲渡した)

 相続人以外の者に相続分が譲渡された場合の課税関係は難解である。譲渡を受けた第三者は遺産分割協議に参加することになるが、しかし、相続税法に基づく相続税の納税義務者にはならない。相続税の納税義務者に留まるのは、あくまでも相続分を譲渡した当初の相続人である。

(相続分譲渡時の課税関係)

 相続分を第三者に譲渡した場合は、相続人(譲渡人)は、法定相続分の相続を受けたものとしての相続税を申告した上に、その相続分を譲渡したものとしての譲渡所得を申告する。無償で譲渡した場合は、相続人の譲渡所得の申告ではなく、譲受人の贈与税の申告が必要になる。この場合は課税価額として、法定相続分に属する個々の財産の評価額が採用されることになるはずである。民法上は「積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分」の譲渡であっても、税法上は相続分に含まれる個々の財産の譲渡と評価しなければならないからである。これは営業権が譲渡された場合の課税の理屈と同じである。

 なお、相続分が法人に対して譲渡された場合だと、この課税関係はさらに複雑になる。仮に相続分が無償で譲渡された場合においても所得税法59条のみなし譲渡所得の適用を受けることになってしまう。無償の譲渡であるのにもかかわらず、譲渡人(相続人)には譲渡所得課税が行われ、譲受人には法人税が課税される。

 それに、後に説明する遺産分割が完了した段階での調整も、法人が期間損益計算を行うとの意味で、個人とはまた別の課税関係が生じることになってしまう。

(遺産分割時の課税関係)

 その後、譲受人を含めた相続人間の遺産分割協議によって、譲受人の具体的な相続分が確定した場合には、どのような課税関係が生じると理解すべきなのだろうか。これについては先例が無く、解説した文献も見当たらない。そこで大胆に課税関係を想像してみれば次のようになると思う。

 まず、相続財産にA、B、Cの三つの土地が存在した場合に、譲受人がA土地を取得することになった場合の課税関係である。相続分の譲渡の時点では、譲受人はA、B、Cの三つの土地について、各々の法定相続分に対応する持分を譲り受けたとしての贈与税の課税を受け、あるいは譲渡人に対しての譲渡所得課税が行われている。これと整合性を持たせようと思えば、譲受人は、A、B、Cの三つの土地の法定相続分とA土地の単独所有権を交換したことになる。

 しかし、譲渡所得についての交換特例(所得税法58条)が適用される場合ならよいが、そうでなければ遺産分割の確定時に譲渡所得課税が行われてしまう。これは不合理である。

 なぜなら、譲渡所得課税が行われるのは、譲受人だけではなく、他の相続人にも及ぶからである。譲受人に対して交換が行われたものと認定しての譲渡所得課税が行われるのであれば、他の相続人に対しても交換が行われたものとしての譲渡所得課税を行わなければ理屈が合わない。あるいは、譲受人にとっては税法上の交換であるが、他の相続人にとっては税法上の遺産分割であるとの異なる法律関係を認めることが可能かどうかである。

 しかし、遡って考えてみれば、この場合に交換契約が行われたと認定しての課税を行うことは不合理ではないかと思う。相続分の譲渡の時点で、税法上は、個別の資産の共有持分が譲渡されたと認識するとしても、現実に行われたのは個別資産の共有持分の譲渡ではなく、「積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分」の譲渡である。

 そうであるなら、遺産分割によって最終的に譲受人が取得することになったA土地は、A、B、Cの三つの土地の共有持分と交換されたのではなく、譲受人が取得した「遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分」が現実化した結果と理解する方が民法上の理解に適うことになる。しかし、そのように理解すると、相続分の譲渡の時点での課税関係とは矛盾した結果になってしまう。

 相続人に対しては相続財産に含まれるA、B、Cの三つの土地の共有持分を譲渡したものとしての譲渡所得課税が行われ、あるいは譲受人に対して個々の財産の評価額を基準にした贈与税が課税されているのにも関わらず、最終的に譲受人が取得した財産はA土地だとのズレが生じてしまうからである。

 この矛盾を解決する方法は、1)相続分の譲渡の時点では譲渡の対象資産が確定していないとして譲渡所得課税を留保するか、2)遺産分割が行われた時点で、相続分の譲渡が行われた時点の課税関係を遡って修正(更正の請求)し、譲受人が最終的に取得したA土地が譲渡されたとの課税関係に修正することを認めるかであるが、そのような更正の請求を可能とする条文上の根拠は存在しない。

 遺産分割協議が家庭裁判所で行われた場合であれば、国税通則法23条2項1号(判決等を理由とする更正の請求)の適用も考えられなくはないが、これが裁判外の合意であれが、そのような場合の更正の請求を認める条文は見当たらない。

 結局は、民法上の理屈と税法上の理屈が矛盾し、それに手続上の障害が重なって、相続分の譲渡時点での課税関係の修正(更正の請求)を行うことは不可能との結論になりそうである。

(譲受人の取得価額)

 更正の請求が不可能だとすれば、次には、譲受人のA土地の取得価額が幾らになるのかの問題が生じてしまう。これについては二つに分けて考える必要がある。相続分が有償で購入された場合と、無償で取得された場合である。

 前者については、譲受人が現実に支出した代価を取得価額としなければ不合理である。しかし、後者の場合なら、所得税法60条(贈与等により取得した資産の取得費等)の適用を受け、「その者が引き続きこれを所有していたものとみな」されることになるはずである。さらには、同条2項により「前条第2項の規定に該当する譲渡」、つまり、「著しく低い価額の対価として政令で定める額による」譲り受けの場合も同様である。これを整理してみると次のようになる。

 1) 無償、又は時価の2分の1に満たない価額で相続分が譲渡された場合は、譲受人はA土地を被相続人(から承継した相続人)の取得価額を引き継ぐ。

 2) 時価の2分の1以上の価額で相続分が取得された場合は、相続分の譲渡について支払った代価が、最終的に取得したA土地の取得価額とみなされる。

 時価の2分の1以上の価額で相続分が譲渡された場合について、その譲渡の時点では、A、B、Cの三つの土地の法定相続分が譲渡されたものとしての譲渡所得課税が行われていた。それが、最終的にはA土地が譲渡されたとの結果になってしまうとの理屈は税法的には矛盾する。

 A、B、Cの三つの土地の法定相続分について値上がり益課税が行われたにも関わらず、その購入代金がA土地の取得価額になってしまうとの矛盾であるが、これは譲渡時点での課税関係について更正の請求が認められないために生じてしまう手続法上の矛盾であり、実体法としての矛盾ではないと思う。

● 譲渡された相続分が買い戻された場合(長男は第三者から次男の相続分を買い戻した)

 第三者に対して相続分が譲渡された場合は、他の相続人は「その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる」とされている。そして、この償還は「1箇月以内に行わなければならない」(民法905条)。

 相続分が譲渡されたことを、他の相続人が認識することは困難であり、この1ヶ月の期間が経過してしまう例が多いと思う(その意味で相続分の譲渡については他の相続人に対する通知を必要とする学説がある)が、仮に、1ヶ月を経過した後であっても、譲受人が承諾すれば、譲渡された相続分を他の相続人が買い戻すことは可能である。

 そこで、この買い戻しが行われた場合であるが、これが1ヶ月内に民法905条の規定に基づく償還として行われた場合なら、相続分の譲渡は遡って消滅し、他の相続人が譲渡人(相続人)の法定相続分を取得したとの課税関係に収束されると理解して良いと思う。この場合についてまで、相続分の譲渡の事実について、譲渡人に所得税を課税し、あるいは譲受人に贈与税を課税するとの構成を採る必要はないものと考える。要するに、譲受人が買い取り代金の償還を受けることによって、相続分の譲渡契約が解除されたのと同じ結果になると理解するわけである。

 では、1ヶ月を経過し、その後に相続分が買い戻された場合には異なる課税関係を認識する必要があるだろうか。譲渡人には相続税が課税され、さらに譲渡所得課税が行われ、あるいは譲受人に対して贈与税の課税が行われる。その後、買い戻しについて、さらに、譲受人に対して譲渡所得課税が行われるとの理屈である。このような事案についての課税関係を解説した文献を見付けることはできなかったが、この場合も、前述した1ヶ月内の償還が行われた場合と同様に解して良いと思う。

 しかし、この買い戻しが5年を経過し、10年を経過してから行われた場合、あるいは譲渡代金と異なる価額によって買い戻された場合などを考えると、1ヶ月内の同額による償還とは、また、別の課税関係を考える必要が生じるかもしれない。

● おわりに

 相続分の譲渡についての課税関係を平易に解説するとの意気込みで書き始めた小論であるが、書き進める毎に、その複雑さに辟易したとの状況である。他の相続人に対する相続分の譲渡については最高裁判例があり、課税関係は解明されたと理解することができるが、第三者に対する相続分の譲渡は、その実行にリスクが多すぎると考えた方が無難かもしれない。

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