借地権って不思議な存在

● 税法に登場する借地権

 相続税、あるいは所得税や法人税にも借地権は登場しますが、これは不思議な存在です。私法の分野では「建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権」を借地権(借地借家法1条)というのですが、税法の分野では、これが三つに分類されます。通常の借地権、相当地代を支払った借地権、無償返還届が提出された借地権です。

 そして、借地権の取り扱いは、相続税と所得税、法人税では微妙に異なり、また、同族関係者間の取引と第三者間の取引では実務の取り扱いが異なっているような気がします。 なぜ、私法上は一つである借地権が、税法上は三つにも分類されてしまうのか。私法と税法はどのように整合性を保っているのか。この点について判断した判決がありますので紹介させていただきます。

● 事案の概要

 相続が開始し、相続人らはZ社に賃貸されていた土地を相続しましたが、その土地については借地法上の借地権は存在しないことを前提に、自用地価額(3億8000万円)から20パーセントを控除した残額の3億0497万円と評価して相続税を申告しました。

 20パーセントを控除した理由は、「相当の地代を支払つている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」との税務通達に従ったためです。本件土地については、貸付の当初は年8パーセントの相当地代が支払われていたのですが、その後、土地の無償返還に関する届出書が所有者(被相続人)とZ社との連名によって税務署長に対し提出されていました。このため、相続人は通達にしたがって更地価額から20パーセントを差し引いた残額を評価額として相続税の申告をしたわけです。

 その後、相続人とZ社との間にトラブルが発生し、Z社に対する土地明け渡し請求の訴訟が起こされましたが、結局、次のような和解により裁判は終結しました。「Z社が合意解除等自らの債務不履行以外の事由により土地所有者からの借地契約解除要請に応ずる場合は、Z社は原告(土地所有者)に対し、時価相当の借地権価額を立退料として請求し得る」。

 相続人は、相続税の納付につき、本件土地について物納申請をしていたのですが、和解後に、本件土地は1億5248万円(更地価格の40パーセント)と評価されて国に収納されることになりました。これは通常の借地権が存在するとの前提の評価額です。

 このような経過を経て、相続人は、「本件和解により本件土地には借地法の適用を受ける借地権が当初より存在していたことが確認されたのであるから、本件土地の価額は、当初より、自用地価額から通常の借地権割合(60パーセント)相当額を控除した金額であったものとみるべきことになる」と主張し、更地価格から20パーセント相当額しか控除しなかった相続税の申告について更正の請求を求めました。

● 裁判所が示した判断

 大阪地裁平成8年(行ウ)第113号 平成11年1月29日判決

 ◎ 無償返還届は借地法上は何の効果もなく、したがって、無償返還届の制度は借地法に抵触するものではない

 建物の所有を目的として設定された土地の賃借権は、借地法又は現行の借地借家法の適用を受ける結果、存続期間や第三者に対する対抗力等の面で借地権として法律上極めて強く保護されており、そのことに伴い、通常、一種の財産権として取引上認められているのであつて、このような借地権の本来有する経済的価値は、無償返還届出書が提出されている場合であつても、借地法上の借地権であることに変わりはなく、地主側に相続等が生じたときに直ちに当該土地の無償返還を受けられる保証はないことなどの諸点に鑑みると、無償返還届に関する課税上の取扱いは、法令の定めに抵触するものではなく、合理性を有するものということができる。

 ◎ 無償返還届が提出された借地権は経済的な価値を有しないし、課税上も無価値のものとして取り扱うべきである

 賃貸借契約の当事者間において将来借地を無償で返還することを約し、かつ、その旨を所轄税務署長に届け出たときは、当該借地権は経済的価値を有しないものであり、課税上もそのようなものとして取り扱うべきことを税務当局に対して表明したものと取り扱う趣旨であると解するのが相当である。本件においても、土地所有者(被相続人)とZ社は、本件届出書を連名で作成した上、昭和58年12月22日、これを被告(税務署長)に提出しているのであるから、これにより、税務当局に対して、本件土地に設定されているZ社の借地権は経済的価値を有しないものであり、課税上もそのようなものとして取り扱うべきことを表明したものと認めることができる。

 ◎ 和解は相続時点での権利関係を遡って移動するものではなく、相続税の更正の請求理由にはならない。

 本件和解は、本件相続の時点における本件土地の評価の基礎となつた事実関係に遡つて異動を来すものではないから、国税通則法23条2項1号にいう「和解」には該当しないというべきである。

 ◎ 和解は、相続後の権利関係を変化させる事由に該当し、したがって、借地権が存在するものとして更地価額の40パーセントを収納価額とした物納手続に違法はない。

 物納価額については「税務署長は、収納の時までに当該財産の状況に著しい変化を生じたときは、収納の時の現況により当該財産の収納価額を定めることができる」と規定しており、この規定からすると、物納財産の収納価額は、相続税課税上の評価額と常に一致しなければならないものではないと解されるところ、本件においては、和解がされたことにより、本件土地につき新たな権利関係が形成されていることを考えると、同項ただし書所定の事由が生じたものというべきである。

● 借地権に関する実務の概要

 定期借地権を除いて、一般の借地権の課税関係の実務を図示してみましょう。

 ★ 一般の借地契約


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    借地権部分 …… 借地人が確保
    底 地部分 …… 土地所有者が確保

 借地権部分が借地人に帰属し、土地所有者が確保する経済的価値は底地部分に止まるとの考え方です。したがって、権利金の支払いを受けず、無償で借地権を設定した場合は、借地権部分について無償での贈与が行われたものとみなして課税され、借地権部分が立退料の支払い無く返還されれば、借地権相当の価値が無償で贈与されたものとしての課税関係が生じます。

 ★ 相当地代の借地契約


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   土地の全体の価値 …… 土地所有者が確保

 全体の価値に対する利回り(年6パーセント)が借地人から支払われているのだから、土地の全体の価値は土地所有者に留保されているとの考え方です。したがって、権利金の授受は行われません。

 ★ 無償返還届の借地契約


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   土地の全体の価値 …… 土地所有者が確保

 相当地代の借地契約と同じに、土地の全体の価値が土地所有者に留保されることになります。したがって、仮に、地代を支払わない場合においても、権利金の認定課税が行われることはなく、認定されるのは年6パーセント相当の地代ということになります。

● 借地権の実務に対する疑問

 借地権についての課税は、このように整合性を保って整然と理屈付けられています。しかし、税法だけではなく、ここに私法、それに経済の実務との関係が生じてくると、その整合性は非常に矛盾に満ちたものになってしまうような気がします。たとえば、次のような事実についての取り扱いです。


 1)借地権と底地を合計すると更地価格になるとの疑問。

 相続税の取り扱いでは、路線図によって路線価と借地権割合を求め、それによって借地権価額が算出され、更地価額から借地権価額を差し引いたものが底地価額になるとの理屈が成立しています。しかし、借地権価額と底地価額を合計したら更地価額になるとの理屈は、不動産の鑑定評価実務では採用されてはいません。

 この算式が成立するのは、借地人が底地を買い取る場合、あるいは土地所有者(底地)が借地権を買い取る場合の限定価額であり、財産評価通達が前提としている「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」ではありません。借地権を更地価額の60パーセントで購入する者はいませんし、底地を40パーセントで購入する者もいません。

 大昔のように、路線価が実勢価額の30パーセントとか50パーセントと言われていた時代ならともかく、いまのように公示価額の80パーセント、事案によっては路線価が取引価額を上回る場合があるといわれている状況で、このような算式が妥当なものとして採用され続けていることには疑問が残ります。


 2)借地法上の効果がない無償返還届が税法では効果があるとの不思議

 判決がいうように、借地人が借地を無償で明け渡すことを約束するとの合意は、借地法上の効力を持つはずがなく、何の意味もない合意です。しかし、これが税法では有効な合意として取り扱われる。

 では、相続時に土地所有者と借地人との間に立退料についてのトラブルが発生し、あるいは立退料についての合意が成立していた場合も、税務は、無償返還届は税務上は有効な合意と判断するのでしょうか。無償返還届が提出されている土地について立退料が支払われたときはどのように理解するのでしょうか。

 さらに不思議なのは、法に定めのないところでの納税者と課税庁との個別の合意(無償返還届を前提とする取り扱い)を認めるとの実務が存在すること。そして、その通達に基づく合意を有効だと判断する裁判所が存在することです。通達は上級庁の下級庁に対する命令書にすぎず、これに基づく納税者と課税庁との契約が法律上の効力を持つはずはありません。


 3)借地権の設定についての認定課税は実際に行われているのかとの疑問

 借地権の課税関係は難解ですが、簡単に説明すれば、権利金を支払わずに土地を賃貸した場合は、権利金相当が支払われたものとみなしての認定課税が行われるとの理屈です。これは本件判決でも丁寧に説明されているところです。

 しかし、実務では実際に権利金課税が行われているのか。私は、権利金課税が行われたとの実例を聞いたことがありません。私法上のトラブルでは、10年間だけとの約束で土地を貸して建物を建てさせたら、期限が来ても明け渡してくれないなどの事案に遭遇することは希ではないのですが、しかし、このような事案について権利金の認定課税が行われたとの話しを聞いたことはありません。

 権利金の支払いが無く借地権を設定したら認定課税を受け、立退料の支払いが無く借地を明け渡したら贈与課税を受けるとの通達の規定は、同族会社に限定しての取り扱いであり、一般には実行されていない取り扱いではないのでしょうか。私法上も、借地契約は終了したら無償で明け渡すのが原則であり、借地人が地主に対して立退料を請求できるというものでもありません。

● 税法なりの整合性の社会

 借地権をめぐる課税には多くの矛盾が隠されているような気がします。それを整合性をもって理屈付けようとすれば、借地契約(私法)と課税関係(税法)を分離させてしまうこと。つまり、無償返還届は私法上は無効であり何の効力も持たないが、しかし、税法上は無償返還届は有効であり、その提出を前提とした課税が行われるとの理屈です。

 しかし、一つの契約について、一つの判決で、一方では無効と判断し、他方では有効と判断される無償返還届とは、どのような法律上の存在なのでしょうか。私法と税法は別のものだと割り切ってしまって良いものなのでしょうか。

 本件では、そのような理屈ばかりではなく、借地人に対する明け渡し請求訴訟を提起し、和解をしてしまったために、その後に行われた物納財産の収納でも不利益を受けるとの結果になってしまいました。気を付けなければならないのが税法の常識ということでしょうか。


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