相互に土地を低額譲渡したら

● 相互に土地を低額譲渡したら

 さんが所有する時価10億円の土地と、さんが所有する時価10億円の土地を交換します。この場合に、所得税法に定める交換特例(所得税法58条)が適用されれば、お互いに、譲渡所得の課税を受けることなく、土地を交換することが出来るのですが、特例の要件が整わない場合は、各々が土地を10億円で売却したものとしての譲渡所得課税が行われてしまいます。

 そこでさんとさんは考えたわけです。6億円で相互に土地を売却することにしよう。さんは所有地をさんに6億円で売却する。さんも所有地をさんに6億円で売却する。このように処理すれば、お互いの譲渡所得は、交換した場合に比較して有利です。何しろ、10億円ではなく、6億円で売却したものとしての譲渡所得課税で済ませることができるのですから。

 まさかと思いますが、このような単純な節税を有効とした判決が言い渡されました。

● 事案の概要

 は、所有地を(法人)に対し代金5億8000万円で売却しました。は、逆に、所有地をに対し代金4億円で売却して、代金額は相殺し、差額の1億8000万円は現金で支払いました。そして、は、所有地を5億8000万円で売却したとの内容の所得税確定申告を提出しました。

 しかし、が売却した土地は、が、売却の直前に第三者から7億9000万円で購入していた土地でした。

 このため課税庁は、の譲渡所得を計算するについて、譲渡価格は、が申告した5億8000万円ではなく、現金により支払いを受けた1億8000万円と、引き渡しを受けた土地の時価7億9000万円を合計した9億7000万円になると認定しての課税処分を行いました。


           aの認識         課税庁の認定
     土地  4億0000万円      7億9000万円
     現金  1億8000万円      1億8000万円
      合計 5億8000万円      9億7000万円

 そして、課税庁は、「その所有する不動産を他の不動産と交換するに当たり、全く任意の売買代金を定めて各別の売買契約書を作成するという法形式を採用しさえすれば、容易に譲渡所得金額を圧縮し得ることとなり、このような結果は、譲渡所得課税の趣旨を没却し、課税の公平を害するものというべきである」と次のように主張しました。

  1.  は、お互いの所有地を交換をすることを内容とする協定を結んでおり、は当初から交換の意思をもって本件取引に臨んでいたこと。
  2.  契約書では「代金」の支払が約束されているが、交換差金の1億8000万円以外は、すべて相殺処理され、実体としては補足金付交換契約と何ら変わらない取引であること。
  3.  にあてた催告書では、本件取引は同時履行すべき約束であり、購入契約が解除された場合は、譲渡契約も解除されるとの記載があること。
  4.  営利を目的とする法人であるが、7億9000万円で購入した土地を、その半値に近い4億円でに譲渡すること自体が不合理であること。

 そして、訴訟では、が行った取り引きが売買(民法555条)なのか、交換(民法586条)なのかを中心として争われることになりました。

● 裁判所が示した判断

 東京地裁平成8年(行ウ)第89号所得税更正処分等取消請求事件 平成13年3月28日判決 判例時報1745号76頁

 ◎ 納税者が選択した法形式(売買)を否認することは許されない

 資産を有償で譲渡しようとする者は、それが交換によって実現可能なものであっても売買の形式を選択することが可能であり、そのことは法的にみて特異な選択と評価されるものではないというべきである。…… 自由に選択可能な法形式間において課税上の取扱いにのみ差異を設けている以上、納税者が選択した法形式に従った課税をするのが同法の趣旨であるとみるのが相当であり、納税者が選択した法形式を否認して他の法形式を前提とした課税をすることは明文の根拠がない限り許されないものというべきである。

 ◎ 売買契約で合意する代価は時価である必要はない

 売買契約における売買代金は、必ずしも常に移転される財産権の客観的価値を反映したものとはなっていないものと解される。所得税法は、このような売買契約の実情にかんがみ、当事者間において合意された金銭による対価の額と移転される財産権の客観的交換価値との間に不均衡があり当該資産に係る増加益がみかけ上は過少であったとしても、原則としてこれに介入せず、結果として当該資産の増加益に対する課税が繰り延べられることになってもやむを得ないものとし、当事者が決定した代金額をもって譲渡収入金額を計算しようとする態度をとっているものと解される。

 ◎ 売買契約を交換契約と認定することは許されない

 所得税法は、売買契約における譲渡所得と交換契約の譲渡所得について、その課税標準を異にすることを容認し、前者については、当事者間で合意された代金額を原則として尊重するという態度に出ているものである。したがって、当事者間においてなされた2つの売買契約において、結果として双方の有する財産権の交換的な移転の要素があったとしても、そのことから直ちに、当事者間の意思の合理的な解釈として、2つの売買契約を交換契約であると認定することは、特段の事情がない限り許されないというべきである。

● 裁判所の判断の疑問

 裁判所は、当事者が、交換契約ではなく、売買契約を締結した場合には、これを否認し、交換契約と認定しての課税処分を行うことは出来ないと判断したわけです。しかし、この判断には疑問があります。

 民法は、売買(民法555条)と、交換(586条)を明確に区別しています。しかし、所得税法には、売買、あるいは交換との概念は登場しません。所得税法第58条には、「固定資産の交換についての譲渡所得の特例」が登場しますが、これは交換一般についての条項ではなく、特定の要件を備えた交換契約についての課税の特例を定めたものにすぎません。つまり、所得税法には、売買と交換とを区別する条文は存在しないわけです。

 したがって、民法上の契約が、「売買」の場合も、「交換」の場合も、所得税法では譲渡所得と分類し、所得税法33条が適用されることになります。そして、譲渡所得は、「総収入金額から……資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額」として計算されることになっています。

 そして、所得税法36条は、「総収入金額に算入すべき金額」は、「その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする」としています。

 さて、さんが土地を売却したことによって得た経済的な利益は何だったでしょうか。これが現金で受け取った1億8000万円だけだったとは思えません。これに加えて、時価7億9000万円の土地を4億0000万円で購入できるとの権利、これがなくしてはさんも売買契約には応じなかったはずです。

 つまり、さんが行った取り引きについての課税の本質は、裁判所が認定するような「売買か交換か」ではなく、「さんが得た経済的な利益は幾らか」ということだと思うのですが、どうも、裁判所は私法上の契約形式(売買か交換か)に引きずられすぎてしまったような気がします。

● 同じ判断をした高裁判決

 裁判所の判断は間違っていると思うのですが、しかし、同様の判断をした東京高裁判決もあります。こちらの判決内容も検討してみます。

 東京高裁平成10年(行コ)第108号所得税更正処分等取消請求控訴事件 平成11年6月21日判決 判例時報1685号33頁

 この事案の争点は前述してきたところと同様です。「本件取引が、課税庁側の主張するように、譲渡資産と取得資産との補足金付交換契約とみるべきものであつたのか、それとも控訴人(納税者)の主張するように、譲渡資産及び取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺とみるべきものであつたのかという点にある」。裁判所は次のように判断し、納税者の主張を認めました。

 ◎ どのような法形式を選ぶかは当事者の自由である

 本件取引に際して、の間でどのような法形式、どのような契約類型を採用するかは、両当事者間の自由な選択に任されていることはいうまでもないところである。確かに、本件取引の経済的な実体からすれば、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約という契約類型を採用した方が、その実体により適合しており直截であるという感は否めない面があるが、だからといつて、譲渡所得に対する税負担の軽減を図るという考慮から、より迂遠な面のある方式である本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することが許されないとすべき根拠はないものといわざるを得ない。

 ◎ 売買契約を補足金付交換契約という法形式に引き直すことは許されない

 いわゆる租税法律主義の下においては、法律の根拠なしに、当事者の選択した法形式を通常用いられる法形式に引き直し、それに対応する課税要件が充足されたものとして取り扱う権限が課税庁に認められているものではないから、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用して行われた本件取引を、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約という法形式に引き直して、この法形式に対応した課税処分を行うことが許されないことは明かである。

 このように判断し、「に対して本件譲渡資産を代金7億3313万円で売却するとともに、他方でからが本件取得資産を代金4億3400万円で購入し、この2つの売買契約の代金を相殺した差額の2億9913万円を、らに対して本件差金として支払つた」とみるべきと判断し、納税者の主張を認めました。

 売買契約において代金を4億3400万円とされた土地は、第三者から7億7820万円をもって購入された土地でした。裁判所は、これを4億3400円との値を付けての売買契約も有効と判断したわけです。


           aの認識         課税庁の認定
     土地  4億3400万円      7億7820万円
     現金  2億9913万円      2億9913万円
      合計 7億3313万円     10億7733万円

● 相互の値引きを否定した地裁判決

 本当に、このような方法での節税が可能なのでしょうか。もし、これが可能なら、時価10億円の土地を交換するに際しては、相互に6億円の土地の売買との処理をすれば簡単に節税できることになってしまいます。しかし、そのようには簡単には出来ていないのが世の中。このような処理を否認した判決も紹介しておきましょう。

 広島地裁平成9年1月29日判決 

 甲土地の時価は2億3000万円、乙土地の時価は1億3869万円であり、社とは、この時価を前提とした経済活動を展開していた。そして、社とらは、甲物件等の売買価額を相互に5000万円ずつ圧縮(相互に値引)した契約を締結し、そのとおり履行がされた。この二つの取引は相互に関連性をもって成立し、社が甲物件を時価より低廉に譲渡したことによる損失分(5000万円)は、乙土地を同様に低廉に譲り受けたことに伴う経済的利益(5000万円)によって補填され、相互に対価性を有する。社は、覚書を取り交わして、甲物件を5000万円値下げする自己の経済的負担の見返りとしてに対し乙土地の5000万円の値引きを求め、その通りの取引を行ない、あたかも5000万円を差し引いた価額が真実の売買価額であるかのように仮装し、租税負担の軽減を図ろうとしたことが認められる。

 このような事例について、裁判所は次のように判断し、納税者の請求を棄却しました。

 「甲物件等の売買においては、何ら経済的実質を伴わないのに「値引き」と称して5000万円ずつ圧縮した売買価額を仮装し、租税負担の軽減を図ろうとしたものであり、その売買価額の決定につき合理的た理由を認めることはできないし、また、甲物件等の取引につき国土法の制約を受けるからといって、取引当事者間で経済的実質的に時価を前提とした取引がなされている本件では、法人税法上、当該時価を基準として課税関係を律した本件課税処分を違法とすることはできない」。

● 判例の位置づけ

 納税者の主張を認めた判決は、売主を個人とする取り引きであり、所得税法59条(注1)が適用される事例です。ところが、納税者の主張を排斥した事例は、法人を売主とする取り引きであって、法人税法22条が適用される事例。この違いが判決の結論を生んだのかもしれません。

 しかし、当事者が自由に売買価格を決定(時価10億円の土地を6億円と)しての相互の売買契約が行われた場合に、税務上も、その売買価額を前提にした課税処分を行うとの裁判所の判断には、前述したように、私法上の契約形式に引きずられてしまった大きな誤解があるような気がします。

 時価7億9000万円の土地を4億0000万円で売却するとの大きな節税を許した裁判例を紹介しましたが、しかし、実務では、時価を下回る価額での売買などは常に否認されると考えておいた方が無難です。

(注1)所得税法59条はシャウプ勧告からの歴史を持つ奥の深い条文です。今回の判例で紹介できなかった課税関係は、次回以降の事例でも取り上げて解説させていただく予定です。


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