変額保険訴訟で被告になった税理士

● 専門家のリスク

 価値ある提案は常にリスクとの2人連れです。何もしなければリスクはないのですが、残念ながら、常に依頼者に対して有効なアイデアを提案し続けなければならないのが専門家の宿命。今回は変額保険をアドバイスしてしまった税理士の地獄を覗いてみます。

● 第1の事案

 は、61歳の無職の女性でしたが、昭和63年に夫が死亡したことから、相続税の申告をする必要が生じ、取引をしていた銀行に税理士の紹介を依頼しました。そこで紹介されたのが、今回の訴訟の被告になった税理士です。

 税理士は、相続税の申告手続を進めているときに、から、自身が死亡した場合の相続税対策について相談を受けました。そして、は、土地を担保に銀行から借金し、この資金を生命保険として払い込む方法を紹介しました。

 は、銀行に相談し、銀行の担当者と税理士は、これを保険会社に引き継ぎ、保険会社の担当者は保障額を3億円とする変額保険の計算書を作成し、これを税理士に手渡しました。

 は、保険会社から受け取った計算書(シミュレーション)をに示し、保険料を銀行から借り入れて保険料を一時払いするが、相続時には保険金の支払いを受け、その資金をもって借入金を弁済し相続税を支払うとのスキームを説明すると共に、生命保険の運用利回りの方が銀行の利息より高いので、借入金の返済は充分に可能であり、自己資金の必要はないと説明しました。シミュレーションの内容は、銀行借入金利が6.2%で、変額保険の運用利回りが年9%というものでした。

 は、この説明を聞いて変額保険に加入することにし、銀行から1億7000万円の借金をして1億3000万円の保険料を払い込みましたが、その後の株価の低迷により、結局、保険契約を解約しても9000万円の払い戻ししか受けられませんでした。この差額の4000万円の損害を被ったとして、保険会社と共に、税理士を訴えたわけです。

● 裁判所の判断

 東京地裁平成6年(ワ)第11104号損害賠償請求事件 平成8年3月26日判決

 裁判所は税理士の損害賠償義務を認めました。ただ、高額の生命保険契約を締結するについて、原告にも軽率な判断があったと8割の過失相殺を認定し、税理士に対しては損害額の2割である800万円の支払いを命じました。

◎ 税理士は資産と収入の概略を把握しており、その内容を具体的に踏まえた相続税対策を施すことができたはず

 被告は、原告の夫を被相続人とする相続税の申告手続を担当した税理士であるから、が相続した資産の内容及びの収入の概略を十分把握していたというべきである。右のような立場にあったは、の資産関係及びの収入の内容を具体的に踏まえた相続税対策を施すことができたはずである。

◎ 税理士が報酬請求をした事務内容であるにもかかわらず不十分

 の行った相続税対策としての本件変額保険の説明及び勧誘は、税理士が報酬請求をした事務内容であるにもかかわらず、依頼者であるの具体的な資産関係及び収入の内容を踏まえることのない不十分なものであって、が相続税対策として変額保険に加入するかどうかを決する際に正しい判断材料を与えたとはいえない。

◎ 税理士は誤った説明を行ったものであって顧客に対する職務上の説明義務に違反する

 は、報酬請求したことに照らせば、の資産及び収入を踏まえた上、保険契約の運用率が低下した場合の問題点についても具体的に助言をすべきであったところ、むしろ本件保険契約の特別勘定の運用率が将来にわたって9パーセントないしその前後の高率で維持されるかのような誤った判断をもたらす説明を行ったものといわざるをえない。右のような説明は、税理士がその職務として行った税務上の助言としては不十分なもので、税理士が顧客に対して負っている職務上の説明義務に違反するというべきであり、の行為はに対する不法行為に該当する。

● 第2の事案

 は、マンション2棟とアパート、貸地などを所有する資産家で、幾らかの社債の投資を行った経験もありました。そのが、銀行の担当者に対し、顧問の税理士が相続税対策に不熱心なので、別の税理士を紹介してほしいと依頼しました。そして、銀行員から税理士の紹介を受けました。

 税理士に変額保険の相談をすることになるのですが、これは税理士の得意とする分野だったようです。判決は、「被告は、変額保険が我が国に導入された後間もなくから、アリコの依頼に基づいて変額保険を利用した相続税節税対策について一定の研究を遂げていた」と認定しています。事実、税理士は、自ら変額保険を用いた相続税対策の提案書を作成して、その内容を次のようにに説明しています。

 4頁の説明においては「いま利回りが高いですから単純な財テクと考えても有利」であるとし、「だいたい利回りが9パーセントですからね」とし、5頁の説明においては、経過年数ごとの実質利益を「もうけ」と表現し、「変動保険金」につき死亡保険金が年数をとるごとに増えていると指摘している。

 7頁の説明においては、「解約した場合に、解約返戻金と借入金とを比べていただきますと、必ず解約返戻金の方が大きい」、「大きいから必ずもうかる」、「運用利回りを9パーセントでみていますが、いま運用利回りの一番高いところはエクイタブルが15パーセント位」、「大蔵省としては、9パーセントぐらい最低利回りでいくということですね」とコメントした。

 10頁の説明として、変額保険の一応の利回りとして、東証第一部の全銘柄平均複利年率である14パーセントのグラフ線を示し、11頁の日本経済新聞の記事については、その文章を読み上げたが、「各社平均して年10パーセント前後の実績で来ている」と述べたにとどまり、それ以上、特に変額保険のリスクについてコメントをすることはなかった。

 最後に、12頁の部分を読み上げた上、原告らの資産からすると、このプランの3倍くらいの保険料による変額保険の加入が相続税対策としては必要であるとコメントした。

 は、税理士の説明を受けて、「先生、だから、入れれば、正直言うと多ければ多いほどいいんでしょ?」、「危険があるとあれだけど、危険がなければ入れるんだったら何倍か入っておけば…」と問いかけると、税理士は、「ええ、危険があるものじゃないですからね」、「ええ、いちばん有利なんですね」と応じた。

 は、銀行などから紹介を受けた6社の生命保険会社との間で変額保険契約を締結し総額18億円の保険料を払い込みました。このような経過によって締結された変額保険について、その後の解約により生じた損失の賠償を生命保険各社と税理士に対して求めたわけです。

● 裁判所の判断

 東京地裁平成6年(ワ)第19267号損害賠償請求事件 平成11年3月30日判決

 この事件についても、裁判所は税理士の損害賠償義務を認めました。こちらの事案は、保険金額が大きかっただけ、賠償額も大きくなっています。税理士が命じられた賠償額は1億3000万円を上回りました。

◎ 保険料相当額の融資を受けることを前提とする変額保険の加入であることを知っていた税理士には説明義務がある

 銀行から保険料相当額の融資を受けることを前提としてに対して本件変額保険の勧誘・募集に該当する行為をしたものであることは明白であり、も、当然にこのことを認識していたと推認できるものというべきである。そうすると、は、右に当たり、原告甲に対し、次のような内容の説明義務を負っていたものというべきである。

 信義則上、契約者に対し、変額保険の概要、仕組みを説明するだけでなく、その有利性のみならず、そのリスク、すなわち、資産運用のリスクは契約者に帰属し、解約返戻金については最低保証がないことについて、契約者の年齢、経歴、社会的地位、財産状態、経済知識、投資経験、理解能力等に応じて、具体的に説明すべき義務があるというべきであり、その場合の説明の方法、程度については、単にパンフレツト類等を交付したり、抽象的一般的な説明をするだけでは足りず、適切な資料等に基づき、相手が理解できる程度に、口頭での具体的な説明が行われる必要があるというべきである。

◎ 税理士の説明は危険なものではないとの趣旨を強調する内容となつている

 被告のしたコメントは、前記のとおりであつて、変額保険を利用した相続税対策の有効性を強調し、変額保険の運用利回りを9パーセントとして経過年数ごとの累計利息等を記載した上、実質利益が常にプラスとされている試算表及び東証第一部の全銘柄の運用実績が14パーセントであることを示すグラフ等を掲げ、9パーセントくらいの運用利回りは変額保険の運用として控えめの数値であり、解約返戻金の額は常に借入金額を上回っており、総じて、危険なものではないとの趣旨を強調する内容となっている。

 被告に対し、変額保険の概要、仕組みのほか、その有利性のみならずそのリスクについて信義則上要求される十分な説明をしたと認めることはできず、説明を怠ったものと認めるべきである。

● 高裁での逆転判決

 このように税理士の説明義務を詳細に判断し、その過失を認めたのが裁判所の判断なのですが、この二つの事件については後日談があります。なんと、高裁で逆転判決が言い渡されたのです。まず、第1の事例から、その逆転の理由を紹介してみます。

 東京高裁平成8年(ネ)第1877号損害賠償請求控訴事件 平成12年9月11日判決

◎ 税理士に変額保険を勧誘するだけの知識があったとは思えない

 税理士が変額保険についてどの程度の知識を有していたかは疑問であり、から亡夫の死亡に伴う相続税の申告手続に関する事務を受任した税理士であるにすぎず、被告保険会社の関係者でもないが、本件シミュレーションを用いて変額保険について詳しい説明を行い、に対し保険契約に加入するための勧誘活動を行うというのも不自然な事態であり、したがって、そのような事実があったとすることに疑問があるものとせざるを得ない。

 そうすると、原告の保険契約への加入等に関して、について、説明義務の違反等を理由とする不法行為責任を認めることは、困難なものといわざるを得ない。

◎ 税理士の受け取った報酬が変額保険に関するものとは認定できない

 税理士は、が本件保険契約に加入したことに関して、右の相続税の申告等に関する事務に対する報酬とは別に、10万円の報酬の支払をに対して請求して支払を受けた事実がある。しかし、これは、もともとの相続税の申告に関する事務処理に対する報酬を大幅に減額させられたことから、が本件保険契約に加入した機会に、いくらかでもこれを補うという意味合いもあって、10万円の報酬を請求することとなったもののようにもうかがえるところであり、が原告からこのような報酬を受け取っていることを理由に、が本件保険契約に加入することによって被った損害について、にもその賠償責任があるものとまですることも困難。

 第2の事例も東京高裁で逆転判決が言い渡されているようです。まだ、判例誌に紹介されいていないので、税法雑誌からの孫引きになりますが、次のような判決理由です。

 原告には投資経験があり、マネー誌を購読していたことからは投資に関する知識が通常よりも優れていた。税理士は、の求めに応じ、変額保険を活用した場合の節税効果などを試算し、それを説明するとともに、アメリカの株式暴落のあったブラックマンデーに関する新聞記事を拡大コピーし、試算資料に付けてに与えていた。このような事実を認定し、判決は、の知識などを踏まえると、税理士のリスク説明は十分だったと、説明義務違反の不法行為はなかったと判断して、税理士の賠償義務を認めた地裁判決を取り消しています。

● 訴えられる税理士は

 依頼者から賠償請求をされた税理士のイメージは、知識不足で、危ない処理をする税理士ということになってしまうのだと思います。しかし、何件かの税理士賠償事件の相談を受けてきた経験からいえば、逆に、優秀で、真面目な税理士の方が訴えられる危険が高いような気がします。

 優秀な税理士は、依頼者から相談された難題を何とか解決しようと知恵を絞ります。そして、真面目な税理士は依頼者の役に立つべく努力をしてしまう。しかし、価値ある提案は常にリスクとの2人連れです。賠償義務が高裁で否定されたから良かったものの、被告になった5年間は地獄だったと思います。そして、勝訴した後に追いかけてくるのが弁護士からの成功報酬の請求書。必要なのは依頼者の役に立ちすぎないということかもしれません。


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