現物出資・事後設立・財産引受の検査役の手引き

 平成12年12月 東京地裁民事8部

1.検査役制度の目的

 現物出資・事後設立・財産引受(以下「現物出資等」という。)について検査役制度が採用されている理由は、これらが資本充実の原則を損なうおそれのある取引であるため、裁判所の選任した検査役に目的資産の調査を行わせて、資本充実の原則に反する事態を防止しようとすることにある。

 したがって、検査役は、対価が資本充実の原則に反しないという判断に達することができれば、それ以上の調査を行う必要が無く、資本充実の原則に反する疑いがある場合にのみ、目的資産の適正な評価額を慎重に算定する必要があることになる。

 また、上記の制度目的から、現物出資等の検査役はその他の調査事項(例えば、現物出資者に対して与える「株式の額面・無額面の別、種類及び数」など)については、関係者に事実を確認すれば足り、その当否の判断まで行う必要はない。

2.最近の検査役制度

 近時、検査役制度に対しては、主に経済界から、制度目的に照らして費用と時間がかかりすぎるのではないかという疑問の声や、費用と時間について予測可能性がないなどという批判がある。このため、当部としても制度の経済合理性について検討を行い、予納金の基準を策定してこれを公表することを検討しているほか、検査役に対して報酬予定額を事前に告知し、報酬に見合う程度の調査を行うように指導するとともに、原則として調査報告書の提出期限を定めることとし、これが遵守されない場合には報酬予定額から減額することがあるものとした。

 検査役としても、このような実情に配慮し、制度の合理化を維持・増進するため、ご理解・ご協力をお願いしたい。

3.調査の方法・程度

 (1) 概論

 現物出資等の検査役選任申請事件においては、動産等の簿価による取引や債権の現物出資の場合を除き、申請人から公認会計士等の作成した評価書(鑑定書・意見書を含む)が提出されるのが通例であり、検査役の調査の方法・程度としては、これら評価書に示された数値の根拠と判断の妥当性について後追い的に検証することで足りると考えられる場合が多い。したがって、申請人から評価書が提出されており、裁判所が調査方法について具体的な指導をしない場合には、調査はこのような方法・程度で足りるものとご理解いただきたい。

 もっとも調査の具体的な方法・程度は、事案により求められるものが相当に異なるであろうし、検査役の裁量に委ねられていることでもあるから、検査役としては、調査に着手する前に、申請書その他の資料を精読し、申請人側から補足説明を受けて調査の勘どころを見極めた上、具体的な方針を立てる必要がある。このほか、申請人側とスケジュールを調整するなどの事前準備を十分に行うことが、円滑かつ効率的な調査を行うために肝要であろう。

 なお、検査役が調査の途上で判断に迷うことに逢着した場合、裁判所は何時でも相談に乗る用意がある。

 以下は、検査役に対する当部としての希望及び参考意見をまとめたものである。

 (2) 評価が困難な資産

 開発したばかりで、需要が不確実な商品・サービスの生財産や、未だ商品化されていない特許権などのように、収益性について実績がないか、実績に乏しい資産の評価においては、どのような評価方法を採用すべきかという問題とは別に、当該商品・サービスの魅力や将来性(特許権などについては商品化の可能性)についても簡単でよいから判断を示していただきたい(専門的見地からの調査・分析までは原則として必要ない。)。評価方法が如何に精緻であっても、評価の基礎となる数値(例えばdiscounted cash flow法における将来の予想売上高など)の根拠が当該商品・サービスの魅力や将来性に依存している場合には、これらに言及することは欠かせないであろう。ただし、事柄の性質上、将来の収益が確実か否かまで調査する必要はなく、予想収益が少なくとも可能性の範囲内であると認められれば足りる。

 (3) 多数の動産

 目的資産として自動車、パソコンなど多数の動産を含む場合、全ての物件について、現物の確認、取得価格・取得時期についての根拠の点検、減価償却の再計算などという作業を行う必要はない。現物出資等を行う者が会社であり、公認会計士による監査が行われているのであれば、会計帳簿を信頼することができるであろうし、そうでないとしても、無作為的にあるいは重要度に応じてサンプルを抽出し、そのサンプルについてのみこれらの作業を行うことによって、評価の適正を確認することができるであろう。

 なお、一般に、市場価格により購入した物について適正な減価償却がなされた価格は、原則として公正な評価額と認めて差し支えないものと考える(ただし、工場施設を構成する物については後記(5)を参照)。

 また、ある事業部門に属する多数の動産等を現物出資等の目的とする場合、その実質は営業を現物出資等の目的としていると評価できる場合も多く、このような場合、個別資産の合計価格を超えた価値(のれん代)を有する可能性のあることも考慮することができよう。

 (4) 土地

 目的資産が営業である場合に、これに土地が含まれることがあるが、これについて既に不動産鑑定士による評価が行われていれば、その評価書を点検して合理的であると認められれば足りる。

 当該土地の重要度によっては、不動産鑑定士の評価によることなく、近傍の公示価格や路線価などの資料から判断することも許されよう。

 (5) 工場施設・営業

 建物及び、機械類が一体的に工場施設ないし営業を形成している場合、特に老朽化した建物や機械類はその価値が簿価に満たないおそれがあり、また、収益性が低い場合もあるから、収益還元法による検討も考慮すべきであろう。

 なお、営業全部を現物出資等の目的としている場合、全体として収益還元法により評価することも合理的である。

 (6) 債権の現物出資

 会社に対する債権の現物出資(債務と株式の交換・debt equity swap)においては、新株発行価格について、当該債券の券面額を基準とするか、会社の財政状態を反映した評価額を基準とするかという問題があるが、当部では、近時、券面額を基準とすることを容認する取扱いをしている。このため、債権の現物出資における検査役の調査事項は、当該債権の存否のみということになり、報告書も簡略なもので足りる場合が多いことが予想される。

 なお、債権の現物出資では、特に、現物出資者に対して与える株式の数が問題となるが、その妥当性については検査役が判断すべき事柄ではない。

 (7) 公正に形成された価格

 目的資産について公正に形成された価格があると認められる場合には、そのことも重要な判断材料となるであろう。例えば、複数の会社が合弁企業を設立する場合には、目的資産の価格は、会社間における交渉の末に定められるであろうから、その交渉過程について事情聴取をすれば、価格の妥当性を推認できる場合も少なくないであろう。

 (8) 対価

 事後設立・財産引受においては、契約書上、対価が確定的でない場合、さらには対価を算出する計算方法が一義的でない場合がある。このような場合には、対価の計算方法や、結論として対価がいくらになるかについて、取引当事者に対して確認する必要がある。

 (9) 評価時点の問題

 目的資産の性質によっては、時の経過によりその内容・評価額に変動が生じるため、対価に関する交渉時、契約時(契約により代金確定の標準時を定めた場合にはその標準時)、検査役調査時、契約履行時などのいずれを評価基準時とするかによって、対価の相当性の判断に影響が生じる場合がある。しかし、当事者が対価を定めたときから契約の効力が発生しその履行がなされるまでの間には、ある程度の時間が経過することは避けがたいのであるから、その時間の経過が不合理ではなく、これによる価格変動が特に重要でもない場合には、基準時を対価に関する交渉時など適当な時点に定めて対価の相当性を判断することも許されるものと解する。

4.報告書の書き方

 (1) 報告書の書式は、裁判文書同様、A4版縦書きとするのが妥当である。文字サイズは11ポイントから13ポイント程度で、左余白を十分(30ミリ程度)とることが望ましい。

 なお、報告書の先例の一部は、当部書記官室において閲覧することができるが、かなりの力作が多いので、量、質ともこれが標準と思わない方が良いであろう。特に簡略化を目指すべき今後においてはなおさらである。

 (2) 報告書は、ドラフトを可及的速やかに(提出期限の数日前までに)提出する(提出はファックス送信でよい)。

 (3) 報告書の結論部分は、選任決定書に列挙された調査事項に対する回答の形式で作成する。例えば「目的資産は5億円と評価される」というだけでなく、その評価額と対価との関係を資本充実の原則から考察した結果を示すべきである。

 ただし、目的資産の評価額が対価を下回らないと認められる場合には、資本充実の原則に反しないことが明らかであるから、目的資産の評価額を厳密に算定する必要はない。

 (4) 検査役は主体的に判断することが求められる。

 申請人が提出した評価書を「後追い的に検証すればよい」といっても、評価書を無批判にトレースしたのでは意味がないのであり(目的資産の性質と評価書の出来栄えによっては、まさにこのような書き方で足りる場合もあると思われるが)、評価書を批判的な目で検討したことを示すように心がけたい。

 また、いうまでもなく、資産の評価額には自ずと幅があるから、一定の評価方法により機械的に算出した金額が対価を下回る場合であっても、直ちに資本充実の原則に反し不当な取引であるとは断じ得ないことにも注意を要する。

 (5) 調査の経過・内容がわかるような書き方をする。

 何時、何処で、どのような調査を行ったかを表示することが報告書の内容の信頼性を基礎付けるのであるから、これを記載する。

 また、事案の概要についても、簡略に記載する。

 (6) 近時の運用では、調査後に正式に定める報酬額は、予め告知する報酬予定額から大幅な増減を行わないこととしているが、報酬決定に当たり参考となる事項(補助者使用の有無、これに支払った報酬、出張旅費等の実費など)があれば、報告書とは別に、メモとして提出されたい。

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