◆ 再度のバブル ◆

 平成19年8月に、銀座の土地が1億8000万円で取引されました。19年前のバブル時の最高値は1億2000万円程度。まさに、バブルの再燃です。なぜ、人間は経験に学ばないのか。現状はバブルなのか、あるいは実経済なのか。それを冷静に眺めるためには、19年前のバブルを現実のものとして再体験することが必要です。

 そのためには、まず、バブルの熱気を再確認する必要があります。そこで、バブルの時代の熱気が伝わる資料はないかと探していました。数字の資料はありますが、でも、夏の暑さを摂氏35度といわれても実感が分かりません。

 しかし、真夏に、セーターを着て、オーバーを着てみれば、冬の寒さが実感できるように、冬にランニングシャツとパンツ一枚で庭で水浴びすれば夏の暑さが実感できます。

 そのような熱気を直に語る資料を探していたのですが見つからず、結局、たどり着いたのは、私自身が書いたバブル時の原稿でした。バブルの時代の夢物語としてご紹介します。

バブルの時代

第1章 地価高騰が税制に与えた影響を考えると

 首都圏の地価高騰は、納税者意識、それに、税制に大きな影響を与えた。

 まず、地価高騰は、相続税額を急騰させ、また、土地取引を増加させることによって、一部資産家の関心事であった相続税対策や、土地譲渡益課税に対する知識の必要性を、一般の関心事にまで引き上げてしまった。節税ノウハウを売り物にした出版物、毎週のように開催された銀行、証券会社主催の節税セミナーがこの需要に応えた。

 次に、従前、結果として受け入れられてきた税金が、目的として意識されるようになってきた。節税を目的とした投資行動である。マンション販売用のパンフレットに書かれた『所得税や相続税の節税に最適な……』との宣伝文句、不動産業者からの『ご主人の所得税の節税になる……』との電話での第一声。数え上げればきりがない。

 そして、このような納税者意識と、それを利用しようとする銀行、証券会社、保険会社が考えた節税のみを目的とする節税商品の売り出しである。利益の繰り延べを目的としたレバレッジ・リースやオプション取引、そして、本来の目的を逸脱した大型変額保険。

 最後には、このような極端な節税策を防止するための、理念のない、つぎはぎ税制の導入である。相続税を計算するについての養子の数の制限、負担付贈与についての相続税評価額の適用除外、相続開始前3年以内に取得した資産の取得価格による評価、非居住者からの不動産購入についての10%源泉税制度。

 そして、多分、次にくるのは納税意識の荒廃であろう。生活費に課税する消費税の導入、それに対して、資産家のみ許された種々の節税策。マイホームヘの相続税の課税と、小さなマイホームも買えない庶民の暮らし。これが、『脱税は正当防衛』、『税金を払うのはバカ』と考えさせる納税意識をつくり出すことになっても不思議はない。

 本章では、地価高騰が生み出した納税者意識の変化と、これに対抗して行なわれた税制上の施策を、さらに詳しく検討してみる。


◆ 地価高騰で相続税が75倍になった例もある

 昭和61年の都内最高路線価の上昇率は37.9%、昭和62年のそれは79.2%、さらに、昭和63年は40.1%、平成元年は14.6%、平成2年は16.8%である。ここ2年間の都内の路線価上昇率は、落ち着いてきたものの、それでも上昇率は2桁である。地価高騰が地方に波及した果、平成2年度の全国平均の最高路線価の上昇率は28.7%になっている。

 この上昇率を実際の路線価に当てはめると、6年前に100万円だった相続税評価額が、平成2年には4.6倍の463万円に増額されたことになる。

 ここでいう路線価は、土地や借地権の相続税評価額を計算する場合の基礎になる金額である。相続税財産評価基本通達は、土地や借地権の評価方法として、路線価方式の他に倍率方式も定めているが、倍率方式が適用されるのは農地、山林、それに地方の住宅地に限られており、商業地域、それに、一般的な住宅地については路線価方式による計算方法がとられる。

 路線価は道路ごとに設定されているので、一番簡単な例で計算方法を示せば次の通りである。路線価は千円単位の一平方メートル当たりの土地単価である。したがって、前面道路に300との路線価が付されている200uの土地の相続税評価額は6000万円になる。これが借地権の場合は、更地価格に借地権割合、たとえば、60%を乗じた3600万円になり、底地の場合は、更地価格から借地権価格を差し引いた2400万円になる。 なお、最高路線価というのはその地域の一番高額な路線価で、国税庁はまず毎年2月ごろに最高路線価を決定し、次に、最高路線価を参考に全体の路線価を決定していくという手順を踏む。

 では、路線価の4.6倍への上昇は相続税納税額の4.6倍への上昇になるだろうか。昭和60年に20万円だった路線価が、その後、都内の平均的な路線価の上昇率に比例して改定されたと考えて計算してみたのが、下の(表1)の相続税欄に示した結果である。ここで前提にしたのは、父親が死亡し、相続人は子3人。遺産は居住用の250平方メートルの土地だけで、他に財産はないとの事例であるが、この事例では、路線価が4.6倍になることによって、相続税の納税額は75.6倍になっている。

 しかも、これは、相続税が大幅減税されたにもかかわらずの計算結果である。昭和63年から適用されている減税の内容は、2000万円と法定相続人1人につき400万円だった基礎控除を、4000万円と法定相続人1人につき800万円へと倍額に増額し、また、被相続人等の居住の用に供されている土地について200uまでは40%の評価減を行なうとの特例を、50%の評価減にするとの内容になっている。

 今回の相続税減税は13年ぶりの減税であり、それも、基礎控除を倍額へと増額する大幅減税であるが、それでも、平成2年の相続税額は、昭和60年の相続税額を75.6倍も上回っている。もちろん、相続税額は、相続財産の総額、それに、相続人の数によって異なってくるが、それでも、相続税の減税の効果を相殺して、なお、上回る地価の高騰である。


◆ 節税目的で養子縁組する人も出てきた

 死亡前日に息子たちの配偶者5人を養子にしたという事案や、孫を含め10人を養子にするといった事案が、相続税の節税のみを目的とするものとして国税庁の注目を引いた。

 なぜ、養子縁組が節税になるのか、ここでおさらいをしてみよう。まず、相続人1人についての800万円の基礎控除がある。それと、相続税の計算方法から生じる税率の引き下げ効果である。これは、相続税法が、単純な遺産取得者課税ではなく、修正遺産取得者課税を採用していることから生じる節税効果である。

 これを理解するためには、相続税の計算方法、それに、超過累進税率の意味を知らなければならないので、ここでは詳細な説明は省略するが、相続財産10億円について、相続人が子供である場合の相続税額の総額は(表2)の通りである。子が1人から10人に増加することにより、3億円の節税になる。そして、養子縁組による節税は、その養子が相続財産を全く相続しない場合にも同等の効果がある。

 養子縁組については、生命保険金や退職金の節税効果も無視できない。昭和63年の相続税減税前は、法定相続人1人について、生命保険金については250万円、死亡退職金については200万円の非課税枠がもうけられていた。養子が1人増えることで、利用できる生命保険金や死亡退職金の非課税枠も増加することになるわけである。この非課税枠が、相続税減税後は、生命保険金、死亡退職金の各々について500万円に増額されている。

 孫を養子にすれば、親から子へ、子から孫への2回の相続を、親から孫への1回の相続に短縮することができる。相続を3回すれば財産はなくなると言われているが、その相続の回数を1回分省略できるわけである。

 このような節税効果を求めて、一部の資産家は以前から孫を養子にする節税方法をとっていた。ただ、そのような節税策は、吝嗇家の一部資産家が、それも内孫を養子にする程度のものに限られていた。これが、今回の地価高騰、それに伴う相続税の急騰で、養子縁組を、なりふりかまわぬ節税策として一般の関心事にしてしまった。

 この節税策に対抗して、昭和63年の税制改革は、相続税の計算に算入される養子の数を、実子のある者については養子1人、実子のない者については養子2人までと制限した。さらに、改正法はその養子縁組が相続税の負担を不当に減少させるときは、制限内の養子についても、相続税の計算から除外することができるとの権限を税務署長に与えることにした。この改正法によって、養子縁組による節税は、ほとんど、不可能になったわけである。

 しかし、この節税防止策には批判がある。

 まず、制限される養子を、節税目的養子に限っていないため、節税目的でなく養子になった者も、課税上の不利益を被ることになったことである。

 それに、養子制限は、これが相続税の計算の範囲内に限られるとはいうものの、実子と養子が平等であることを基本とする法常識にも反する。共同相続人が養子であるときは、共同相続人が実子である場合と比べて、相続税額が大きくなるわけである。この差別に合理的な理由があるとは思えない。

 もともと、今回の養子の数を制限するとの対抗策自体が、対症療法的であったことから生じた矛盾であり、このような批判は、後に説明する今回の一連の節税防止対策税制のほとんどにあてはまる。そして、さかのぼれば、すべての原因は異常な地価高騰にある。これは、相続税を計算するについて養子の数を制限するというような姑息な手段で解決できる問題ではない。


◆ いまや常識となった節税目的の不動産の購入

 地価高騰によって高額になりすぎたと批判のある路線価ではあるが、逆に、これでも安すぎるとの批判もある。確かに、路線価によって計算した土地の相続税評価額は、その土地の実勢価格の50%から60%程度の水準にある。とすれば、この価格差を利用した節税策がでてきてもおかしくはない。これが節税目的の不動産の購入である。10億円の借金をして、相続税評価額5億円の土地やマンションを買えば、それだけで相続税の課税価格は5億円の減少になる。

 ただ、この矛盾は今に始まったことではない。以前から、土地の相続税評価額と実勢価格との間には大きな乖離があった。というより、この乖離は、いまより大きいものだった。現在、土地の相続税評価額は実勢価格50%から60%といわれているが、10年ほど前は、これが実勢価格の30%から40%といわれていた。これが、ここ数年、地価との乖離を埋めるとの建前の下に、相続税評価額が地価の上昇割合以上に増額されることによって乖離が縮められてきたのである。たとえば、平成2年度の全国平均の路線価改定率28.7%の内訳をみると、地価上昇分が22.4%、公示価格との格差是正分が6.3%となっている。

 ただ、以前は、このような乖離を相続税の節税に利用しようとする者は、ごく一部の資産家に限られていたし、また、その資産家が不動産投資による節税を図っても、国税庁が目くじらをたてて追及するようなことも行なわれていなかった。養子縁組による節税と同じである。ところが、これが、ここ5年〜6年のうちに状況が変わってきた。まず、国税庁が、相続開始直前の不動産の取得を問題にするようになってきたことである。

 もっとも、国税庁が問題にするのは、相続開始時点で契約が終了していない取引に限っていた。このような、取引中途の不動産購入契約について、その相続財産は何になるのか、また、その評価額はいくらかということが争われた課税処分取消訴訟が、ここで続けて4件起きている。この訴訟で、納税者は、相続財産は土地と、そして、その評価額は路線価を基礎とした相続税評価額であると主張し、国税庁は、相続財産は土地引渡請求権と、その評価額は取引価格だと主張してきた。

 このように、今回の地価高騰以前は、路線価と実勢価格の乖離が争いになるとしても、特殊な事例に限られていたのであるが、今回の地価高騰は、これを、通常の問題にしてしまった。

 確かに、不動産の広告パンフでうたわれるのが、相続税の節税のための不動産投資となってしまったのでは、国税庁も無視できない。昭和63年の税制改革は、相続開始前3年以内に取得した土地建物は、路線価等を基礎とした相続税評価額ではなく、購入価格をもって課税価格とする制度を導入した。

 しかし、この解決策も、対症療法的、水洩れ対策的な方法であるため、次のような批判を残すことになった。まず、この条文は、地価が下がった場合については何も触れていない。確かに、火災、陥没等の物理的な災害により価格が下がった場合は評価減ができるものとされている。しかし、一般的に地価が下がり、あるいは、隣に建築されたビルに日照権を奪われたことで個別に地価が下がったような事例は、相続税の計算では一切考慮されないことになっている。これは、相続税法の基本原則、つまり、取得者の担税力に応じた課税という基本原則に背くことになる。

 それに、3年を区切って評価額を区別することにいかほどの合理性があるのだろうか。これでは、相続税評価額と実勢価格との乖離は、長期的な視点に立った対策をとれる資産家のみに貢献することになってしまう。

 ここでも、問題は相続税評価額にあるのではなく、2年間で3倍になってしまう地価そのものにあると考えることができそうである。


◆ アパート経営も節税に利用できる

 不動産の広告にゴシック体で書いてあるのが節税の2文字。ここ4、5年の不動産ブームはアパート経営の目的を、賃料収入から所得税と相続税の節税目的に変えてしまった。これも、地価高騰で目覚めた節税意識をターゲットとした新商法の一つである。

 アパートの建築はいくつかの節税効果を生み出す。まず、建築資金の利息と建物減価償却費を経費に算入することによる所得税の節税。次に、建物を貸家として、また、敷地を貸家の敷地として使用してすることで、評価額を引き下げる相続税の節税。そして、敷地がアパートの敷地として使用されることによって認められる小規模事業用地の評価減の特例の適用である。

 試みに、アパート建築による相続税の節税効果を計算してみれば次のとおりである。敷地は相続税評価額2億円の更地。ここに5000万円をかけてアパートを建てる。建物の固定資産税評価額は建築費の60%程度の3000万円。この相続税評価額は貸家として、さらに30%引きの2100万円。土地は、まず、貸家建付地として借地権割合に借家権割合を乗じた約20%引きの1億6000万円。それに、200平方メートルまでは評価額から60%を減じるとの小規模事業用地の特例を使えば、これが、6400万円。結局、更地にアパートを建築することによって、2億5000万円だった相続財産が8500万円に減少することになる。

 節税のためにアパートを建てられたのではたまらない。昭和63年の税制改革では、小規模事業用地として評価減できる敷地を、アパートについては10室以上、独立家屋については5棟以上のものを貸し付けている事業主が所有しているものに限ることにした。小規模のものは、事業承継税制が保護すべき事業用地にはあたらないとの理由である。

 しかし、この制限については疑問がある。多くのアパートを所有する資産家は保護され、細々と間貸しをする貧乏人は切り捨てられることになるからである。この悲劇は、マイホームの一部を貸室にしたときは、もっとひどいものになる。マイホームとしてだけ使用していれば小規模宅地の50%の評価減の特例が受けられる。しかし、一部を貸室に改造したときは、その貸室に対応する部分の敷地については、小規模事業用地の特例も、小規模宅地の特例も受けられないことになる。生活に困って間貸しを始めたという者にとっては、なんとも恨めしい相続税法の改正である。

 今回のアパートブームに火をつけたのはワンルーム・マンション。これは、相続税の節税よりも、所得税の節税を売り物にしている。利息、それに減価償却費を必要経費に算入することによる所得税の節税である。

 昭和63年の税制改革は、この所得税の節税効果には手をつけていない。もし、不動産投資による所得税の節税効果まで問題として取り上げれば、大企業が行なっている不動産投資も同じように問題として取り上げなければならない。それでは事が大きすぎるというのが大蔵省の考えである。

 不動産業者は中途半端な税制改革を乗り越える知恵を持っている。10室に満たないワンルーム・マンションの所有者をターゲットとして、いま、買い増しによる相続税の節税をセールスポイントとした販売戦略が行なわれている。


◆ 節税目的の負担付贈与とはなにか?

 相続税評価額3億円の土地がある。ここに3億円かけて賃貸マンションを建築する。土地の相続税評価額は貸家建付地として約20%引きの2億4000万円。建物の固定資産税評価額は約1億8000万円、そして相続税評価額は貸家として、その30%引きの1億2600万円。すると、マンションの相続税評価額は敷地と合わせても3億6600万円ということになる。このマンションを息子に3億6600万円で売却すれば、息子には贈与税はかからない。息子はマンションの貸料収入で購入資金を返済していけばよい。

 では、父親の所得税はどうだろうか。土地を2億4000万円で売却したことによって譲渡所得が発生するが、この譲渡所得は、3億円で建築した建物を1億2600万円で売却したことによる譲渡損と通算される。

 結局、課税関係なく、相続税評価額3億円の土地と建築費3億円のビルが、代価を3億6600万円として息子に売却できることになるわけだ。これが、一時、流行した負担付贈与による相続税の節税である。

 今回の地価高騰は、やさしさの時代を実現した。このまま私が死んだら息子が相続税で困るだろうとの親心である。そこで、建築業者と銀行員の勧めにしたがって、老骨にムチ打って多額の借金でマンションを建てる。果たしてマンションに借り手が入るだろうかとの心配が寿命を縮めることになるのだが、息子のためならしかたがない。

 銀行員は路線価図をもって、ちょっとまとまった土地を持つ年寄りの心配をかきたてるために飛び回り、建築業者は航空図で空地を捜し回った。

 今回の地価高騰は、優秀なセールスマンを通じて、節税など意識したことのない小市民にまで相続税対策の必要性を喚起させた。そして、セールスマンから土地相続の決め手として提案されたのが、この負担付贈与である。息子は相続税を免れ、建築業者は仕事にありつける。そして、銀行は不動産担保の安全な融資先を確保できる。ビル建築による相続税の節税は、ビル建築ブームの呼び水になった。

 しかし、隣に住んでいる土地持ちがビルを建てて相続税を免れたとの噂が蔓延したのでは、国民の納税意識にもさし障りがでる。国税庁は、急拠、平成元年4月1日以降に行なわれる負担付贈与については、相続税評価額ではなく、実勢価格をもって贈与税額を計算するとの通達を出した。この通達が出されたのが3月29日で、適用が4月1日だから、全くゆとりのない取扱いの変更である。これで負担付贈与による節税のブームは終わった。

 ただ、極端な節税策に極端な節税防止策で応えた今回の負担付贈与防止通達は、不動産の取引、特に、身内問の不動産取引に大きな影響を与えることになった。たとえば、次のような事例がある。

 兄弟が父親から相続した土地を共有しているが、そこには兄夫婦が住んでいる。弟が結婚することになり、住まいが必要になったが、弟にはマイホームを買う頭金がない。そこで、弟は、相続財産の共有持ち分を兄に買い取ってもらうことにした。

 以前は、このような身内間の取引では、取引金額をいくらに決めるかは当事者の自由だった。もちろん、取引金額が共有持ち分の相続税評価額を下回れば、その差額については贈与税が課税される。しかし、相続税評価額さえ上回っていれば贈与税が課税されることはなかった。

 しかし、今回の負担付贈与防止通達は、このような取引を不可能にした。仮に、兄弟間の取引でも取引金額は実勢価格でなければならない。もし、実勢価格を下回った価格で譲渡すれば、その差額について贈与税が課される。仮に、それが身内の情に基づく取引価格だったとしても、しっかりと贈与税が課税されることになるわけだ。

 負担付贈与防止通達の問題点はこれだけではない。相続税評価額1億円、実勢価格3億円の土地の単純贈与を受ければ、贈与税の課税価格は1億円だが、これを1億円の対価を支払って買い取れば、贈与税の課税価格は3億円である。無償で取得するよりも、対価を支払った方が贈与金額は大きいとの矛盾が生じることになるわけである。

 この他、贈与税の計算に実勢価格を用いるとの今回の取扱いが、法律の改正ではなく通達によって行なわれたこと、会社を介入させた同種の節税策には今回の通達は無力であること……の批判が多いのが、今回の負担付贈与防止通達である。

 本当に解決されなければならないのは、採算価格を無視して高騰する地価である。そして、その地価高騰に便乗して改定される相続税評価額にある。相続税対策のため息子に財産を贈与したら息子の嫁がワガママになってしまったとか、息子に先に逝かれてしまい逆に相続税を払うことになりました、との愚痴を聞くことも少なくない。


◆ 究極の節税法−節税目的の会社設立

 税理士試験に受かっても、なかなか自信をもって計算できないのが同族会社株式の評価。株主を支配株主と非支配株主に分け、会社を小会社、中会社、大会社に分けて株価を計算する。

 支配株主が所有する株式の価格は次のように計算する。まず、それが小会社であれば、株価算定の基礎になるのは相続税評価額で計算した会社の所有資産の価格。これから、将来課税されるであろう法人税相当額を差し引いた残額を株式数で除したのが、1株当たりの評価額になる。したがって、小会社の株価は、地価高騰の影響を直接に受けたものになる。

 しかし、これが大会社になれば、計算の基礎に算入されるのは、会社の利益と配当、それに帳簿価額で計算した会社の純資産である。

 したがって、大きく値上がりした土地を所有する会社の場合は、所有資産を株価算定の基礎に算入する小会社として計算するより、利益や配当を基礎とする大会社としての株価算定方式の方が有利になる。

 では、どうしたら税務上の大会社になれるか。答えは簡単である。資本金を1億円に増資すればよい。資本金1億円の会社は、その営業実態が零細企業である場合でも、税務上の取扱いでは大会社である。そんなわけで、節税コンサルタントを名乗る人たちは、中小企業の社長を相手に増資による相続税の節税を説いてきた。

 確かに、中小企業にとって相続税は恐怖である。父親が戦前から経営してきた会社だが、その事務所敷地の相続税評価額は30億円。これを会社の純資産として株価を算定されたのでは9億円を超える相続税が課税されてしまう。相続税を支払うためには資産を売らざるを得ないが、しかし、資産を持っているのは会社であって、相続人ではない。会社の資産を売却すれば会社は解散せざるを得ない。

 それに、会社の資産を売っても、その50%相当額は法人税として先取りされてしまう。残りを株主として受け取れば、配当所得として60%を超える所得税が課税される。会社の命は現社長の寿命と一緒に終わるしかない。

 そこで考えだされたのが、資本金を1億円に増資する大会社案であるが、節税コンサルタントが考え出すアイデアはこれだけではない。まず、会社の株式を友人と持ち合う大企業方式。これは、非支配株主の所有する株式の評価に配当還元方式が採用されることを利用した節税策である。この方式では、経営者は51%の株式だけを所有し、残りの49%は信頼できる友人に持ってもらう。

 こうすれば、相続税が課税される株式数を減らすことができる。友人が所有する株式の価格は配当還元、つまり、年間配当額を10%で除した価格を評価額とする方式で計算されることになるから、評価額が額面価格を超えることはほとんどない。だから、友人が亡くなっても、その家族に大きな迷惑をかけることはない。

 あるいは、もっと極端な節税策である。会社を3社設立する。そして、A社はB社の全株式を所有し、B社はC社の全株式を所有する。そしてC社がA社の全株式を所有すれば、経営者が死亡しても相続税が課税されることはない。株主が、寿命をもった個人から、死亡することのない会社に入れ替わってしまうからだ。こうしておけば、株式を相互に持ち合っている大会社と同じに、相続税に悩まされることなく会社の経営に専念できる。

 今回の地価高騰は、社員の将来を真剣に考える会社の経営者をノイローゼにしてしまった。経営者が相続税の節税など考えていてよいはずがない。1年問働いて得た所得よりも、所有資産が値上がりしたことによって増額した相続税の方が大きいというのでは、なんのために働いているのかわからなくなる。相続税は、いずれ支払うことになる国に対する借金だが、この一年は借金を増やすだけの1年だったと考えなければならない社会は健全ではない。


◆ 税金を払わずに国外脱出する外国人もいる

 香港に本社のある海運業CM社は、港区白金台に約1000平方メートルの土地を所有していたが、この土地を昭和61年8月に売却し、45億円の売却益を得た。ところが、CM社は、土地売却についての法人税の申告を行なわないまま、千代田区にあった営業所を閉鎖し、香港に引き上げてしまった。国税局では同社に対し法人税と無申告加算税の合わせて21億円の追徴を決定したが、香港での強制的な追徴や差し押えは不可能で、税金の取りはぐれになることが心配されている。

 日本の地価高騰は、外国人には驚異に映った。土地神話を信じる日本人であれば、地価高騰の気配は士地の売りどきではなく、買いどきである。しかし、土地神話のない外国では、土地の値上がりは売りどきである。今回の地価高騰では、オーストラリア大使館だけでなく、日本国内に土地を持っている多くの外国人と外国の会社が土地を売却した。もちろん、日本国内にある土地を売却すれば、外国人や外国法人についても日本での納税義務が発生する。しかし、取引の数が多くなれば、税金を納めずに代金を国外に送金してしまう会社も多くなる。

 外国に逃げてしまうことによって納税を免れようとするのは外国人ばかりではない。Y.G氏が経営していた会社、これは日本の会社だが、この会社は渋谷区原宿の一等地を売却して240億円の売却益を得て、東京国税局から120億円の追徴課税を受けることになった。しかし、これを納税せず、売却代金を米国に設立した会社に送金し、その会社名義でラスベガスにカジノをオープンし、さらに、カリフォルニアでは牧場を買い取って45頭のサラブレットを、そして、自家用ジェット機をと、賛沢な買い物を次々と続けた。120億円の追徴金には年率約15%の延滞税が加算され、滞納額では史上トップ。しかし、国税局が差し押えたのは日本国内にある4億円相当の資産だけだということである。

 これでは、日本の国税庁も黙っているわけにはいかない。平成2年度の所得税法の改正で、非居住者の土地売却についての源泉徴収制度を導入した。日本国内にある土地を非居住者から買い受けようとする者は、買受代金の10%を源泉徴収税額として翌月10日までに国に納めなければならない。10億円で土地を買い受ける者は、9億円を売り主に支払い、1億円を国に支払うことになったわけである。

 ここにいう非居住者は外国人や外国会社ばかりではない。継続して1年以上外国に居住する必要がある職業につく者は、日本人であっても非居住者である。したがって、外国転勤中の日本人の留守宅を購入する場合は、今回の源泉徴収制度の適用を受けることになる。逆に、外国人だからといって、非居住者だとは限らない。引き続いて1年以上日本に居住する者は、外国人でも居住者である。

 しかし、日本に住んでいるからといって日本の居住者とは限らない。外国に居住しながら日本に長期出張している外国人も、いまでは珍しくない。

 今後、土地を買うときは、このような区別をしてから代金を支払わなければならない。間違って、非届住者に代金の全額を支払ってしまえば、国から請求される源泉徴収税額と合わせて、売買代金の10%相当額を二重に支払わされることになる。

 確かに、売り逃げしてしまう者がいるときには、売買代金から先取りしておかなければ、税金は貸し倒れになってしまう。しかし、このように買い主に危険と負担をかける源泉所得税制度が正しい制度だろうか。

 給与所得の源泉徴収義務については、「納税義務者と徴収義務者との間に何らかの経済的関係があって、第三者が徴収義務者とすることが社会通念から見て合理的と考えられ、かつ、徴収義務者の負う負担が自らの業務の遂行に付随して処理される程度のものであって、通常忍容すべき限度内のものであれば、憲法違反の問題を生じないと考えるべきである」と解説されている(『租税判例百選(第2版)』橋本公亘)。

 要するに、たいした手間のかかることではないから源泉徴収義務は憲法に違反しないと解説されているわけである。国税庁は、米国にも同様の制度があることを、日本での制度導入の理由としているが、米国での不動産取引には、取引の専門家であるエスクロ(第3者寄託方式)会社が売り主と買い主の間に介入することが制度化されており、一般の買主が源泉徴収制度のことを知らずに代金の金額を売り主に支払ってしまう危険は回避されることになっている。米国で源泉所得税制度が導入されていることが、制度の異なる日本での源泉所得税制度導入の理由になるとは思えない。


◆ 地価高騰の原因は土地コロガシにあるのか?

 なんといっても、今回の地価高騰で有名になったのは、「地上げ」という言葉である。多分、今回の地価高騰が発生するまでは、ほとんどの人は「地上げ」や「地上げ屋」という言葉を知らなかったのではないだろうか。地上げ屋の活動は大阪で始まり、借家人や借地人を強引に追い出すことから、その実態がマスコミで取り上げられるようになった。その後、これが東京にも登場し、地価高騰による土地需要の増大に合わせて活躍の場を広げていった。

 このように、地上げ屋と地価高騰は相互依存の関係にあったことから、地価高騰の原因は地上げ屋にあるとして、その手口の悪質性とともに、地上げ屋が地価高騰の病巣であるような非難を受けることになった。

 はじめ、地価高騰は東京への外資の流入にあるとか、OA化によるオフィスビル不足が原因、あるいは、資産の価値が上がって怒る国民はいないなどと、地価高騰を肯定的に捉えていた政府も、2年間で3倍に上がる地価を放置しておくことはできず、何らかの対策を取ることを迫られた。そこで生けにえにされたのが、地上げ屋を含む不動産業者である。土地コロガシが地価高騰の原因だという考えである。

 確かに、不動産業者が高い値段をつけなければ地価は上がらない。それに、買い入れたばかりの土地を転売するだけで、労せずして何億円もの利益を手に入れるのもけしからん、ということで、昭和62年に導入されたのが超短期土地譲渡に対する重課税である。転売益に割り増しの課税をすれば、土地コロガシをする者はいなくなるということで、通常の税金の外に譲渡益の30%の法人税を課税することにした。

 今までも取得後5年内の土地転売利益には、短期土地譲渡として20%の割増課税が行なわれていたが、さらに、取得後2年内の土地の転売利益には30%の割増課税を行なうことにしたわけである。地方税と合わせると、超短期の土地の譲渡益に対する税額は、ほぼ100%になる。これは、土地の転売で儲けることは悪であり、超短期土地譲渡に対する課税は罰金だと考えなければ理解できない税負担である。

 しかし、地価高騰の原因は土地コロガシにあるのだろうか。土地は転売するから値段が上がるのだろうか。これは、原因と結果を取り違えた議論ではないだろうか。

 地価高騰の被害者の立場ではなく、不動産業者の立場で考えてみたい。10億円で購入した土地は、どうしたら11億円で転売できるだろうか。答えは一つ、11億円で購入してくれる客を探すことである。買い入れた土地は、買い手がいるから転売が可能になるのであって、転売するから値段が上がるわけではない。

 地価を決定するのは、その値段で買い取っても採算が維持できる最終ユーザーの存在であり、土地を転売するだけの不動産業者や地上げ屋ではない。


第2章 税制が地価高騰に与えた影響を検証する

 昔、商社が市場占有率(シェア)競争をしたことがある。当社は鉄鋼の取扱高では一番だという発想である。しかし、このような発想は問違っている。売上げを伸ばしても利益がついてこなければ意味がない。売上げの増大は貸し倒れの危険を生じさせるだけである。

 経営者もこれに気づき、次には、利益競争をするようになった。当社の利益は何百億円だという発想である。これには、遅ればせながら、銀行も気がつき、いま、銀行は取引高よりも、利益率の高い融資先への選別融資をすすめている。

 しかし、この利益競争も時代遅れだと気がついたのが、ここ4,5年の意識の変化であり、これが今回の地価高騰の一因ともなった節税のための不動産投資である。必要なのは税引後の利益であって税引前の利益ではない。どんなに多額の利益を計上しても、税引後の利益が残らなければ意味がない。

 税引前利益と税引後利益の違いは次の例で説明できる。

 ある商品を売って200万円の利益を計上したが、この利益を獲得するのに150万円の交際費を使った。税金を考えずに所得計算をすれば、この取引の損益は、利益200万円から交際費150万円を差し引いた50万円の純益である。

 しかし、これが税引後の損益計算では50万円の損失になる。理屈は次の通りである。交際費150万円は税務上の必要経費にはならないので、この取引によって計上される課税所得は200万円。これに対し50%相当の100万円の法人税が課税されて計算上の税引後の利益は100万円。しかし、ここから、さらに交際費として支出した150万円を差し引かなければならない。すると、実際に手元に残るのは50万円の支出超過。税引前の損益計算では50万円の利益を計上した取引も、税引後の損益計算では50万円の欠損になってしまうわけである。

 税務署は企業経営のパートナー。したがって、パートナーとは利益を折半しなければならない。しかし、このパートナー契約には特約条項がある。交際費は企業側が全額を負担するとの特約だ。その特約があるため、200万円の利益には100万円の税金が課税され、利益を獲得するために支払った交際費は企業が全額を負担することになる。これが税務署とのパートナー契約の内容である。

 ただ、このパートナー契約には企業に有利な特約もある。土地購入資金の利息は税務署が半額を負担してくれるが、その土地の値上がり益については、税務署は分け前を請求しないとの特約だ。とすれば、土地投資に勝る商売はない。経費の半額を税務署に負担してもらって獲得した値上がり益の全額を企業は取得できることになる。

 税引前利益で見ていた社会を税引後利益の視点で見まわすと、部屋の中でサングラスを外したように社会の実態が見えてくる。昔から、一部の資産家は税引後の視点で社会を見ていたが、ここで、より多くの者が税引後の視点を持つようになった。その発想の転換が節税商品としての土地需要を高めることになった。

 本項では、地価決定のメカニズムと、それに税制がどのような影響を与えたかを、さらに詳しく検討してみる。


◆ 地価決定のメカニズムを分析すると

 経済学的な考えを基礎におく者は、地価を次のように分析する。

 地価は土地の経済的価値を反映して決定される。そして、土地の経済的価値には次のような2つの側面がある。一つは土地を賃貸して得られる賃料収入、あるいは、自ら利用することによる使用収益である。2つめは土地を所有することによって得られる資産価植の上昇、つまり値上がり期待である。土地が持つ2つの経済的価値と、その土地を購入するためのコストとが比較検討されて、土地の購入が選択される。

 土地を購入するためのコストは購入資金についての利息であるが、これは、他の資産に投資する場合に比較した土地投資の不確実性が加味されて、他の一般金利よりも割高になる。

 したがって、土地市場での均衡条件は、土地の収益率と、不確実性が加味された利子率が等しくなるときということになる。

 利子率=使用収益÷土地価格+値上がり期待額÷土地価格

 これを、土地価格についての計算式に変換すれば次のようになる。

 土地価格=(使用収益+値上がり期待額)÷利子率

 たとえば、その土地を所有することによって年額100万円の地代と年間100万円の値上がり益が見込める土地の価格は、利子率を8%とすれば、次の通り2500万円になる。

 2500万円=(100万円+100万円)÷8%

 これは、2500万円の借入金について200万円の利息を支払い、その見返りに、100万円の地代と100万円の値上がり益を確保することを示している。したがって、この土地を2500万円で購入すれば、資産の増減は均衡する。これがマイホームを購入する場合の採算価格である。

 このような計算をすると、今回の地価高騰の原因は、過剰な流動性と過剰な値上がり期待ということになる。この例で、値上がり期待が年間200万円に上昇し、利子率が6%に低下すれば、採算価椿は2500万円から5000万円に上昇する。

 5000万円=(100万円+200万円)÷6%

 ただ、この採算価格についての理解では、現状の地価を説明することができない。この計算では、金利が常識的な水準に戻り、過剰な値上がり期待が消滅すれば地価は適正な水準に戻るはずである。しかし、日本の地価が半分に下がっても、それでは、現在、米国の地価総額の4倍といわれている日本の地価総額が、米国の2倍になるだけである。これが適正な地価水準だとは思えない。


◆ 土地が節税商品に−それが問題だ

 土地の採算価格をもう一度見てみよう。

 土地価格=(使用収益+値上がり期待額)÷利子率

 税法的な視点で見ると、この計算式には不十分なところがあることがわかる。税額計算に影響を与える要素と、影響を与えない要素が混在しているわけである。

 年額100万円の地代と年間100万円の値上がり益が見込める資産を想定すると、年額100万円の地代は課税所得を構成するが、100万円の値上がり益は課税所得を構成しない。

 そこで、税金の影響を排除するために、すべての要素を税引後に修正して計算式をつくりなおすと次のようになる。

 土地価格={使用収益X(1−税率)+値上がり期待額}÷{利子率×(1−税率)}

 年額100万円の地代と年間100万円の値上がり益を見込める士地で、子予率が8%という例について、60%の税率が与える影響を計算すると次のとおりである。

 4375万円−{100万円×(1−0.6)+100万円}÷{0.08×(1−0.6)}

 税金を考慮しなかった場合の採算価格は2500万円だったが、60%の税率を考えると、採算価格は4375万円に増額する。

 この計算式は次のような内容を表わしている。4375万円の借入金をもって土地を購入する。地代収入は年額100万円。借入金については利子率を年8%として年間350万円の利息を支払う。すると、課税所得の計算では年額250万円の損失が発生する。そこで、税率を60%として、250万円の損失を他の所得と通算すると、全体の納付税額は150万円の減少となる。

 しかし、この計算結果を資産の増減として捉えると損失はない。地代収入100万円、値上がり益100万円、それに土地投資による節税額の150万円を加えた350万円が資産の増加額だとすれば、利息として支払った350万円が資産の減少額であり、資産の増減は差し引きゼロである。

 60%の税率が適用される者にとっての採算価格は、4375万円ということになるわけである。ちなみに、税率が70%の場合の採算価格は5416万円、逆に、50%の場合は3750万円、ゼロの場合は2500万円になる。なお、ここでの税率は、当然、上積税率である。

 以上の検討結果は、次のような事実を明らかにしている。

 年間100万円の賃料収入と年額100万円の値上がり益が期待できる土地について、利子率を年8%、税率を60%とすれば、ある者にとっての採算価格は4375万円であるが、他の者にとっての採算価格は2500万円だということである。そして、この差は、土地を節税商品として購入できるか否かの差である。

 土地を節税商品として購入できる者は、企業、それにアパート経営等のために土地を購入する者であり、節税商品として購入できない者は、マイホームとして土地を取得する者である。

 ところで、この土地について、不動産市場ではいくらの取引価格が成立するだろうか。1人は2500万円で売ってくれと申し入れ、もう一人は4375万円でも売ってくれと申し込む。もちろん成立する価格は4375万円である。土地投資の節税効果は、一方の者に利益を与えるだけでなく、土地の市場価格を引き上げることになるわけである。

 では、この節税効果に過剰流動性が影響を与えた今回の地価暴騰を再現してみよう。

 使用収益は変わらないが、値上がり期待は大きく増加し、利子率は史上最低にまで落ち込んだ。これを、値上がり期待が200万円に増額し、利子率が6%まで低下したとして計算してみると、次のとおり、採算価格は1億円まで上昇する。

 10,000万円={100万円×(1−0.6)+200万円}÷{0.06X(1−0.6)}

 他の条件は変更せずに値上がり期待を200万円まで増額すると、採算価格は、さらに1億4000万円まで上昇する。

 マイホームとして2500万円で売りに出されるべき土地が、過剰流動性と節税効果の二重のてこの働きで、1億円、あるいは、1億4000万円まで高騰してしまう。これが、今回の地価高騰のメカニズムである。


◆ 値上がり益課税でマイホームを取り戻せ

 節税計算が土地の採算価格を引き上げているのでは、マイホームとしての採算計算は成り立たない。では、事業用地とマイホーム用地との問に公平な市場を回復するためには何が必要か。答えは明らかである。値上がり益に対する課税を行なえば、事業用地の採算価格はマイホームを購入する場合の採算価格と同額になる。

 2500万円−{100万円X(1−0.6)+100万円×(1−0.6)}÷{0.08×(1−0.6)}

 個人がマイホームを購入する場合ならば、購入資金の利息も、また、値上がり益も、課税計算の枠外のことになる。利息は税引後所得から支出され、値上がり益は課税所得を構成しない。

 ところが、これが事業用地を購入する場合だと、税引前所得計算と税引後計算が入り繰ることになる。購入資金の利息は税引前所得から支出されるのに対し、その支出によって獲得された値上がり益は課税所得を構成しない。この入り繰りが事業用地についての節税計算を許すことになっているわけだ。

 電気製品を製造している日本のビッグ企業N電気は、最近、都内に所有していた2万1000平方メートルの敷地を利用して本社ビルを建築した。敷地は以前から所有していたもので、その帳簿価額は20万4000円。1平方メートル当たりでは9円60銭にしかならない。しかし、この土地の実勢価格は1平方メートル当たり1000万円を下回ることはないから、敷地の含み益部分の合計額は2125億円。これが、マイホームとしての節税計算を切り捨てることによって蓄えられた土地値上がり益の一例である。

 税法がつくり出している不公平は土地購入についての不公平だけではない。

 ここでは2つのコンビニエンスストアに登場してもらう。A店とB店である。この両店は隣合わせに店舗を開設している。この両店は、店舗が自己所有であるという意味では平等の競争条件にあるが、一点だけ大きな違いがある。というのは、A店には30年に一度、土地価格の30%に相当する税金が課税されるのに対し、B店には課税されない。したがって、Aが店を維持しようと思えば、土地価格の30%に相当する納税資金を、次の30年後に向けて蓄えておかなければならない。

 しかし、土地の価格は毎年上昇し、それにつれて税額も増加していくので、A店は、なかなか納税資金を蓄えることができない。A店は、納税資金を商品価格に転嫁しなければやっていけないが、それではB店との価格競争に負けてしまう。納税資金を蓄えられないときは、A店は店舗を処分して税金を支払わなければならない。

 ご推察いただけたと思うが、課税されるのは相続税であり、A店は個人経営の店舗、B店は法人経営の店舗である。ただ、法人経営といっても、中小法人ではない。B店は、株主に相続税が課税されても痛痒を感じない大企業が経営する店舗である。

 いろいろな矛盾のある土地税制ではあるが、その矛盾は2つの契機をもって精算されることになっている。一つは人の寿命であり、もう一つは資産の売却である。

 節税効果をもって蓄えた土地も、また、裏金で購入した土地も、何十年かに一度の相続税の洗礼を避けることはできない。

 それに、地価高騰で蓄えた値上がり益も、その土地を売却した時点での課税を避けることはできない。矛盾が永遠に維持されることはないわけだ。

 しかし、この関門も、死亡することのない者、また、土地を売却する必要のない者に対しては無力である。土地税制の矛盾によって蓄えられたストックは、精算されることなく、永遠に所有し続けられることになるわけである。


◆ いま必要な税制改革の中身を考えよう

 現状の地価は、節税商品としての土地の有利性が過大な採算価格を許すことによってつくられてきた。

 いま必要な税制改革は、正常な採算価格を基礎として地価が決定される土地取引市場の回復である。

 では、何が土地を節税商品としていたのか。地価高騰のメカニズムを研究することによって得られた答えは、土地取引についての不公平税制の存在である。

 マイホームとして2500万円で売りに出されるべき土地が、過剰流動性と節税効果の二重のてこの働きで、1億円、あるいは、1億4000万円にまで高騰してしまう。

 なぜ、今までの地価対策は無力だったのか。地価高騰のメカニズムに手をつけず、現象面への対策でごまかしてしまう、という誤りをくり返すゆとりはない。

 地価対策には3つの方法がある。効果のない方法と、効果はあるが間違った方法。それに、正しい方法である。

 たとえば、土地転売益への重課税、これが効果のない方法の代表だ。土地投資の節税効果は、土地の保有にあるのであって、土地の転売にあるのではない。現に、今回の地価高騰は、取得後5年内の土地転売利益に20%の割り増し課税をするという制度の下で発生している。

 効果はあるが間違った方法の代表が、固定資産税の引き上げだ。確かに、固定資産税の引き上げは、土地保有コストの上昇を通じて、土地投資の採算価格を引き下げることになる。それに、土地保有コストが低いことが土地投資の魅力を増加させているとの説明自体に誤りはない。しかし、固定資産税を増額することによっては、地価高騰の原因となった不公平税制を解消することはできない。

 オリンピックの陸上競技に棒高跳びがある。この競技に参加する選手の一部がバネ付の靴を履いて出場したことから、今までの記録6メートルを軽く突破し、なんと、30メートルの記録も珍しくなくなった。バネ付の靴を履いていない一般の選手はかなわない。しかし、バネ付の靴には欠点もある。30メートルも飛び上がるため、着地の時に骨折する選手が続出することになった。

 そこで、オリンピック委員会は協議し、全選手に足枷をはめることにした。これで、バネ付の靴を履いている選手の記録も、一般の選手の記録も半分に落ち、バネ付の靴を履いている選手も骨折しなくなった。

 これは、間違った解決策だ。オリンピック委員会が、まず、やらなければならなかったことは、一部の者が履いているバネ付の靴を禁止することであって、全選手に足枷をはめることではない。


◆ まず必要なのは企業所有地への値上がり益課税

 まず、必要なのは企業所有地ヘの値上がり益課税だ。しかし、値上がり益課税に対しては、未実現の利益に課税するものとの批判も多い。

 しかし、土地値上がり益は未実現だろうか。再度、N電気に登場してもらう。N電気が本社ビルを建築した2万1000平方メートルの敷地。売りに出せば、適正な値段での買い手はすぐにでも現われる。これが未実現だろうか。

 企業会計原則は、収益認識の基準として実現主義を採用し、収益は原則として譲渡のときに実現するものとしている。材料を仕入れ、加工し、組み立て、注文をとって、納品する。理論としては、収益は、納品で終了する製造過程の全てにおいて、逐次、発生していくものであるが、不確かな収益は認識しないとの保守主義は、この理論を修正している。商品の売却による収益は、納品、あるいは、検収を受けたときに実現するとの実現主義だ。

 しかし、この収益計上の基準を土地の値上がり益にまで適用することが正しい会計原則の理解だろうか。それに、そのような理解が経済の実態をとらえることになるのだろうか。課税所得を計算する場合にも保守主義を採用すべきだろうか。これには次のような疑問がある。

 まず、企業会計原則はインフレを前提としていない理論だということだ。確かに、会計理論が完成した18世紀の話なら、インフレを考えなくても正確な所得が計算できた。しかし、貨幣価値が不変との理論では、資産について経常的な値上がりが発生するのが当然という現在の経済を説明することはできない。

 次に、企業会計原則、というより、これを基礎とした租税理論は、全ての資産が換金されることを前提につくられているということだ。出資者を募り船を購入する。そして、その船でこしょうや絹を買ってくる。無事、港に戻って来たときには、船と積み荷を売却し、そこから航海費用と船長の分け前を差し引いた残りを出資者に分配する。たとえてみれば、シェイクスピアの時代の経済である。

 このようにすべての資産が換金される経済なら、値上がり益に対する課税を処分時まで延期しても問題はないが、今日の経済は大きく変質している。資産を運用して利息を稼ぐ。利息を資産に投下して、また利息を稼ぐ。とすれば、資産を換金するまで課税を延期する今の税法では、値上がり益に対する課税の時期は永遠に訪れない。

 値上がり益課税については、資産を再評価することが難しいとの批判もある。しかし、相続税の実務は、全ての資産の評価が可能であることを前提としてつくられている。値上がり益に課税するについて、資産の再評価が困難だとは思えない。


◆ 企業にも相続税を負担してもらおう

 次に、必要なのは企業に対する相続税課税だ。個人は約30年に1度、相続税評価額を基準にして相続税を納めている。ならば、企業も、これを負担しなければ、競争の公平が維持できない。企業に対しても、30年に1度の相続税に代わる租税負担、たとえば、国土庁が提案するような、毎年、相続税評価額の1%程度の保有税を課税するという方法はいかがだろうか。

 企業に対し相続税を課税することについては、企業の資産は株式の保有を通じて個人に帰属しているとの法人擬制説の立場から、株主に対する相続税の課税との、二重課税になるとの批判があるが、これには疑問がある。

 例としてNTTを使わせてもらえば、NTTの本社ビルを見上げて、このビルは私が所有するビルだと考える株主がいるだろうか。それに、NTT自身、株主に相続税が課税されても何の負担も感じない。会社が相互に株式を持ち合っている上場企業では、企業が保有する資産の大部分は、別の企業が所有することになる。経済の実態を素直にとらえれば、企業が株主の代理人としてではなく、企業そのものとして実在することは理解できるはずだ。

 株主と会社が区別されず、会社への相続税課税と、株主ヘの相続税課税が、実質的に二重課税になってしまう中小企業については、新しい課税方法を考えればよい。たとえば、株式については、配当、あるいは、利益だけを基礎とする株価算定方式だ。

 いまのように、株主が会社保有資産を間接的に所有しているとする株価算定方式よりは、はるかに合理的なはずだ。確かに、毎年の相続税課税は企業の負担を増加させることになる。しかし、それでも、30年に一度、企業の存続を不可能にするような相続税が課税されるよりは、はるかに事業承継もしやすくなる。

 法人に相続税を課税している例は諸外国にはないとの批判もあるが、ストック経済を謳歌する企業と、一生働いてもマイホームも買えない庶民が混在する社会も他にはない。

 新しい社会には、新しい理論。国民の生活は、古い理論で解決できないところまで追い詰められている。


◆ 適正な負担による適正な成長が望まれている

 企業への再評価税や保有税課税は、コストの転嫁を通じて消費者物価を引き上げ、また、企業の国際競争力を失わせるとの批判がある。

 しかし、ここで提案しているのは、企業に個人よりも余分な税を負担してもらおうということではなく、個人と比べて優遇されている企業課税を見直し、個人と同等の税負担をしてもらおうとの提案だ。

 一部の者にだけ許されている節税効果がなくなり、土地投資にも自由公平な市場が形成されれば、おのずから地価は適正な水準に落ち着くはずである。

 適正なコストを負担しない産業は、適正な成長から脱落していくというのは歴史が教えるところ。節税という補助金を受け取って成長してきた企業には、本来の意味での競争力はない。企業がストックの運用を中心に利益計画を立てるようになったら、日本の経済成長の終焉も遠くはない。汗を流して働くことが中心ではなくなる社会、これは、人の命を安くみる社会だ。一流大学を卒業し、一流会社に勤めてもマイホームも買えない社会や、衣食住が会社の丸抱えなどという社宅制度に頼らなくてはならない社会は健全ではない。子どもたちに残せる社会を回復するのは、社会を壊してしまった大人たちの責任ではないだろうか。

*再評価税と企業への相続税課税については「地価高騰により拡大した税法上の問題点」(関根稔『ジュリスト』1988年3月1日号)

相続税評価額を実勢価格まで引き上げることが誤りであることについては、「地価とは何か」(関根稔『税研』1988年7月20日号)を参照。