税務事例で学ぶ会社法

 …… 省略 ……

第3 自己株式という存在

 《1》自己株式の買受け.

 ▲事例▲
 会社にはカネがあるが、個人にはカネがない。
  …… 会社からカネを引き出す方法として自己株式が使えます。
  …… 相続税が課税される歴史のある会社には内部留保があります。
  …… 相続税の納税資金に苦しむというのはウソです。
  …… 自己株式の買取りには約50%の所得税(地方税を含む)が課税されます。
  …… 相続時点こそ、自己株式の買取り(会社からカネを引き出す)のチャンスです。
  …… 相続開始後3年10ヶ月以内の自己株式の買取りなら譲渡所得です。
  …… 自己株式についての知識は税理士には不可欠です。

  結論 …… 自己株式の買取りは事業承継の究極のツールになりました。

 《2》税法上の時価(取引事例は利用できるのか).

 ▲事例▲
 オーナー株主が100人以上の少数株主から株式を買い取った。当事者が合意した価額が否認され、類似業種比準価額と純資産価額との併用方式を採用した価額を適正な時価として、贈与税の課税処分が行われた。この事例では、当事者間に贈与の意思どころか、通謀もなく、どちらかと言えば敵対した者同士の取引だった。しかし、そのような状況で合意された価額でも「売買実例のあるもの」には該当しないという判決だった(平成19年1月31日東京地裁判決)。


    ┌────────────┐     ┌────────┐
    │ 100人以上の少数株主 │  →  │ オーナー株主 │
    └────────────┘     └────────┘


  …… 当事者間の取引で合意された価額は税務も認めるのか。
  …… 取引相場のない株式には2つの価額があります。
  …… 少数株主として100個の取引事例があっても、支配株主には使えません。
  …… 取引事例を使えるとする通達は「嘘」です。

  結論 …… 当事者間の合意価額は、二重価額がある以上、税務では使えません。
     …… 取引相場のない株式の時価はフィクションの世界です。
     …… フィクションの世界に現実(取引事例)を持ち込むのはルール違反です。

 《3》自己株式の時価(会社が自己株式の低額買い入れをした場合の贈与税課税)..

 ▲事例▲
 従業員が所有する30%の株式を、自己株式として配当還元価額で買い取ることにした。


      従業員       オーナー
      │30%      │70%
      └────┬────┘
           │
          会 社



  …… オーナーには相続税法9条が適用されるのか。
   9−2 …… 同族会社の株価の上昇
   9−4 …… 親族株主からの株式価値の移動
  …… 通達の制定の趣旨が異なると考えるべきです。
   9−2 …… 租税回避の防止です。
   9−4 …… 贈与税の課税漏れの防止です。

  結論 …… 相続税法9条の適用はないと考えて良いのでしょう。

  …… 自己株式の買取りで、発行会社に対して受贈益課税が行われるのか。
   第1の場合 …… 従業員株主から配当還元価額で買い取った。
   第2の場合 …… オーナー株主から配当還元価額で買い取った。

  結論 …… 税務相談事例集の解説が削除された現在でも、有効なのだと思います。

 《4》自己株式の課税関係(第1時代から第4時代).

 ▲事例▲
 オーナーの相続人から1株50万円で手に入れた自己株式を社員株主に1株5万円で売却し、45万円の売却損を計上した。


    ┌───────┐   ┌──────┐
    │ 相 続 人 │   │ 社員株主 │
    └───────┘   └──────┘
        │          ↑
        │50万円      │5万円
        ↓          │ 
    ┌──────────────────┐
    │    発  行  法  人    │
    └──────────────────┘


  …… 商法から会社法への歴史
   第1時代 自己株式の取得が禁止されていた時代
   第2時代 自己株式の取得が4つの場合について認められた時代
   第3時代 自己株式の取得が解禁された時代

  …… 税法は商法、会社法に追従せざるを得ません。
   第1時代 …… 会社にとって資産(借方)であり、株主にとっては譲渡所得の時代
   第2時代 …… 会社にとって資産(借方)であり、株主にとっては配当所得の時代
   第3時代 …… 会社には資本の払戻し(貸方)で、株主にとっては配当所得の時代
   第4時代 …… 第3時代に加え、親会社の株式譲渡損の計上が禁止される時代
        …… 第3時代に加え、配当の益金不算入が否定される時代


    ―――――――13/9/30―――――18/3/31――――――22/10/1――――――
    … 第1時代 …|… 第2時代 …|… 第3時代 …|… 第4時代 …


  結論 …… 自己株式の時価は幾らかという哲学論から解放されました。

 《5》自己株式の課税関係(第3時代)..

 ▲事例▲
 M&Aによって子会社化した会社の株式を、子会社に譲渡した。
 1株の購入価額は1500円で、子会社から支払いを受けた対価も1500円だった。

  …… 自己株式の買取りは減資払戻しと同様です。


         ───────┬───────────
                │資本金等の額 1000
                │利益積立金   500

       資本構成     …… 株主の受領額 ……   
     ┌─────┐  ┌─────┐         ┌─────┐
     │     │  │     │         │     │
     │資本金等 │  │     │         │     │
     │   の額│  │譲渡の対価│         │     │
     │     │  │として  │         │ 譲渡原価 │
     │ 1000│  │ 1000│         │     │
     │     │  │     │         │ 1500 │
     │     │  │     │         │     │
     ├─────┤  └─────┘┌─────┐  │     │┐
     │     │         │     │  │     │譲渡損
     │利益積立金│         │配当として│  │     │▲500
     │  500│         │  500│  │     │┘
     └─────┘         └─────┘  └─────┘

        現 金 1500 / 有価証券 1500
        譲渡損  500 / 受取配当  500


  結論 …… 税法は、まず、1株当たりの資本金等の額からの払戻しと考えます。
     …… 上場会社については配当所得課税は生じません(法法23@四)。
     …… 市場から買い取るのでは、誰が買主かが分からないからです。
     …… 大会社でも上場していない会社が存在します。

 《6》自己株式の課税関係(第3時代の節税手法).

 ▲事例▲
 株主から自己株式を買い取ると配当所得課税になってしまう。そこで別会社を設立し、そこに株式を買い取らせる。その後、別会社は発行会社に自己株式を買い取らせることにした。


    ┌────────┐     第2案
    │  株  主  │──────┐第1段階
    └────────┘      ↓
        │       ┌───────┐
   第1案  │       │ 別 会 社 │
        ↓       └───────┘
    ┌────────┐      │
    │  発行会社  │←─────┘第2段階
    └────────┘


  第1案 …… 株主が直接に発行会社に株式を売却 … 配当所得
  第2案
   第1段階 …… 株主は別会社に株式を売却 … 譲渡所得
   第2段階 …… 別会社は取得した株式を発行会社に売却 … 配当金の益金不算入
                              … 譲渡損計上
        現 金 1500 / 有価証券 1500
        譲渡損  500 / 受取配当  500

 ▲事例▲
 日本IBMの親会社APHが、米IBMから、日本IBMの全株式を約2兆円で取得し、その後、日本IBM株の一部を日本IBMに売却し、この制度を利用し、約4000億円の損失を計上した。その後、08年12月期から連結納税を選択し、グループの納税額をゼロにした。

  …… みなし配当と譲渡損の両建てスキームです。
  …… 生じた譲渡損を、連結納税を採用してグループ全体で使いました。

  結論 …… 第4時代がやってきました。
     …… グループ法人税制では譲渡損の計上を認めないことになりました。

 《7》第4時代の二つの特例(グループ法人税制)..

 ▲事例▲(株式譲渡損の計上禁止)
 100%子会社に自己株式を買い取らせよう。


         ───────┬───────────
                │資本金等の額 1000
                │利益積立金   500

      資本構成     …… 株主の受領額 ……   
     ┌─────┐  ┌─────┐         ┌─────┐
     │     │  │     │         │     │
     │資本金等 │  │     │         │     │
     │   の額│  │譲渡の対価│         │     │
     │     │  │として  │         │ 譲渡原価 │
     │ 1000│  │ 1000│         │     │
     │     │  │     │         │ 1500│
     │     │  │     │         │     │
     ├─────┤  └─────┘┌─────┐  │     │┐
     │     │         │     │  │     │譲渡損
     │利益積立金│         │配当として│  │     │▲500
     │  500│         │  500│  │     │┘
     └─────┘         └─────┘  └─────┘


 …… 100%グループ内での自己株式の譲渡損益は計上できなくなる(法法61の2O)。
 …… 譲渡損益相当額は、資本金等の額として処理します(法令8@十九)。
 …… 子会社を吸収合併した場合と同様にみなすのです。


   【改正前】
        現 金    1500 / 有価証券 1500
        譲渡損     500 / 受取配当  500

   【改正後】
        現 金    1500 / 有価証券 1500
        資本金等の額  500 / 受取配当  500


  結論 …… 部分合併をしたのと同様にみなすのです(借方の否認)。

 ▲事例▲(みなし配当の益金不算入の禁止)
 公開買付けが発表された会社の株式を第三者から1400で取得して、発行会社1300で譲渡しよう。

 …… あえて損をする取引が行われていました。
 …… 受取配当と譲渡損の両建てによる減税効果が目当てです。
 …… 平成22年度改正でこの租税回避に対応する規定ができました(法法23B)。
 …… 自己株式として取得されることが予定されている場合には、配当が全額益金算入です。


   改正前
        現 金 1300 / 有価証券 1400
        譲渡損  400 / 受取配当  300←益金不算入
   改正後
        現 金 1300 / 有価証券 1300
        譲渡損  400 / 受取配当  300←全額益金算入


  …… 「自己株式として取得されることが予定」とはどういう場合でしょうか。

  結論 …… 「自己株式として取得されることが予定」されていた場合は貸方の否認です。

 《8》自己株式のミス事例(買主の事例).

 ▲事例▲
 竹中工務店は、社員の持株会から自社株を譲り受け、社員持株会に対する貸付金281億円と相殺した。大阪国税局は自己株式の取得について、配当所得と認定し、源泉所得税56億円と、不納付加算税の賦課決定を行った(平成19年2月7日 読売新聞)。

  …… 上場会社については配当所得課税は生じません。
  …… 市場から買い取るのでは、誰が買主か分からないからです。
  …… 大会社でも上場していない会社が存在します。
  …… 株主自身に対する配当所得課税は行われたのでしょうか。
  …… 自社株の評価は、どのように行ったのでしょうか。
  …… 自社株の評価について、専門家が関与しているはずです。
  …… 専門家は不納付加算税について賠償責任を負うのでしょうか。
  …… 異議申立を行ったそうです。

  結論 …… 会社側のミスです。

 《9》自己株式のミス事例(売主の事例).

 ▲事例▲
 会社(審査請求人)が所有する株式を、発行会社に自己株式として譲渡して4700万円の支払いを得た。自己株式としての譲渡の場合は、資本金等の額を超える部分が配当とみなされるため、譲渡代金の内の4500万円が配当とみなされ、900万円がみなし配当に係わる源泉所得税として控除された。審査請求人は、法人税額から控除すべき所得税としての記載を行わなかった(平成18年4月6日裁決 速報税理)。

  …… 配当の益金不算入は宥恕規定では救済されません(平成23年度で改正)。
  …… 所得税額控除は更正の請求では救済されません(平成23年度で改正)。

  結論 …… 株主側のミスです。

 《10》自己株式のミス事例(相続株式の事例)..

 ▲事例▲
 夫が死亡して相続が開始した。
 会社には多額の生命保険金が入金したので、持株を会社に買い取ってもらおう。

  …… 譲渡所得  …… 配当所得ではなく、譲渡所得課税になります。
  …… 取得費加算 …… 相続税の取得費加算が認められます。
  …… 相続税が課税されない場合は、なぜか譲渡所得にはなりません。
  …… 配偶者の取り分を51%にすれば相続税が課税されたことになります。
  …… 書面の提出が必要です。
   会社側からは「交付金銭等の支払調書」
   売主側からは「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の
          みなし配当課税の特例に関する届出書」

  結論 …… 書類提出の失念は税理士のミスです。

 《11》自己株式の実務上の利用(売主追加請求権)

 ▲事例▲
 オーナーが自宅を新築することになり、オーナーの持株を自己株式として買い取ることにした。その旨の総会決議をしようとしたところ、従業員株主から、自分も売主に加えるように売主追加請求権が行使されてしまった。

  …… 株主総会の特別決議で自己株式の取得を決議します(160条)。
  …… 総会決議をしたら買取りが義務付けられるのでしょうか。
  …… 決議に先立って、全株主に売主追加請求権がある旨を通知します(160条2項)。
  …… 他の株主も追加請求権を行使したら、特定株主と共に株数比例で取得です。
  …… 定款で、他の株主の売主追加請求権を制限することができます(164条)。
  …… 既存の定款にこの条項を追加するには、全株主の同意が必要です。
  …… 譲渡制限会社の相続人からの取得なら他の株主の追加請求権はない(162条)。

  結論 …… 株主の売渡請求権は定款で制限しておくべきです。

 《12》自己株式の実務上の利用(任意買取りと強制買取り)

 ▲事例▲
 何かとうるさい少数株主に相続が開始したので、株式の分散を防ぐために、相続株式を買い取ってしまいたい。

  …… 自己株式の取得は何時でも自由です。
  …… 相続時の株式の買取りには2つの制度があります。
  …… 正反対の制度ですので、注意が必要です。
  …… いずれの場合も買取りの対象の株主は議決権を有しません。
  …… 強制買取りについては、株価は、最終的には裁判所が決定します。
  …… 両方の制度について、配当可能利益の制限があります。


  ┌───────┬─────────────┬───────────────┐
  │       │相続時の強制買取り    │相続時の合意買取り      │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ 制度の目的 │望ましくない相続株主の排除│相続税の納税資金の確保    │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ 条文    │174条         │162条           │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ 制度の内容 │強制的に買い取る     │独占的な交渉権        │
  │       │敵対的な制度       │円満な制度          │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ 要件    │相続開始を知った日から1年│株主権を行使すると権利を失う │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ 株価の決定 │合意が整わない場合は裁判所│当事者の合意         │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ 他の類似手法│取得条項付種類株式    │取得請求権付種類株式     │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ デメリット │多数株主が排除されるリスク│               │
  ├───────┼─────────────┼───────────────┤
  │ メリット  │譲渡所得課税       │譲渡所得課税         │
  │       │相続税の取得費加算    │相続税の取得費加算      │
  └───────┴─────────────┴───────────────┘


  結論 …… 買取価額は裁判所が決定します。
     …… カネボウの株価決定事件の鑑定費用は4500万円だそうです。