私法と税法の考え方の違い(基本編)

第1 税法知識の活用分野

 御紹介頂きました関根です。今日と明日は、税法の話をさせて頂きます。裁判官になりましても、検察官になりましても、税法の知識は必要です。行政訴訟や脱税事件だけでなく、カネが動けば必ず税金が関係するわけです。ただ、私が皆さんに、ここで話が出来るのは弁護士としての税法の知識です。

 そのため、知識の範囲と傾向が、少し偏っているかもしれません。でも、逆に言えば、弁護士になる人ではなく、検察官になる人、裁判官になる人は、税法を専門にしている弁護士はあのような発想をするのだというように聞いて頂ければと思います。

 まず、弁護士としての税法知識の活用分野です。

 「イ」として申告業務。これには、法人税、所得税、相続税、この頃は消費税もあります。このような業務には税法の知識が必要です。ただ、申告業務に税法の知識を使ってもらうためにここで税法の説明をしようとは思いません。申告業務でしたらパソコンの操作で答えが出ることになっています。それに税理士業務は、多くの職員さんを使って採算をとる仕事であって、弁護士が申告業務を行っていても割に合いません。

 「ロ」として税務訴訟。これは弁護士の専門分野です。弁護士は専門を持たなければいけないと言われていますが、これも専門分野の一つです。税法に関する訴訟では、それなりの専門用語が出てきますし、特異な発想が出てきます。ただ、これは今回は取り上げません。

 「ハ」として私法処理。その内の(1)が「失敗しないための税法」で、(2)が「合理的な解決策を見つけるための税法」です。これが今日のテーマです。ここで司法研修所を終了して弁護士になる人達も、一生の間には、多分確率的には100人に1人か2人は懲戒処分になり、多分、100人に5人くらいは税金事件で失敗することになると思います。そのようにならないための税法、それが「失敗しないための税法」です。そして、税法を利用して、私人間の紛争について合理的な解決策を見つけてしまうというのもここでのテーマです。

 「二」として意思決定。100万円を儲けても、税金を考えますと、自分の手元に残るのは45万円だけです。55%は所得税と地方税として持っていかれてしまいます。小渕さんが大盤振舞いの減税をする前は70%が税金でした。もっと古くは80%が税金だった時代もあります。

 したがって、100万円を儲けても20万円しか手元に残りません。小渕さんが赤字財政を気にせずに大きく減税してくれたので、今は100万円のうちの55万円が税金で、45万円が手元に残ります。しかし、例えば12月に100万円の着手金、あるいは成功報酬を貰っても、弁護士の手元に残るのは45万円。つまり、依頼者が100万円を支払い、弁護士が貰うのは45万円で、税務署長が55万円を持っていくという結論になるのが税法です。

 ですから、例えば5000円の鰻が食べたいというときには、一人で食べに行くと5000円を支払わなければならない。でも、職員さんの福利厚生として一緒に行ってもらえば1万円を支払うことになりますが、でも、弁護士の懐から出ていくのは4500円です。

 1万円の鰻は、職員さんの福利厚生のための食事なので経費に計上できることになります。所得が1万円だけ減少すれば、税率は55%ですから、5500円の税額の減税になる。その結果、私は4500円で鰻が食べられるという勘定になるわけです。

 逆に経費にならない100万円を使おうと思ったら、これを逆算して222万円の所得が必要です。つまり、私の妻を連れてパスタを食べに行き、1万円の代金を支払うということは、所得2万2000円に相当するパスタを食べるということになるわけです。ですから、妻とは回転寿司しか行けませんが、事務所の忘年会はホテルのフランス料理でということになるわけです。

 「ホ」は営業活動。弁護士の顧客には商売人が多いのですが、彼らにとっての法律とは税法です。この頃は検察国家になっていて、弁護士まで逮捕されてしまう時代ですから、法律の基本は刑法だなんて主張している人がいるかもしれません。でも、正直な生活をしている人達にとっては、法律とは税法です。

 仮に、百貨店に行って何かを購入する際に、例えば靴下を持ち上げて、動産の売買契約の履行の時期はなどと考えている人は誰一人としていません。しかし、百貨店で買い物をしてレシートを貰わないと経費に落とせないと考える人は結構多いと思います。サラリーマンは別です。彼らは税法とは無縁の生活をしています。でも、事業家なら経費的な発想をしない人は皆無のはずです。つまり商売人にとっての法律は税法なわけです。

 皆さん方が弁護士になって顧問先と付き合うことになったら税法の知識は不可欠です。世の中には2ヶ月に一度は刑事事件を起こすという人もいると思います。あるいは半年に一度は原告か被告になる人達です。でも、そんな人は極一部です。大概の商売人にとって裁判所は無縁の存在です。商売人が裁判所に行くようになったら終わりです。そんな人達との共通語は税法です。

 「ヘ」として理屈の問題。税法はフラストレーションが少ない分野です。弁護士の仕事はゼロサムです。なぜなら被告が500万円を支払えば原告が500万円を手に入れることができる。被告が300万円を支払うのなら原告が手にするのは300万円です。つまり、二人の損得を総和すればゼロです。

 弁護士が介入しなければ社会は円満になります。例えば、当事者の話し合いなら500万円で話がつくところに弁護士が介入すれば、その弁護士は700万円を回収しなければならない。素人が交渉しても500万円が回収できるのですから、弁護士がついても500万円の結論では立場がありません。だから700万円を回収しなければならない。

 逆に、被告に弁護士がつけば、素人が話し合っても500万円なのですから、300万円に引き下げなければ立場がない。ということで、素人が話し合えば500万円で済む話が、弁護士が介入すれば300万円と700万円とのトラブルに拡大する。これが弁護士業の実態なわけです。そんな戦場で働くのが弁護士ですから、フラストレーションが多いわけです。

 でも、税法には、そのようなフラストレーションがありません。何しろ相手方は大きな金庫を持っている税務署です。アイディアで節税すれば、その分の税金を返してくれます。

 「ト」として売名行為。弁護士は専門がなければいけないなどと言われますが、これが税法を専門にするのなら、何々弁護士は税金に詳しいという評価を得るのに、うまくいけば5年はかからないと思います。

 倒産事件で自分の名前を売ろうと思ったら多分20年はかかるのではないでしょうか。あるいは25年かもしれません。20年、あるいは25年というと長くはないかもしれませんが、名前を売った頃には、残っている弁護士の耐用年数は、あと5年だけです。

 ただ、売名といっても、売れるのは弁護士業界での話です。皆さん方の中で、極めて優秀な歯医者さんの名前を知っている人はいますか。あるいは極めて優秀な医者の名前です。知りませんね。つまり、極めて優秀な弁護士してと評価されたとしても、それは弁護士業界での話です。業界以外では誰にも知られていないわけです。だから売名といっても、それは弁護士業界だけの話です。

 それでも、税法で弁護士業界に名を売ろうと思ったら多分5年はかからないと思います。長くかかったとしても10年くらいでしょう。10年で、あの人は税法に詳しいとの評価を得ることが出来るかもしれません。だから皆さん方が何か専門を持たなければいけないと考えるとしたら、税法を選んでみるのも一つの方法です。


第2 私法と比較しての税法の特異性

 私法と比較しての税法の特異性を取り上げてみます。「私法の常識」という枠を思い浮かべて下さい。それから「社会の常識」という枠です。「私法の常識」と「社会の常識」の枠は微妙にずれています。例えば貸家を借りてしまえば、賃貸借期限が到来しても明け渡す義務はないなどというのは「私法の常識」ですが、「社会の常識」ではありません。社会では約束は守ることになっています。麻雀の賭金は支払わなくて良いというのが「私法の常識」ですが、しかし、「社会の常識」では麻雀の賭金を支払わなかったら友達を失います。同じように、「税法の常識」も、「私法の常識」、あるいは「社会の常識」とは微妙にずれているわけです。

 でも、大部分の箇所では「税法の常識」と「私法の常識」は合致しています。その合致しているところが、税法の分野では借用概念といわれているところです。例えば、「売買」という概念は民法と同じです。「売買とは何か」と税法には書いてありません。賃貸借契約についても「賃貸とは何か」と税法には書いてありません。それは私法の概念を利用している。これが借用概念です。けれども税法の分野は借用概念だけでは構成できません。

 税法の固有の概念が登場し、「税法の常識」と「私法の常識」とがずれてしまうところが、「みなし規定」「特例」です。特例というのは租税特別措置法という法律に大量に書かれています。とても2時間で説明できる分量ではありません。売買の特例だけでも40くらいあるわけです。

 しかし、「みなし規定」の方なら2時間で説明できるだろうと思います。「みなし規定」というのは何かというと、税法の特有の考え方を取り入れている発想です。これは「みなす」と明言している場合もあり、また、「みなす」とは名言せずに特異な考え方を採用している場合もあります。それが「税法の常識」ではありますが「私法の非常識」になっているわけです。ですから、「私法の常識」で考えるとミスをしてしまうわけです。今日は、その落とし穴を取り上げてみようと思います。


第3 売買(基本形の説明)

 まず基本形の説明です。

 Aさんは次のような資産を譲渡した。
 1.バブルの頃に購入したゴルフ会員権
 2.居住していたマイホーム
 3.夫から貰ったダイヤモンド
 4.通勤に使用していたマイカー

 これに対してどのような課税関係が生じるだろう。

◆ 個人の所得は10種類、法人の所得は1種類

 1番、つまりバブルの頃に購入したゴルフ会員権ですが、これは譲渡益、譲渡損とも、総合課税の対象となります。総合課税とはどういうものかといいますと、個人の他の所得と合算して課税する所得税の計算方法です。

 法律の世界には赤い血が流れている個人と、緑の血が流れている法人があります。個人の方はどういう税法があるかといいますと、基本になるのが所得税消費税。所得税は個人の生産経済に対する課税であり、消費税は消費段階での課税です。

 所得税はカネを稼いだら税金を納めてくださいということで、消費税はカネを使ったら税金を支払ってくださいとの税金です。稼ぎには税金が課税され、その残りを消費することになりますが、それでも財産が残ることがあります。その場合は相続税を納めることになります。

 相続財産は、親から子に渡され、その財産の取得について、子に相続税が課税されますが、その財産が生前に渡されることもあります。その際に課税されるのが贈与税です。つまり、贈与税は、相続税を補完する税金です。死亡の際に相続税を課税するのが原則ですが、生前の相続、つまり、贈与に対しては贈与税を課税し、相続税の課税漏れを防いでいます。だから贈与税のことは相続税法の中に書いてあるわけです。これが個人の課税関係です。

 法人に対する課税の主人公は法人税。そして付録として地方税。それに右から左に移動する税金として消費税。法人にも消費税は課税されますが、しかし課税されません。消費税について話し出すときりがないのですが、一番簡単な形で説明すれば次の通りです。

 買い物をした時に消費税は課税されます。仮に10万円の買い物をすれば5000円の消費税です。これは法人が買い物をした場合も同じです。しかし、会社は10万円の買い物をして5000円の消費税を支払っても、その10万円の商品を20万円で売却するわけです。すると、20万円について1万円の消費税を受け取る。そして、受け取った1万円と支払った5000円の差額の5000円を消費税として税務署に納めます。

 結局、法人の消費税はトンネル勘定で損得なしということになっているわけです。だから結果として法人は消費税を負担しない。その意味では、数年前からの税制改革では、所得税や法人税を引き下げて消費税に移行すべきだという傾向が強く出ていますが、これは法人の税金を安くして、個人の税金を重くしようということでもあるわけです。

 では、売買の場合の各論の説明に戻りまして、個人の場合について4つの売買についての課税を考えてみますと、まず、ゴルフ会員権の売却は、10個の所得の内の譲渡所得に分類されることになります。所得税法は所得を10種類に分類していますが、法人税法は分けていません。

 個人は10個の小さなバケツを持っていることになります。でも、法人は大きいバケツを一つ持っているだけです。そして、個人は、所得の種類に応じて10個のバケツに分類して所得を入れていきます。でも、法人の所得計算は簡単です。大きいバケツに全てを入れてしまう。最後にバケツの中に残った分に課税するというのが法人税の所得計算です。

 しかし、個人の場合は10のバケツを持たせて、利息を貰った時は利子所得のバケツに入れ、配当を貰ったときには配当所得のバケツに入れると分類して所得を集計することにしています。では、ゴルフ会員権を売却した場合はというと、これは譲渡だから譲渡所得のバケツに入れます。各々のバケツで所得計算をするわけです。なぜ分類しての所得計算を行うかというと、法人の場合は個性がありませんので、儲けの合計に税率を乗じれば良いのですが、個人の場合は、どういう儲け方をしたかによって税負担を変えているわけです。

 例えば、利子所得に対する課税を考えてみます。皆さんが銀行から利息を貰ったら、これを所得として申告すると期待できますか。無理でしょう。いくら利息を貰ったかなんて覚えていません。

 そこで、国の方では、銀行が利息を支払う段階で2割の税金を前取りしてしまうわけです。課税関係は、その前取りの所得税で終わりです。事業所得不動産所得であれば、帳簿を付けて申告しなさいと要求することが出来ます。そして毎年3月15日の所得税の申告になるわけです。

 しかし、給与所得の場合は異なります。皆さんは給与所得を貰いますね。もうすぐ3月15日になりますが、皆さんは確定申告をしません。これは司法研修所の方で所得税を前取りして、それを源泉徴収税額として税務署に納付し、さらに年度末には皆さんの扶養家族などを調べて年末調整としての所得計算をしてくれているからです。それが給与所得です。

 その他に、テレビのクイズ番組でもらった賞金に課税される一時所得、サラリーマン生活30年の終了としてもらう退職所得、山林を育てて稼ぐ山林所得。それにゴミ箱所得としての雑所得があります。

 このように10種類の所得に分類しているのですが、その中の譲渡所得にあたるのがゴルフ会員権の売却です。

 譲渡所得については、譲渡益と譲渡損を同じバケツに入れますから、所得がマイナスになることもあり得ます。1000万円で購入した会員権を2000万円で売却すれば、差額の1000万円が譲渡所得ですが、今は不景気の時代ですから、ゴルフ会員権も値下がりし、5000万円で買っておいたゴルフ会員権も1000万円でしか売れない時代です。これを売却すれば4000万円の譲渡損が計上されます。つまり、譲渡所得のバケツでの所得計算の結果はマイナス4000万円です。

 しかし、譲渡所得の計算で損失が生じれば、他の1から10の所得との間で通算できることになっています。ですから、事業をしていて大きく儲かっているという人は、ここでゴルフ会員権を売却して譲渡損を出せば、儲かっている方の税金を節約することができるわけです。つまり、譲渡損、譲渡益とも通算の対象になる所得が、ゴルフ会員権の譲渡による所得です。

◆ 土地の譲渡は租税特別措置法

 2番目は譲渡益、譲渡損とも分離課税の対象となる資産としてマイホームの売却です。居住していたマイホームを売却した場合は、10個の所得とは別に、分離課税の対象になります。10個の所得は、所得税の基本的な計算方法ですから、所得税法に書いてあります。

 しかし、分離課税のことは租税特別措置法に書いてあります。皆さん方が弁護士になると、税法は理屈がないと考えることがあるかもしれませんが、税法は理屈で出来ている法律です。私に言わせると民法のがよほど理屈がないと思います。

 ただ、税法に理屈があるのは1から10までの所得です。所得税に定めた所得計算は、税法理論に従った理屈通りの所得計算です。しかし、租税特別措置法に書いてある法律には理屈はありません。租税特別措置法は、理屈ではなく、政策によって作られている法律です。

 租税特別措置法には、AからZまでどころか、100も200もの特例が定めてあります。なぜそのような特例があるかというと、税金で社会を動かそうという思想があるからです。昔、日本が貧しかった頃には輸出すれば税金を安くしてあげるとの輸出奨励税法がありました。今は、逆に、輸入をすれば税金が安くなるという特例があります。そのように税法を利用して政策を実現してしまおうというのが租税特別措置法です。租税特別措置法に定めた政策は廃止していかなければ課税関係が複雑になりすぎるとの批判がありますが、しかし、利権が生じてしまっている政策税法ですから、簡単には廃止できません。そして、分厚い税務六法が出来上がるとの構造になっているわけです。

 その特例の中に、居住していた家を売却したときには、さらに特例を適用するという条文があります。土地建物の譲渡には長期分離課税短期分離課税の特例があり、さらに、居住用資産の売却には、居住用資産の売却の場合の特別控除が存在し、さらに追加して、居住用資産を売却した場合の軽減税率との特例があるわけです。

 なぜ複雑な政策立法が存在するかというと、日本は資本主義と言われながら、実態は土地本意主義の社会なわけです。土地中心主義の経済です。サラリーマンは給料ではマイホームが購入できず、企業は土地の値上がりで稼ぐという時代がずっと続いてきましたので、税法でも、土地だけは特別な扱いをしてきたわけです。

 土地で儲けるのを防ぐだけだったら、土地の譲渡益には高額な課税をすれば良いわけです。しかし、そのような単純な議論では土地政策は上手くいきません。土地の譲渡益に高額な課税をすれば、誰も土地を売らなくなってしまう。これを凍結効果といいますが、土地が売却されず、土地の供給が無くなってしまいます。

 たとえば、皆さん方が、大昔に1億円で手に入れ、現在は10億円に値上がりした土地を持っていたとします。譲渡すれば9億円の利益が発生しますが、これを売却したら90%の税金が課税される。その場合、この土地を売却しますか。

 いま現在は10億円の土地を持っているわけです。しかし、これを売却してしまったら9億円の所得が発生して、8億1000万円の税金が取られてしまう。すると、手元に残るのは2億円程度ですね。それでは土地を売る人はいなくなってしまいます。2億円の現金よりも、10億円の土地の方が魅力があります。そのために、みなさん、土地を抱え込んでしまうわけです。これが凍結効果です。

 したがって、土地の税金というのは、土地を売って儲けられては困るが、しかし、土地を売らないほど高率では困る。このような狭間で成立しているわけです。

 土地の税率を下げれば、土地を転売して儲けようという人達が活躍し、地価高騰を生みます。しかし、税率を上げれば、誰も土地を売らなくなってしまい、供給不足で地価が高騰してしまう。このようなせめぎあいのところで税法ができているわけです。そのようなことを租税特別措置法が管理しているわけです。そして、マイホームを売却した場合もこれが適用されるわけです。

◆ 個人には消費経済もある

 3番、譲渡益は課税され、譲渡損は無視される資産。これはダイヤモンドです。皆さん方で結婚している人がいるかもしれませんが、奥さんに貧しい資産の中からダイヤモンドの指輪を買ってあげた。しかし、さらに貧しくなり、それを売却することになったが、そのために売却損が生じた。それが僕の給与所得と通算できるとなったらおかしいですね。だからダイヤモンドを売却して損失が生じても、その損失は無視されます。でも、儲ければ課税されるわけです。

 4番、譲渡益、譲渡損とも無視される資産。マイカーです。司法研修所に自家用車で通っている人がいるかもしれませんが、車を売却して儲けても税金は課税されません。車を売却して損したとしても、それが他の所得と通算されることはありません。

 これが譲渡所得の課税関係です。結論として、私法上は同じ売買契約でも、課税関係は異なってきます。


第4 贈与(私法との違い)

 Aは、取得価格1億円、相続税評価額3億円、実勢価格5億円のマンションをBに贈与した。A、Bが個人の場合と、法人の場合について、各々の課税関係を述べよ。


     税金名  課税金額      税金名  課税金額
 個人A(   )(   )から個人B(   )(   )への贈与
 個人A(   )(   )から法人B(   )(   )への贈与
 法人A(   )(   )から個人B(   )(   )への贈与
 法人A(   )(   )から法人B(   )(   )への贈与

 二回試験が終りまして、皆さん方が戦場に行きましたら、相続税評価額とは何かなんてことは誰も教えてくれませんので、ここで説明しておきます。

 相続税と贈与税は個人に課税されると説明しましたが、相続税評価額とは、この相続税と贈与税の計算に使用される評価額です。どこかで人が死亡して、その人が土地や建物を持っていたら、不動産鑑定士に依頼して土地を鑑定評価しなければ相続税の申告ができないというのでは大変です。

 ひとつの土地を評価しようとしたら70万円くらいの手数料を不動産鑑定士に支払わなければならない。そこで、税務署は親切にも日本中の土地に値段をつけてくれているわけです。

 評価の方法には倍率方式路線価方式というのがありますが、税務署は日本中の地図を作りまして、道路に値段をつけています。その道路に面した土地には、その値段が適用されます。1平方メートル当たりの値段ですから、これを面積に乗じて土地の価額を計算します。それが相続税評価額です。

 これは実勢価格とは異なります。実勢価格は実際に売買するときの値段です。では、取得価格1億円、相続税評価額3億円、実勢価格5億円のマンションをAからBに贈与したら、Aが個人の場合、あるいはBが個人の場合、あるいは法人の場合と4つの組み合わせができますが、これについての課税関係というのを1分間差し上げますから書き込んでみて下さい。

◆ 贈与という一つの契約は8個の課税関係に分かれる

 個人Aから個人Bに贈与した場合は、個人Aの方には課税されません。個人Bには贈与税が課税されます。課税価格は幾らかといいますと3億円です。何しろ相続税と贈与税では相続税評価額が使われるわけですから。

 では、個人Aが法人Bに贈与したらどうなるか。個人Aには所得税が課税されます。課税価格は4億円です。なぜ4億円かというと、1億円で購入しておいたものを5億円で売却したとみなされるからです。それなら贈与を受けた法人Bには何税が課税されるかといいますと法人税です。それは5億円に対しての法人税課税です。何しろ5億円の財産をタダで貰ったわけですから、5億円の利益を得たことになってしまいます。

 私法上は贈与契約ですが、贈与税という概念が出てくるのは、個人から個人に対して贈与された場合だけです。なぜなら贈与税というのは相続税の補完税です。死亡したときに父親から息子に財産が渡れば相続税が課税されますが、死亡前に渡されたら相続税は課税できません。それでは困るということで贈与税が作られているわけです。

 個人Aが死亡し、法人Bが相続するという概念はないですね。ですから、贈与税が登場するのは、赤い血が流れている個人Aから、赤い血が流れている個人Bに贈与された場合だけです。緑の血が流れている法人が贈与を受けた場合は、相続税の補完税ではなく、法人税が課税されます。そして受けた利益は5億円です。

 法人Aから個人Bに贈与した場合には、法人Aには法人税が課税されます。課税金額は4億円です。個人Bには所得税が課税され、5億円の資産を無料で貰ったものとして5億円が課税所得です。個人から贈与を受けた場合は相続税評価額で課税されますが、法人から贈与を受けた場合は実勢価格です。なぜかといえば相続税評価額は相続税と贈与税にしか使われないからです。

 次が法人Aから法人Bに贈与した場合です。これは上の3つの課税関係から答えが出てきます。渡した方には法人税が課税されます。1億円の資産を5億円で売却したとみなして4億円の譲渡所得が発生するわけです。法人Bの方にも法人税が課税されます。5億円のものをタダで貰ったわけです。

◆ 譲渡所得の根拠になる条文は所得税法59条

 これが答えですが、その理由が分かる人は、ここで話を聞いて貰っている人の中でも、ごく少数だと思います。たぶん、この中には公認会計士や税理士の資格を持っている人もいるのではないかと思います。その人なら分かるけど他の人には分からないのではないかと想像しますが、課税の理屈を説明すると次の通りです。

 根拠は所得税法59条です。皆さん方が弁護士になったら、たぶん所得税法59条と60条について、どこかでミスをして泣かされることになります。まず所得税法59条を覚えてください。

 ここの条文を読んでいきますが、税法の条文を読むコツは括弧を消して読むことです。だから皆さん方が本当に読むときは括弧を鉛筆で線を引いて消してしまって下さい。

 「次に掲げる事由により居住者の有する山林又は譲渡所得の起因となる資産の移転があった場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額、又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じたときにその時における価格に相当する金額によりこれらの資産の譲渡があったものとみなす」となっているわけです。

 重要なのは後ろの3行で、「その事由が生じたとき」、つまり贈与をしたときに「その時における価格に相当する金額」、これは実勢価格ですが、「これらの資産の譲渡があったものとみなす」となっていることです。

 譲渡所得というと皆さんは売買と考えるかもしれません。でも、譲渡所得というのは売買所得ではないのです。代物弁済も譲渡所得、競売も譲渡所得。交換も譲渡所得です。

 売買だけではなく、競売になってしまった場合も所得税は課税されます。贈与も譲渡です。債権譲渡というのは、債権を売買した場合だけではないですね。所有権を移転する一切の行為は譲渡と言われます。

 そして、所得税法59条は、贈与(法人に対するものに限る)、または相続(限定承認に係わるものに限る)、若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係わるものに限る)については、その事由が生じたときに、その時における価格に相当する金額によって資産の譲渡があったものとみなすとしているわけです。

 括弧書きがあるから分かりづらいですが、要するに法人に対する贈与と遺贈、それに限定承認の場合です。つまり、普通の相続では譲渡所得課税は行われません。個人に対する贈与であれば、その場合も譲渡所得課税は行われません。

◆ 譲渡所得の本質は値上がり益課税にある

 なぜそういう理屈になっているかというと、譲渡所得の本質が値上がり益課税だということにあります。

 皆さん方が土地を買ったとします。それは取得価格1億円でした。2年目に1割値上がりして1億1000万円になって、3年目に1億2100万円に値上がりしました。4年目には1億5000万円に値上がりしていました。このような土地が贈与されるわけです。あるいは売却されるわけです。

 そのとき裁判所はこういいますし、租税の理屈でもそうなっていますが、「譲渡所得の本質は値上がり益にある」という理屈です。皆さん方の中で会計学を学習した人がいたら分かると思いますが、会計学の所得の捉え方には発生主義と実現主義があります。

 値上がり益というのは発生主義なのです。そうすると、1億円の土地が1億1000万円に値上がりしたら1000万円の利益が発生しているわけです。ただ実現していないというのです。1億円の土地が何年かたって1億5000万円になったら5000万円の値上がり益が発生したことになります。

 本当は利益が発生したときに課税するのが正しい理屈です。しかし、土地の値上がり益に対して課税をしていたら大変です。日本中の土地を、税務署は、毎年、評価しなければならない。あなたの土地は今年は312万円の値上がりだから課税しますという仕事をしなければならない。

 そのような課税になったら納税者も大変です。なにしろ利益は発生しても現金は入って来ないわけです。現金が入って来ないのに税金を納めなければならない。ということで所得は発生したけれども、実現するときまでは課税を待ってあげることになっているわけです。

 会計原則の実現主義とは微妙に異なりますが、会計原則の方でも収益に関しては実現するときまで認識しないということになっています。それで土地についても、1億円が1億5000万円になったとしても、所得が発生した段階では認識しない。これを1億5000万円で売却したら、その時に初めて5000万円の利益が実現したと認識して譲渡所得課税をすることになります。

 では、贈与した場合はどうでしょう。説例は売買ではなく贈与です。その場合でも所得が実現したと考えるわけです。単純に考えれば所得が実現しています。1億5000万円の土地の贈与を受けた人は1億5000万円の土地を貰ったと認識し、1億5000万円分だけお礼をいうでしょう。贈与した方も、1億5000万円分の感謝を受けられるわけです。

 あなたは1億円で購入したのだから、私は1億円のものを貰ったにすぎないと言う人はいません。1億5000万円のものを貰ったわけです。このように1億5000万円という価値が実現したのですから、そこで5000万円の値上がり益に対して課税するというのが税法の基本です。

 個人Aから法人Bに贈与した場合、あるいは法人Aから個人Bに贈与した場合でも良いのですが、1億円で購入したものが、いま現在5億円に値上がりしている場合は、それを贈与することによって4億円の所得が実現したということで課税されるというのが税法の理屈なのです。

◆ 値上がり益課税に代わる取得価格の引き継ぎ

 そうすると、逆に個人Aから個人Bに贈与した場合は、なぜ、個人Aには値上がり益課税が行われないのかとの疑問が生じます。それは取得価格の引継ぎの問題です。

 1億円で購入した土地が4年経過して1億5000万円になっていた。これを個人Bに贈与したわけです。これについても古くには課税していました。敗戦の後、シャープ視察団が来日し、シャープ税制というのを作りました。その理屈では、個人から個人への贈与の場合も、値上がり益課税をしていました。個人Aから個人Bに贈与した場合も、値上がり益は実現したのですから、課税するというのがシャープ税制の理屈です。

 それも、贈与のときだけでなく、相続のときにも課税していました。お父さんが亡くなり、息子が財産を相続すれば、息子が相続税を支払うだけではなく、お父さんの方にも譲渡所得課税が行われていたのです。

 税法の理屈が分かっている人だったら、値上がり益課税と、相続税課税の区別ができます。父親に値上がり益課税をしますが、父親は死亡しているわけですから、実際に納税するのは息子です。そして、息子に課税された第一の税金は値上がり益課税で、第二の税金は相続税だと分かります。

 しかし、税法の理屈が分からないと、死亡という1つの事象に関して2つの課税がされるように見えます。そのために、これは二重課税ではないかという批判が出たわけです。そこで、税法を改正し、相続の場合は値上がり益課税は行わないことにしようということになりました。しかし、贈与の場合は値上がり益課税をするという税法が、その後、行われてきたわけです。

 しかし、贈与の場合も、財産を贈与した側に譲渡所得課税が行われ、贈与を受けた側には贈与税を課税するというのは二重課税ではないかという疑問が生じました。そこで、贈与の場合も、届出をすれば値上がり益課税は行わないことになりました。贈与税だけを課税することにしたわけです。そうしましたら、今度は、届出を忘れる人が出てきました。届出を忘れたら課税するのはおかしいという批判が出て、現在は、贈与の場合の値上がり益課税は行わないことになっています。

 しかし、税務署の親切で値上がり益課税をしないことにしたのではないわけです。親切心で値上がり益課税をしないことにしたら、税務署は損をしてしまいます。そこで登場するのが取得価格の引き継ぎの理屈です。

 1億円で取得し、1億5000万円に値上がりしている資産をAさんがBさんに贈与したら、Bさんは1億円の取得価格をを引き継ぎます。そして、Bさんが、贈与を受けた翌日に資産を売却したら、Bさんの手元での値上がり益は存在しないわけですが、それを存在するとみなしての値上がり益課税をします。

 Bさんの手元では、実際には値上がり益は発生していませんね。贈与を受けた翌日には売却しているのですから、1日で値上がりするはずはないわけです。つまり、Bさんの手元では1円も値上がりしていない。しかし、BさんはAさんの取得価格1億円を引き継いでいますから、翌日に1億5000万円で売却すれば、Aさんから承継した値上がり益がそこで実現したものとして、5000万円について、Bさんに対して値上がり益課税するというのが、取得価格の引き継ぎの理屈です。それで税務署は損がないわけです。この理屈によって、先ほどの個人Aから個人Bに贈与した場合と、法人Aから個人Bに渡した場合とは、値上がり益課税を行うか否かの違いが生じてくるわけです。

◆ 限定承認の場合は例外の例外

 所得税法59条には限定承認との言葉が登場します。法人に対する贈与については時価で売却したとみなすと書いてあります。つまり、所得税法59条1項1号を読んでいると、法人は登場しますが、個人は登場しない。しかし、限定承認については個人が登場します。

 ちょっと脇道にそれますが、皆さん方が、もし株主代表訴訟で訴えられている資産家から相談を受けたとしたら、どんなアドバイスをしますか。その資産家は3億円の資産を持っています。ところが株主代表訴訟で10億円の損害賠償請求の訴訟を起こされている。どうしたら良いかと皆さん方のところに相談に来たわけです。弁護士登録した翌日に相談を受けたら、何と回答しますか。

 民法の知識で考えてみます。相続を放棄したら3億円の資産を捨てることになります。でも、単純承認して敗訴した場合は10億円の借金を引き継ぐことになってしまいます。こんな場合は限定承認をアドバイスすることになります。

 しかし、限定承認をアドバイスしたら、もしかすると弁護士過誤になってしまうかもしれません。つまり、限定承認をしたら、限定承認をした時に資産を売却したとみなされるのです。

 1億円で取得した土地が1億5000万円に値上がりしていたとして、それを相続人が引き継いでも相続税が課税されるだけで、値上がり益課税は行われないのが原則ですが、しかし、限定承認をした場合は、法人に対して遺贈された場合と同じように、1億円で取得した資産が1億5000万円に値上がりし、それが実現したものとみなしての5000万円の値上がり益に対して課税するという理屈が登場します。なぜ、限定承認の場合だけ課税されるのか、ほんの少し考えてみていただけませんか。課税の理屈が存在するわけです。

 個人の場合は、1億円で取得した土地が1億5000万円に値上がりしている場合であっても、相続や贈与の場合でしたら、譲受人は1億円の取得価格を引き継ぐということになります。しかし、その理屈を限定承認の場合に適用したら相続人に気の毒な結果になってしまいます。

 限定承認をした相続人の場合は、通常、承継した資産を売却し、相続債務を弁済するわけです。資産と借金が同額であったり、あるいは借金が資産の価額を超えている場合に行われるのが限定承認ですから。

 遺産を相続してから借金を計算したら2億円、あるいは1億5000万円の借金があった。それでは相続した取得価額1億円の土地を時価1億5000万円で売却し、その代金を借金の返済に充てる。1億5000万円で売却し、1億5000万円の現金を手に入れ、1億5000万円の借金を返済するわけです。そして、限定承認手続が終ったと喜んでいたら税務署がやって来るわけです。

 「あなたは1億円で取得したものを1億5000万円で売却しましたね。5000万円の譲渡所得が発生しましたから、これに所得税を課税します。支払ってください」との理屈です。分離課税の譲渡所得として、5000万円に対して26%の所得税を相続人は納めることになります。

 このような問題があることから、限定承認の場合は、法人に対する遺贈の場合と同じように、1億円の土地が1億5000万円に値上がりしていたとしたら、それを限定承認した段階で、5000万円の値上がり益が実現したとみなしてしまいます。そして、被相続人に対して所得税を課税します。

 所得税を課税されても恐くないのは、その所得税という被相続人の債務は、限定承認をした結果、承継した資産の範囲で弁済すれば良いことになります。だから、課税されても相続人には被害はないわけです。

 1億円で取得した土地が1億5000万円に値上がりしている場合に、1億円の取得価格を引き継ぐことを認めても、それは優遇でも何でもなくて、5000万円の値上がり益に対して課税される税金という債務、これは見えない債務ですが、これを相続人は引き継いでいるわけです。しかし、限定承認の場合は、その引き継ぐ債務を、限定承認の中で清算してしまおうというのが、5000万円の値上がり益が実現したとみなしてしまう所得税法59条の規定です。

◆ 限定承認と死因贈与の違い

 では、脇道にそれて、基本編から離れますが、皆さん方が大きな会社の社長から相談を受けた。  

 「実は私は4億円の家に住んでいますが、このたび株主代表訴訟を起こされてしまいました。20億円を請求されています。20億円の裁判に負けたら相続人には一銭も手に入らないし、これは仕方がないと思っています。でも、訴訟に勝つ可能性を考えると相続を放棄することも出来ない。相続を放棄したら、訴訟に勝った場合でも財産を失うことになってしまう。先生、どういう対策を取ったら良いですか」

 このような相談をされたらどのようなアドバイスしますか。ここで対策が思い付かないようでしたら、弁護士になっても、一生懸命に売掛金回収手続という単純な訴訟だけを担当していてください。ここで対策を思いつくようでしたら、よし、俺は弁護士になったら売掛金回収手続みたいなことは止めて、アイディアで事務所を維持する弁護士になろうと考えて頂いても結構です。

 この相談に対する解答は死因贈与契約です。死因遺贈契約書は、民法上、遺贈に関する規定に従うということになっています。そして、税法上も死因贈与には相続税が課税されます。

 つまり、相続税が課税されるのは、相続、遺贈、死因贈与です。そして、限定承認をすれば値上がり益課税が行われるけれども、死因贈与だったら値上がり益課税は行われません。死因贈与の場合は単純な相続の場合と同様の課税関係です。

 死因贈与契約を締結し、例えば孫に財産を渡してしまったら、死亡段階でも値上がり益課税は行われず、孫は遺産の全てを手に入れることができます。相続人は相続を放棄してしまえば良いわけです。そうすれば裁判は宙ぶらりんになってしまい、孫の方は4億円の遺産を手に入れることができます。

 それが、もし詐害行為だと主張されてしまい、孫が4億円の財産を取り戻されてしまった場合でも、結論として4億円の財産を失うだけです。勝訴すれば4億円の財産を手に入れることができます。訴訟に負けても相続財産を失うだけで済むという処理ができます。

◆ 土地には四つの価格が存在する

 一物四価を説明しておきます。要するに土地については4つの価格が成立します。実際の取引価格というのが10だとすれば、その次に国土庁で発表する公示価格というのがあります。これが実際の土地の8掛けぐらいだと言われています。その下に相続税評価額というのがあって、これが公示価格の7掛けだと言われています。さらにその下に固定資産税評価額といって、これが公示価格の6掛けだと言われています。その実勢価格、公示価格、相続税評価額、固定資産税評価額と4つの価格があります。それぞれが適用される税法によって出てくる価格が違うということを知識として覚えておいてください。

 結論です。譲渡所得の本質は値上がり益課税です。だから、タダで上げても値上がり益課税が行われるということを覚えておいてください。

 それから「譲渡」「売買」は同一の概念ではありません。つまり譲渡というと売買と考えてしまい、競売、代物弁済、交換などを譲渡所得ではないと思い込みがちです。しかし、交換した場合も譲渡になるわけです。競売も譲渡になるわけです。つまり、譲渡と売買は異なります。税法上の譲渡所得というのは資産の所有権を移転する一切の行為と記憶しておいてください。


第5 低額譲渡

 Aは、取得価格1億円、相続税評価額3億円、実勢価格5億円のマンションを3億円で譲渡した。A、Bが個人の場合と、法人の場合について、各々の課税関係を述べよ。


     税金名  課税金額      税金名  課税金額
 個人A(   )(   )から個人B(   )(   )への譲渡
 個人A(   )(   )から法人B(   )(   )への譲渡
 法人A(   )(   )から個人B(   )(   )への譲渡
 法人A(   )(   )から法人B(   )(   )への譲渡

 少し難しくなりまして、こういう設問だったらどういう答えになりますか。答えを書き込んでみて下さい。

 答えを言いますと、個人A、つまり、最初の行については、所得税が課税され、その課税所得金額2億円です。なぜなら1億円で購入したものを3億円で売却するわけですから、2億円の利益が発生します。

 個人Bに対しては贈与税が課税されます。あるいは課税されないかもしれない。というのは相続税評価額3億円のマンション、つまり、相続税の世界では3億円と評価されるマンションを3億円で購入したわけです。だから利益はありません。ただ、後で説明する通達によって、ここでは2億円に対して贈与税が課税されることになっています。

 2行目の個人Aから法人Bに渡した場合はというと、個人Aに対しては所得税が課税されます。これは2億円です。1億円のマンションを3億円で売却したとみなされるわけです。それから法人Bには2億円の利益に対する法人税の課税が行われます。何しろ5億円のものを3億円で買うことが出来たのですから。

 3行目では、法人Aには法人税が課税されます。4億円を譲渡益とみなしての課税です。時価5億円のマンションと3億円で売却したけれども、それはあなたが勝手にやったことだと言われてしまいます。値上がり益自体は4億円が発生しているのですから、そこで4億円の値上がり益が実現したとみなすという発想をします。

 個人Bには2億円に対して所得税が課税されます。なぜ2億円かと言えば、相続税評価額は使えません。所得税では実勢価格を使います。

 4行目として法人Aに対しては4億円について法人税が課税され、法人Bに対しては2億円について法人税が課税されるという理屈になります。

 4行目の課税よりも、2行目の課税の方が理屈が難しくなります。個人Aに対して2億円について課税されるという理屈です。個人Aから個人Bに譲渡した場合だと2億円で済んでしまうのに、法人Aの場合の譲渡益は4億円になってしまう。これは所得税法59条の理屈です。

◆ 時価の2分の1を下回るか否かが基準

 所得税法59条1項2号には「著しく低い価格の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対する物に限る)については時価で売ったとみなす」という規定があります。「著しく低い価格の対価として政令で定める額」というのが幾らかというと、時価の2分の1だというわけです。

 だから個人Aさんが1億円で取得し、時価5億円するものを3億円で売却しても2億円の譲渡益で済んだわけです。個人Aさんが、もし、時価5億円のものをタダで法人に贈与したら、幾らの課税がされるかは分かりますね。4億円です。タダで贈与すれば4億円の値上がり益が実現したとみなされる。でも、3億円で譲渡すれば2億円の値上がり益が実現したとみなされるだけで済むわけです。それは「著しく低い価格」と所得税法59条に書いてあって、政令で定めるところにより時価の2分の1が著しく低い価格ということになっているからです。

◆ 節税を防ぐための低額譲渡についての通達

 では、1行目の個人Bへの贈与税です。贈与税の課税価格はゼロ、あるいは2億円と説明しましたが、これはゼロが税法の基本原則になっているからです。何しろ相続税と贈与税の分野では、相続税評価額3億円が時価です。3億円のマンションを3億円で買い受けて、どこに利益が出るのだということになればゼロということになります。

 しかしバブルの頃、悪いことをした人がいるのです。お金持ちのお父さんが市場で土地を5億円で買ってきます。そして、相続税評価額を調べます。相続税評価額は3億円ということになります。そうすると息子に3億円で売るのです。息子の方は相続税評価額3億円のものを3億円で買い受けるわけですから、贈与税は課税されません。

 お父さんの方は5億円で買って来たマンションを息子に3億円で売るわけですから、2億円の譲渡損が出るわけです。その譲渡損を他の所得と通算してしまおうと目論んだわけです。それが税務署長の逆鱗に触れまして、個別通達が出ました。

 通達の内容までここで説明する必要はないのですが、わざわざ通達というものを紹介しますのは、通達の意味を理解して頂きたいからです。通達というのはどういうものかといいますと、形式的には上級官庁が下級官庁に対して法の解釈、手続について発令した一般的指揮命令書ということになっています。

 税務署長は部下に対して「お前、あそこを調べに行って来い」というのは個別的指揮、命令です。しかし、もっと一般的な命令で、国税局が日本中にある税務署に「こういう場合はこういう取扱いをしなさい」という命令を出すことも可能です。これが通達です。そして、低額譲渡の事案には、この個別通達が発令されているわけです。このような通達が、税務の分野では法律以上に幅を利かせているわけです。

 模範六法を皆さん方は持っていますね。あれと同じ厚さの税務六法というのがあるのです。それに租税特別措置法とか法人税法とかの法律が収録されています。それと全く同じ厚さの通達集があるわけです。模範六法の2倍の厚さの情報で税法の実務は動いているのです。

 そして、通達は非常に大きな影響力をもっている。税法の分野での優先順位をいえば、通達が1番。要するに憲法です。その次は、たぶん質疑応答集です。国税局の職員がアルバイトで書いた参考書です。所得税質疑応答集、あるいは法人税質疑応答集として毎年のように改訂されています。そこに書いてあるのが2番目の取扱だと思います。3番目の取扱として法律です。4番目の取扱いとして判決ですね。5番、6番がなくて7番目ぐらいに憲法が出てくるかもしれません。このような順番が税法の実務の基準です。つまり、ここに書いてある個別通達は税法の分野では憲法です。

 5億円のマンションを3億円で売却する。このような節税策を防ぐための個別通達は、「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地と及び家屋に関する評価、並びに相続税法7条及び9条の規定の適用について」という通達です。これを全て読む必要はないので、この2段目ですが、「負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した物の価格は低額譲渡、負担付贈与」、要するに5億円のものを3億円で買うというのは負担付贈与とも低額譲渡とも言えますが、これは、「当該取得時期における通常の取引価格に相当する金額によって評価する」。つまり、相続税評価額ではなくて通常の取引価格に相当する金額によって評価するというようになっているわけです。

 通常の取引価格との言葉が登場するのは、相続税法における時価は財産評価通達に定める3億円ですから、「時価」と定義したのでは3億円になってしまいます。そこで、通常の取引価格として、これは時価ではなく、通常取引される価格、つまり5億円だということをここで書いているわけです。土地についての低額譲渡、つまり3億円で売却すれば、相手方は、5億円の土地を3億円で買い受けたとみなされて、2億円について贈与税を課税するとの取り扱いが、この個別通達により行われているわけです。

◆ 取引相場のない株式には二つの価格が存在する

 これが低額譲渡の取扱です。実際の低額譲渡の事例を紹介してみます。この事案は各論に入りすぎるかもしれませんが、実務では登場する事案です。

 「Bさんの経営する会社には社員持ち株会がある。退職社員が所有する株式は会社が買い取り、他の社員に割り当てることになっているが、今回引き受ける社員がいないのでBさんが買い取ることにした。買い取り価格は額面相当の1株50円。社員も額面で取得した株式なので50円の買い取りには異議はない。」 仙台地裁平成3年11月12日判決 判例時報1443号46頁

 これがどういうことになるかというと、この1株については2つの価額が成立します。土地については4つの価額が成立するといいましたが、市場性のない株式には2つの価額が成立します。2つの価額が成立するのは相続税と贈与税の分野ですが、これに所得税と法人税まで含めれば3つの価格が成立することになります。贈与税については2つの価格が成立する。それはどういう価格かというと、支配株主か少数株主かによって値段が違うということです。

◆ 類似業種比準価格と純資産価格、それに配当還元価格

 支配株主の方は類似業種比準価格と純資産価格を折衷した価格です。仮に類似業種比準価格が3000円で、純資産価格が5000円だとすれば、この2つの価額を足して2で割れば4000円になりますから、4000円というのが支配株主にとっての株価になります。しかし、少数株主にとっての株価は、配当還元価格の500円です。この設例は古い会社なので50円ですが、通常の会社の場合の配当還元価格は500円になります。

 配当還元価格の方が簡単ですからそちらを先に説明しますと、年間の配当額を10%で除したものが時価だというのです。少数株主というのは配当を貰う権利しかないではないかということです。

 これに対し、支配株主の方は、配当を貰うだけではなくて会社を支配できる。だから、会社が持っている純資産価格から計算します。10億円の純資産を持っているなら、その会社の株式の価値は10億です。その80%の株式を持っているなら8億円が株主が所有しているという考え方をするのが純資産価格です。

 類似業種比準価格というのは他の会社の株価と比較する方法です。他の会社とは上場し、市場で株価が成立している会社です。例えば評価の対象になる会社が鉄鋼業を経営していれば、新日鐵とか日本鋼管と比較して、新日鐵と日本鋼管の平均株価が例えば1000円で、資産をどのくらい持っていて、配当はどのくらい出していて、利益はどのくらい出しているとかという3要素を評価の基準として持ってくるわけです。

 会社の配当、利益、純資産という3要素と比較し、これが1対2だとか、2対1だという計算をし、新日鐵と日本鋼管の平均株価に乗じれば、類似業者比準価格というのが算出される。これは税法の分野ではなくても、例えば譲渡制限のある株式の株価算定の場合にも裁判所が採用する手法です。

 普通の場合でしたら中小企業は配当なんて満足にしていませんから、少数株主の配当還元価格というのは非常に低く、逆に、中小企業は含み益を持っていたりしますから、支配株主にとっての株価は非常に高額になったりします。

◆ 支配株主に分類されるのは六親等の親族

 では、どういう人たちが支配株主になって、どういう人たちが少数株主になるかというと、簡単な例では51%の株式を持っていれば支配株主です。49%しか持っていなかったら少数株主です。でも、30%の株式を持っている人と、35%の株式を持っている人が登場すると分類は複雑です。

 これを正確に分類すると次のようになります。株主郡を枠で囲むと、1番外枠は少数株主です。その枠の中に、さらに枠があり、そこにオーナー株主一族がいる。つまり、同族株主です。同族株主になるのは六親等の親族です。同族株主になれば支配株主として高額な評価方法が採用されます。

 でも、六親等の親族って、実際には遠い関係ですね。そこで、さらに中心的な同族株主との定義をおいています。配偶者と兄弟、直系血族だけで25%の株式を持っている人たちです。そのような人達がいれば、今度は、その人たちだけが支配株主になり、甥や姪は、同族株主であっても、少数株主として、配当還元価格を利用することが出来ます。そのようなことが財産評価通達には書いてあるわけです。

 これを前提の知識として説例を検討しますと、支配株主の株価は高く、少数株主の株価は安くなる。オーナーのBは社員株主から50円で株を買い取っています。つまり、少数株主から支配株主が株式を買い受けたわけです。さてどういう課税関係が生じますか。

 これは先ほどの例で、個人Aから個人Bに低額譲渡した例と同じになります。ただ個人A側の株価と個人B側の株価が違います。個人A側、つまり社員株主にとっては株式は50円の価値しかありません。何しろ少数株主ですから。

 しかし、買い受ける個人Bにとっては、この株式には5万円の価値があります。そうしましたら個人Aの方は問題になりませんが、個人Bには5万円の株式を50円で買い受けたものとしての贈与税が課税されてしまう。つまり、4万9950円について、社員から贈与を受けたとしての贈与税課税が行われてしまうわけです。

 このような株価算定方法を定めているのは、法律ではなく、国税庁の通達にしかすぎません。しかし、裁判所は「国税局の通達に書いてあるじゃないか」とまでの判断はしませんが、基本的には国税局の通達と同じような思考過程をたどって、課税処分には違法ないと判断しています。

◆ 取引相場のない株式の評価の原則

 株式の話ですので、やや各論に入りすぎると思いますが、少し説明しておきますと、株価については次のような原則があります。

 第1原則として支配株主か少数株主かによって評価方法は全く異なったものになること。つまり50円になるか1万円になるかの違いが生じるということです。

 第2原則として、支配株主か否かは親族を含めた持ち株割合によって決定される。つまり自分の持ち株が6%しかなくても、6親等の親族を合計したら51%になったということなら、自分も支配株主にされてしまいます。

 第3原則として、支配株主になるか少数株主になるかは取得者の立場で判定される。つまり贈与税の課税というのは貰う方の立場ですから、上記の判決の例では、社員株主ではなく、取得者であるオーナーの立場での株価の算定になるわけです。

 結論としては、立場によって、また、税金の種類によって、資産の評価は異なってきます。これは土地についても言えますし、株式についても言えることです。


第6 無利息融資

 Aは、1億円を、Bに対して無利息で融資した。なお、市場金利は年5%である。A、Bが個人の場合と、法人の場合について、各々の課税関係を述べよ。


     税金名  課税金額      税金名  課税金額
 個人A(   )(   )から個人B(   )(   )への融資
 個人A(   )(   )から法人B(   )(   )への融資
 法人A(   )(   )から個人B(   )(   )への融資
 法人A(   )(   )から法人B(   )(   )への融資

 1億円を無利息融資しましたが、まさか1億円に贈与税が課税されると思う人はいないと思います。市場金利は5%、つまり年間利益500万円です。こういう取引をしたら誰にどういう課税が生じるかというのをまた1分間で考えてみてもらえませんか。

 最初の1行目の個人Aの方は、課税されません。だから課税金額はありません。個人B、これは贈与税が課税されます。500万円の利息相当の利益です。ただ、実際に父親から息子が借金したら、息子に利息相当の利益に税金をかけているかというと、後に説明する一つの事例はありますが、一般には課税されていないと思います。

 というのは、贈与税の基礎控除があり、年間60万円(平成13年度は110万円)までの贈与には課税されないのです。60万円だと6%の金利で考えて1000万円です。1000万円を貸し借りしたとしても年間の利息は60万円。これは課税最低限を超えませんので、贈与税は課税されません。でも1億円も借金したら話は別だというのが後に紹介する裁決例です。

 次、2行目です。個人Aから法人Bに無利息で融資した場合には、個人Aには何も課税されません。法人Bにも何の課税関係も生じません。

 次に法人Aから個人Bに無利息で融資した場合はどうかというと、法人Aには500万円に対して法人税が課税されます。個人Bには500万円の利益に対して所得税が課税されます。

 4行目の法人Aに対しては500万円の所得に対して法人税が課税されて、法人Bに対しては何も課税されないことになります。

 本当でしたら、ここで話を終りにして、「この理由を一晩考えて来て」と言ってみたいところです。さて、この課税の理屈が分かりますか。

◆ 無利息融資に利息を認定する理由

 最初の個人Aから個人Bに対する融資について、なぜ、個人Aに対して課税されないのかというと、これは2行目の個人Aから法人Bに対する課税の場合も同じですが、個人はカネ儲けをしなければならない存在ではないからです。

 皆さん方が司法試験に合格するかどうかわからないのに、お父さん、お母さんは、受験期間中の生活費を支払ってくれましたね。そして、塾代まで支払ってくれた。だから、皆さん方が親に感謝し、今後、親に仕送りを送るとの義務が生じるわけではない。親の負担は、いわば全く無償の行為です。個人Aの場合は、これが融資をする場合も、無償でも良いということになっているわけです。個人とは、もともとそのような存在であって、経済的合理的な行為は要求されていません。

 そういう存在を前提に税法はできているのですから、個人Aが個人Bに無利息で融資しても、それは構わないわけです。あるいは、個人が法人に対して融資し、利息を取らなくてもそれは構わない。何しろ個人Aには、経済的行動を取らなければならないとの前提がないからです。

 でも、法人Aが個人Bに融資をし、あるいは法人Aが法人Bに融資をした場合は異なります。法人は経済的合理的な行動を行うとの前提で、法人税法も、そのような法人の行動を前提に条文が作られているわけです。

 ところが、この前提を崩されたところで行動されてしまいますと、そういう行動をとるということで税法ができているので、課税関係に混乱が生じてしまう。そこで、もし法人Aが無利息により、個人B、あるいは法人Bに融資をしたら、それは利息を取って貸したとみなすことにしているわけです。

 ではどのように考えるかというと、法人Aが個人Bに1億円を融資をし、500万円の金利を受け取り、まず、500万円を手にしたとみなすわけです。そこで課税所得500万円が発生する。

 しかし500万円は現実には受け取っていません。そこで受け取ったとみなされた現金を、その後、個人Bあるいは法人Bに贈与してしまったとみなすわけです。この場合に、受け取った500万円が課税所得になり、支出された500万円が課税所得のマイナス、つまり、損金になるのなら、結論は同じですが、しかし、支出の方は損金としては認めないことにするわけです。

◆ 税務上の寄付金との概念

 なぜ損金として認めないかというと「あなたが勝手にやったことだ」というわけです。その「あなたが勝手にやったことだ」という理屈は、税務上、寄付金という概念として理解されます。税法には寄付金という概念があり、寄付金は経費として認めないということになっています。

 なぜ経費として認めないかというと次のような理屈があるからです。会社が大きく儲け、本年度に10億円の所得を計上したとします。10億円の所得を計上すれば5億円が法人税としてもっていかれてしまいます。「冗談じゃない、僕は10億円稼いだのに5億円も税務署に取られてなるものか」ということで、「そんなことだったらこの10億円を私は寄付します、お金をなくしますよ」ということで誰かに寄付してしまいます。

 誰かに10億円を寄付し、会社は10億円を儲けたが、10億円を寄付して、それが損金になったの処理をすれば、会社の所得ゼロです。例えば「わが母校に10億円を寄付します」という処理です。母校の方は公益法人ですから、寄付を受けても課税されない。万事めでたしになるかといえば、そうはならないのです。

 社長さんは母校から10億円分の感謝をされるかもしれませんが、本当に感謝されるべきなのは、社長については5億円分だけなのです。なぜなら、残りの5億円を支払ってくれたのは税務署長だからです。

 10億円を儲けたら、会社には5億円が残り、差額の5億円は税務署長が手に入れられるはずなのに、社長が寄付をしてしまったため、社長も5億円失ったかもしれないが、税務署長も5億円を失うわけです。そして、学校の額縁には「当校に対して10億円を寄付する多大な貢献をしてくれた人」ということで社長さんと税務署長の額縁が飾られることになるのです。

 けれども、税務署長は、そんな額縁では了承しません。なにしろ公務員ですから、学校に寄付するなんて承諾できっこありません。ということで税務署長は、「そんな10億円の寄付は認めない」というのです。つまり、10億円の寄付を会社が勝手に実行したとしても、そんなものは損金とは認めないということになるわけです。

 それは税法の計算上は無視されるわけです。だから500万円の利息を受け取って500万円を相手にあげたとみなされた場合は、500万円を貰った取引については所得税が課税され、500万円をあげた方は、税法上は無視される。だから貰った500万円だけが益金に計上されるとの理屈が成立するわけです。これが無利息の融資をした法人についての課税関係です。

◆ 相続税法のみなし規定の意味

 では今度は融資を受けた個人、あるいは法人について考えてみます。個人Bはなぜ500万円の贈与税が課税されるのでしょうか。これは簡単です。なぜなら1億円を無利息で融資してもらったら利息相当の利益を受けるわけです。もし、銀行から借金をするのであれば、1億円を借金すれば500万円の利息を支払わなければならないわけです。

 だから銀行から1億円を借金して500万円の利息を払うときに「お父さん、その500万円の利息分の現金を贈与してくれないか。それで利息を支払うから」と500万円を父親から貰えば、これには贈与税が課税されるわけです。

 つまり、父親から1億円を借金し、無利息で済んだのであれば500万円の利益を得たのだから、これには贈与税を課税しますということになります。

 しかし、最初に説明した借用概念から考えてみると、民法上、贈与というのは、「贈与は当事者の一方が自己の財産を無償にて相手方に与うる意思を表示し相手方が受諾を為すに因りて其効力を生ず」ですね。利息相当額について贈与契約が締結されるわけではない。無利息融資が行われても、それは金銭消費貸借契約と贈与契約の合体契約だとは考えないと思います。これは単純な金銭消費貸借契約です。

 そこに贈与という概念が登場するのは、先ほど説明した「みなし贈与」という概念です。相続税法の7条、8条、9条あたりに「みなし贈与」という規定があり、7条では安く資産を売った場合は、安く売ってもらった方は、差額については贈与とみなすという規定があるわけです。8条は借金を免除してもらった場合や、身内に借金を引き受けてもらった場合は贈与とみなすとしています。9条は、恐ろしい条文で、その他、第三者の負担によって利益を得た場合は、すべて贈与とみなすとしています。

 租税法律主義では、租税要件は具体的に確定しなければならないのですが、ここには要件を具体化しない条文が存在し、それが実務に適用されています。この相続税法9条により、1億円の無利息融資を受けた場合は、本来であれば500万円を支払うべきところ、これを支払わなくて済んだのだから、その500万円はみなし贈与の規定に該当し、500万円相当の利益に贈与税が課税されるとしています。これが1行目の右側の個人Bの課税関係です。

◆ 無利息で融資を受けても法人は非課税

 2行目は、個人Aから法人Bに対する無利息融資です。なぜ法人Bには課税されないと思いますか。これは数学の問題です。少し考えてみてもらえませんか。数学ではないですね、算数です。

 なぜ課税されないのか。これを「行って来い」の理屈で説明すれば、法人Bは500万円の利息を法人Aに支払ったのです。利息を支払えば、それは経費です。そのあとで500万円の現金を法人Aから貰ったのですから、それは利益です。すると、500万円の経費と、500万円の利益が発生する。これが相殺され、課税所得は発生しないわけです。

 このような説明はインチキだというなら別の説明をします。法人Bは1億円を法人Aから借ります。この1億円をどうしますか。床下にでもしまっておきますか。法人でしたらそういう行動は取りません。利益を稼がなくてはいけないのですから。仮に銀行に預けたりしたら銀行が500万円の利息をつけてくれます。それに課税されるわけです。

 法人Aから無利息で借りたことについて500万の利益を認識して、又その1億円を銀行に預金したことで現実の500万円の利益を認識するとしたら、合計して1000万円の利益を認識し、これに法人税を課税することになってしまう。つまり、どちらか一方の500万円の利益を認識するのが正しいわけです。

 では、銀行に預金せずに、銀行に1億円の借金を返済してしまったらどうなるでしょう。借金を返さなければ500万円の利息を支払うところを、借金を返済してしまったので500万円の利息を支払わずに済んでしまった。そこで500万円の利益が実現するわけです。ですから、これに加えて、個人Aから無利息の融資を受けたことによる500万円の利益を認識する必要はないのです。

 とすれば個人Bの方はいかがですか。ここでは500万円の所得に対して所得税が課税されると説明しました。なぜ課税されると思いますか。これは先ほどの「行って来い」の理屈で説明できます。個人Bは利息を支払ったのです。けれどもこれは経費になりません。なぜなら皆さん方のお父さんが住宅ローンを支払っていても、それが給与所得から控除されるという話は聞いたことないと思います。あるいはカネ貸しからフランス旅行に行く費用を借金して利息を支払っても、それが経費に落ちることはないですね。皆さん方がサラ金から借金をして利息を支払ったとしても、研修所からの給料の税金が戻ってくるということはないわけです。

 つまり、基本的に、個人の場合は、何かを支払ったとしても、税金計算上は無視されるわけです。500万円をAに一度は支払って、そのAから500万円の現金を貰えば、もらった500万円は所得ですが、支払った500万円は経費にはなりません。だから、法人Aから個人Bに対する利益の供与ということで、500万円について所得税が課税されることになります。

 次の行の法人Aから法人Bへの融資です。この場合に法人Bには課税所得が発生しないのは、上から2行目の法人Bの理屈と同じです。「行って来い」の理屈で、法人には課税所得は発生しません。あるいはその融資金を銀行に預金したと考えれば、借りた方の課税について利益を認識しなくても、銀行預金の利息に課税されるわけですから、二重に利益を認識する必要はないわけです。

◆ 法人税22条を読みこなせたら天才

 この理屈が法人税法第22条に書いてあります。その2項で「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡」、つまり、無償で資産を譲渡しても課税されるというのです。「又は役務の提供、無償による資産の譲り受け、その他の取引で資本等取引外のものに係る当該事業年度の収益の額とする」

 ここに何しろ全ての課税関係が記載されているわけです。しかし、この条文を読んで、今の課税関係が全て理解できたとしたら、これは天才です。しかし残念ながら日本の税法では、このように書いてあれば、このような課税関係が生じるのは税法の常識ということになっているのです。

◆ 無利息融資に課税された裁決例

 次が無利息融資の適用事案です。個人経営の自動車教習所の例です。

 「Aは経営する自動車学校の運転資金に充てるため父親から無利息で資金の借入をしていた。借入総額は3億円。これに対し利息相当の贈与があったものとして贈与税を課税するというのが課税庁の見解。Aは無利息の融資を受けたことによる所得は事業所得として実現しており、贈与税の課税は所得税の課税と二重課税になると争った」 平成元年6月16日裁決 裁決事例集No37の241頁

 ここで無利息融資の課税関係の理屈が成立してしまうわけです。そこで、Aさんが主張したのは、次のような理屈です。自動車学校の収入が5000万円で、経費が2000万円だとすると、利益は3000万円になる。そこで、なおかつ、3億円の無利息融資に対して1500万円の受贈益を計上したら、所得税と贈与税との違いはあるが、合計で4500万円の利益について、所得税と贈与税が課税されてしまう。

 Aさんとしては、これは不本意。なぜなら、仮に、利息を支払った場合はどうなるのかを計算してみると次のようになります。収入は5000万円で、経費は、利息1500万円を加算して3500万円に増えます。今まで2000万円の経費があったのですから、それに1500万円の利息を追加して支払うわけです。その結果、利益は1500万円になります。そして、利息1500万円は父親に支払いますが、その現金は、その後に父親から贈与として戻してもらう。すると、受贈益ということで1500万円が計上されます。自動車練習場の事業所得1500万円に、その贈与を受けた利益1500万円を加えても、合計で3000万円にしかならないではないですか。これは税務署が認定した4500万円の所得とは異なります。

 無利息なら所得税と贈与税を加えて4500万円の所得が実現するのに、利息を支払い、その後に現金をもらった場合なら3000万円の所得しか実現しません。これは不公平だとAさんは争ったのですが、残念ながら課税の理屈というのはAさんの言うようにはなっていません。この課税処分についてはAさんの理屈は否定されています。

 結論としましては、法人に許されるのはカネ儲けだけです。法人の場合は、経済的合理的な行動をしないと、経済的合理的に行動したとみなされての課税関係を認定されてしまいます。これが、ここでの結論です。


第7 借地権の設定

 借地権の場合には、更に、この理屈が複雑になってきます。最初に説明したのが売買で、値上がり益課税の理屈でした。次が、無利息融資の課税関係を説明しました。つまり、無償による資産の贈与と、無償による役務の提供です。借地権の設定の場合は、この二つの理屈が登場します。

 「AはBに対して建物の敷地として帳簿価格2000万円、時価1億円の土地を賃貸し、権利金として6000万円を受け取り、地代として月額50万円を受け取ることにした。Aの課税関係を述べよ」

 権利金についてと、地代についての課税関係です。ここでは、今まで説明してきた値上がり益課税と、役務提供課税の場合のみなし課税の2つが重なります。

 というのは借地権の設定というのは、税務上は、借地権部分の売買と、底地部分の賃貸として分けて考えることになっているからです。借地権部分については権利金6000万円を受け取り、土地の6割相当を売却したとみなすわけです。

 ですから、帳簿価格が2000万円でしたら、その6割の1200万円を原価として、これを6000万円で売却したとみなす。だから6000万円から1200万円を引いた差額に対して譲渡益課税が生じることになります。

 では地代は何に対する対価かというと、底地の賃貸に対する対価です。それで底地を貸して月額50万円を貰えば、年間600万円の地代については不動産所得課税が行われるというわけです。

◆ 借地権についての脱法事例

 こういう知識を前提にして実際に事件になった借地権の設定事案を考えてみます。某デパートの例です。

 「Aは土地を貸すことにした。しかし権利金を受け取ると譲渡所得課税が行われてしまう。そこでAは権利金を受け取る代わりに、権利金相当である3億円の無利息融資を受けることにした。返済期限は借地契約に合わせて60年にする。まさか借金に課税されることはないだろうというのがAの考え」

 融資金の返済期限は、借地契約と同じ60年ですが、借地契約が更新されてしまえば、無利息融資の返済期限も更新されてしまうことが予定されています。つまり、永久に返済する必要のない借金です。

 このような処理をすれば、借地権設定について、借地権部分の譲渡とみなされるのを防止することが出来ます。借地権を設定し、3億円を権利金として受け取れば、3億円に対して譲渡所得課税がされてしまいますが、無利息融資方式でしたら、何の課税関係も生じないだろうというのが、当事者の計画だったわけです。

 さて、どういうことになったでしょうか。皆さんが税務署長でしたら「冗談言わないでくれ。これには課税しなくては」ということになりますね。税務署長になったつもりで、こういう場合には、どのような課税をしたら良いだろうと考えてみてもらえませんか。

◆ 借金も利益とみなす税法改正

 これは残念ながら課税できなかったのです。大手デパートの本店の隣の土地で、そのデパートに貸したのですが、当時の税法では、これには課税できませんでした。無利息融資を受けただけでは課税できません。そこで、その後に法律を変えてしまったのです。

 税法というのは、極端な節税事例に対して、それの対策として改正されていくことが多いのです。その一例です。本件では、次のような税法改正が行われました。

 「借地権又は地益権の設定に伴い通常の場合の金銭の貸付の条件に比較し特に有利な条件による金銭の貸付その他特別の経済的な利益を受けるときは当該金銭貸付により通常の条件により金銭の貸付を受けた場合に比較して受ける利益はその他当該特別の経済的利益の額、その他設定の対価の額に加算した金額をもってその借地権又は地益権の設定の対価として支払を受けた金額とする」

 少し分かりづらいですが、要するに有利な条件で融資を受けたとしたら、その経済的利益を、通常の金銭の貸付を受けた場合に比較して受ける経済的利益として計算し、それを借地権設定の対価として受け取ったとみなすということです。

 仮に、通常なら6%の利息を支払うところ、これが2%で済んだのなら、差額の4%分の経済的利益を権利金としてみなすということなんです。上記の例は無利息ですから、60年間について5%の利率で年金原価で割り引くことになります。要するに60年後に3億円を返済しなくてはならないとしたら、今いくら資金を持っていれば良いかとの計算です。すると1600万円との答が出てきます。

 1600万円を年5%の複利で預金しておくと60年後には3億円になるそうです。だから名目上の借金は3億円だが、実際には1600万円の借金でしかない。だから3億円から1600万円を差し引いた2億8400万円は権利金として受け取ったとみなされる。これは譲渡所得課税の対象です。そのような法律ができたわけです。

 借地契約については、資産の譲渡と、無償による役務の合体したものになっているのですが、世の中、それほど単純ではありません。もし権利金を貰わずに土地を貸したとしたらどういうことになると思いますか。

◆ 権利金をもらわずに土地を貸したら

 借地契約というのは借地権部分の譲渡と、底地権部分の賃貸だとの理屈に固めて考えるとしたら、仮に、権利金を貰わずに土地を貸したら、それは借地権部分を贈与したことになってしまいます。そうしましたら、贈与を受けた方には贈与税課税が発生し、会社が地主だとしたら、借地権部分をタダであげたことになり、それを時価で譲渡したとみなされての課税関係が発生してしまう。それは不合理です。土地をタダで貸してあげるということは、世の中にはいくらでもあることです。

 借地権割合との概念は、元々税務署が課税するために導入したものなのです。税務署が課税するために借地権割合という概念を導入すると、民間は借地権割合に従って処理しておけば課税関係でのトラブルが生じないと考え、そこで借地権割合を利用する。そして、借地権割合に基づいた民間の取引が行われることになり、それが前例になって税法が完成するとの循環論になるのですが、そこでは善人が土地をタダで貸してあげるという行為ができなくなってしまうわけです。

 そのような不合理を解消するために、税法も、幾つかの解決策を提案してくれました。

 1つは、年6%相当の地代を支払えば、借地権の設定はなかったとみなすとの方法です。つまり、更地価格に対して年6%の地代を支払っているということは、それは底地を貸して借地権部分を売却したのではなく、土地全体を賃貸したとみなすというわけです。

 つまり売った部分は存在せず、土地全体に対する利回りが保証されているということです。権利金を貰わなくても、そこでは譲渡所得課税は行わないというのが年6%地代の支払いという概念です。年6%の地代は、法人税では相当地代と呼びます。

◆ 地代をもらわずに土地を貸したら

 しかし、世の中には地代を全く支払わないとの契約も存在する。使用貸借契約というのが民法上、存在する理由です。そこで、無償返還届を提出しての借地権の設定という概念が出来てきました。

 無償返還届というのは、期間が満了したときはタダでお返ししますという念書を、借地人と地主の間で合意して、なおかつ、その届出を税務署に提出しなさいということです。

 そうしたら借地権部分の譲渡はなかったとみなします。何しろ期間が来たらタダで明渡す契約なのですから、借地権部分の贈与などは認識しないとの理屈です。しかし、ここまで来ると又矛盾が出てきます。

 なぜなら、無償返還の約束を賃貸人と賃借人の間で締結し、なおかつ税務署にその届出をしたとしても、借地法の適用がなくなるわけではありません。無償返還届を提出しても借地法の適用はあります。そうしたら借りている方が、「俺は借地権があるんだ」と権利を主張すれば、これは普通の借地権になってしまうわけです。となれば無償返還届の提出というのは法律上何の意味もないことになるわけです。

 定期借地権については、さらに複雑で、定期借地権の場合は50年後には返すのだから、6割の借地権地域であっても、2割だけの利用制限があるとみなすというような実務の取り扱いになっています。

 結論として、借地契約は借地権部分の譲渡と底地部分の賃貸です。それから、年6%の地代を支払う契約、無償返還届を提出する契約など、幾つかの手法が税務上、準備されているのが借地契約です。

 今日の話は、これで終わりにさせて頂いて明日はこの基礎知識をもとに実務編を取り上げたいと思っております。以上です。


 
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