事例から学ぶ所得税

 第2 超過累進税率は所得税的な公平の象徴

 超過累進税率というのは、まさに所得税的な公平の象徴なのです。超過累進税率は、恐らく、社会科学の分野における発明の中で筆頭の地位を占めるのではないかと思います。

 社会科学の分野での1番に偉大な発明は株式会社制度だそうです。過去1000年における社会科学の発明を順番に並べたら、恐らく、3番目くらいには超過累進税率が入ると思います。

 その重要性を理解するためには、所得税法的な公平概念を考えなければいけません。公平とは何かです。

 一つは、「1人当たりの負担は同額」という公平があります。日本に住んでいる以上は、1人当たり300万円の税金を負担するとの税制です。これは、喩えれば映画館の入場料税制です。子供割引きはありますが、原則として、1人当たりの入場料は同額です。資産家も、貧乏人も、同じ料金です。

 次が、「使用に応じて平等の負担」という税制です。こちらはコカコーラ税制と言えます。コーラ1本の値段は誰でも100円です。2本を飲んだら200円の負担です。これが使用に応じての公平です。

 最後が、「負担力に応じた平等」という理屈です。そして、これが超過累進税率です。330万円以下と所得の少ない人は10%の税金で良い。その代わり8000万円、あるいは2億円、10億円の所得の人達は37%の税率で納税してくださいという税率が、超過累進税率なのです。

 超過累進税率の思想を簡単に言ってしまえば、「泥棒税制」です。つまり、盗まれても困らない金額を、税金として納めるという思想です。所得が330万円の人だったら、泥棒に入られて300万円を盗まれたら大変です。でも、33万円を盗まれただけなら、その1年、なんとか生活していけるでしょう。

 所得が10億円もある人であれば、泥棒に入られて3億7000万円を持っていかれても、その後の生活に困ることはありません。改正前の所得税の税率でしたから、所得が10億円もあれば、7億円を盗まれても困らないはずです。

 国と泥棒を同一に見てはいけないのですが、しかし、これは「お金の価値」についての経済学の理屈でもあります。所得が増えれば、所有する100万円の価値は逓減します。その価値に応じて税金を負担するのが超過累進税率です。

 「映画館税制」も、「コカコーラ税制」も、「泥棒税制」も、実際に採用されています。

 「映画館税制」は、人頭税として導入されました。宮古島に人頭税岩というのがあり、岩の高さは143センチなのですが、その高さを超えると一律に租税が課せられ、それが過酷な税制だったとの歴史があります。

 人頭税は大昔の歴史であるだけではなく、現在でも導入を計画する人達がいます。サッチャーは、18歳以上の成人に一律の地方税を課税するとの人頭税を導入しようとして失脚しました。

 「コカコーラ税制」は既に消費税として導入されています。使った分だけ税金を払うとの税制です。100円のコーラ1本について5円の税負担です。2本なら10円です。

 そして、「泥棒税制」が所得税です。泥棒税制と悪い名前を付けましたがが、この泥棒はネズミ小僧です。強い者から超過累進税率でカネを取り、弱い者に福祉としてカネをばらまく義賊です。

 しかし、ネズミ小僧も歳をとりました。超過累進税率の最大の長所である所得税率の階段構造が、徐々に引き下げられています。昔には70%だった税率が、いまは37%です。つまり、ネズミ小僧も、昔は小判70枚を担げたのですが、いまは37枚しか担げなくなりました。

  目  次

第1 所得税の基本構造
第2 所得は12分類
第3 所得区分の具体的事例
   りんご生産組合
   ストックオプション
   自己株式の取得
第4 収入計算の特例
   法人に対する遺贈
   限定承認
第5 費用計算の特例
   生計一の妻への支払い
第6 所得計算の特例
   保証債務の履行
第7 損益通算
   映画フイルム事件
第8 税額計算と更正の請求
第9 最後に

  ◆商事法務から出版

 第1章 事例から学ぶ所得税
 第2章 事例から学ぶ法人税
 第3章 事例から学ぶ相続税