==== 自己株式(金庫株)の取得時の株主に対する課税 ========


 100万円で取得した株式を100万円で売却する。このような取引を実行しても、譲渡による損益はゼロですので、税負担は生じないと考えるのが常識的な理解です。しかし、今回の金庫株(自己株式)の改正では、このような場合であっても配当所得課税が行われる可能性が生じてしまいました。売主が法人の場合には、同じ取引であっても、逆に、譲渡損の計上による節税ができてしまうかもしれません。


 商法210条は、配当可能利益を限度としてですが、自己株式を自由に購入できることにしました。それと同時に改正されたのが自己株式の取得と売却についての税務上の取り扱いです。新たに採用された税務上の理屈を一言で説明すれば、自己株式の取得は、売買取引ではなく、資本取引と認識されることになったと理解すれば良いと思います。減資、増資、あるいは配当金の支払いと同じ種類の資本取引です。


 そこで、まず、理解を容易にするために、この課税関係を説例を持って説明すれば次の通りです。


 株主aが所有する株式100株を発行会社に譲渡する。aの取得価格は1株100万円で、会社への売却価格も1株100万円。そして、発行会社の1株当たりの資本構成は次の通りだとします。


       貸借対照表(1株当たり)
 ───────────┬────────────
  資 産   −−− │負 債     −−−
            │資本金    60万円
            │利益積立金  40万円


 株主aは、100万円で取得した株式を100万円で売却するのですから、売却による損益はゼロのはずです。しかし、税務上の計算は異なってきます。aは60万円を譲渡の対価として受け取り、差額の40万円を配当として受け取ったとみなされます。したがって、株主aには、40万円の譲渡損(100万円で取得した株式を60万円で売却した)と、40万円の配当所得が認識されることになります。


 なぜかというと、株主aに支払われるのは、株式の譲渡の対価ではなく、会社の資本の部に計上された1株当たりの資本金と留保利益の払い戻しだと理解されるからです。


 説例によれば、会社には1株当たり60万円の資本金と40万円の利益積立金が存在しますので、これが株主に払い戻されます。そして、利益積立金の株主への払い戻しは利益の配当(配当所得)になります。100万円から配当とみなされた40万円を差し引いた残額60万円は、取得価格100万円に対応する資本金の払い戻しです。だから、取得価格に不足する40万円の差額は有価証券の譲渡損失と認識されるわけです。


 株主aが個人の場合であれば、通常は、有価証券の譲渡損失は分離課税の範囲内で切り捨てられ、配当所得にだけ課税されることになってしまいます。株主aが法人であれば、有価証券譲渡損は損金に算入されますが、受取配当金は益金不算入(一部制限がありますが)との取り扱いを受けることができるわけです。この結果が冒頭に説明した課税関係、つまり、100万円で取得した株式を100万円で売却した場合でも、これが個人なら配当所得課税が行われ、法人の場合なら、逆に、譲渡損の計上による節税ができてしまうとの課税関係です。


 ただ、以上のような課税の理屈は証券取引所に上場されている株式の売買には適用されません。上場株式を売却した場合は、仮に、それが自己株式として発行会社に買い取られた場合であっても、通常の有価証券の譲渡として分離課税の対象(個人の場合)になるだけです。市場での売却では、誰が買い手かが分からないというのが理由です。


 このような課税関係に加え、有価証券の譲渡益に対する課税(譲渡益の26%)に比較し、配当所得に対しては総合課税(最高税率50%)であることを考えると、自己株式の買い入れを原則自由とした商法210条の改正の方向とは逆に、株式を上場していない中小企業の場合には、自己株式の買い取りは行えなくなってしまったと考えるのが税務業界の理解です。


 なお、金庫株についての税務通達はまだ公表されていません。時価を下回る価額での自己株式の買い取りがあった場合の取り扱いなどについて、どのような通達が公表されるのかが待ち遠しいところです。


http://www.nta.go.jp/category/tutatu/tutatu.htm