======デット・エクイティ・スワップの課税関係=======

 デット・エクイティ・スワップという言葉を聞くことがあります。カタカナで言われると新しいことのように思えてしまいますが、要するに、債権の現物出資のことです。中南米諸国でのデフォルトが騒がれたことがありますが、あのときも銀行の融資金を出資に振り替える手法が提案されていました。

 さて、最近は、デット・エクイティ・スワップが企業の再建手法として提案されています。東京地裁が債務超過会社について、債権額での現物出資を認めたことが影響しているようです(商事法務1632号16頁)。

 現行の商法は、現物出資について検査役を選任するとの方法に代え、弁護士の証明を得るとの手法を認めていますが、弁護士が証明できるのは、出資財産が不動産である場合に限られています。

 しかし、改正商法は、弁護士に限らず、公認会計士、監査法人、税理士による証明を認め、かつ、証明の対象になる現物出資財産を不動産に限定しないことにしました。つまり、税理士の証明によって、当該企業に対する債権を現物出資財産として資本に振り替えることができるわけです。

 なぜ、債務超過会社に対する債権について、債権額での現物出資が認められるのでしょうか。仮に、資産20億円、負債40億円の会社を想定しますと、仮に10億円の債権の実勢価格は5億円でしかありません。

 しかし、債務者の立場で考えれば、10億円の債務には10億円の価値(弁済義務)があります。これを10億円の価値ある資産として資本に振り替えても、債権者に益することはあっても、害することはないはずです。そのような理屈が東京地裁の取り扱いの根拠になっているものと想像します。

 このような処理の簡便化と、さらには債務超過の時代には、今後、デット・エクィティ・スワップの利用は、ますます盛んになるものと思われます。特に、中小企業で、オーナが会社に多額の資金を投下し、それが会社に対する貸付金として残っている場合には、相続税対策のためにもデット・エクィティ・スワップが必要になります。

 債権のままなら、債務超過会社に対する債権であっても券面額での評価ですが、これを資本に振り替えれば、出資金としての評価に切り換えてしまうことができます。債権を放棄するとの方法も可能ですが、そのような手法では会社に債務免除益が計上されてしまいます。これを上手に避ける手法がデット・エクィティ・スワップということになるわけです。

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、デット・エクィティ・スワップが行われた場合の課税関係を検討してみようと思います。数字が入った方が分かりやすいと思いますので、ここでは資産20億円、負債40億円、資本金10億円の会社について、債権者が10億円の債権(会社にとっては負債)を現物出資した場合を考えてみます。債務者側にとっては資本取引ですので課税関係は生じませんから、ここで検討するのは債権者側にとっての課税関係です。


  ──────────┬──────────
   資 産 20億円 │ 負 債  40億円
            │ 資本金  10億円
            │ 欠損金 ▲30億円

第1説 10億円の債権を出資金に振替るだけであり、出資時点では損失は計上されない。将来、出資金を処分(譲渡)したときに譲渡損が計上されることになる。

第2説 帳簿価格10億円の債権の現物出資であっても、その時価は5億円にすぎない。したがって、出資によって取得されるのは5億円の出資金であり、出資の時点で5億円の損失が計上されることになる。これは、帳簿価格10億円で、実勢価格5億円の土地を現物出資する場合の課税関係と同じである。

 上記のどちらの説が採用されるのかについては、既に答のでている問題だと思うのですが、これを断言した資料などは見あたりません。

 さらには、仮に、第2説を採用した場合には次のような問題も生じてしまいます。現物出資前には、券面額10億円の債権には5億円の価値がありました。何しろ、債務者会社には40億円の債務の引当になる20億円の資産が存在したわけです。

 しかし、現物出資によって10億円の債務が資本に振り替わってしまうと、この会社は、資産20億円、負債30億円の会社に生まれ変わってしまいます。つまり、債務超過は縮小し、現物出資に応じなかった債権者の弁済額は5億円だけ増加するわけです。

 しかし、資本金は10億円から20億円に増加しますが、現物出資によって手に入れた10億円の出資金について、引当(残余財産分配請求権)になる残余財産はゼロです。


  ──────────┬──────────
   資 産 20億円 │ 負 債  30億円
            │ 資本金  20億円
            │ 欠損金 ▲30億円

 従って、第2説を採用するとすれば、現物出資によって計上される損失は10億円ということになってしまいます。しかし、5億円の実勢価格が存在した債権を、現物出資によってゼロにしてしまう処理が、税務上、是認されるのか。このような疑問が消えないのがデット・エクィティ・スワップです。


◆ 論文の紹介


 デット・エクィティ・スワップと課税関係の論文が商事法務1638号に掲載されていました。債権の額面10億円で、時価5億円とすると。

 1) 現金による増資と、その後の債務の弁済。あるいは債務の弁済の後の現金による増資との手法。
 2) 債権の現物出資との方法。これが2分類されて。
  2のa) 債権を時価5億円で評価する方法。
  2のb) 債権を額面10億円で評価する方法。
 3) 債権を放棄し、これとは別に現金出資で増資する方法。

 裁判所の取り扱いは2のb)だと思っていたのですが、これは東京地裁の取り扱いであって、その他の裁判所では、また、別の考えなんですね。というより、他の裁判所の判断は、今のところ見えない。

 さて、課税関係についての論者の結論ですが、上記の分類に応じて、次のように説明しています。

 1) 実行時の損金計上は不可。将来の株式評価損の計上は可能。
 2のa) 実行時に債権の譲渡損を計上できる可能性がある。
 2のb) 実行時の損失計上は不可。将来の株式評価損の計上は可能。
 3) 貸し倒れ基準(倒産処理)に該当すれば貸し倒れ処理が可能。

 問題は2のa)と、2のb)についての理解ですが、これを次のように考察してみます。

◆ 考察


 1) 債権を額面で出資するか、時価で出資するかで、債権者側の課税関係が異なっても良いのか。

 私は、これは異なるべきではないと思います。その債権の時価が、額面を下回ることは客観的な事実として明らか。だから、第三者に出資する場合なら、時価での出資しかあり得ません。
 しかし、債務者に対してなら、額面での出資が認められる。これは債務者にとっての負担は、まさに、額面相当額だから。だから、債務者の立場(増資)については額面が利用できるとの理屈です。
 しかし、債務者にとって幾らの負担かということと、債権者にとっての評価は別の問題です。

 2) 帳簿価格10億円で、時価1億円の土地の現物出資と比較して。

 土地の現物出資なら、現物出資と同時に9億円の譲渡損が計上できるはずです。では、帳簿価格10億円で、時価1億円の債権を現物出資した場合に、9億円の貸倒損失が計上できるのか。
 これは譲渡損の問題ではなく、貸倒損失の計上なので、さらなる考察が必要と考えます。そのためには具体的な数字を入れての検証が必要です。

 3) 債務者が2名で、各々が10億円の債権を持っている場合。ただし、資産は10億円。

 債権者の1名が10億円を現物出資する。出資後の出資金の評価はゼロ。このような処理ですと、結局、債権者は5億円の価値がある債権を出資し、資産価値ゼロの出資金に振りかえたことになる。この場合に、10億円の貸倒損失を計上することは不合理。
 つまり、自分だけが損失を負担するとの処理であり、まさに、寄付金です。5億円の回収が可能な債権を放棄した場合と同じで、貸倒損失はゼロ。

 4) 3)の事例で、各々が5億円を出資した場合はどうか。

 この場合なら、3)の寄付金認定は避けられる。しかし、生きている会社に対し、一部の債権を放棄することが認められるのは、関係会社に対して合理的な再建計画がある場合の放棄か、倒産処理の一環としての債権放棄に限られる。
 したがって、法人税基本通達14−3−11(債権の弁済に代えて取得した新株又は出資若しくは基金出資の取得価額)の要件を整えればok。

 結論としては次のようになる。

 結論1 自分だけが損失を負担するとの結果になる現物出資は寄付金と理解される。
 結論2 寄付金とならないのは、a)関係会社の再建のための利益の供与の場合と、b)倒産処理の一環としての債権放棄の場合に限られる。

 さて、この2つの要件を満たさない場合に、将来、その出資金を譲渡したときに、譲渡損失が計上できるか。これは原則として出来ないとの結論にならざるを得ない。

 上記の例なら、10億円の内の5億円は実損だが、しかし、実損が生じる前に放棄してしまった場合は、その後の貸倒損失の計上は不可能なのと同じで、デット・エクィティ・スワップによって、会計処理のチャンスを失わせてしまう。

◆ 判例


 次の事例はデット・エクィティ・スワップによる貸倒損失の計上を否認した事例です。では、何が否認の理由なのか。

 「貸倒損失の計上や、債権放棄を行なった場合には、両子会社がまだ存続できる可能性を持っていることから、貸付金全額の損金算入は無理」との事情があると事例です。だから、この事情が存在しても貸倒損失の計上が認められる場合(債権者の協議による切り捨て等)でないとダメ。つまり、デット・エクィティ・スワップとの特別の税務処理を考察するのではなく、通常の貸倒損失の要件として考察すべきだと。そのように判例を位置付けしてみたのですが。

 東京地裁平成12年11月30日 週刊税務通信2662号 国税速報5337号

 税理士でもあるA社の代表は、子会社に対する貸付金を無税償却する方針を固めた。しかし、貸倒損失の計上や、債権放棄を行なった場合には、両子会社がまだ存続できる可能性を持っていることから、貸付金全額の損金算入は無理と判断。

 1)まずB、C両子会社に増資させ、2)A社は当期において発生が見込まれる4億円あまりの利益を原資として、そのB、C社の増資新株を額面金額よりはるかに高い額で引受け(これと同時に両子会社はA社からの借入金をA社に弁済する)、3)その後A社はその増資新株を他社(A社代表が発行済み株式の21%を保有する会社)に低額で譲渡し、引受け額と譲渡額の差額を株式譲渡損という形で損金に算入するという措置をとり、両子会社を生かしつつ、不良債権化した両子会社への貸付金の損を実現させた。

 しかし、この“奇策”を、税務署は、当期において見込まれた4億円という利益を消去して、法人税負担を不当に減少するための行為にあたると判断。増資新株の引受額算定に法人税法132条を適用し、増資新株についての払い込み価格と額面との差額は、A社から両子会社への寄附金に該当すると認定して、更正処分を行い、過少申告加算税を賦課した。

 A社は、1)〜3)の行為には子会社を救済する必要性、妥当性があり合理的な行為として考えられると主張。

 しかし、裁判所は「そのような背景事情を捨象した株式自体の価値に着目して対価を決定するのが、税法の想定する通常の経済人を基準とした合理性のある行為と考えるべき」として、納税者の反論を退けた。