====相続した土地に対して取得時効が援用され所有権を喪失してしまったら===

 相続したA土地について、その後、第三者(占有者)から取得時効が援用され、相続人はA土地の所有権を失うことになりました。平成14年2月21日神戸地裁判決です。

 相続人は、A土地を含めたところで相続税を計算していましたので、その土地を除外したところで相続税を計算し直し、納めすぎになった相続税について、減額を求める更正の請求をしました。事実関係を時系列に添って整理すると次の通りです。


 1)昭和49年3月25日に第三者の占有が開始される。
 2)平成 4年3月13日に所有者について相続が開始する。
 3)平成 6年3月25日に第三者による20年間の占有期間が経過する。
 4)平成 5年8月23日に訴訟手続において取得時効が援用される。

 つまり、争点になったのは時効の効果が生じるのが何時かということです。時効の効果は起算日に遡るとの民法144条に従えば、1)の日に時効の効果が生じることになりますので、相続開始時点である2)の日には被相続人はA土地を所有していなかったことになります。

 しかし、「取得時効が完成しても、登記がなければ、その後に所有権取得登記を経由した第三者に対抗しえない」との最高裁昭和36年7月20日判決の理屈に従えば、占有の開始から20年を経過した3)の日が判断の基準になるようにも思われます。

 ただ、最高裁判決の理屈に従っても、本件事案では、2)の相続開始時にはA土地は遺産に含まれていたことになります。でも、仮に、相続が開始したのが3)の時期より遅かった場合、つまり、平成7年の相続開始なら、A土地は遺産から除外されることになります。

 私法上の理解は、上記の何れかになると思いますし、本件においても、納税者は次のように1)の理屈を主張しました。時効の効果は起算日に遡るのだから、A土地は遺産に含まれていなかったことになるとの主張です。

 「時効の遡及効により、本件の事実関係は次のようになる。丙が時効取得したA土地の所有権は、同人の占有開始日である昭和49年3月25日に遡って存在したことになる。その結果、被相続人が原告らにA土地を相続させる旨の公正証書遺言は、他人の所有物について遺言したものであって、その内容において無効なものとなるから、本件各土地についての原告らの相続は生じなかったことになる」。だから、A土地を相続税の課税価格に加えた相続税の計算には誤りがあったとの主張です。

 しかし、判決は納税者の主張を採用しませんでした。次のような判断です。

 「時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていうと、課税実務上及び裁判例上、時効の援用の時に、一時所得に係る収入金額が発生したものと解されている」。

 「裁判例及び確立した課税実務の取扱い上、………… 私法上の時効の遡及効にかかわらず、租税法上、時効の援用の時に所得が発生するものと解され」ており、相続税の場合も、これと「整合的に解釈すべきである」。つまり、援用時に所有権移転の効果が生じるとの前記4)説を採用すべきだとの理屈です。

 取得時効について、所得税と法人税については、時効援用時の収益とすべきとの判例が確定していましたが、ここで相続税の取り扱いについても同様の判決が言い渡されたことになります。この理屈は大阪高等裁判所平成14年7月25日判決でも支持されました。

 このように課税の実務を前提にして構築された理屈ですが、しかし、課税の実務は、実際には、上記のような援用時説を無条件には採用していません。情報公開法によって入手した課税庁側の資料は「不動産を時効取得した場合、課税の時期はいつか」との質問に次のように答えています。

 「不動産の時効取得に係る一時所得の収入すべき時期は、時効を援用した日による。ただし、時効取得について当事者間で争いがある場合には、判決等により確定した日とする」。

 確かに、取得時効を援用しただけでは、それが判決によって認められるか否かは誰にも予測できません。それに、訴訟手続の中で時効が援用されたとの事実を、その援用時点で課税庁が把握することも不可能です。したがって、課税の実務としては、争いのある事案については、判決の確定日を所得発生の時期にせざるを得ません。

 取得時効については、そもそも、それが所得を発生させるのかとの疑問が指摘されています。自分の所有物について、所有権取得原因が立証できず、取得時効によって勝訴判決を得た場合に、これが他人の所有物を時効により取得してしまったことになるのかとの疑問です。さらには消滅時効と対比してみても、援用時に所得が発生し、所有権取得(債務消滅)の効果が生じるとの判例が唱えている単純な理屈が当てはまるのかについての疑問もあります。

 取得時効、あるいは消滅時効を主張することになった場合には、上記のような課税の理屈と、それに対する疑問が存在することを思い出して頂きたいと考えて、最近の判例を紹介させて頂きました。

http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/CoverView/HP_C_Kobe?OpenDocument