======  取引相場のない株式の評価(その1)  ==========

 自己株式(金庫株)の取得が自由化され、ストックオプションの発行について「特に有利な発行価額」が幾らかが議論され、さらには、デット・エクィティ・スワップによる新株発行と貸倒損失の計上が議論されることになると、そもそも、それら株式の時価は幾らかということが避けては通れない問題になります。

 市場で取引されている株式の時価なら自明の事柄ですが、しかし、市場では取引されていない株式の時価の算定は相当に困難です。そして、取引相場のない株式の時価算定をさらに難しくしているのが、株価についての一物二価といわれる現象。つまり、会社に対する支配権の存否による時価算定方法の違いです。

 税法の分野では、支配株主と少数株主を区分し、支配株主については、1)会社が所有する純資産を基礎に株価を算定する純資産価額方式と、2)会社の所有する資産(帳簿価額)、利益、配当の三要素を上場企業のそれと比較して株価を算定する類似業種比準方式、あるいは1)と2)の折衷方式が採用され、少数株主については年間配当を10%で除すとの配当還元価額が採用されています。

 しかし、株主が支配株主に属することになるか否かについては、6親等内の親族の所有株式を合計して判定する基準(同族株主)や、配偶者、直系血族、兄弟姉妹と1親等の姻族の持株だけを合計して判定する基準(中心的な同族株主)などが混在して採用されており、簡単には理解も、説明も行えないようになっています。

 さらには、株価算定方法は、相続税(贈与税を含む)と、所得税、法人税によっても異なっています。しかし、仮に、税法によって株式の時価が異なってしまった場合には、異なる税法が適用される個人と法人との取引について整合的な解釈が可能になるのか。前置きが長くなりましたが、今回のテーマは、相続税、所得税、法人税を横断しての取引相場のない株式についての取引と、その課税関係の検証です。

● 相続税(と贈与税)における株価

 相続税における株価は財産評価基本通達に定めた方法によって算定されます。つまり、前述した純資産価額、類似業種比準価額、それに配当還元価額が利用されています。そして、財産評価通達には、バブル前、バブル時、その後のバブル崩壊後の改正などを経て磨き上げられてきたとの歴史があります。今回は、論を進めるために、相続税の株価を、支配株主については5万円、少数株主については500円と前提してみます。

● 法人税における株価

 法人税の株価算定には幾つかの通達がありますが、具体的な株価算定に利用できるのは有価証券の評価損を計上する場合の基準になっている法人税基本通達9−1−4です。この通達は、相続税に採用されている「財産評価基本通達」による株価の算定を、「課税上弊害がない限り」との限定付きながら利用することを認めています。ただし、次の3点の修正を要求しています。

 【1】 株主が「中心的な同族株主」に該当するときは、常に財産評価基本通達178に定める「小会社」に該当するものとして株価を算定する。つまり、支配株主の所有する株価算定については、純資産価額と類似業種比準価額の折衷割合を50%とする方法です。

 【2】 純資産価額方式による株価の算定については、会社の所有する土地は、財産評価基本通達に定める路線価額ではなく、実勢価額をもって評価する。上場されている有価証券を所有する場合も実勢価額をもって所有資産の評価額とすること。

 【3】 純資産方式による株価を算定するについては、評価額と帳簿価額との評価差額に対して計算される法人税額等(清算所得に対する法人税等の税率42%)に相当する金額は控除しないこと。

 ここでは、支配株主についての株価を8万円、少数株主については500円と前提します。支配株主について、相続税の評価額5万円よりも増えてしまうのは、会社が所有する土地と上場有価証券を時価で評価することと、評価差額についての法人税相当の控除が行われないことによって生じた差異です。しかし、配当還元価額は、相続税の場合も、法人税の場合も算定方法には違いは生じません。

● 所得税における株価

 所得税における株価算定方法は、長らく具体的な基準としては公表されませんでしたが、最近、所得税法59条の適用を受ける場合に限っての取り扱いとして、法人税と同様に、相続税について採用されている「財産評価基本通達」の適用を認めることにしました(所得税基本通達59−6)。ただし、法人税の場合の3点に追加して、次の1点の修正を要求しています。

 【4】 支配株主であるか否かは、株式等を譲渡し、又は、贈与した個人の譲渡直前の保有株式数によって判定する。つまり、発行済み株式の60%を所有する株主(支配株主)が40%相当の株式を売却して少数株主になる場合には、株価の算定は、売却前の状況、つまり、支配株主の立場で判定するとの理屈です。


 さて、所得税法が適用される場合、法人税法が適用される場合、さらには贈与税が課税される場合で異なってくるのが取引相場のない株式の評価額ですが、では、個人(所得税法が適用)が法人(法人税法が適用)に対して株式を譲渡した場合には、どのような株価が採用されることになるのでしょうか。その具体的な適用場面は次回に譲りたいと思います。