==== 動機不純との否認原則 ========

 税法の判断はわかり難いとの意見を聞くことが多いのですが、その理由の一つが税法の判断基準にあるように思います。税法も、法である以上は、当事者が選択した法形式を前提に、それに税法を当てはめて課税要件を判断することになります。

 しかし、そこに税法独自の判断基準が加味されます。その一つが「動機不純」。さて、動機不純によって否認されたデッド・エクィティ・スワップの判決を参考に、裁判所の判断基準を検証してみようと思います。

 a社(控訴人Xの子会社)が行った額面50円の普通株式5万2900株の新株発行について、Xが1株当たり100万円として全株を引き受け、増資払込金として529億円を払い込みました。しかし、課税庁は、払込金の内の額面金額を超える528億9735万5000円を寄附金(損金不算入)と認定しました。

 名古屋高等裁判所金沢支部の平成14年5月15日判決で、判決全文は名古屋高裁のホームページに紹介されています。判決は、次のように判断して、課税処分を是認しました。この事案について、これが税法上の正当な処理として是認されるべきか否かについては議論があると思いますが、ここで紹介したいのは実務で密かに採用されている「動機不純」との判断基準の存在です。

 企業の再建策として行われている「債務の株式化」とは、会社債権者の貸付金などを現物出資するなどの方法をとることにより、債権を債務者会社の株式に振り替えることをいうものである。

 以上のように、判決は、正確に「債務の株式化」を理解しています。

 「債務の株式化」により、債務者会社は、借入金債務が自己資本に振り替わり、支払利子の負担が減ることになり、業績回復の可能性が出てくる利益(メリット)を受け、反面、債権者は、不良債権を処理できるとともに、債務者会社の業績が回復し、再建が軌道に乗れば、配当や株式売却益も期待できるという利益(メリット)がある。

 これも「債務の株式化」についての正確な理解です。

 しかるに、本件においては、控訴人は、a社に対する貸付金を直接株式に振り替える方法ではなく、シティバンク・エヌ・エイから増資払込み資金として529億円を借り入れ、増資払込金529億円をa社に振り込む方法を採り、その振り込んだ資金によって貸付債権の回収を受けている。

 債権を直接に株式に振り替える方法ではなく、銀行から借り入れた資金で増資払い込みをして、その振り込んだ資金で貸付金を返済したとの判断ですが、これはまさに「債権の株式化」の手法です。

 しかも、控訴人は、借入れの際に、利息の他に、融資に係る手数料として1億4420万円もの多額の金員をシティバンク・エヌ・エイに支払って、新たな負担までしている。かかる手法が世上行われている「債務の株式化」と異なるものであることは明らか。

 なぜ、融資の手数料を支払ったことが問題になるのでしょうか。これが『世上行われている「債務の株式化」と異なるものであることは明らか』としていますが、しかし、これが一般に行われている「債務の株式化」の手法です。

 「債務の株式化」には、1)債権を資本に直接に振り替える方法と、2)現金による増資払い込みと、その払込金によって債務を返済するとの2つの方法がありますが、実質は異なりません。

 控訴人は,別件訴訟(控訴人がa社等を相手方として提起した貸金等請求事件)において、控訴人がa社から発行価額をはるかに超える金額で新株を引き受けて,a社に本件増資払込金を払い込んだ動機は、後に控訴人がb社(控訴人の関係会社)に対して上場株式を売却する際に生じる有価証券売却益を消去するために、その売却益に見合う株式譲渡損を発生させ、もって法人税の課税を受けずに上場株式を処分することにあったと主張し、かつ、控訴人代表者も、本人尋問や陳述書において同様の供述をしている。

 「債権の株式化」のスキームには、株式化した上での譲渡損(貸倒損失)の計上までも含まれます。これが税務上も是認されるのか否かについては議論がありますが、しかし、これが「債務の株式化」の一般的な手法であることは間違いのない事実です。

 これによれば,本件増資払込みが実質的にも「債務の株式化」を目的として行われたものでないことは明らかである。これらによれば、控訴人の「債務の株式化」に関する主張は、本件増資払込みの実態を無視するもので、採用に由ないものである。

 判決は、「債務の株式化を目的として行われたものでなく」、「動機は有価証券売却益を消去するために、その売却益に見合う株式譲渡損を発生させる」ことだったと批判し、「本件増資払込みの実態を無視するもの」と結論付けています。つまり、「動機不純」だと判断されてしまったわけです。

 テクニックに走る税務処理の失敗は、「動機不純」との否認原則を理解しないための失敗です。仮に、中小企業について、含み損が生じている本社ビルを社長個人に売却し、含み損を実現して法人税を節税するとの手法を実行する場合には、これが節税目的であると正面から認めての処理は危険であり、銀行の指導による会社財産状態の健全化が目的だと説明する必要があるのが、「動機不純」を理解した上での税務テクニックです。