======== 通達という不思議 ===========

 国税通則法、国税徴収法、所得税法、法人税法、相続税法、消費税法が税務分野における六法ですが、この六法に限らず、全ての税法には通達が作られています。所得税法基本通達、法人税法基本通達という具合にです。

 その他に、特別の項目については個別通達も作られています。中には、「名義変更等が行われた後にその取消等があった場合の贈与税の取扱について」との通達に追加して、『「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」通達の運用について』との通達の通達も作られているのが税務の分野です。

 通達には幾つかの機能がありますが、重要なところでは、1)法律解釈の不明確な箇所についての解釈を示し、2)法律に記載していない部分について取り扱いを定めるなどの機能を果たしています。しかし、抽象的に説明したのでは、実際の運用が分かりませんので、これを具体的に説明すれば次の通りです。

 たとえば、1)の通達の代表は財産評価基本通達です。相続税と贈与税、それに地価税(休止状態)について財産の評価方法を具体的に定めている通達です。相続税法22条は、「財産の価額は時価」によると定めて、幾つかの財産について評価の方法を定めていますが、その他のほとんどの財産については財産評価基本通達と、それを取り巻く個別通達に従って評価されることになっています。土地の評価は財産評価通達と、それに基づき作成されている路線価図によって計算されますし、取引相場のない株式の評価も通達によって評価額が計算されることになっています。

 次に、2)の通達を例示すれば、租税特別措置法通達35−2を紹介することが出来ます。租税特別措置法35条は、居住用に供していた家屋を売却する場合は3000万円の控除が行えると定め、その敷地についても、土地と共に譲渡する場合に限り、3000万円の控除の対象に含めることが出来るとしています。つまり、特例の主人公は建物であり、敷地は建物と共に売却する場合に限るわけです。ただ、災害によって建物が滅失した場合は敷地だけの売却でもokとしています。

 しかし、不用意に建物を取り壊し、あるいは買主の希望によって建物を取り壊して敷地だけを売却するとの取り引きが行われることがあります。この場合に特例の適用がないのは不合理です。そこで租税特別措置法通達35−2は、適用の範囲を広げ、取り壊しの日から1年以内に譲渡の契約が締結された場合には3000万円の控除が行えるとしています。

 通達は、上級官庁が下級官庁に対して行う一般的な指揮命令書ですから、これが納税者を拘束する理由はありませんし、当然、裁判所を拘束することも、また、裁判所の判断基準なることもあり得ないのですが、しかし、上記のように、有利にも、又、不利にも、納税者を拘束しているのが通達です。

 なぜ、通達が納税者を拘束するのかといえば、仮に、納税者が税法について正しい解釈(一つの法律について正しい解釈は幾つもあるはずです)をして税額を申告しても、それが通達に適合していない場合は、課税庁によって否認されてしまうとの実務があるからです。課税庁の職員は、一般的な指揮命令書によって法解釈の幅が決められていますので、納税者がこれと異なる解釈に基づく申告書を提出しても、それを受け入れることは出来ません。

 このように通達が納税者を拘束する理由について、学者は、いろいろと発言しています。代表的なのが通達を行政先例法と位置づける学説ですが、これが間違いであることは説明の必要がないと思います。国税庁の内部で作成し、公表した通達が、その公表の翌日には行政先例法になってしまうのでは、国税庁に法律制定権を与えたのと同じです。

 そこで登場するのが裁判所です。納税者は正しい法解釈を求めて裁判所に救済を求めます。しかし、その裁判所は次のように判断して納税者の請求を棄却してしまいます。

 国税庁は、適正な企業会計慣行を尊重しつつ個別的事情に即した弾力的な課税処分を行うための基準として、基本通達を定めており、企業会計上も同通達の内容を念頭に置きつつ会計処理がされていることも否定できないところであるから、同通達の内容も、その意味で法人税法22条4項にいう会計処理の基準を補完し、その内容の一部を構成するものと解することができる。

 日本興業銀行が国税庁に対し課税処分の取り消しを求めた事件で、東京高裁が平成14年3月14日に言い渡した判決の中の一節です。通達が公表されれば、納税者は、その通達に適合するような処理をするように努めます。なぜなら、通達に違反した処理は、課税の第一線段階では否認されてしまうからです。

 しかし、裁判所は、その事実をもって、それが法人税法22条4項の会計処理の基準、つまり、「収益の額及び前項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする」になってしまうと判示しているわけです。これは納税者としては見過ごすことの出来ない判決です。なぜなら、通達が公表されれば、納税者はそれに従う。それが会計処理の基準になり、法人税法22条4項に定める法人税法の解釈基準になってしまうとの理屈なのです。

 しかし、残念ながら、このような判例について、学者の批判も聞きません。それほどまでに通達は法律と同等、あるいは法律以上の解釈指針になってしまっているのが税務の分野です。なぜ、裁判所は通達を無視することが出来ないのか、そして、通達は、なぜ、課税庁の有利にしか解釈されないのか、その理由は次のような裁判所の判断基準にあるように思います。

 1) 通達に従った課税処分が行われ、課税庁は通達通りの主張をしている。納税者は通達の適用(たとえば、借地権割合による借地権価額の評価)は間違いだと主張している。このような事件について、裁判所が納税者の主張を認めることは、日本中で行われている課税処分が間違っていると判断することになってしまう。これは3人の裁判官には重すぎる判断です。

 2) 通達に反した課税処分が行われ、課税庁は本件について通達を適用するのは間違いだと主張している。納税者は通達の適用(たとえば、純資産方式による相続税額相当の控除)を主張している。この場合に通達を適用することは、通達を課税の根拠として法律並みに認めることになる。これは法律家(裁判官)としては不可能な判断です。