===========相続開始前の遺産分割===========

 弁護士は依頼者に遺言書を作成するようにアドバイスします。相続に関しては遺言書は憲法であり、水戸黄門の印籠だからです。弁護士であれば、遺言書が作成してあればと悔しい思いをした事件と、遺言書を作られてしまったと悔しい思いをした事件を幾つも扱っています。

 しかし、悔しい思いをするのが遺言書なら、遺言書は、役に立つ制度であると同時に、常に、誰かに悔しい思いをさせてしまう制度なのではないでしょうか。相続人(多くは子供達)に対し、誰か可愛く、誰が可愛くないかを言うのも遺言書。それを相続後に示された子供達の気持ちは複雑だと思います。

 納得できない遺言書が残された場合は、遺言書が作成されていてもトラブルは起こります。遺言無効確認請求訴訟に始まり、遺留分減殺請求など、簡単な算式では答の出ない問題が発生してしまうリスクです。

 これらの問題にウルトラCの解決策が作られました。生前の遺産分割の制度です。

 今までは、生前の遺産分割は不可能とされていました(東京地裁平成6年11月25日判決)。家督相続制度を廃止し、法定相続分による共同相続の制度と、遺産の最低取り分の趣旨である遺留分の制度を置き、相続開始前の遺留分の放棄には裁判所の許可が必要とした民法の理念からすれば、相続開始前の遺産分割が許されないことは当然のことです。

 しかし、平成15年の相続税法の改正で、贈与の形式によってですが、生前の遺産分割が行えることになりました。相続時精算課税の制度で、贈与者が65歳以上の親であり、受贈者が20歳以上の子(代襲相続人を含む)に限るとの制限がありますが、親から子への贈与について、2500万円までは贈与税を課税せず、2500万円を超えた部分についての贈与税率も20%に軽減するとの特例です。

 贈与する財産については制限はありませんが、これが、自己の居住の用に供する家屋を取得するための贈与であれば、贈与者が65歳以上であるとの制限の適用がなく、かつ、贈与税の非課税枠は3500万円に増額されます。

 この制度を利用し、遺言者(多くは父親)の生前に、子供達に対し、配分の趣旨を説明した上で遺産分割を行ってしまえば、父親から直接に理由が説明される遺産の分割ですから、子供達の理解も得やすく、相続人間に不和を生む可能性を大幅に減らすことが出来ます。

 全ての財産を贈与してしまうことに不安があれば、次男、三男に対しては生前の贈与を行い、それと同時に遺留分を放棄してもらうとの方法が採用できます。そうすれば残りの財産を全て配偶者と長男に相続させるという遺言でもトラブルが生じる可能性はありません。

 このような手法は、今までも民法上は可能でしたが、贈与税が問題になって実行できませんでした。しかし、続時精算課税制度はこれを可能にしました。仮に、1億円の財産を贈与した場合は、従前の制度では4720万円の贈与税額ですが、相続時精算課税を利用すれば贈与税額は1500万円です。

 そして、従前の制度では、納付した4720万円の贈与税は永久に戻ってきませんが、相続時精算課税制度を利用して納めた1500万円の贈与税は、制度の名称の通り、相続時に精算される贈与税です。

 相続時に残っていた遺産と、相続時精算課税制度を利用して生前に贈与した財産の合計額を遺産として相続税を計算し、相続税額から納付済みの贈与税額(この例では1500万円)を差し引き、最終的な相続税額を計算するという方法です。

 仮に、既に納付した贈与税について、これが相続税額から控除しきれない場合には、超過額は還付されることになります。仮に、相続時に残っていた遺産と、相続時精算課税制度を利用して生前に贈与した財産の合計額が相続税の基礎控除を下回る場合であれば、生前に納付した贈与税の全額が還付されることになります。

 遺言書を作るよりも、遙かに確実で相続人間の不和を作り出さない制度が、相続時精算課税の制度です。