譲渡損と譲渡益の贈与=======================


 バブルの時期に1億円で購入したが、いまは3000万円に値下がりしているマンションは世の中に大量に存在します。一方、大昔に3000万円で購入したが、いまでも1億円くらいには売れる土地を所有しているお年寄りも多いと思います。

 今回は、このようなマンション、あるいは土地を売却する場合の節税策を検討してみようと思います。仮に、息子が含み損を抱えたマンションを所有し、父親が含み益を持つ土地を所有している場合の節税策です。

 このマンションと土地を各々が売却した場合には、息子は譲渡損を計上し、父親は譲渡益を計上することになります。そして、息子が計上した譲渡損は、他にこれを通算する所得が存在しない限りは切り捨てられてしまいます。一方、父親が所有する土地について計上された譲渡益には譲渡所得課税が行われてしまいます。父と子の譲渡損益を通算するとの制度は存在しないからです。

 しかし、平成15年の相続税法の改正によって導入された相続時精算課税制度を上手に利用すれば、父と子の譲渡損益の通算も可能です。
 まず、父親は、所有する土地を息子に贈与します。土地の相続税評価額が2500万円を下回れば贈与税はゼロですし、2500万円を上回った場合も、その上回った部分について20%の贈与税で済ませることが可能です。

 そして、息子が納めた贈与税は、最終的には父親が死亡した段階で相続税として精算され、納め過ぎた贈与税は還付され、不足する相続税は追加して納めるとの調整が行われることになります。つまり、相続税の課税については、先払いとのデメリットはありますが、金額的な収支はゼロになるとの調整が準備されているわけです。

 さて、土地の贈与を受けた息子は、この土地を売却し、7000万円の譲渡益を計上しますが、それと同時に、マンションを3000万円で売却し、6500万円の譲渡損(仮に、所有期間について500万円の減価償却が行われていた場合)を計上します。そして、この譲渡益と譲渡損を通算してしまうのです。このような処理によって、土地とマンションの譲渡について、所得税の納付税額をゼロにしてしまうことが可能です。
 なぜ、このような処理が可能になるのでしょうか。それは所得税法59条の理屈にあります。


 所得税法59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)

 次に掲げる事由により……譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には、その者の……譲渡所得……の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。 

  贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)


 所得税法59条1項1号は、贈与が行われた場合には、その時における価額(時価)により資産の譲渡が行われたとみなすことにしています。

 したがって、前述した説例について、父親が法人に対して土地を贈与すれば、父親には土地を1億円で売却したものとみなしての譲渡所得課税が行われてしまいます。しかし、時価で譲渡されたとみなされるのは「法人に対する贈与」に限られ、個人に対する贈与の場合は、この条文は適用されません。

 では、父親が息子に対して土地を贈与した場合は、どのような条文が適用されるのでしょうか。これは次の条文です。


 所得税法60条(贈与等により取得した資産の取得費等)

 居住者が次に掲げる事由により取得した……資産を譲渡した場合における……譲渡所得の金額……の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす。

  贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)


 つまり、息子が父親からの贈与により取得した財産については、息子が引き続き所有していたものとみなされるとの取り扱いです。息子は父親の取得価額(3000万円)と取得時期を引き継ぎます。したがって、贈与を受けた土地を売却すれば、息子の手元には7000万円の譲渡益が計上され、これと息子が所有していたマンションの譲渡損との通算が可能になるとの理屈です。

 さて、相続時精算課税制度が、このような脱法的な目的に利用された場合に、課税庁は、どのように対処することになるのでしょうか。今後、明確になる相続時精算課税の取り扱いが気になるところです。