倒産に備えてのマイホームの保全

 日経新聞に「私の履歴書」という連載がありますが、そこで、イトーヨーカ堂名誉会長の伊藤雅俊氏が次のように語っています。

 「私は50才まで、銀行に会社の借金の個人保証を取られていた。中小企業の経営者は誰でも、会社が潰れれば身ぐるみはがれる恐怖心を持っている。だから、今でも自宅は家内名義になっている」(日経新聞 2003年4月12日朝刊)

 倒産を想定し、自宅などという「ちっぽけ」な資産を保全する。これは事業経営者の発想ではないと考える人たちもいるとは思いますが、しかし、事業経営の成功者である伊藤氏の発言には重みがあります。

 それに、弁護士として企業経営者の相談を受けていると、ベンツを乗り回し、社長と呼ばれていた人たちが、翌日には倒産し、住むところもなく消えていくという光景は常に目にするところです。

 従業員には転職の可能性が残りますが、社長の転職先はほとんど存在しません。そして、大企業であれば、何時、株主代表訴訟が起こされるかわかりませんし、中小企業であれば会社の倒産は避けられないと考えなければならないのがこの頃の時代です。

 そこで、今回は「社長のリスク管理」としてのマイホームの保全を考えてみます。つまり、マイホームの家族名義への移転です。

 第1の方法 ◆ 相続税法21条の6の「贈与税の配偶者控除」を利用する方法です。この方法なら、贈与税の基礎控除を含めて2110万円(これは相続税評価額なので、実勢価額では3000万円程度)までの土地建物を妻に贈与することが可能です。

 これの要件は次の通りです。1)婚姻期間が20年以上の夫婦が、2)居住の用に供する土地や建物、あるいは、これら土地建物を購入するための金銭の贈与をした場合で、3)翌年3月15日までに贈与資産を居住の用に供すること。

 第2の方法 ◆ 相続税法21条の9の「相続時精算課税」を利用する方法です。この方法なら2500万円までは無税で、それを超えた部分についても20%の税率での贈与が可能です。

 これの要件は次のとおりです。1)65歳以上の父又は母が、2)1月1日現在において20歳以上の子(又は代襲相続人である孫)に対して行う贈与であること。贈与する資産の内容には制限がありませんので、現金を贈与し、あるいは今居住している居宅を贈与することも可能です。ただし、相続時精算課税は、その名のとおり、相続時には精算が行われる制度です。相続時点での遺産に、相続時精算課税制度を利用して贈与した財産を加え、相続税額を計算し、そこから支払い済みの贈与税を控除するとの税額計算です。

 第3の方法 ◆ 租税特別措置法70条の3の2の「住宅取得等資金の贈与を受けた場合の相続時精算課税に係る贈与税の特別控除の特例」を利用する方法です。これは第2の方法の特例ですが、父母の年齢が65歳以上との要件がなく、無税で贈与できる金額も3500万円に増額されています。

 これの要件は次のとおりです。1)贈与を受けた年の翌年3月15日までに新築の住宅用家屋を取得して居住の用に供すること、又は、2)中古住宅を取得し居住の用に供すること、あるいは、3)受贈者の居住用の家屋について増改築等(租税特別措置法70条の3第3項4号によれば工事に要した費用の額が100万円を超えれば増改築になる)をして居住の用に供すること。4)受贈者の直系血族や生計を一にする親族からの住宅の購入ではないこと。こちらの特例は平成17年12月31日までの時限立法です。

 なお、第2の特例、あるいは第3の特例による贈与を受けた場合は、その贈与者と受贈者との関係では、その後に行われる贈与には、全て、第2の相続時精算課税の適用が強制されることになります。つまり、年間110万円の控除が適用される通常の贈与税の計算は行われず、翌年以降に贈与された財産を累積し、2500万円(第3の場合は3500万円)を超えた部分については20%の贈与税を課税するとの取り扱いが強制されるのです。

 しかし、これを逆に利用すると面白い結果になります。贈与者が65歳に達せず、第2の特例が利用できない場合には、第3の特例を利用し、仮に、1000万円を贈与し、受贈者に中古のマンションを購入させ居住させれば、その後は、第2の特例の贈与者の年齢(65歳以上)制限が外れ、贈与者の年齢に関係なく第2の特例が利用できることになります。つまり、50歳の事業経営者が20歳の息子に居宅を贈与してしまうことも可能になるのです。

 倒産に備えてのマイホームの確保ですが、これが倒産の間近に行われたのでは詐害行為取消権(民法424条)の対象になり、最悪の場合は強制執行妨害罪(刑法96条の2)に該当することにもなりかねません。

 しかし、上場会社の取締役に就任し、あるいは経営する会社に不況の前兆が現れた程度の段階での贈与であれば、これら贈与について債権者がクレームを付ける理由は存在しません。伊藤氏に倣って、自宅ぐらいは博打の掛け金から除外しておくのが事業経営者の知恵です。