これは仙台高裁の昭和63年2月26日判決です。古い事案ですが、税理士が粉飾を手伝った場合のリスクを説明するために紹介されることが多い判決です。判決は、保証人(原告)が、保証をした後に会社の取締役に就任していることなどを取り上げ、保証人の過失を認定し、過失相殺をして、税理士に対しては1000万円の損害賠償を命じました。
さて、この頃の不況の時代では粉飾決算は避けて通れないリスクです。建築業では利益を計上することが至上命令ですし、会社の決算内容によって利率が変わり、また、融資の可否が決定する銀行との付き合いにおいて、利益の計上は会社の存続に関わる問題です。
粉飾額が累積していくことが予想されれば、粉飾決算を行うことは当初から断念しますが、粉飾は今期だけであり、翌期には正常な利益が確保できると考えるのが経営者の常ですし、そのような場合に、粉飾もせず、座して倒産を待つような者は、そもそも事業経営などは始めないはずです。
しかし、粉飾決算を手伝えば、仙台地裁の被告(税理士)と同じ運命が待っています。仙台地裁の事例では、訴訟が提起されたのが昭和58年ですから、高裁判決が出るまでの5年間、被告とされた税理士の頭は訴訟問題だけで一杯だったはずです。
今回は、不幸にも、このような粉飾事案に遭遇してしまった税理士について、その身の守り方を検討してみようと思います。
まずは、最初の一歩が重要です。今期の1000万円の粉飾を手伝った場合には、翌期の追加しての1000万円の粉飾を断る理由がなくなってしまいます。したがって、最初の粉飾の段階で、これを拒否し、正直な決算をさせるのが建前から論じた税理士の役割です。
建築業の届出用に限って作成した決算書でも、それが銀行、あるいは取引先に対して配布されない保証はありません。
しかし、そのような建前で終わらないのが実務ですので、ときどき、会社との間に次のような合意をしておけばリスクが回避できるかという相談を受けることがあります。
「税理士は、今回の粉飾決算については責任を負わない」との会社の社長の一筆です。
しかし、これでは、税理士が粉飾に加担したとの積極的な証拠を作ったにすぎません。粉飾決算について損倍賠償請求の原告になるのは、経営者ではなく、取引先などの債権者ですので、このような書面で粉飾を手伝ってしまった税理士の責任が免責されるはずはありません。
しかし、粉飾について知らなかった場合についてまで、税務申告書を作ったとの理由だけで、税理士が責任を追及されるのではたまりません。仮に、会社から報告された決算数字に不安がある場合でも、税理士には、申告期限までに税務申告書を提出するとの職務上の義務があります。このような場合なら、念のため、次のような確認書を入手しておくことが有効かもしれません。
では、既に、前期までに承知の上で粉飾決算を手伝ってしまった場合はどうすればよいのでしょうか。この場合の正しい修正の方法は、1)決算書に前期損益修正の処理をして、税務申告については、2)1年以内の部分については更正の請求書を提出し、3)それ以前の分については減額更正についての嘆願書を税務署に提出することになります。
しかし、このような処理について、会社経営者の了解が得られることは少ないと思いますし、このように過去の粉飾を露見させてしまう方法が無事に済むとは思えません。
そのような場合の次善の策として、粉飾計上した架空資産について、代表者本人に補填義務を確認してもらい、代表者に対する仮払金、あるいは貸付金として貸借対照表に計上してしまう方法を検討してみる必要があります。正しい方法ではなく、これで過去の粉飾の事実が消せるわけではありませんが、しかし、今期の貸借対照表、あるいは損益計算書の虚偽記載の事実は抹消することができます。