一つの条文で6つの税法

条文は1つでも3つの税法

 所得税法、法人税法、あるいは相続税法には3つの種類があるのをご存じでしょうか。他人間税法と身内間税法、高額税法と少額税法、大会社税法と小会社税法の3種類のです。

 税法の条文としては1つですが、実務への適用場面では、これら3つの税法は歴然とした使い分けがなされています。今回は、この3つの税法を紹介してみようと思います。

 まず、他人間税法と身内間税法ですが、これは次のような事例で紹介すれば理解して頂けると思います。

 aは、自宅の敷地として使用していた借地について、必要が無くなったため、地主に無償で返還することにした。

 法人税基本通達13−1−14(借地権の無償譲渡等)は、「借地上の建物が著しく老朽化したことその他これに類する事由により、借地権が消滅し、又はこれを存続させることが困難であると認められる事情が生じた」場合は、借地権の無償返還は税務上も是認されるとしています。

 しかし、これが身内間で行われた場合は、仮に、使用の必要が無くなった場合の無償返還であっても、贈与税が課税されてしまうと考えられます。

 逆に、「借地上の建物が著しく老朽化した」などの理由が存しない場合においても、他人間で行われた借地権の無償返還であれば、贈与税の課税、あるいはみなし譲渡益課税が実際に行われるとは思えません。

 他の例では、たとえば、固定資産の交換について、客観的な価値においては不等価な交換であっても、当事者の必要に基づき等価のものとして交換された場合は、それを等価の交換とみなすとの取り扱いがありますが、これは他人間だから是認される取り扱いであり、身内間では認められない処理です。

 次に、高額税法と少額税法ですが、これは次の判例を紹介することができます。

 パチンコ機械メーカーの代表者xが、自己が所有する自社株式を別の同族会社aに譲渡するために、買取資金を無利息でa社に融資することにした。これについて、税務署長は所得税法157条(同族会社等の行為又は計算の否認)を適用し、xに対し、通常の金利による利息収入を受け取ったとみなしての更正処分を行った(東京地裁平成9年4月25日判決)。

 個人が行う無利息融資については認定課税は行わないのが原則です。法人と異なり、個人の場合は経済的合理的に行動すべきとの前提がありませんし、現に、会社のオーナーである個人が、会社に対し、無利息の融資を行い、あるいは無償で建物を貸与している事例は珍しいことではありません。

 しかし、上記の事例については、代表者xに対して、日歩2銭5厘の割合の利率による利息を受け取っているものとしての雑所得の認定が行われました。その理由が、融資額が3450億円と高額だったことにあることは説明の必要がないと思います。

 さらに、大会社税法と小会社税法です。たとえば、法人税基本通達9−4−2(子会社等を再建する場合の無利息資付け等)は、大会社になら問題なく適用されますが、小会社の場合の適用は困難と思えます。仮に、社員10名程度の自動車修理会社が、その子会社である不動産賃貸会社に対して、バブル時にこしらえてしまった大きな債務超過を解消するために無利息融資をする。そのような処理が認められるとは思えません。

 以上のように、同じ条文でも、その適用には3つの区分があります。しかし、中小企業について差別し、あるいは身内間の課税を差別して取り扱うとの条文を作ることは困難です。このため3つの税法は条文には表現されない実務上の常識として運用されています。この常識を理解せず、他の事案について是認された前例だけを根拠に税務を処理してしまうのは、実務処理としては非常に危険なことです。

 条文、あるいは通達の文字だけを読むのではなく、その実務への適用も読む必要があるのが、課税関係についての実務家の知恵と経験です。さて、条文読解についての実務の知恵の一端をご理解頂けたでしょうか。