貸倒処理のための債権放棄は危険な手続


 再建処理中の会社に対し、債権者から、債権放棄の内容証明郵便が配達されてきました。税務処理を行う人達の中には、貸倒処理をするためには債権放棄が必要との思い込みがありますが、これは間違った処理です。そこで、今回は、貸倒処理の方法について検討してみます。

 まず、債権を放棄する方法ですが、これは危険な処理であると同時に、矛盾した処理でもあります。債権放棄の内容証明郵便の根拠になるのは法人税基本通達9−6−1の(4)ですが、その内容を紹介すると次の通りです。

 ▲引用▲
 9−6−1(金銭債権の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ)
 法人の有する金銭債権について次に掲げる事実が発生した場合には、その金銭債権の額のうち次に掲げる金額は、その事実の発生した日の属する事業年度において貸倒れとして損金の額に算入する。
 (1)〜(3)は省略
 (4)債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額
 ▲終わり▲


 つまり、1)弁済を受けることができないと認められる場合に、2)書面により明らかにされた債務免除額についての貸倒処理を認めているわけです。

 これについて、危険な処理との面から説明しますと、仮に、放棄をしてしまった債権が、本当は回収が可能な債権だった場合の問題です。
 上記の通達の(4)の要件に欠けますので貸倒処理は否認されてしまいます。そして、その後の事業年度において回収不能の事実が確定したとしても、既に放棄してしまった債権ですので、回収不能が確定した事業年度に改めて貸倒処理をすることは不可能との結論になってしまいます。

 次に、矛盾した処理との意味です。そもそも「弁済を受けることができないと認められる債権」は、債権放棄などの処理を必要とせず、法人税基本通達9−6−2によって貸倒処理をすることが認められているわけです。つまり、わざわざ債権放棄などの手続を行う必要はないのです。

 ▲引用▲
 9−6−2(回収不能の金銭債権の貸倒れ)
 法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになつた事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる。この場合において、当該金銭債権について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとして損金経理をすることはできないものとする。
 ▲終わり▲


 債権放棄との手法が実務の慣行として定着しているのは、法人税基本通達9−6−2に従った貸倒処理をして帳簿から除外し、その後、裏で回収して隠匿してしまうとの処理を課税庁は危惧するからです。つまり、債権放棄は課税庁側の要請であり、理論上の要請ではないわけです。

 では、法人税基本通達9−6−2を利用しての貸倒損失の計上は安全でしょうか。この場合も、仮に、債権の一部でも回収が可能な場合には貸倒損失の全額が否認されてしまう可能性があります。9−6−2の場合なら、その後の事業年度での貸倒処理が可能であり、いずれにしろ期間損益計算の問題ですが、しかし、無駄な過少申告加算税を納めることになってしまいます。

 そこで結論ですが、一番に安全な処理は、法人税法施行令96条の1項2号を利用する方法です。債務者について破産、民事再生、事業の廃止、手形不渡りの事実が生じた場合は、法人税法施行令96条の1項2号を適用して債権額の90%の貸倒引当金を計上する方法です。

 ▲引用▲
 法人税法施行令96条(貸倒引当金勘定への繰入限度額)
 法第52条第1項(貸倒引当金)に規定する政令で定める場合は、次の各号に掲げる場合とし、同項に規定する政令で定めるところにより計算した金額は、当該各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額とする。 
 1 省略
 2 当該内国法人が当該事業年度終了の時において有する個別評価金銭債権に係る債務者につき、債務超過の状態が相当期間継続し、かつ、その営む事業に好転の見通しがないこと、災害、経済事情の急変等により多大な損害が生じたことその他の事由が生じていることにより、当該個別評価金銭債権の一部の金額につきその取立て等の見込みがないと認められる場合  当該一部の金額に相当する金額
 ▲終わり▲


 この方法であれば、仮に、課税庁との間に債権の回収可能性の程度について議論が生じてしまった場合でも、貸倒引当金の一部が否認されるだけで済むわけです。貸倒の処理は、まずは貸倒引当金から始める。それがリスクが少なく、また、課税庁とのトラブルを生じさせない処理だということがお分かり頂けたでしょうか。