訴えの提起前の照会

 訴えの提起前における照会と税務訴訟=========

 民事訴訟法が改正されて、「訴えの提起前における照会」という制度が導入されました。

 訴えを提起しようとする者(原告予定者)は、被告予定者に対し、訴訟上の主張のために必要な事項について、書面による回答を求めることができるという制度です(132条の2)。

 この制度は、1)訴えの提起前の照会と、2)通知を受けた者(被告予定者)が行う反論のための書面による照会制度(132条の3)、さらに、3)両当事者(原被告予定者)の申し立てによって裁判所が訴訟提起前に行う、a)文書の送付嘱託、b)官庁公署に対する調査の嘱託、c)専門家に対する意見陳述の嘱託、d)執行官に対する調査命令(132条の3)との3つの制度のセットになっています。

 訴訟の提起前に、相手方の主張と証拠の内容を照会することができれば、訴訟の結果を予測することが可能になりますので、無駄な訴訟を提起せずに済むことになります。その意味では優れた制度です。

 しかし、この制度が、いま議論されている訴訟費用敗訴者負担制度の布石として導入されたのではないかとの疑いが消えません。

 現状の訴訟でも、訴訟費用は敗訴当事者の負担ですが、この場合の訴訟費用は訴状に貼る印紙代と証人の出廷費用程度のものであり、当事者の負担の中心を占める弁護士費用は含まれていません。

 しかし、いま議論されている敗訴者負担制度は、弁護士費用を訴訟費用に含め、敗訴者に負担させるとする制度です。

 確かに、自分の権利を実現するためには、自腹を切って弁護士に依頼する必要があるというのでは、訴訟制度は権利の完全な救済にはなりません。不当な訴訟が起こされた場合でも弁護士費用は自己負担というのでは、被告にされた者はたまったものではありません。

 日本経済団体連合会も、次のように敗訴者負担制度に賛成しています。「勝訴者の弁護士報酬を敗訴者に負担させる制度の導入に賛成する。私人間等において、不当訴訟をしかけられた側が、弁護士報酬の負担との比較考量から不当な賠償金を支払うようなことはあってはならず、これを制度的に担保するためにも、弁護士報酬の敗訴者負担の導入が必要である(2003年9月1日の弁護士報酬の敗訴者負担の取扱いに関するコメント)」。

 しかし、この制度の導入には致命的な問題がありました。訴訟を提起するについて、相手方の手の内が見えず、そのため、訴訟の提起について原告の責任を問うことができないとの問題です。

 このことは、仮に、譲り受け債権について支払請求の訴訟を起こした場合に、被告から領収書が提出された場合を考えてみれば明らかです。この場合に、原告に対し、訴訟提起について非難する(過失を認定する)ことは困難です。

 しかし、新しく導入された「訴えの提起前における照会」制度を利用すれば、原告は、訴訟の提起前に領収書の存在を確認することができます。領収書の存在を確認した上での訴訟の提起であれば、原告に対し、訴訟提起について非難する(過失を認定する)ことが可能になります。

 これは、被告予定者の場合も同様です。訴訟が提起される前の交渉段階で、原告の主張と手持ちの証拠を確認することが可能になりますので、訴訟前の支払請求に任意に応じなかった被告を非難する(過失を認定する)ことが可能になります。

 新しく導入された「訴えの提起前における照会」には、それに応じなかった場合の効果について明文の規定は存在しないようですし、もちろん罰則などが定められているわけではありません。

 その意味では、実効性のない当事者照会制度(163条)と同じなのですが、なぜ、当事者照会制度に加えて新しい制度を導入したのか。その目的を敗訴者負担制度の導入の布石にあると想像するのは考えすぎでしょうか。

 弁護士費用を敗訴者が負担する。一見、合理的に見える制度ですが、これが行政訴訟にも導入されたら、税務訴訟の提起は、ほとんど不可能になってしまいます。

 税務訴訟の原告勝訴率は3%から6%程度しかありませんので、94%から97%の原告は敗訴し、さらに国側の弁護士費用等も負担することになってしまうからです。

 ほとんど納税者の勝訴は期待できない税務訴訟でも、最後には税務訴訟があるとの制度的な保証が、課税処分、異議申立、審査請求の段階での国側の暴走を抑えている面は否定しがたいと思います。

 訴訟制度の敗訴者負担制度について、税務の専門家としても注目していきたいところです。