国税不服審判という手続

 課税処分に不服がある場合でも、直ちに訴訟を起こすことはできません。まず、課税庁に対して異議を申し立て、それが認められない場合に国税不服審判所に審査請求をするとの手順が必要です。

 ところで、国税不服審判所については、それが課税庁の内部組織であり、課税庁側の常識に染まっており、公平な判断は期待できないと、否定的な意見をいう人達がいます。税務訴訟こそが究極的な救済手段だとの主張です。

 しかし、実際には、裁判所の判断よりも、遙かに優れ、かつ、常識的な判断をするのが国税審判所なのです。そのことを理解して頂くために、先日、公表された裁決事例集(64号)の中から幾つかの事案を紹介してみます。

 第1事例 相続と取得時効が問題になった事案

 土地を相続し、相続税を申告したのですが、その後、第三者から賃借権の時効取得が主張され敗訴してしまいました。そこで、相続税の申告について、土地の評価額から賃借権相当額を差し引くべきだと主張して更正の請求をした事案です。

 いままでの訴訟理論では、取得時効の効果は援用時に成立するとされていました。したがって、相続後に取得時効が援用された場合は、仮に、時効完成の時期(占有開始から20年)が相続の時期より前だったとしても、相続人は救済されないとの理屈になっていたわけです。

 しかし、裁決は、この事案について、国税通則法23条2項1号の「税額等の計算の基礎となつた事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」を適用し、賃借権相当の評価減を認めることにしました。

 つまり、判決との整合性を確保した上で、賃借権相当の負担をすることになった納税者を救済したのです。

 第2事例 名義変更が禁止されているゴルフ会員権の売却

 納税者(会社)は、平成元年に、入会登録金500万円と預託金2000万円を支払ってゴルフ会員権を取得しました。ところが、バブル崩壊で、それが150万円まで値下がりしてしまったのです。そこでゴルフ会員権を代表者に売却し、会社は譲渡損を計上したというのが、この裁決事案です。

 裁決は、取締役会での譲渡の決議がなされ、売買代金が決済され、かつ、会員証書の引渡しが行われ、その後の年会費は買主が負担していることなどを総合し、会員権の売却の事実を認めました。

 第3事例 債権(代償金)の評価減を認めた事例

 第1次相続についての遺産分割で、代償債権5億5400万円の支払いを受けることになっていた相続人が死亡し、第2次相続が開始しました。ところが、その間のバブル崩壊で、代償金の支払いを約束していた相続人は、多くの資産を失い、代償金の全額を支払うことが不可能になっていました。

 裁決は、代償債務者には年約1000万円前後の経常的な所得があるが、この所得の全額を代償債権の返済に充てたとしても、返済完了までには55年の長期間が必要となる。代償債務者は公務員として定年までの勤続年数が14年しかなく、さらに通常の生活費等を考慮すると、返済完了までの期間が更に長期化して55年を超えることは明らかであるなどとの事実を認定し、代償債務者の返済可能額は1億5607万円にすぎないと認定しました。


 以上のように審査請求によって救済されている事案は少なくありません。異議申立段階での救済事例(減額更正と異議申立の取下げとの交換で処理される事案が大部分)は、その数倍になると推定されます。

 課税庁を信頼せず、裁判所に信頼をおく人達は、異議申立、あるいは審査請求から3ヶ月内の決定がなされない場合に、決定を待たず、審査請求、あるいは訴訟に移行すると判断しますが、そのような短気な判断は救済のチャンスを失わせるだけです。

 課税処分についての勝負の場は、第1には課税処分の段階であり、第2には異議申立、第3には審査請求であり、訴訟は、100本に3本の当たりくじが混ざっている宝くじの世界だと認識すべきです。