土地建物の譲渡損益の通算禁止

 借金をして貸ビルを建築したが、デフレの時代に突入し、賃料収入では借金の返済資金が確保できない。そこで、やむを得ず貸ビルを売却し、借金を返済することにした。しかし、不動産の売却損3000万円を計上することになった。

 このような場合は、昨年まででしたら、譲渡損3000万円を他の所得と通算することができました。仮に、これが事業経営者であれば、その年の事業所得と譲渡損3000万円を通算(所得税法69条)し、かつ、通算しきれなかった譲渡損は、青色申告の承認を得ている場合であれば、その翌年から3年間について繰越控除(所得税法70条)することが可能でした。

 しかし、今年の3月26日に国会を通過した租税特別措置法31条3項2号の改正によって、本年1月1日に遡り、損益通算と繰越控除が禁止されることになってしまいました。土地建物の譲渡損は、他の土地建物の譲渡益としか通算できないことになります。

 さらに、土地建物の譲渡益を、他の所得(事業所得)の欠損金と通算することも禁止されることになりました。つまり、土地建物の譲渡損と譲渡益は、他の土地建物の譲渡損益の範囲内でしか通算できなくなってしまったのです。そして、青色申告の場合の3年間の繰越控除も認められないことになりました。当然のことながら、この改正には批判があります。

 《1》遡及立法は租税法律主義に違反する

 遡及立法についての政府の国会答弁は次のような内容です。

 ▲引用▲

 所得税というのは年間を通じてその所得に対して課税をするという暦年課税の仕組みを取っているわけですが、損益通算というのは年末に損と益が決まった段階での所得金額の計算の過程で適用されるものでありまして、個々の譲渡の日に決定をされるという仕組みにはなっておりません。

 過去においても、4月1日施行の改正によってその年分の所得税から、つまり1月1日から損益通算を廃止しているという例があるわけでございますが、今委員がおっしゃったように、不利益不遡及に反するかと。委員は法律家の御出身でよくそういう議論御承知でございますけれども、税の場合は、いわゆる刑罰の場合のように必ずしも厳格に適用されるわけではなくて、一定の政策目的がある場合には不利益を不遡及する、させることも許される場合があると。

 国民に知らしめるという意味であれば、まさに年内にはもう既に世の中に出ているわけでありまして、多分、法的な意味での周知というのは、これは金子先生も御本に言っておられますが、それは十分であろうと思っております。

 ▲終わり▲

 しかし、これが理由にならないことは指摘するまでもありません。法律の予見可能性は、法律で示すべきであり、政府税調案(平成15年12月)などの公表では予見可能性を満たさないからです。さらに指摘すれば、政府税調案の段階では譲渡益の通算禁止については何にも記載されていません。これは条文案の段階で隠れるように登場した改正事項です。

 そして、今回の遡及立法の問題は、今回だけの問題いには止まりません。前例主義の日本では、今回の例が今後の法律改正の前例になってしまい、租税について遡及立法を許すことになってしまうからです。

 《2》不良資産の処理に支障が生じること

 資産デフレの時代には、不良資産を処分し、財産状態を健全化することが至上命令になっています。これは政府の銀行に対する指導などをみれば明らかであり、有税償却、あるいは無税償却との言葉で報道されるように、不良債権の処理は税負担とは切り離せません。ところが、今回の譲渡損の通算禁止は、全ての不良資産の処分を税負担と切り離してしまうことになります。これは現行の政府の施策に逆行してしまいます。

 《3》課税の基本は総合課税

 1年間の稼ぎが、納税者の担税力の指標であり、1年間の稼ぎの合計額を課税標準とするのが正しい担税力の評価です。事業所得はプラスだったが、不動産の売却損(マイナス)を計上したという場合は、それが通算された残額が、その納税者の担税力の指標であることは指摘するまでもありません。

 この点について、二元所得税などの議論があり得ますが、しかし、不動産の譲渡損を金融資産の損益と通算するとの方法は認められていません。

 《4》法人が土地を所有する場合に比較して不公平

 良い税法は、経済に対して中立的であるべきですが、今回の通算禁止は、法人が行う不動産投資に比較し、個人が行う不動産投資を不利に扱います。それに、不動産賃貸業を継続すれば、減価償却費として不動産所得と通算できるコストが、不動産を売却した場合には切り捨てになるとの意味で、不動産の所有継続についても租税の中立性を害することになります。


 損益通算の禁止について、政府税調で検討された形跡は全くありません。損益通算の禁止に理論的な根拠がないことは上記に指摘してきた通りです。では、なぜ、唐突に損益通算の禁止が登場したのでしょうか。その理由は税収の辻褄合わせとしか考えられません。

 年度末に翌年の予算を編成しますが、そこで一番に重要なのは税収の見積もりです。その見積もりを作るための理念の無い増税策として採用されたのが、今回の土地建物の譲渡損益の通算禁止です。

 さて、不良資産を抱える依頼者に対して実務家として如何にアドバイスすべきか。残る道は破産の申請ということでしょうか。